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本場のツーリズムを日本で実践するちょっと変わった政府観光局閲覧無制限

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この数年間、ダイバーの間でも話題になることが増えてきた国、パプアニューギニア。

オーシャナなどダイビングメディアにも登場する機会が増え、現地に行ったファンダイバーさんも増えているようです。

パプアニューギニアの木漏れ日の海(撮影:岡田裕介)

パプアニューギニアの木漏れ日(撮影:岡田裕介)

ダイバーにとってもまだまだ秘境の地であるパプアニューギニアをPRする役割を持つ政府観光局は、日本の他の政府観光局が従来採っているのとは異なったPR施策も実行している、ちょっと変わった政府観光局でもあります。

僕は以前からそのPR施策にとても興味を持っていて、先日、その仕掛け人でもある方にお話をうかがうことができました。

その仕掛け人というのは、パプアニューギニア政府観光局マーケティングマネージャーの山田隆さん。
お話をうかがってみると、山田さんのバックボーンも含めてパプアニューギニア政府観光局がなぜこのような一風変わったPR施策を採っているかが分かってきました。

その山田さんへのインタビュー、よかったらぜひお読みください。

パプアニューギニア政府観光局・山田隆さん

パプアニューギニア政府観光局・山田隆さん

――

山田さんはいつからどういう経緯でパプアニューギニアの仕事をされているんですか?

山田

僕は22歳までは、横河電機でセミプロのサッカー選手をしてたんですよ。

――

まじですか。

山田

サッカー選手を諦めてからは、なかなかやりたいことが見つからなかったんです。
そんな時にたまたま姉が住んでいたイタリアのミラノで3ヶ月過ごしたことがターニングポイントになったんですね。ちょうど中田英寿の全盛期でした。

――

ターニングポイントというのは、具体的には?

山田

姉に言われて通った語学学校にハマったんです。
日本語から外国語を勉強するのと、外国語から外国語を学ぶのでは、全く違うんですね。

それからインテル(※現在長友が所属する名門クラブ)の日本人サマーサッカースクールの日本語対応のバイトをすることになって、その時に自分がやりたいこと、自分に合っていることは観光業=ツーリズムなんじゃないかと思ったんです。

――

海外で日本人の対応をしていたことがツーリズムとの出会いだったんですね。

山田

ただ、それから日本に帰って2年間はサッカースクールのバイトをしていたぐらいで、父親に怒られたんです(笑)。

それから観光業とツーリズムのことを調べて、オーストラリアのメルボルンにあるビクトリア大学の観光学科を知り、これだ!と思ったんです。
イタリアでの経験もあったので調子に乗って、日本よりも外国の方が自分にはフィットするんじゃないかも思ったんですね。

――

なるほど。

パプアニューギニア・コンフリクトアイランズ(撮影:中村卓哉)

撮影:中村卓哉

山田

オーストラリアは観光=ツーリズムで食べている国なので、ツーリズムの歴史が深く、学校のカリュキュラムもかなりしっかりしていました。
英語を必死に勉強してその大学に合格できて、4年間の観光学科コースを受けることになったんです。

――

オーストラリアは日本よりも観光先進国なんですね。

山田

「ここに無人島があります。あなたならどうプロモーションしますか?」という問題が試験問題だったり、エコツーリズムのカリキュラムもあったりしました。

4年間のうちの1年間は現場での実習が課せられていて、僕は日本での社会人経験があったのでその1年を免除されましたが、夏休みの間はエアーズロックで、日本語とイタリア語でツーリストのガイドを行っていました。
それで28歳11ヶ月の時に卒業して、スイスの旅行会社の日本支社に就職しました。その会社のフランス人の営業部長に会ったら、僕が海外でいろいろやっているバックグラウンドを評価してくれたんです。

――

海外の人はそういった多様性のあるバックグラウンドを評価するんですね。

山田

そうなんですね。ただその会社の仕事内容は右から左にこなすような仕事だったので、あまり面白くはなかったんですね。

それで1年後に社長に「僕みたいな人間は日本ではフィットしないと思うのでスイスに行かせてくれ」と伝えたら、1年目の人間にはそこまでのチャンスを与えられないと言われました。まあ、今思うとその社長様の判断は正解ですよね。その後、じゃ自分でチャンスをつかもうと思い、その会社を辞めました。

――

その行動も外国人みたいですね(笑)。

山田

当時は年齢もいっているし、チャンスを早く掴みたいと思っていたのでそういう決断にいたったのだろうと、今思うと冷静に分析できますが、随分勝手なやつですね。その後、観光局などを請け負っているPRマーケティング会社に就職をして、パプアニューギニア政府観光局を担当することになったんです。

――

それがパプアニューギニアとの出会いだったと。

山田

はい、ただ最初にパプアニューギニアと聞いた時は「それどこですか?」っていう感じで(笑)、そこからパプアニューギニアのことを調べまくりました。

色んな旅行代理店に訊くと、パプアニューギニアのプロダクト=商品が分かってきました。プロダクトというのは、パプアニューギニアの場合、ダイビングや、バードウォッチングや、サーフィンや、釣りや、トレッキングのことです。

それで自分が各プロダクトに精通していないと無理だと思ったので、最初は旅行代理店さんに頭を下げて「いろいろ教えてください」とお願いをしました。
頭を下げて教えてくださいという態度でコミュニケーションを取って行くというスタイルはかなり日本人的で、日本で最初の職場であるスイスの旅行会社で学んだんです(笑)。

――

それは日本で働いた経験が生きましたね(笑)。

パプアニューギニアの木漏れ日の海(撮影:岡田裕介)

撮影:岡田裕介

山田

その当時パプアニューギニアに訪れていた約3,500人(年間)の日本人の中で、最も人数が多いプロダクトがダイビングで、全体の約30%を占めていました。

当時のダイビングマーケットの課題は、売っているエージェントのプロダクト(ツアー)が全く同じで値段が多少違うだけ、という点だったんです。
そうなっていた原因は、旅行会社様自体がパプアニューギニアに行ったことがなかったので他を真似ればいいという考えが少からずあったからと推測します。

そこでまず、ツアー商品を売ってくれている旅行代理店やメディアに魅力を伝えることから始めました。

――

具体的にはどういうことをしたんですか?

山田

まず、ダイビングツアーを売っている旅行会社がどのようなツール、マーケティング用語でいう「チャンネル」を使ってツアーを売っているのかを調べました。ある旅行会社さんはパンフレットで売っていたり、あるエージェントさんはオンラインの自社ホームページだけで売っていたり、様々でした。
そして、その情報を全てデータ化して、旅行会社さんにアプローチをする優先順位をつけました。無論アプローチをする仕方も変えました。

それからの3年間の間に、ダイビングの旅行代理店とのリレーションが極端に増えて、旅行代理店とメディアを含めて今日までに延べ50人ぐらいにパプアニューギニアに行ってもらえました。

そうやって、パプアニューギニアのダイビングツアーを旅行代理店の商品の棚に載せてもらうことを重視しました。

――

その中で苦労した点はありますか?

山田

研修旅行をする上で、一番観光局が気にかけるのはやはり予算です。つまり活動費用ですね。予算がなければ、エージェント様やメディア様をパプアニューギニアに連れて行く事はできません。

パプアニューギニア政府観光局は私のようなマーケティングオフィサーが世界に5人います。ドイツ、イギリス、アメリカ、オーストラリア、そして日本といて、全体のマーケティング予算をこの5つの国で、ある意味取り合うのですね。
そのためには、本局とのコミュニケーションやプレゼン力、何より結果が重要です。

自分が担当を始めた頃はマーケティング予算が正直年間850万ほどだったのが、今では地道に交渉、結果を出し、その頃の2.5倍ほどに増えています。

以前は「パプアニューギニアってどこですか?」だったのが、この2年間ぐらいで「パプアニューギニアに行きたいんだけどどうすればいいですか?」に変わってきました。
次は「パプアニューギニアに一度行ったので、次はどうしたらいいですか?」にしたい。

パプアニューギニアでは大量のお客さんを相手にするマスツーリズムはできないので、持続可能なツーリズム=サステナブルツーリズを推奨しています。
ゆえに、本当にパプアニューギニアに行きたい方を増やすことが、この国の観光を産業にしていくことだと思っています。

日本ではなく海外でアイデンティティを見出し、ツーリズムの本場・オーストラリアで勉強をされた山田さん。

とはいえ山田さんが行っている施策というのは決して派手なことばかりではなく、当たり前のことを地道にやる、という側面もありそうです。

山田さんへのインタビュー、一回では収まり切らなかったので、次回は山田さんが政府観光局として主催している一風変わったイベントのことを中心に語っていただきます。

テーマは「なぜパプアニューギニア政府観光局は自らイベントを主催するのか」です。
どうぞお楽しみに!

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