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旅、素潜り+α
旅、素潜り+α
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  • Photo,Text : Ryuzo Shinomiya
  • Edit : Tatsuya Nakamura / Yudai Tsubone
  • Design : Yuki Tanaka

フリーダイビング選手の
現役時代に。

冬の間、沖縄でトレーニングしていると鯨の歌がよく聴こえてきて、
その声色に酔いしれるように-80mへの大深度潜水を行っていた。

いつか、その声の主に会いたいと思った。

奄美大島のクジラ

奄美大島のイラスト

力強さと繊細さ。

テールスラップをするクジラ奄美の海

力強さと繊細さ。

フリーダイバーとクジラの親和性はとても高い。ヒトよりもはるかに深くそして長く潜り、泳いで地球を旅するクジラはフリーダイバーにとって憧れの大先輩。ザトウクジラのテールは世界で最も美しいモノフィンだ。

加計呂麻島の外洋で、水面にテールを打ち付けるペダンクルスラップをするクジラにそっとアプローチした。水中は水泡で煙幕が張られたようになっていて、霞む視界の向こうに大暴れする巨体が。そのパワーに息を飲む。

潜っていくクジラ奄美の海

圧倒的な存在感と力強さを持ちながらも非常に繊細であり、誤って人にぶつかったり、間合いに入ってこない限りは攻撃してくるようなことはまずありえない。

とはいえ、クジラたちにできるだけストレスを与えないように優しいアプローチを心掛けたい。

レスティングするクジラ奄美

奄美大島の静と動。

奄美で、浅い水深でレスティングしているクジラに何頭か出会った。

長い場合は30分ほど同じ場所に止まって休息モード。上手に胸びれとテールを動かして中性浮力を保っている。

このクジラはシンガーではないが、時折寝息のような音が聞こえた。体長10m以上にもなる大型の海洋哺乳類が寝ている姿に、なんだかほっこりして親近感が湧いてくる。

レスティング中のクジラは水面でじっくり観察できるので、会えればとてもラッキー。数日間の滞在だったが、奄美大島はのんびりしているクジラが多い印象だ。

奄美の海4頭のクジラヒートランの写真

満月の日に。

親子とエスコート3頭に下から迫る単独のオス。4頭いるとなかなかの迫力だ。のんびりしたクジラが多い印象の奄美だが、ワイルドでパワフルなシーンを見せてくれることも。

この日は満月周りだったので、その影響もあるのではないかと思う。ハワイやスリランカ、トンガなどでスイムをしてきた経験上、新月や満月の時はクジラたちが集結して動きが激しくなることがよくあった。

少なくとも5頭ほどの別群が、ブローやジャンプの水煙を激しく上げているのが見えた。

クジラとゼロ船半水面奄美

ホエールウォッチングとスイムが
共存する奄美。

一つの船に、ウォッチのゲストとスイムのゲストが同時に乗船することもあった。 スイム後に水中のクジラの状況を船上のゲストさんに伝えたり、写真を見せたりしながら船上で和気あいあいとすることも。また、複数の船長同士が常に情報をやりとりしていた。

止まっていてゆっくり水中観察できるクジラがいれば、スイムした後に次の船に引き渡したりと、みんなでいい関係を保ちながらクジラをうまくシェアしている様子がうかがえた。ザトウクジラはみんなの宝物だ。

フリーダイバー篠宮龍三の写真

沖縄本島のクジラ

篠宮がマイフィールドとする沖縄の冬

沖縄のイラスト
沖縄のクジラテールアップの写真

凪の海で。

スイマーは嫌がる、しかしウォッチャーは気にしないというクジラや、その反対のクジラもいる。

その個体がどんな性格なのかを判断して時には無理してスイムせず、少し遠目にウォッチをすることも。

彼らの息遣いだけが水面に響く。クジラと共に海にたゆたう。撮れ高にはこだわらず感覚を楽しむ。そんな時間もまた楽しみの一つ。

沖縄の親子クジラの写真

母と子。

親子クジラや子クジラとのスイムは格別気を使う。人の存在があることで驚かせたり怒らせたりしないように。そして追いかけず見守りながら撮影したい。

一歳になると子クジラは7mほどに成長して親離れする。アプローチするとヒトに興味を示して寄ってくることも。至近距離で回転したり、テールスラップやペッグスラップを見せてくれることもあるが、間合いには気をつけたい。

ハワイの海クジラのテールアップの写真

虹の島で。

クジラやイルカを水中で観察するのは特別なこと。厳しく禁止される場所もある。撮影しながら、虹の島と言われるハワイを思い出した。トレーニング中に沢山のクジラが沖合に見えた。ハワイ諸島はザトウクジラの北半球最大の繁殖地。州法によりスイムは禁止されている。ハシナガイルカとのスイムも2021年に禁止となった。ハワイでは、野生動物を徹底して守るための厳しいルールが課せられている。

小笠原諸島の鯨類

フリーダイバーとイルカ

小笠原ミナミハンドウイルカの写真

イルカが決める

ヒトとの距離。

ミナミハンドウイルカたちはヒトとの距離がとても近い。こちらに興味を持って遊んでくれることもよくある。またイルカ同士も戯れあい遊ぶ。クジラは海の神様にも喩えられるが、イルカはより人に近く、よく懐いた愛犬のように思えることも。

小笠原ハシナガイルカの群れの写真

対して、ハシナガイルカたちはヒトと一定の距離を保つ。一緒に遊ぶことはほとんどない。細身で美しい流線形の体型はどこか海のアスリートを想わせる。日本でハシナガイルカと泳げるのは小笠原くらいだ。片道24時間の船旅を経てイルカたちに出会い写真を撮る。小笠原諸島は、国内でありながら世界でどこよりも遠い海と言われる。それだけに、価値が生まれる写真が撮れる。

小笠原夕日を浴びて泳ぐイルカの写真

素潜り旅で野生を学ぶ。

小笠原諸島の海では他にも数種類の鯨類に会える。水深1000mを超える外洋には一年通してマッコウクジラが棲み、冬季はザトウクジラが繁殖や子育てのために数ヶ月滞在する。たくさんのイルカ、クジラに会える日本の海は、あらためてフリーダイバーにとって素晴らしい宝物だと実感する。

フリーダイバー篠宮龍三のポートフォリオ写真

10年前の海と、
10年後の海

10年前に沖縄本島でザトウクジラとのスイムにチャレンジし、なんとか泳げるようになった。初めてスイムに成功した時は魂が震えるような感動を覚えた。ただ当時はアプローチの仕方もわからず随分とクジラたちに嫌な思いをさせてしまったと思う。

ジャック・マイヨールがかつて語っていた。

「ヒトは、イルカやクジラたちからたくさんのものをもらっているが、ヒトは彼らに与えるものは何もない。彼らはヒトを必要とすらしていない」

これは極めて至言だと思う。彼らへのストレスをゼロにできるのが理想的だが、今となってはハワイのように法の力に頼る他なく、すぐ実現できるかというと厳しいだろう。沖縄や奄美でスイムが広まってきた以上、完全禁止にするのも難しいと思われる。

トンガ王国などのホエールスイム先進地の事例に習い、ガイドにライセンスを導入し、船長にはクジラへの優しいアプローチ方法や距離、滞在時間、エントリー回数などのルールを統一することも一案だと思う。

この数年でスイムの船が増えてきたのは10年前では到底考えられないことで正直驚いている。クジラがのんびりできるような優しいアプローチ方法と、我々がクジラを長く観察することは両立できる。

この先の10年が彼らにとって居心地の良い海であるよう、その道を模索する時期に来ていると思う。

篠宮龍三のサイン