- 撮影:鍵井靖章
- ナビゲーター:河本雄太
- 撮影・文:坪根雄大
- 構成・文:中西美樹、山崎陽子
- 監修:中村竜也
- デザイン:寒川広範
- 取材協力:天草うみの学校
- 器材協力:(株)キヌガワ、ワールドダイブ(株)(五十音順)
- 衣装協力:Ocean Pacific
オーシャナの連載企画「ニッポンの海と文化」の第3話は熊本県天草へ。ナビゲーターはオーシャナ代表の河本雄太(以下、河本)、メインフォトグラファーは水中写真家の鍵井靖章さん(以下、鍵井さん)。そして、天草の海の案内役は「天草うみの学校」の森俊徳さん(以下、森さん)だ。実は、鍵井さん、河本のそれぞれが森さんが熊本市にいた頃に震災支援や仕事を通して出会っていた。そして、鍵井さんも河本も「取材に行くなら森さんのところへ」と、お互いに思っていたという。そんな人と人との繋がりから始まった今回の旅では、さらに現地で様々な人との出会いが待っていた。
過去連載は第0話からご覧ください。
人物紹介
「ニッポンの海と文化」で伝えたい下天草の価値
旅の様子をご紹介する前に、案内人である河本がこの旅を通して「天草の海と陸の誇るべきもの」と感じたことを、写真とともにそれぞれご紹介。「ニッポンの海と文化」の視点からみた下天草の魅力を知ることで、一向が歩む旅の価値がさらに見えてくるかもしれない。
「天草の海は、多様性を象徴する海だった」(河本)
「天草の海に初めて潜り、一番驚いたのはロープのような海藻が広がっていた光景です。ダイビングしながら“なんだこれは!”ってなりました。しかも、海藻がサンゴに絡み合って、そこに魚がすんでいて、いろんな生き物が混在していたのが自分の中では新鮮に感じました。これこそが“共存”“多様性”だなと再確認できた個性的な海でした」。
「海遊びのご縁で巡る旅ってやっぱり面白い」(河本)
天草の魅力は海だけに止まらない。「海」を共通点に、さまざまな出会いに繋がったと、河本は語る。
「僕は、旅の面白さの一つに“人との出会い”があると感じています。広島、山形も素敵な出会いがありましたが、天草では奇遇な出会いの連続でした。母と娘で世代を超えてイルカウオッチングと飲食店を営む「天草海鮮蔵」の女将さんを知ったのは、森さんのお店で潜っているダイバーの娘さんとの出会いがきっかけ。この方たちも下天草のキーパーソンなんじゃないかと思うほど、天草への愛が溢れるパワフルな方でした。
また、僕は奄美大島瀬戸内町でダイビングショップの運営や地域活性に関わる仕事をしているのですが、天草でダイビングをご一緒したワインソムリエの方が、まさかの奄美大島の共通の仕事に関わっていたことが発覚して。船の上で話が盛り上がり、天草酒造すごくいいから行ってみたらということで紹介していただきお伺いすることになったんです。『海遊び』が繋げる人との出会いには、仕事や飲みの場での出会いとは一味違うものがあるなと実感する旅でもありましたね」。
下天草を様々な角度から楽しむ3泊4日の旅
ここからは、3泊4日の旅のスケジュールに沿って、下天草のダイビング情報はもちろん、観光スポットやグルメ、宿の情報を紹介していこう。レンタカーで巡る下天草の旅では、2ヶ所のダイビングエリアを満喫しながら、エリアごとに陸の観光も効率よく巡れるスケジュールとなっている。
森さんが待つ、
天草最南端の街「牛深」へ
天草の旅・初日は、空港から天草最南端の街・牛深へ。まずは、県内最大の漁港があるというこの街の全貌を眺めようと、展望所へ向かった。眼下に見える漁港には多くの船が停まっている。「ハイヤ大橋の迫力、やっぱすごいですね」と河本。
明日からの撮影の成功に願をかけて、「遠見山稲荷神社」を参拝。その後、今回海の案内をしてくれる「天草うみの学校」の森さんと会うために居酒屋へ。河本と鍵井さんは森さんとそれぞれ面識があるが、こうして3人集まるのは初めて。「まさかこの2人が揃って牛深にいるなんて不思議な感じです」と森さん。地元で人気の居酒屋「母屋」で牛深名物の刺身や串焼きをつまみながら、久々の再会に話が弾んだ。
訪問地情報 Map
母屋
住所: 熊本県天草市牛深町3453-43
営業時間:18:00~22:00(定休日:木曜日)
駐車場:無
お刺身や小料理、串焼きなど、お酒を楽しめるメニューがどれも美味しい。鍵井さんは、九州の焼き豚足をここで初体験。さっぱりとした美味しさに箸がすすむ。駐車場がないので、ホテルから徒歩がおすすめ(撮影:坪根雄大)
遠見山稲荷神社
住所: 熊本県天草市牛深町
駐車場:2台(無料)
遠見山を車で登っていると中腹に突如現れる、商売繁盛の神を祭った「遠見山稲荷神社」。取材チームは1度通り過ぎてしまったので、訪れる際はご注意を。鳥居の前に駐車場有り(撮影:鍵井靖章)
ウミエラとサンゴ、
海藻が共存する牛深の海を潜る
天草でのダイビング初日は、牛深エリアへ。緑豊かな山々を見ながらボートでポイントへと移動。海中公園に指定されている海は、薄紫色のウミエラの群生、スズメダイが群れ泳ぐテーブルサンゴやエダサンゴ、そしてロープのような不思議な形をした海藻や古くから天草の人々に親しまれてきたミルなど、とにかく生物が豊富だ。「ほかの場所でも見られるけど、やっぱりこのウミエラの群生は天草を代表する水中風景。まだ全国的には有名ではないかもしれないけれど、『日本の海』として潜る価値が高い海だと思います」と鍵井さん。「海藻とサンゴが共生する海は珍しい」と河本が言うように、天草の海ならではの風景を2ダイブ、たっぷり堪能した。
天草独自の自然環境と
その恩恵を受ける文化を体感
ダイビング後、ちゃんぽんを食べて腹ごしらえをし、西海岸エリアの文化と自然に触れる旅へ。キリシタン文化が色濃く残る﨑津集落を見学した後、森さんから「天草は、陶磁器の原料になる陶石が日本一採れる場所なんですよ」と話を聞き、更なる情報をも求め「高浜焼寿芳窯」へと向かった。
工場長の古田寿昭(以下、古田)さんから高浜焼の歴史や天草の地形を聞くと、江戸時代から陶磁器には牛深の水中で見た海藻「ミル」が描かれているという。ピンク、青、ゴールド、シルバーなどのカラー展開がある中で「緑色のデザインが一番好きやな」と鍵井さん。
次に一行は西平椿公園のアコウの木(別名:天草のラピュタ)へ。アコウの木に辿り着いた河本は、「バランスの悪い岩の上に育つってすごいな」と不思議そうに見上げる。一方、以前に訪れたことがある鍵井さんは少し離れた場所から、「何度来ても新鮮な気持ちで見られる」とそれぞれの視点でアコウの木を見ていた。公園清掃をしていた地元の方に鍵井さんが話しかけると、「ここから海岸まで、アコウの木の根は広範囲に張っていてね。根を踏むと木が弱るから、自然を大切にする観光客に来ていただきたいです」と、アコウの木を大切にしている地元の方々の思いを聞くことができた。
訪問地情報 MAP
天草ブルーガーデン
住所:熊本県天草市天草町下田北2256-1
営業時間:11:00~18:00(軽食は15:00まで)
駐車場:15台(無料)
鬼海ヶ浦展望所に併設されているレストラン。2023年11月末まで営業中。
(写真提供:熊本県観光連盟)
アコウの木(西平椿公園)
住所:熊本県天草市天草町大江4159
駐車場:60台(無料)
アコウの木が岩にしっかりと根を張り、力強く聳え立つ姿が宮崎駿監督が描いた映画『天空の城ラビュタ』に似ていることから「天草のラビュタ」と言われている(撮影:鍵井靖章)
高浜焼寿芳窯
住所:熊本県天草市天草町高浜南598
営業時間:9:00~17:00
駐車場:30台(無料)
URL:http://www.takahamayaki.jp/
高浜焼の伝統を守りながら、「ユニバーサルシリーズ」や「復刻シリーズ」を展開するなど新しい取り組みも行っている。また、敷地内にある、高浜焼の元祖である上田家の資料館も見学が可能。事前予約にて、高浜焼の絵付も体験できる(撮影:坪根雄大)
カトリック﨑津教会
住所:熊本県天草市河浦町﨑津539
見学時間:9:00~17:00
駐車場:道の駅﨑津・﨑津集落ガイダンスセンター(無料)
URL:http://fukuoka.catholic.jp/ncwj/?page_id=1345
江戸時代の禁教期250年もの間「潜伏キリシタン」として密かに信仰が守られた﨑津集落。2018年7月、長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産として「世界文化遺産」に登録された。シンボルとなる﨑津教会の道内は、国内でも数少ない畳敷き。教会を見学する際は、専用サイトからの事前予約が必要。(写真提供:天草宝島観光協会)
森さんのホームタウン、下田の宿「望洋閣」で疲れた体を癒す
2日目の夜は、白亜紀の地層から湧く天草最古の天然温泉が楽しめる宿「天草下田温泉 望洋閣」へ。館内を巡ると、熊本の大学生と制作したウォールアートや屋外プールに新しく併設された現代的なバーなど、元々ある魅力を残しつつ、今の時代にあわせた革新的な空間となっている。「レトロな感じもありつつ新しいことを始めていて、なんだかこれからが楽しみな宿ですね」と河本。
訪問地情報 MAP
天草下田温泉 望洋閣
住所:熊本県天草市天草町下田北1201
駐車場:60台(無料)
URL:http://www.boyokaku.jp/
客室数は、和室48室、洋室6室、和洋室3室、特別室5室の計62室。泉質は、ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉。車で約2分のところに森さんが営むダイビングショップ「天草うみの学校」がある。
西海岸で、人工物と自然物が織りなす
不思議な海を体感
3日目には、森さんのダイビングショップ「天草うみの学校」から近い西海岸エリアのダイビングポイントへ。「巨大な象が海を渡っているような景色」と称される「妙見浦」は、地上の風景のまま水中もダイナミック。洞窟があり冒険気分が味わえる。また巨大な漁礁と化している沈船は、船体に付いたカラフルなソフトコーラルやアジの大群に目を奪われる。「人間が造った沈船と、海が育むムチヤギの群生や魚群。見方によって人工物と自然物、2通りを楽しむダイビングができる」と鍵井さん。さらに「大ヶ瀬」では、おびただしい数のネンブツダイの群れに遭遇。クマノミをはじめ、愛らしいマクロ生物も多く見られ、鍵井さんは忙しくシャッターを切っていた。
天草の宴は「天草海鮮蔵」で。
地元愛溢れる女将さんに出会う
天草で過ごす最後の夜は、海の幸でバーベキューが楽しめる飲食店「天草海鮮蔵」へ。女将の野崎多喜子さん(以下、女将さん)さんは、30年前に天草で初めてイルカウオッチングを始めた第一人者。
「天草は観光地が少なくて、何か目玉になるものを始めたいと思っていたんです。天草の海にはミナミハンドウイルカがたくさんすんでいるので、これを近くで見られたらいいなと思い、イルカウオッチングを始めました」と女将さん。
「イルカは水族館で見るものという概念を覆したい」「地元の人が感動することで、人が集まる」という思いから、女将さん自身イルカについて研究し、地元の漁師さんの協力を得て実現することができたという。「水産資源の観光が何もなかったところから、ここまで作り上げたのはすごいですね」と河本も話に聞き入る。途中、仕事を終えた森さんも合流し、より一層、海の話に花が咲いていった。
下天草で最初にイルカウオッチを始めた場所
イルカウオッチングの運営を行なっている「天草海鮮蔵」へ向かい早速乗船。天草の海に住むミナミハンドウイルカたちの遭遇率はなんと98%。「観覧船よりも漁船の方がイルカをより近くで見ることができて、ワクワクする」という考えから、イルカウオッチングは漁船で行っていると女将さんは言う。海に出て10分もすると、たくさんのイルカが泳いでいる様子が見られ、河本も「こんなに楽しめると思っていなくて、感動しました」と、子どもはもちろん大人でも楽しめるアクテビティだった。
訪問地情報 MAP
天草海鮮蔵
住所:熊本県天草市五和町鬼池4733-1
営業時間: 9:00~17:00
駐車場:50台(無料)
URL:http://www.kaisenkura.com/
土産物店、食事処、ウニ丼屋、海鮮BBQと業態を変えながら、現在の土産物&飲食店という形にたどり着く。BBQ席は180席、テーブル席35席、半個室テーブル席12席と広々とした空間で、壁には大漁旗が飾られている(撮影:坪根雄大)
芋作りからすべて手作業で。
天草の気候に寄り添った焼酎造りを見学
ダイビングで出会った方から、「料亭に置ける焼酎は少ししかないけれど、そのうちの一つが天草酒造の焼酎」という話を聞き、「これは絶対に行きたい」と河本。というわけで、最終日は「天草酒造」へ向かった。説明を聞くと、平成18年から天草酒造の代表作である芋焼酎「池の露」を手作業で作る手法を復活させ、毎年一升瓶3万本分(約4トン)もの量を100日間で仕込んでいるという。天草酒造4代目の平下豊さん(以下、平下さん)は、「酒造りは1年に1度のお祭りのような作業で、寝る暇もなく大変だけど楽しみながらやっています」と語る。話を聞き終えたころ、ふと気づくとお土産用にと焼酎瓶を手にしていた河本と鍵井さんであった。
訪問地情報 MAP
KANPAI AMAKUSA 天草酒造
住所:熊本県天草市新和町小宮地11808
営業時間: 11:00~16:00(定休日:水曜日)
駐車場:10台(無料)
URL:https://ikenotsuyu.com/
天草唯一の酒造。2021年より、焼酎の試飲や購入、ランチ、イベントなどができる店舗「KANPAI AMAKUSA」をオープン。コミュニケーション紙「け〜な」(=天草の方言で「おいで」と言う意味)も発行している(撮影:坪根雄大)
旅を終えて
最後に、3泊4日にわたり天草を旅した河本と鍵井さんへ、印象に残ったことや旅を終えて思うことを聞いてみた。
「初めての天草で、行ってみないとその土地のことって何も分からないとつくづく感じました。牛深では、漁港からボートですぐの場所で、これだけのポテンシャルのあるダイビングポイントをどれだけの人が知っているのかな、と改めて考えさせられました。牛深は人口が1万人ちょっとの街だけど、それくらいの街って生活に必要なものは大体揃っていて、古くからみんなに愛されているお店があり、文化が感じられる。海から上がった後に陸の観光を色々と楽しめるのも、牛深ダイビングの魅力の一つかと思います」。(河本)
「天草は南蛮文化の影響もあってか異国の雰囲気を感じさせてくれて、また違う文化に触れることができたと思います。陸も楽しいし、海のポテンシャルが高くて、海外の海はもう少し先でもいいかもと思っちゃったくらいでした。逆に、海外に行った時に日本の海について話せることが増えて、嬉しくも感じています」。(鍵井さん)
「日本人がまだ気づいていない、ニッポンの海の素晴らしい価値を証明する」という思いでスタートした「ニッポンの海と文化」。今回は、旅での出会いを通し、天草の暮らしを支える文化とその成り立ちについて深く知ることができた。自分の住む街の魅力を知っている現地の方は、みんなパワフルで活気にあふれていた。
ニッポンの海と文化天草訪問地マップ
記事内で紹介した観光地、食事処、宿、ダイビングサービスなどの場所は、こちらでチェック。
天草を旅する際に、ぜひ活用してください。
天草のダイビングポイント詳細ガイド
ダイビングポイントは、天草下島の海岸線に点在しているが、主に潜られるのは西海岸エリアと南端に近い牛深エリアだ。どちらもビーチエントリーで潜れるポイントもあるので、ビギナーから楽しめる。
②小田床、妙見浦
③白鶴ヶ浜 沈船
④西平&大ヶ瀬
⑧海中公園
①上天草白涛エリア
⑤魚貫
⑥大島&桑島
⑦片島
⑨久玉&深海
⑩新和
天草で出会った海の生き物たち
沈船やウミエラやサンゴの群生など、ワイドな景観に目を奪われがちな天草の海。しかし温帯と亜熱帯の海の生き物が混じり、マクロ生物も見どころのひとつだ。鍵井さんが撮影した写真で、天草の海の生き物たちを紹介しよう。(撮影:鍵井靖章)