• 撮影:鍵井靖章
  • ナビゲーター:河本雄太
  • 撮影・文:坪根雄大
  • 構成・文:中西美樹、山崎陽子
  • 監修:中村竜也
  • デザイン:寒川広範
  • 取材協力:ロビンソンダイビングサービス
  • 器材協力:(株)キヌガワ、(株)タバタ、ワールドダイブ(株)
  • 衣装協力:Ocean Pacific、HELLY HANSEN
  • 撮影機材協力:(株)リコー
  • (五十音順)
場所を示す線 日本地図の中の天草の場所 日本地図 天草の拡大地図

毎年2月になると北海道・知床半島には、遥か遠いシベリアから流氷が流れ着く。一晩のうちに海一面が流氷で覆い尽くされることも珍しくないという。そんな流氷下を潜る「流氷ダイビング」ができるウトロを、水中写真家・鍵井靖章さん(以下、鍵井さん)とオーシャナCEOの河本雄太(以下、河本)たち「ニッポンの海と文化」の取材チームが2023年冬に訪れた。海と陸の案内役は、北海道の海を知り尽くすダイビングガイド「ロビンソンダイビングサービス」の西村浩司さん(以下、西村さん)。真冬の北の大地では、自然が作り出す想像を超えた風景や生き物たち、そして思いがけない人との出会いがあった。

過去連載は第0話からご覧ください。

ニッポンの海と文化 第0話

今回訪れた知床とは?
北海道の最東端に位置する知床半島は、オホーツク海の南端に突き出している。長さ約70㎞、つけ根部分の幅が25㎞ほどしかない細長い半島で、西側がオホーツク海、東側が根室海峡に面している。アイヌ語の「地の果て」を意味する「シリエトク」という言葉が地名の語源。その言葉どおり、人を寄せ付けない厳しく圧倒的な大自然が今も残され、2005(平成17)年にユネスコ世界遺産に登録された。
海一面が流氷で覆い尽くされる2月の知床半島(撮影:鍵井靖章)

旅の様子を紹介する前に、ナビゲーターである河本が知床・ウトロを訪れ「知床の海と陸で感じたこと」をお伝えしよう。「ニッポンの海と文化」の視点で見た、知床の魅力とはどんなものだったのだろうか。

世界で1ヵ所だけ。流氷下を潜れる知床の海「ここにはまた来なければいけない、と感じました」(河本)

その日、その時だけ見られる流氷が形作る水中景観(撮影:河本雄太)

「今回初めて知床を訪れて、圧倒的な自然と流氷が作り出す生態系の循環を感じました。日本はもちろん世界の他のどこでも体験できないことができる。そんな場所が日本にあることを今まで知らず、体験しないで生きてきたことに悔いが残るほど。世界で流氷ダイビングができるのは、北海道でもこの知床半島だけなんですよね。流氷ダイビングは今までしたことがありませんでしたが、実際に潜ってみて「またここに来なければ」と思いました。僕はインストラクターとして、初心者ダイバーに『光、地形、生物がダイビングの3大要素』だとよく言ってきました。流氷ダイビングは巨大な氷が織りなす地形的なおもしろさが楽しめますが、翌日潜ったら同じではなく、一晩にしてなくなってしまうこともあります。『自分が潜ったその時にしか見られない景色』だというのが、強く印象に残りました」。

流氷によって人々の生活が、そして文化ができ上がった知床斜里町
「流氷がこの街の自然や文化、
さらに産業にまで大きく関わっているのだと
感じました」(河本)

視界に入るのは、雪、そして流氷に覆われた海。圧倒的な自然を感じる風景(撮影:河本雄太)

「知床の旅では『圧倒的自然界』っていうものを感じた。それが一番、大きな印象でしたね。沖縄や奄美、屋久島などでも圧倒的な自然を感じるのですが、南方の海辺での活動ばかりを見てきた僕にとって、まだまだ世の中に未体験ゾーンとの出会いがあるんだと氷(雪)と海の世界を通じてあらためて知り、とても感動しました。
僕がこの自然を見て『圧倒的』と感じたのに、以前の方がもっとすごかったという話はニッポンの海と文化のロケで他の場所を訪れた時と同様に出てきました。何が違ったのか?『昔の流氷はもっと力強かった』と現地の方に言われましたが、これがどういう意味かわかりませんでした。昔は流れ着いて来る氷の量がもっとたくさんあって、その行き場がなくなった氷たちがぶつかり合い、潰し合い、陸にも水中にも氷が突き出していたとのこと。水中には流氷の洞窟があったらしいです。僕の感じた自然の偉大さとはまた違ったものが過去にあったことに驚きました。また今回訪れたウトロでは、その流氷が人々の暮らしに大きく関わっていることにも興味をもちました。流氷の時期にはたくさんの観光客やダイバーがやって来ますが、厳しい自然が観光資源として大きな意味を持っています。今回訪れてみて、スキーヤーとダイバーが同じ場所を目がけて行くなんてことは、なかなかないんじゃないかと思いました」。

ここからは、3泊4日で知床の海と陸の自然を満喫して、現地のグルメや文化に触れられる、旅の様子をレポート。流氷ダイビングを午前中に楽しんで、午後はスノーシューで自然と触れ合い、夜は海の幸を堪能。冬の知床の魅力を満喫できるスケジュールとなっている。

Day1 PM
ウトロへの移動の合間に、事前に調べておいた「夕陽台展望台」へ。奥に見える大きな岩はオロンコ岩。アイヌ語で「そこに座っている岩」という意味だという(撮影:坪根雄大)

知床半島の玄関口・女満別空港に到着する前、飛行機の窓越しにはすでに一面の雪景色が広がっていた。広大な大地を見ているうちに、どこか遠い海外の地に来ているのではと錯覚を覚える。空港で先に到着していた鍵井さんと合流し、早速知床へと車を走らせる。

なんてったって北海道は広い。空港から知床までは車で2~3時間。河本の運転のもと、ニッポンの海と文化の旅がスタートした。「雪の積もった道は滑りやすいから気を付けて」と、今回お世話になる「ロビンソンダイビングサービス」の西村さんから事前に聞いていた。しかし、幸いなことに天候に恵まれ、道路は凍っておらず、快適に車を走らせる。

空港を少し離れただけで、すぐに一面真っ白な雪景色に。大きな道路以外、道路と畑の見分けがつかないほど。野生のシカやキツネなどが道路にいるということで、真っ白な景色に動く動物がいないかを観察。すると、キツネに遭遇!しかし、カメラを向ける前に姿を消してしまう。これがキツネとの遭遇が最初で最後になるとは誰も思っていなかった。どうやらキツネは、冬よりも暖かい季節の方が遭遇率が高いらしい。目的地の知床には羅臼岳があるが、女満別空港からも見えるほど標高が高い。この羅臼岳を目印に車を走らせた。

途中、北海道のローカルコンビニ「セイコーマート」に寄り道したりしながら、さらに走ること2時間で、斜里町に到着。ここら辺りまで来てようやく流氷が見えてきた。流氷が海一面を埋め尽くしていて海が見えず、最初は陸なのか海なのか見分けがつかなかった。初めての流氷にテンションが上がる取材チーム(鍵井さんは流氷を既に体験しているので少し冷静)。
「近くの港で車停めて流氷を見てみよう」ということになり、目的地手前で一時駐車。しかもちょうど17時頃の夕暮れ時だったので、流氷の奥に落ちていく夕陽をジーっと眺めていた。その後、寒さを感じ始めたので、車に乗り込み、今晩の宿へと向かった。

ちょうど夕食時間に間に合う頃に、宿に到着。この宿は流氷のダイビングスポットまで徒歩でも行けるほどの近さで、器材の配送や乾燥など、ダイバーに寄り添った手厚い対応をしてくれる。

初日の晩御飯は、宿の食堂でいただく。毛蟹まるまる1匹、ハンバーグ、刺身、ブリの鍋など、北海道ならではの食材をこれでもか!というほど満喫できる。前回もここに泊まった鍵井さんは、「ここのご飯美味しいよね!大好きやねん」と美味しそうに食べながら話す。お腹いっぱいになり、寒さもどこかに吹き飛んだ。

チェックインとともにご飯の時間を予約。席に座ると同時に出来立ての温かいご飯が運ばれてくる(撮影:坪根雄大)
毛蟹1匹、刺身、はまぐりの酒蒸し、ブリの鍋など、北海道の豪華な海の幸が味わえる(撮影:坪根雄大)

宿情報 Map

流氷ダイビングの拠点におすすめの宿

知床の宿 Kokun Kekun
住所:北海道斜里郡斜里町ウトロ東361
駐車場:20台(無料)
URL:https://www.shiretoko-hotel.jp/
目と鼻の先に流氷が望めるロケーションに位置しており、流氷ダイビングのスポットまで徒歩約2分。冬は流氷ダイビングでの宿泊も多く、ダイバーに愛されている宿。敷地内に併設された「知床海岸食堂」 では、北海道の食材を使用した朝食や夕食を楽しむことができる。客室数は、和室15室、洋室5室の計20室。(撮影:坪根雄大)

斜里町周辺での滞在におすすめの宿

北こぶし 知床 ホテル&リゾート
住所:北海道斜里郡斜里町ウトロ東172
駐車場:120台(無料)
URL:https://www.shiretoko.co.jp/
冬期は流氷を眺めながら温泉とサウナが楽しめることで人気。そのほかにも、流氷を一望できる流氷テラス、知床に関する本が集められたライブラリー「本の森」など、宿泊中に知床をもっと好きに、もっと詳しくなれる仕掛けが散りばめられている。2023年4月よりオールインクルーシブとなり、レストラン(食事付きプランの場合)やラウンジでのお飲み物等が追加料金なしで楽しむことができる。(撮影:坪根雄大)

Day2 AM
巨大な流氷の下を潜っている
刻一刻とその形を変える流氷の海。巨大な流氷の下を潜る体験は、ダイバーなら一度はしてみたい(撮影:鍵井靖章)

知床に到着した翌日は、朝から流氷ダイビングへと向かった。鍵井さんは昨年も潜っていて、今回3回目。河本とオーシャナカメラマンの坪根雄大(以下、坪根)は、初めての氷点下でのダイビングだ。「そんなに寒くないよ。すぐ慣れるよ」
ガイドの西村さんと鍵井さんはそう言う。水温12℃の伊豆で指先の壊死を覚悟したという寒さに弱い坪根は、氷点下の海に潜るなんて無理だと実は思っていた。

「明日は晴れて気温も高いし、ヒートベストはいらないでしょう」と、前日の夜、西村さんは言っていた。
坪根は前日の夜の段階で、生唾を飲み込むほどの緊張感を覚え、お酒をあまり飲まない方が冷えづらいと言われ、一滴も飲まなかったという。そして当日、朝ごはんを食べた方が温まると言われ、白飯をしっかり2杯食べた。普段おにぎり一つでおなかいっぱいになる坪根が、白飯をおかわりしたのだ。それほど、冷たい海への挑戦は、緊張感を伴うということなのだろうか…。

朝から晴れて、初めての流氷ダイビングにはうってつけの天候に。流氷が広がる海を見ながら、準備を進める鍵井さんと河本(撮影:坪根雄大)
準備完了。通常はエントリー口に穴を作って入るが、今回は自然に空いている場所があったため、そこからエントリー(撮影:坪根雄大)

しっかりと防寒対策をして、いざエントリー。いよいよ氷の海に顔をつけると「キン」と、まるで遠くから矢で射られたかのような痛みが頭に走る。ハロクライン(塩分躍層) で視界は不良気味。しかし、水深2mほどまで潜降すると、水のモヤモヤから抜けて、視界が良好になってきた。そして、丁寧に作られた流氷ダイビングポイントの水路に、美しい海藻(スガモ)が見えた。氷を浮かべたクリームソーダのような白と水色の海に、緑色のグラデーションがとても美しい。

ハロクライン(塩分躍層):海洋や湖において、ある深度を境に塩分濃度が急激に変化する層。

頭上を覆う分厚い氷の塊。地形スポットのようなアドベンチャー気分が味わえる(撮影:鍵井靖章)

スガモのエリアを抜けると、岩の壁面にはたくさんのウニが。小さなイソギンチャクの姿も見られる。これらが赤や紫のコサージュとなり、冬の海を彩る。坪根がNetflixで見て、いつか寒さに強くなったら撮ってみたいと思っていた冷たい海の美しい世界がそこには広がっていた。

氷点下の海の中でも、たくましく命を育む海藻・スガモ。手前にはウニもいた(撮影:鍵井靖章)
流氷ダイビングについて詳しくはこちら
Day2 PM
フレペの滝の“フレペ”はアイヌ語で「赤い水」という意味。「夕日が映り込むため」「鉄分を含んだ水のため」など名前の由来は諸説あるが、肉眼で見えるフレペの滝の氷瀑は青く見える(撮影:鍵井靖章)

流氷ダイビングで知床の海を体験した後は、陸の大自然も堪能してみることに。まずは、知床の歴史や文化などを知るべく「知床世界遺産センター」へ。ひと通り見学すると、知床にはワシやヒグマ、エゾジカなど、やはりここでしか生息しない生き物たちと、ロシアのアムール川から大移動して知床に辿り着く流氷がもたらす生態系のエコシステムが要となっている場所であることがわかった。そして、そこでは人間が「シャケ漁」を営んでいる。大きな北海道の中でも、流氷と出会える場所は知床半島のウトロと羅臼のみ。北海道のスケールの大きさと、知床の生態系の循環の大切さを強く感じた。

「知床世界遺産センター」は、知床の自然、歴史、文化などを知ることができる場所。知床に行った際はぜひ立ち寄ってほしい場所だ(撮影:坪根雄大)

その後、知床斜里観光案内センターの方におすすめのアクティビティを伺い、「フレペの滝遊歩道」散策コースをスノーシューで散策することに。鍵井さんは「前回知床に来たときは、流氷ダイビングの撮影のためで、知床の陸の楽しみは全然知らなかったから今回のロケは新鮮」と言う。スノーシューは、深く降り積もった雪の中に足を持っていかれないように歩くことができる雪上歩行具で、鍵井さんも河本もスノーシューを履くのは初めて。最初は、雪が固くなっていて「ほんとにスノーシューいるかな?」という空気感。しかし、奥へ奥へと向かうにつれて足はズボズボと雪の中に沈んでいき、歩くのも一苦労。スノーシューをつけてみると、さっきまでの足の沈みが嘘のように、雪の上をシューシューと軽々と進んでいくことができた。

まずは森の中に入り、柔らかい雪を触ってみたり、葉っぱの上に器用に積もっている雪を見てみたり、雪に残る動物の足跡を少し追ってみたり、目の前の世界に夢中になりながら進んでいく。少しすると、フレペの滝に向かって一面雪の絨毯のようなひらけた世界が広がる。フレペの滝まであと少しだ。

初めてスノーシューを履き歩く河本と鍵井さん。雪の上を歩くだけでも、だんだん体がポカポカ暖かくなってくる(撮影:坪根雄大)
一面真っ白な大自然の中にポツンと見える河本と鍵井さんが見えるだろうか(撮影:坪根雄大)

こんな寒くても、スノーシューをしているうちに汗だくになり、息も上がってくる。そして、ついにフレペの滝に到着。滝から見える海には、潮の流れに合わせてゆっくりと移動を続ける海氷が広がり、流氷とはまた違った迫力とスケールの大きさを感じる。

時が止まったように、滝の水が凍てついて氷柱になったフレベの滝(撮影:鍵井靖章)
フレペの滝の夏の様子。雪で覆われた白い世界と打って変わって、草花が生えエゾジカも訪れる緑豊かな風景(写真提供:知床斜里町観光協会)

「フレペの滝」は、青白い色をして凍りついていた。フレペの滝には、川は流れ込んできておらず、山々に降り注いだ雨や雪どけ水が地下水となって断崖に染み出し、オホーツク海へと少量ずつしとしとと流れ出ているという。別名「乙女の涙」とも呼ばれている。また、面白いことに、地下水が染み出ているため、水自体は止まることなく、外気に触れた水が少しずつ凍ってできているのだという。そんなフレペの滝上に、1羽のオオワシが悠々と空を飛んでいた。鍵井さんはそんな光景を見ながらふと、「家族とまたここに来たいな」と言っていた。

訪問地情報 Map

知床自然センター
住所:北海道斜里郡斜里町大字遠音別村字岩宇別531番地
営業時間: 8:00~17:30(夏期)、9:00~16:00(冬期)
駐車場:185台(無料)
URL:https://center.shiretoko.or.jp/
知床の自然環境について学び、体験できる観光施設。館内では、知床にまつわる映像作品を鑑賞したり、飲食や買い物を楽しんだりができる。また、フレペの滝をはじめとした知床国立公園敷地内の遊歩道や散策コースがあり、館内で道具をレンタルして知床の自然世界を体験することができる。フレペの滝に行く際は、知床自然センターに車を停め、裏手にある遊歩道から行ける。

現役 漁師の店「OYAJI おやじ」で地元飯 を堪能

流氷ダイビングは気温や海況によっては実施できないことも多い。まずは、予定通り流氷ダイビングができたことに乾杯(撮影:坪根雄大)

2日目の晩御飯は、西村さんの知り合いの古坂こさか彰彦あきひこ(以下、古坂)さんが料理をふるまってくれる魚料理店「OYAJI」へ。古坂さんは、元々ダイビングショップを経営していて、40年間潜っていた。以前は流氷ダイビングのガイドも行っていたそうで、ウトロの海のことは何でも知っている。今は、知床で漁師をしながら、地元の海鮮を使った料理が楽しめるこの店で調理を担当している。お店には料理メニューがなく、その日の水揚げ量や人数、予算によって献立が完成するというスタイルだ。

今回伺った際も、コース料理のような形で、鮭のちあいと腎臓、ミンククジラ、水たこ(やなぎたこ)、ブリのステーキ、サーモンとスライスオニオンのおつまみ、ブリのしゃぶしゃぶ、ちゃんちゃん焼き…と、次から次へと知床の海鮮を使った料理が提供された。古坂さんの手料理に合ったお酒と一緒に、知床の海の幸を堪能。現役漁師さんによる手料理が食べられるという贅沢な体験ができる。

ダイコンが入った熱々の鍋に分厚いブリの身を5回ほど潜らせたら出来上がり。ブリの旨みが堪能できる贅沢な一品(撮影:坪根雄大)
みずみずしく甘みがある水たこのカルパッチョは、何個でも食べられてしまう(撮影:坪根雄大)
ジューシーだけど後味さっぱりなぶりのステーキ。玉ねぎのソースも美味しい(撮影:坪根雄大)
大きなプレートをテーブルの上に置いて、目の前で作り方を披露しながら作っていただいた鮭のちゃんちゃん焼き。キャベツの甘みも相まって箸が進む一品(撮影:坪根雄大)
共通の知り合いがいるなど意気投合するOYAJIの古坂さんと河本。第3話の天草に続き、ダイビングを共通言語にした出会いが知床にもあった(撮影:坪根雄大)

古坂さんに河本たちが、今回初めて流氷ダイビングをしたことを伝えると「昔はもっと流氷の層が分厚かった」「流氷が氷柱になっているところもあったよ」など、海の話に花が咲いた。また、昔はリュックを背負って歩いて知床を訪れる、通称「籠族かごぞく」と呼ばれる日本人旅行者が多かったけれど、世界遺産に登録されてからは海外からの旅行者も増えたと、知床の観光の変遷についても伺った。ちなみに「OYAJI」のロゴには、いくらと鮭のデザインが入っていて、鮭の生涯をイメージして描かれているという。

いくら、稚魚、幼魚、成魚と鮭のライフサイクルがデザインされたOYAJIのロゴ

訪問地情報 MAP

OYAJI
住所:北海道斜里郡斜里町ウトロ西111
営業時間:事前予約制
駐車場:4台
TEL:090-8908-1920
協和漁業部が経営する完全予約制の魚料理店。当日の魚の水揚げにより料理が決まるため、どんな料理が楽しめるか食べるまで分からないLIVE感が楽しめる。和食から洋食まで様々なスタイルでウトロの海鮮物を味わうことができる。

Day3 AM
昨日と今日、そして今日と明日。流氷の海は、同じ景色であることはない(撮影:鍵井靖章)
流氷の海を知り尽くした西村さんが、様々な景観を見せてくれた(撮影:鍵井靖章)
氷の下には、ヒダベリイソギンチャクが広がるエリアも(撮影:鍵井靖章)

昨日に続いて、3日目の午前中も流氷ダイビングへ。寒さに少し慣れてきたのか、河本や坪根の表情にも若干余裕があるように感じる。

流氷は常に変化している。潜っている間にも、氷の隙間から太陽が差し込む場所、光の強さや細さなどが常に変化していった。厚い氷に閉ざされたペネトレーションエリアの天井には、芸術的な氷のアーチが作られていたが、たった1ダイブの数分の間に溶けたのか?ダイバーの泡で折れたのか?痕跡も残さずに海水に溶けてなくなっていった。そんなふうに1ダイブごとに違う景色があり、撮れる写真が違うのだ。鍵井さんは様々な角度から、流氷の海を撮影していく。坪根も河本も、この一瞬を見逃すまいというように、シャッターを切っていた。

今回、器材の運搬やエントリーエキジットをサポートしてくれた若い水中写真家たちが、厳冬の海に長期滞在をしてでも氷の海を撮りたい理由が少し分かったと坪根は言う。今回は2日目に2ダイブ、3日目に1ダイブのたった3本のダイビングだったが、この氷に覆われた壮大な世界に住む小さな生物たちはとても美しく、一年のうちでたった1ヶ月間しか見られない「儚い海」の虜になった。
最後のダイブで、坪根がエキジットエリア付近で半水面を撮影している時に、沿岸の氷が溶けた水が塩辛くないことに気づいた。

「この水を作るアムール川にも行ってみたいね」鍵井さんとそんな話をしながら、最後のダイビングの余韻に浸った。

3ダイブが終わる頃には、河本も余裕の表情。「また潜りに来たい」と言っていた(撮影:鍵井靖章)
流氷ダイビングについて詳しくはこちら
Day3 PM
雪が積もった道路で出会ったエゾジカの群れ。慌てて逃げるそぶりはなく、30秒間ほどずっとこちらを見て、木々の中に消えていった(撮影:鍵井靖章)
普段はロシア東部に生息し冬の期間だけ北海道にやってくるオオワシ(写真提供:知床斜里町観光協会 )
一年中みられるキタキツネ。しかし、今回のロケでは女満別空港から車を走らせてすぐの道路で見たが最後、その後出会うことはなかった(写真提供:知床斜里町観光協会)

ダイビングを終え荷物をまとめた一行は、斜里町に別れを告げ、知床を少し南下した弟子屈町てしかがちょうにある屈斜路湖にあるコテージへ。翌日は北海道を離れなくてはならないため、女満別空港に少しでも近づいておこうという計画だ。

屈斜路湖付近にはスーパーなどがあまりないとのことで、斜里町付近で買い出しを済ませることに。コテージでは、ニッポンの海と文化恒例の「NUB飯(現地のお土産物や食材を現地で自分たちも堪能する企画)」を楽しむべく、道の駅や現地スーパーを何ヶ所もチェック。天日干しやジンギスカン、現地限定のポテトチップスなど、NUB飯で食べてみたい、お土産に送りたい材料を購入し屈斜路湖を目指す。

ウトロの道の駅「うとろ・シリエトク」で土産物を探す河本。やはりビール工場が多い北海道はビールの種類が豊富(撮影:坪根雄大)

と、車を走らせていると、ここでもエゾジカのご一向に遭遇。車を見ても驚かず、ジーとこちらを観察。第1話の取材で行った広島・宮島で出会った鹿より、格段に大きかった。北海道は動物も土地も、何もかもまるでスケールが違う。別の国に来ているような感覚だ。

屈斜路湖に近づいてくると、これまた流氷に初めて会った時のように屈斜路湖も湖一面が真っ白の世界。湖のはずの場所が見つからず、不思議な感覚だった。宿に向かうまで、屈斜路湖の周りを沿って通過。途中、湖から湯気が出ていることに気付き、車を止め手を水の中につけると、温かかった。調べてみると、火山の陥没によって誕生したカルデラ湖で、温泉が楽しめる場所だった。

北海道ならではの食材と美味しいお酒でNUB飯を堪能

鍵井さんはジンギスカンを、河本は流氷カレーの調理を担当(撮影:坪根雄大)

寄り道をしながらも無事にコテージに到着。コテージは屈斜路湖のすぐ脇にあった。調達した食材を使って料理を開始。第1話、広島編でも料理に腕を振るっていただいた鍵井さん。今回も、手際よく料理を開始。ジンギスカンに合わせる野菜を切り、タレのついたお肉と炒めていく。あとは、道の駅で買ったキンキの一夜干しをじっくりと焼くだけ。

一方、実は無類のカレー好きである河本は、道の駅で出会ったレトルトカレー「オホーツク流氷カレー」と古坂さんからいただいたカレーを作る。あとは、お酒にあう魚のつまみをお皿に盛り完成。お酒は、知床限定酒「鮭の酒」とじゃがいも焼酎「清里」を堪能した。ニッポンの海と文化の旅を通して、現地でしか手に入らないお酒との出会いも、日本の食文化、酒文化の楽しみの一つであると感じた。

簡単焼くだけでできたキンキの一夜干しと、スーパーで買った食材で作ったジンギスカン。白米が欲しくなる品々。左上に見える品は、青色のルーでできた「流氷カレー」(撮影:坪根雄大)
流氷カレーに続き、これまた水色のビール「流氷ドラフト」で乾杯。味は爽やかなビールの味わい(撮影:坪根雄大)
北海道と言えばジャガイモ。ということで、現地でしか買えないポテトチップスなど、普段あまり目にしないポテト系スナックを買ってみた(撮影:坪根雄大)
左から、OYAJIで飲んで美味しかったじゃがいも焼酎「清里」、知床限定の日本酒「TOTTAN 鮭の酒」、網走ビールの発泡酒シリーズ「知床DRAFT」、「ABASHIRI PREMIUM」、「流氷ドラフト」。知床DRAFTの仕込み水には流氷が使われている(撮影:坪根雄大)
Day4 AM
コテージから屈斜路湖へと続く道。木々に隠れた湖の壮大さを想像しながら歩く(撮影:鍵井靖章)
屈斜路湖の片隅から眺めた湖の風景。一面真っ白な世界の向こうに雪化粧した藻琴山もことやまがそびえ立つ(撮影:鍵井靖章)
屈斜路湖の氷の表面をよく見ると、風によってできたであろう不思議な模様ができていた(撮影:鍵井靖章)
今回泊まったコテージに付いていた露天風呂。一面冬景色で極寒の中入る露天風呂、一度入ったら出られない寒さと暖かさが入り混じった感覚、是非体験してみてほしい(撮影:坪根雄大)
朝起きてコテージの外を見ると至る所に小さな足跡が。足跡で、近くに動物がいることがわかる感覚も、雪国ならではの体験(撮影:鍵井靖章)

屈斜路湖に来たからにはと、朝8時頃にコテージから湖に向かい散策。湖に向かう道にも動物たちの足跡がたくさんある。いつの間に、どこに居たのか!と思うほど日中は全く出会わなかったのに…。屈斜路湖に到着すると、一面真っ白に広がる湖が。しかも太陽に照らされてキラキラと光っている。これは、凍っているのか?と思いながら恐る恐る足を進めていく。すると、分厚い層ができているようで湖の上を歩くことができた。流氷とはまた違った景観で、北海道の中でもいろんな雪景色の姿形があるのだと思った。また、コテージには露天風呂がついており、一面真っ白い世界でお風呂に入る体験ができた。

屈斜路湖のコテージをチェックアウトし、もう見納めになってしまう北海道の白い景色を脳裏に焼き付けながら女満別空港へと向かう。「今回で北海道に来るのが3回目でいつも思うことがあるんだけど、この真っ白い世界から東京に帰って日常生活の色に戻った時、あんなに白に包まれた景色が何て贅沢だったんだって毎回すごく感じるんだよね」と鍵井さん。他のメンバーは、その言葉を頭の片隅に自分の戻るべき場所へと戻っていった。

「圧倒的な自然のパワー、これぞ世界遺産」(河本)
「この壮大な景色を、次は家族と見てみたい」(鍵井さん)
(撮影:坪根雄大)

最後に、3泊4日の知床の旅を終えた河本と鍵井さんに、印象に残ったことや旅を終えて思うことを聞いてみた。

「流氷ダイビングを体験した上で、陸のアクティビティを体験するってとっても贅沢な体験だと感じました。今まで流氷ダイビングで3回知床に足を運んでいたけど、フレペの滝に行ったのは今回が初めてで、もっと早く来たかったと思いました。スノーシューを履いて木々を掻き分け、広大な白い景色を歩き続けてたどり着いたフレペの滝。その過程も良くてとても感動しました。とっさに、家族と見たいと思う壮大な景色でしたね」。(鍵井さん)

「僕も鍵井さんと一緒で、この知床の流氷の世界を見ている人生と見ていない人生だったら、絶対見ないとだなと思い、家族を連れて来たいと思いましたね。流氷ダイビングはもちろんですが、北海道の壮大な景色だったり、生き物と共生しているこの地域の方の暮らしなど、圧倒的な『自然』のパワーを感じ、これぞ世界自然遺産と改めて感じる旅でした」。(河本)

「日本人がまだ気づいていない、ニッポンの海の素晴らしい価値を証明する」という思いでスタートした「ニッポンの海と文化」。知床の厳しい自然環境を生かし、観光や産業を発展させるパワフルな現地の方たち。そして、圧倒的な景色を見せてくれる流氷をはじめとした壮大な自然。またこの地を訪れたいと取材チーム全員が思う、そんな印象に残る旅だった。

記事内で紹介した観光地、食事処、宿、ダイビングサービスなどの場所は、こちらでチェック。 知床を旅する際に、ぜひ活用してください。

一年のわずか1ヶ月ちょっとの期間だけ楽しめる流氷ダイビング。氷点下の環境でのダイビングを楽しむには、どんな準備が必要? ダイビングスキルは? 見られる生物は? など、流氷ダイビングの楽しみ方についてここでは詳しく紹介していこう。

流氷ダイビングをまずはバーチャル体験

流氷ダイビングのエントリーから水中で見られる風景まで、「ニッポンの海と文化」の知床ロケで撮影した360度動画でご紹介。スマホなら画面の上で指をくるくる動かせば、パソコンならマウスを動かせば、海底から水面まで、流氷の様子がよくわかる。※スマホの場合は、YouTubeアプリでご覧ください。

流氷360度動画

流氷ダイビングのできる場所と時期

流氷ダイビングができるのは、北海道知床半島のウトロと羅臼。ウトロでの流氷ダイビングを行っているのが、今回取材チームがお世話になった「ロビンソンダイビングサービス」だ。
流氷ダイビングは例年、知床半島に流氷が接岸する2月上旬から3月上旬まで開催されている。ちなみに今年は1月22日に流氷接岸初日が観測され、すでに流氷ダイビングのピークシーズンが始まっている。

しかし過酷な自然条件下で行う流氷ダイビングは、その時期ならばいつでもできるというわけではない。特集内でも紹介したように、1ダイブの間だけでも流氷は常に変化していて、今日潜れても明日潜れるという保証はない。接岸してくる流氷の量、その日の天候などによって潜れない日もあるので、できれば日程にも余裕をもって訪れるのがおすすめだ。

どこが海でどこが陸かわからない、流氷が接岸したウトロの海(撮影:坪根雄大)

流氷ダイビングをするために必要な装備&器材

外気温マイナス15度、水温マイナス2度という過酷な条件下で行う流氷ダイビング。とはいえ、しっかり防寒対策をして、ダイビング器材も寒冷地仕様のものを現地でレンタルして、万全の準備をして臨めば大丈夫。どんな準備が必要かを紹介していこう。

しっかり準備をすれば、氷点下の海も快適に潜れる(撮影:鍵井靖章)

★ドライスーツ+インナーをしっかり準備

寒冷地でのダイビングでは、海水温の低さに対応できるレベルの寒さ対策が一番重要。ドライスーツは普段から使い慣れているものがいいけれど、インナーを着込みやすいのはシェルドライ。ネオプレーンの場合は、5ミリでインナーを多く着込むことも考慮して、少しゆとりのあるサイズがおすすめだ。

インナーはヒートテックという人も多いが、できればダイビングスーツメーカーが出しているドライスーツ用のもののほうが快適で暖かい。また靴下は厚手のものを重ね履きするのがおすすめ。さらに、ヒートベストもあるとより心強い。

関連記事

★フードやグローブはマストアイテム

頭部や指先は、体温を奪われやすい箇所。ここを守るためのフードやグローブは、流氷ダイビングではマストアイテム。普段グローブをせずに潜るという人も、ダイビングサービスでレンタルもできるので、利用しよう

★レギュレーターは寒冷地仕様のものを

マスクやフィン、BCなどは普段使っているもので問題ないが、レギュレーターは寒冷地仕様のものを使ったほうが安心。一般的なレギュレーターだと、ファーストステージが凍りついてフリーフロー(空気が出っ放しになる)を起こす可能性があるからだ。寒冷地仕様のレギュレーターはダイビングサービスで借りられるので、流氷ダイビングの申し込み時に一緒に申し込んでおこう。

エントリー前の準備では、ダイビング器材やカメラ機材は、内部に雪が入り込んでしまう可能性もあるので、雪の上に直接置かないように注意(撮影:坪根雄大)

エントリー時に気を付けたいこと

準備ができたら、いざエントリー。エントリーは、流氷にチェーンソーで氷の上に開けた穴からするのが通常(しかし、去年の撮影時は流氷の切れ目からエントリーをしていた)。エントリーポイントまでは、器材を背負って、フィンを持ち、歩いて移動する。この時、氷の上を歩くことになるので、足を滑らせないように注意しよう。

なお、ドライスーツに多めにエアを入れると暖かいので、流氷ダイビングではプラス浮力になりがち。そのためウエイトは普段のダイビングより、かなり重めになる。アンクルウエイトも必要なので、ウエイトをバランスよく体に付けるようにしたい。エントリー時はロープにつかまって潜降するので、必ずガイドの指示に従って慌てずに行おう。

器材を装着して水中に入ったら、フィンを履いていざエントリー(撮影:坪根雄大)

流氷ダイビングの見どころとは?

流氷ダイビングの見どころといえば、流氷の塊を水面下から見た風景が一番に思い浮かぶという人が多いことだろう。

頭上に浮かぶ巨大な氷の塊に圧倒される。差し込んでくる太陽光によって、明るさも氷の見え方も違ってきて、実におもしろい(撮影:坪根雄大)

「流氷ダイビングは地形ポイントだ」という人も少なくないが、巨大な氷の塊が織りなす水中景観は、地形ポイントを潜っているときのワクワク感を彷彿とさせる。

★流氷の海で出会う生物たち

そもそも「そんなに冷たい場所に、生き物なんているの?」という疑問が率直に頭に浮かぶ。しかし、実は流氷ダイビングでも、いろいろな生き物との遭遇チャンスがもちろんある。ここでは流氷下で見られる生き物たちを紹介しよう。

透明な翼足をパタパタさせて泳ぐ姿がかわいくも美しいクリオネ(撮影:鍵井靖章)

流氷ダイビングで会える人気生物といえば、やはりクリオネだろう。巻貝の仲間だが、成長すると完全に貝殻がなくなる。羽ばたくように泳ぐ姿から「流氷の天使」と呼ばれ、日本では北海道沿岸で一年中見られる。

クラゲの仲間たちも、流氷ダイビングで出会うチャンスが!

円盤状の扁平な傘を持つキタユウレイクラゲ(撮影:鍵井靖章)

フワフワッと移動していく姿がおもしろい、キタユウレイクラゲ。日本では三陸から北海道の太平洋岸、およびオホーツク海沿岸で見られる。

そして、ウリクラゲの仲間。体は透明だが、光が当たると写真のように怪しく光って見える。

瓜のような形をしていることが名前の由来(撮影:鍵井靖章)

ほかにも記事内で紹介したヒダベリイソギンチャクやウニの仲間、そしてカジカなどの魚類など、流氷の海ではいろいろな生物に遭遇できる。

クリっとした眼が愛らしいカジカの仲間や、よく見るとたくさんの眼があるホタテガイも見られる(撮影:鍵井靖章)

流氷が織りなすワイドの景観はもちろん、北の海で健気に生きる生き物たちも、ぜひウオッチングしてみたい。