「ダイオウイカ」相次ぐ目撃の謎。対馬暖流に乗り、日本海に流入か

今冬、兵庫県、鳥取県、富山県といった日本海沿岸でダイオウイカが相次いで目撃されている。ダイビングポイントでダイビング中に遭遇したという驚きのニュースも先日ocean+αで取り上げた。ダイオウイカといえば、深海の生物のイメージだが、なぜそんな生き物が浅い沿岸部に出没し、場合によっては打ち上げられてしまうのだろうか?今回、世界的なダイオウイカの研究者である窪寺恒己博士らが過去に発表した、日本海におけるダイオウイカの漂着過程の推察に関する論文を読み解きながら、その実態に迫っていきたい。最後には、窪寺博士から直接見解もいただいた。

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1月12日、兵庫県香美町で漂着した体長4mのダイオウイカ
▶︎4メートルのダイオウイカ捕獲 高校生が生きたまま素手で 「本物初めて」大興奮 | 日本海新聞 Net Nihonkai

1月15日、鳥取県岩美町で漂着した体長3mのダイオウイカ
▶︎鳥取県の海岸に死んだダイオウイカ漂着 体長3m超 | NHK | 鳥取県

1月12日、富山市岩瀬諏訪町で漂着した体長6mのダイオウイカ
▶︎富山港の岸壁に生きたダイオウイカ(北日本新聞) – Yahoo!ニュース

鳥取県岩美町で漂着したダイオウイカ(写真提供:「ブルーライン田後」・山崎英治氏)

鳥取県岩美町で漂着したダイオウイカ(写真提供:「ブルーライン田後」・山崎英治氏)

吸盤部分を拡大(写真提供:「ブルーライン田後」・山崎英治氏)

吸盤部分を拡大(写真提供:「ブルーライン田後」・山崎英治氏)

謎多き、世界最大級の無脊椎動物

ダイオウイカが生息圏とする深海で、生きている姿が初めてカメラに収められたのは2004年。もちろん2004年以前にも世界各地の沿岸部でダイオウイカが発見されたことはあったものの、映像機器などの技術的な要因で彼らが生息する“深海”でその姿が撮影された事例はなかったのだ。その撮影をしたのが、まさに国立科学博物館の窪寺恒己博士らの研究グループ。撮影場所はダイオウイカの生息地のひとつである小笠原諸島沖の深海で、世界に大きな衝撃を与えた。さらに2006年には、深海から釣り上げたダイオウイカが海面で動く姿の撮影にも成功し、ダイオウイカの研究史に大きな一歩を刻んだ。

2006年に釣り上げて撮影に成功したダイオウイカ(写真提供:窪寺恒己博士)

2006年に釣り上げて撮影に成功したダイオウイカ(写真提供:窪寺恒己博士)

とはいえ、水深600〜1000mの深海に生息していることから、頻繁にその姿を確認し調査することが難しく、いまだに謎が多い生き物だ。

窪寺博士曰く、最大で体長18m、体重が約500kgに達する個体もいるのだという。写真は窪寺博士と体長3mほどあるダイオウイカ(写真提供:窪寺恒己博士)

窪寺博士曰く、最大で体長18m、体重が約500kgに達する個体もいるのだという。写真は窪寺博士と体長3mほどあるダイオウイカ(写真提供:窪寺恒己博士)

ダイオウイカは、世界中の温帯海域の水深600~1000mの中深層に広く分布しているとされており、日本では太平洋の南西諸島や小笠原諸島近海で生息が確認されている。ではなぜ、温帯中深層の海を好むダイオウイカが、冬の日本海沿岸に漂着してしまうのか?

過去にもダイオウイカが日本海沿岸で大量に目撃された年があった

実は、今回のような同時期に多数目撃される事例は過去にもあった。特に2014年〜2015年は、日本海におけるダイオウイカの漂着などが相次ぎ、日本海全体では2年間で57個体が確認された。これらの事例をもとに窪寺博士や新潟県水産課の池田怜氏がダイオウイカの漂着過程について論文を発表している。そこから今年の相次ぐ目撃理由を読み取っていきたい。

まずは、温帯海域の中深層に生息するダイオウイカがなぜ日本海で発見されるのかを見ていこう。

東シナ海と日本海を繋ぐ、九州と朝鮮半島の間にある対馬海峡。ここがまさに日本海への入り口となっている。対馬海峡は水深90〜130mと浅く、冬でも一部を除けば水温は10度以上ある。そのためダイオウイカは一度、対馬海峡を通り、日本海に入ってしまうと、対馬暖流の流れのせいで抜けることができないのではないかと考えられている。

模式図

模式図

次に、日本海沿岸部に浮上してしまう理由についてはどうだろうか。日本海には300m以深に「日本海固有水」と呼ばれる0〜1度の冷水が存在し、その上を対馬暖流が流れている。つまり、日本海でダイオウイカの適温である水温5~10℃の水深は300mよりも浅い水深帯になる。夏季は日本海沖合で過ごせていたとしても、冬季は200m以浅でも水温が低下するため、暖かさを求めて、比較的暖かい日本列島近くの表層に寄ってくる。そのうち、何らかの理由で衰弱したものが浮上し、北西の季節風によって日本海沿岸各地に漂着するとされている。

また、日本海には、黒潮起源の高温・高塩分水と、リマン海流起源の低温・定塩分水がぶつかりあってできる極全線(寒帯前線)があり、その北側は夏でも4度に満たない水温となるので、ダイオウイカは南側に寄るしか無いというわけだ。

ここで、疑問なのが、なぜ大量漂着する年とそうでない年があるのか、ということ。2014年〜2015年の大量漂着の事例において、その要因の可能性の一つとして、強い対馬暖流によってもたらされた大雪による水温の低下を挙げている。

秋季に対馬暖流の強い年の年明けの冬季には、大雪の年となる(※)傾向があり、その大雪の1〜2年後または2〜3年後にダイオウイカの大量漂着が見られると言う規則性が見出されたという。
※対馬暖流が強い年に大雪となるのは、対馬暖流が強いことで日本海が温まり、雪に繋がる水蒸気が発生しやすくなるためと考えられている。

2014年〜2015年の大量漂着に関しては、漂着記録の少ない2008年〜2013年あたりで対馬暖流の流勢が強い年に、ダイオウイカの子どもが日本海に入り、2014年まで生き延びていたのではないかという。同じ時期に日本海に入ったダイオウイカであることを裏付けるかのように、2014年1〜10月は80〜140cmが大部分を占めたが、2014年11月〜15年3月は170〜200cmがほとんどで、後者の期間は大型の個体が主体だった。そして、最終的には何らかの原因により衰弱した個体が潮流にのって沿岸近くに出現するとの推察を示した。

果たして、今冬も同じ要因で漂着が相次いでいるのだろうか。

今冬はなぜ、立て続けに沿岸部でダイオウイカが目撃されたのか

ここからは窪寺博士に直接お話しをお伺いすることができたので、ご紹介したい。まず今冬も2014年〜2015年のように、発見数は増えていくのだろうか。「たしかに2021年〜2022年にかけて、対馬暖流が例年に比べ流量が多かったので、今年と来年は多いかもしれないですね。しかし、そこは私たちが知り得ない海洋構造が関係してくるので、確実にとは言えません」、とのこと。長年、ダイオウイカを研究してきた窪寺博士にとっても、やはり予測するのは難しいようだ。

次に、目撃されたダイオウイカはほとんどが弱っているように見えるが、その点についても伺った。論文でも、何らかの理由で衰弱したものが浮上し、北西の季節風によって日本海沿岸各地に漂着するとあったが、改めて窪寺博士に伺ってみた。「冬になると水温が下がりますが、これが一番の原因ではないかと推測しています。日本海は、冬になると表層から冷えていき徐々に中層まで冷えていきます。さらに水温の低下でダイオウイカの餌まで減るので、冬に弱る個体が出てきてしまうのではないでしょうか」、とのことだった。

「日本海はすごく不思議な場所」と窪寺博士が言うほど、世界的にもダイオウイカが多く目撃される珍しい場所のようだ。また、もしダイビング中にダイオウイカに遭遇しても、その個体は弱っており、人間を襲うなどということはまず無いらしい。皆さまにおいては、ぜひ慌てずに静かに観察してあげてほしい。

お知らせ

2月4日(土)16時45分〜17時58分にNHK総合チャンネルで放送される「TV70年!蔵出し映像まつり」の中で1分40秒ほどではあるが、窪寺博士が撮影したダイオウイカの映像が流れる。ぜひご覧ください。
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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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