ダイオウイカの生態や最大サイズは?日本での観測記録も

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2006年に撮影に成功したダイオウイカ

2006年に窪寺博士たちの研究チームが釣り上げ、海面で力強く泳ぐ姿が撮影されたダイオウイカ(写真提供:窪寺恒己)

日本人はイカが大好き。食材としてはもちろん、その姿や生態がとてもユニークでスキューバダイバーにも注目されています。アオリイカやコブシメなどの産卵や繁殖シーン、ハナイカやミミイカなどの愛くるしいパフォーマンスは水中撮影の被写体としても人気の的。そんなイカたちの中から、この記事では「世界最大のイカ」といわれるダイオウイカをクローズアップ!

ダイオウイカとは?

クラーケンのモデルとされる巨大イカ

ダイオウイカは「世界最大のイカ」とも「世界最大級の無脊椎動物」ともいわれ、「クラーケン」(西洋に伝わる伝説の海の怪物)のモデルの一つと言われています。頭足類(イカ・タコ類)特有の不思議(不気味)な姿と、その巨体が理由でしょう。
初めて学術的に記述されたのは1857年のこと。デンマークの頭足類研究者、スティーンストルプ博士が西大西洋で発見された巨大イカに“Architeuthis duxアルキテウティス・デュクス” と学名を付けました。
その後も、胴体部分だけで数メートルある巨大イカは世界各地で漂着・捕獲され、そのたびに新しい学名が付けられました。その数、なんと17種! 大型のうえ軟体動物であるダイオウイカの標本保存は困難で、相互に比較できなかったが故の学名「乱発」だったのでしょう。実際にダイオウイカの仲間が17種もいるわけではないのでご注意を。

深海で活発に行動する巨大イカ

かつては「ダイオウイカは深海中層に浮かびながら触腕(獲物を獲る腕)をダラリとぶら下げ、エサを引っかけて捕らえるのだろう」と想像されていました。積極的に獲物を襲うことはない、と。
しかし、現在ではその説はすっかり覆されています。

21世紀に入ってからは、窪寺恒己(くぼでらつねみ)博士(国立科学博物館)を中心とする研究チームが、小笠原近海で水中撮影機材や深海艇を駆使した調査を開始。その結果、ダイオウイカの泳力はかなり強く、活発な捕食者であり通常のイカ類と同じように積極的にハンティングする等のことがわかってきました。
2012年7月には、ハイビジョンによる鮮明な動画撮影に成功。水深600mから900m弱にかけて、23分間にも及ぶ映像が記録されました。その銀色から金色に移り変わる美しい体色、メタリックな光沢、哲学者のような目が世界に発信され、大きな話題となりました。

体長3mほどあるダイオウイカ

窪寺博士と体長3mほどあるダイオウイカ。最大のものでは長い触腕を入れた体長18m、体重が約500kgに達する個体もいるという(写真提供:窪寺恒己)

ダイオウイカは世界の海に1種のみ

「ダイオウイカの仲間」は世界に何種類いるのでしょうか。前述のようにダイオウイカとされる巨大イカの学名は17もあります。しかし、その多くはジュニアシノニム(同じ種に後から別の学名が付けられた同物異名)と考えられています。
科学的精査のうえ絞り込んだ結果、最初に記録された西大西洋の“A. dux”とニュージーランドの“A. kirkii”、日本近海の “A. japonica”という3種は存在するのではないか、と考えられてきました。また、窪寺博士の調査では日本近海のダイオウイカは ①長腕型(腕が長く、交接腕はない)②中腕型(腕が長く、交接腕がある)③短腕型(腕が短く、交接腕がある)という3タイプに分けられとしていました。

ところが2012年、ゲノム解析の結果から「ダイオウイカは“Architeuthis dux”の1種類」と結論付けられました。日本やニュージーランド、オーストラリア、大西洋、アフリカ沖など世界各地の海から43個体の試料を取り寄せ、ミトコンドリアDNAの全塩基配列の解析をしたところ、別種として分けるほどの差異は認められなかったのです。
しかし、外部形態から明らかに異なる種に見えるものが、遺伝子レベルで同種とは驚きです。その違いがどのような要因で引き起こされるのか? 生息環境によるものかエサなど別の原因か、今後の研究が待たれます。

ダイオウイカのサイズ

史上最大のダイオウイカ

日本近海のダイオウイカは大きくても体長(胴体+腕の長さ)6m程度のようです。世界にはもっと大きな個体が記録されており、1888年にニュージーランドで発見された個体は全長(胴体+長い触腕の先端まで)18mという記録が残されています。しかし、この数値は信憑性に欠けるため、研究者の間では1966年にバハマ沖でアメリカ沿岸警備隊が捕獲した全長14.3mが最大と言われています。体重は成体で200~300kgに達します。

ダイオウイカより巨大なイカって存在するの!?

2007年2月、ニュージーランドの漁船が巨大なイカを捕獲しました。その名はダイオウホウズキイカ、南極付近の深海から知られている謎多きイカです(名前に“ダイオウ”と付いていますが、ダイオウイカの仲間ではありません)。この個体は胴長だけで2m15cmもあり、腕の長さも入れれば約10m、重量500kgという巨体。しかも、まだ未成熟でしたから、成長すればダイオウイカを超えるかもしれません。胴体はホオズキのように丸く寸胴で、世界最重量のイカといわれています。

北太平洋の寒帯海域には、胴長2m近くになるニュウドウイカが生息しています。大きな個体では触腕の先端まで入れると全長5~6mに達し、ダイオウイカやダイオウホウズキイカに次ぐ巨大種です。
世界の熱帯海域に広く分布するヒロビレイカも大型です。最大記録は東部大西洋で捕獲された胴長1.32m、体重124kgというメスでした。ヒロビレイカは成長の早い段階で1対の触腕を失うため、イカでありながら腕がタコのように8本しかないことが特徴です。
そのほかハワイやインド洋、大西洋の2000~4500mの深海からは、ミズヒキイカという異様にスレンダーな奇妙なイカが撮影されています。胴長は60cm程度ですが、紐のように著しく細長い腕を広げると全長7mに達するそうです。

ダイオウイカの生態

生息場所は世界の海

打ち上げられた死体や天敵であるマッコウクジラの胃内容物調査などから、ダイオウイカは世界中の温帯~亜寒帯海域に広く生息していることがわかっています。具体的には日本近海やハワイ、カリフォルニア、ニュージーランドなどの太平洋、ニューファンドランドからバハマに至るアメリカ大陸東部やヨーロッパ、北アフリカなどの大西洋、アフリカ南東端などインド洋など。
また、小笠原近海の調査によると、ダイオウイカは水深650~900mの中深層、水温4~6℃付近で活発に行動、摂餌していることがわかってきました。

■ダイオウイカの記録地点

ダイオウイカの分布図

出典:Roper and Boss, 1982

仲間のイカもメニューのひとつ

イカの仲間は顎板(口器のこと。いわゆるカラストンビ)と呼ばれる「歯」があり、すべての種が動物食性と考えられています。
海洋生物の食性を調べる手段としては、解剖して胃の内容物を調べるという方法が一般的です。ニュージーランド近海で採集されたダイオウイカ16個体の胃内容物を調査した記録によると、数個体から生き物の断片やウロコが出てきました。その中に顎板もあり、ダイオウイカは仲間であるイカ類(このときはミナミニュウドウイカ、ニュージーランドスルメイカ)も食べていることが判明。そのほか小さな浮遊性甲殻類が5種ほど、イトヒキダラなどの魚類が確認されました。
実際、小笠原近海における調査では、ダイオウイカをおびき寄せるエサとしてソデイカやスルメイカを用い、十分効果を発揮しています。

天敵はマッコウクジラ

ダイオウイカには「深海でマッコウクジラと闘う巨大イカ」というイメージがあります。マッコウクジラの頭部や体に吸盤の跡のような丸い傷跡が観察されることがあり、ダイオウイカとの「闘い」の跡とよく言われます。しかし、マッコウクジラはハクジラ類の中で最大種であり(メスは11m、オスは18m)、深海の大型イカ類や魚類を捕食することに特化した生き物。ダイオウイカとはいえ互角に闘える相手ではないようです。
マッコウクジラの好物がダイオウイカなどのイカ類であることは、竜涎香(りゅうぜんこう)(天然香料の原材料で希少価値が高い)が示しています 。竜涎香とはマッコウクジラの腸内に生じる結石のようなもので、その主な成分はイカ類の顎板であることでわかります。ちなみにマッコウクジラは漢字で「抹香鯨」。その体内から竜涎香が取れることから名付けられました。

マッコウクジラ

マッコウクジラの巨大な頭部には脳油が詰まっている。潜水時は脳油を冷やすことで比重を増し、ウエイトとして利用。逆に、浮上時は温めることで比重を軽くする

巨体に似合わぬ儚い命

イカの頭部には平衡石という炭酸カルシウムの小さな 塊があり、その名の通り体のバランスをとることに利用されます。この石には日輪が刻まれていて、これを数えることで年齢を把握できます。その結果、アオリイカやヤリイカ、スルメイカなどほとんどのイカの寿命は1年であることがわかってきました。
ただ、寒冷海域に生息する生物は概して寿命が長くなる傾向があり、例えば北太平洋にすむドスイカの寿命は2年とされています。ダイオウイカが生息する深海も低水温で、その寿命は3年ほどと推定されています。一般のイカ類の3倍とはいえ、想像以上に短い生涯なのです。

日本周辺のダイオウイカ

日本初の学術的記録

日本でも古くからこの巨大イカの存在は知られていたようで、江戸時代に開かれた博覧会に、胴長1.86mという大きなイカが展示されたという記録があるそうです。これをドイツ人のヒルゲンドルフ博士が知り、その後に博士が魚河岸で見つけた巨大なイカの甲を基に1880年に新種として報告しました。これが日本における初の生物学的な記録です。
1895年には、帝国大学の箕作佳吉(みつくりかきち)博士たちが東京魚市場で見つけた胴長72cmのイカを、ダイオウイカの仲間として論文にまとめました。それが1912年に新種として認められ、日本近海のダイオウイカには“Architeuthis japonica”(japonica/ヤポニカは“日本の”という意味)という学名が付いたのです。ただ、前述した通り残念ながら現在は同物異名という見解が主流です。

日本海はダイオウイカの宝庫?

日本列島の太平洋沿岸では、ダイオウイカの漂着や発見の記録は少数です。ところが、日本海側は結構多く、数年に数個体程度は観察されています。しかも、しばしば大量漂着することも。
2014年から2015年にかけてもダイオウイカが多数漂着したことがあり、たった2年のあいだに日本海に面した沿岸域から57個体が確認されました。記憶に新しいところでは、2023年1月6日に兵庫県・竹野のダイビングポイントでその姿が撮影されています。その後も鳥取や富山などから情報が相次ぎました。

▶︎【激レア】兵庫県・竹野のダイビングポイントでダイオウイカを激写!

しかし、日本海のダイオウイカは普段から生息しているわけではなく、対馬暖流によって東シナ海からダイオウイカの稚仔が流されてきた結果のようです。実際、秋口に対馬暖流が強かった年の2~3年後、ダイオウイカの報告が増える傾向にあります。

▶︎「ダイオウイカ」相次ぐ目撃の謎。対馬暖流に乗り、日本海に流入か

日本海は日本列島とアジア大陸に囲まれ、外海とは浅い海峡で繋がっている閉鎖的な海域。狭いながらも急深で、最大水深3000mを超えるという環境にあり、ダイオウイカの他にもリュウグウノツカイやサケガシラなど深海性の生き物がしばしば見られるユニークな海なのです。

発見されたダイオウイカ

2023年1月に兵庫県・竹野に現れたダイオウイカ(写真提供/Dive Resort T-style)

ダイオウイカは食べられるのか

大きな海洋生物の話になると、その味や「寿司にすれば何人前」といった話題となるのは水産大国ニッポンだからこそ。毒がないとなれば試食する美味探求者も多いのですが、ダイオウイカに関しては「しょっぱいというかエグイというか渋いというか」「非常に不味い」と皆さん意見が一致しています。
その原因は筋肉中に貯めこんだアンモニア。アンモニア含量を増やすことで比重を減らし、ダイオウイカは中層で浮かびやす くしているのです。ダイオウイカを好んで食べるマッコウクジラは、獲物を咀嚼することなく丸呑みするそうなので、味は気にならないのでしょう。

いかがでしたでしょうか。各地からのダイオウイカ目撃情報が聞かれたら、ぜひ紹介したいと思います。また、深海に暮らす不思議なダイオウイカは一般の方々にも魅力的なようで、ぬいぐるみやフィギアでも人気です。ダイオウイカと海で遭遇する可能性は低いのですが、陸での出会いは意外とありそうですね。

監修者プロフィール

窪寺恒己(くぼでらつねみ)
窪寺恒己
水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問

1951年東京生まれ。1981年に北海道大学大学院水産学研究博士課程単位取得の後、退学。1982~1983年米国オレゴン州立大学海洋学部研究助手を務めたのち、1984年から国立科学博物館動物研究部の研究グループ長、コレクションディレクター(兼 分子生物多様性研究資料センター長)などを歴任。2004年、小笠原沖の深海で、世界で初めて生きたダイオウイカの撮影に成功。2006年には、ダイオウイカを生きたまま海面まで釣り上げ、その動き回る衝撃的な映像をニュースメディアに公表。さらに2012年にはダイオウイカの生態映像の撮影に成功。2014 年第7回海洋立国推進の推進に関する特別な功績分野で内閣総理大臣賞を受賞。2016年国立科学博物館を定年・退職。科博名誉館員・名誉研究員となる。2017 年日本水中映像の非常勤学術顧問に就任。

【窪寺先生のダイオウイカについての主な著書】
窪寺恒己著(新潮社)2013年

窪寺恒己著(ポプラ社)2013年

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PROFILE
東京水産大学(現東京海洋大学)在学中、「水産生物研究会」でスキンダイビングにはまり、卒論のサンプルであるヤドカリ採集のためスキューバダイビングも始める。『マリンダイビング』『マリンフォト』編集部に約9年所属した後フリーライターとなり、現在も細々と仕事継続中。最近はダイビングより弓に夢中。すみません。
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