初心者にもわかりやすいダイブコンピュータと減圧症の話-TUSA IQ850開発者インタビュー

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ダイブコンピュータがもたらした弊害

調査とシミュレーションを繰り返して

今村

今村もうひとつですね、調査をするにあたってとても大きなものがあって。

いぬたく

どういったことでしょうか。

今村

今はどのコンピュータもログデータをパソコンに取り込めるじゃないですか。実はその中にシミュレーション機能っていうのがあるんですよ。

いぬたく

シミュレーション機能、ですか。

ダイブコンピュータと減圧症の話(TUSA IQ850)

今村

例えば、ダイビングをスタートしてから何分後にこの水深、この水深というように潜水軌跡をつくっていくことができるんです。これによって、体内に溜まっていく窒素の変化をコンパートメント(体の組織の区分け)ごとにシミュレーションすることができます。
深いところに行くと吸排出の早い組織がどーんと伸びていくけど、浅いところだとこの組織は伸びていないとか、そういうことが全て分かるんです。これを見ていくことで、なぜ減圧症の患者が増えているのかという理由が自分なりに分かってきたんです。

いぬたく

それはどういったことでしょうか?

今村

まず、調査した結果、減圧症に罹患された方の多くは、窒素が溜まっている量がとても多いということが分かりました。シミュレーションで分析してみると、窒素量って必ずしも水深が深いところに行ったから多いわけではないんですよね。
実際に、深いところには行っていなくて、しかも無減圧潜水時間を守っていた罹患者が沢山います。当然のことですが、窒素量は平均水深と潜水時間によって決まるからなんです。

いぬたく

なるほど。

「実は減圧症のリスクが高い潜り方」とは

今村

体内で窒素が溜まっている状態を見ると、今までは安全だと思われていたダイビングにもとても危ないものがあるんです。
例えば水深15〜20mくらいにずっと滞在していると、吸排出が早い組織のグラフはあまり伸びずに止まります。そうすると従来のダイブコンピュータで表示される潜水(可能)時間は長くなって、そのままだと体内に取り込まれる窒素量は多くなっていってしまうんです。

いぬたく

ダイブコンピュータの表示としてはまだ潜水時間に余裕があることになるんですね。

今村

調査と分析を繰り返すうちに、そこそこの水深に長くいると、むしろ窒素を各組織にまんべんなく溜めこんでしまうということに気づいたんです。
「深いところ=危ない、浅いところ=それほど危なくない」と考えていると、減圧症との相関関係はなかなか出てこないんですよ。

いぬたく

最大水深だけで計ってはいけない、ということですね。

今村

はい、最大水深をデータで取っても、減圧症の分析にはならないと思います。確かに深いところに長く潜ることは一番危ないのですが、その考え方だけだと、迷路に向かってしまうことになります。

いぬたく

それだけではいけない、と。

今村

私は最大水深より平均水深に注意を払うべきだと思います。調査した結果では、平均水深15m以上で潜水時間が45分を超えるようなダイビングは危険です。

推奨される潜り方

今村

それと、やはり大切なのが、模範潜水パターンと言われる潜り方です。

いぬたく

さっきおっしゃっていた15〜20mにずっと滞在する箱形潜水ではない潜り方ですね。

ダイブコンピュータと減圧症の話(TUSA IQ850)
模範潜水パターンの例

今村

模範潜水パターンがなぜいいかというと、ダイビングの初めに最大水深までいきますよね。最大水深(深いところ)では、窒素の吸排出の早い組織に急速に窒素が取り込まれます。

いぬたく

はい。

今村

その組織に、窒素をどーんとため込んでいく。この吸排出の早い組織からは浮上の時に窒素をなめらかに抜いてあげなければいけないので、(その後のダイビングで)時間をかけて抜いていく必要があるんです。
また、吸排出の遅い組織というのは、どんなダイビングをしていても蓄積状態はあまり変わらないので、安全なダイビングのカギは吸排出の早い組織のコントロールと遅い組織に窒素をため込み過ぎないことが握っていると言えます。

いぬたく

だから深いところには最初にいくことが大切、ということですね。

今村

ちなみにリバース潜水がなぜ危ないかというと、ダイビングの後半に深いところに行くと減圧潜水になりやすいですし、浮上するまでに吸排出の早い組織の窒素が安全ラインまで抜けきらないからです。

ダイブコンピュータと減圧症の話(TUSA IQ850)
コンパートメントごとに溜まった窒素量 【模範潜水パターン後】

ダイブコンピュータと減圧症の話(TUSA IQ850)
コンパートメントごとに溜まった窒素量 【リバース潜水パターン後】
模範潜水と比べて右側の吸排出が遅い組織はあまり変わらないが、
左側の吸排出が早い組織に溜まっている窒素量が多いのが分かる

そして新しい考え方のダイブコンピュータを

いぬたく

今村さんはそうした考え方から、IQ-850というダイブコンピュータを企画されたんですね。

今村

減圧症を防ぐにはただ無減圧潜水時間を表示するだけではダメだ、ということが自分なりに分かってきたんです。

いぬたく

つまり、体内窒素量を12のコンパートメントごとの表示に分けることによって、それぞれの組織に溜まっている窒素の量が、水深によって異なることに気づいてもらうのが大切なわけですね。

今村

そうなんです。

ダイブコンピュータと減圧症の話(TUSA IQ850)

今村

窒素の吸排出のスピードが違うという意味を、乗り物に例えると分かりやすくなります。 無減圧潜水時間との境目(M値)を崖だと思ってください。
車(早い組織)だと、崖まで速く近づきますが、遠ざかるのも速いですよね。それが徒歩(遅い組織)だと、車よりは近づくのも遅いですし、遠ざかるのも遅いです。
つまり、無減圧潜水時間だけの表示では、各組織の窒素量がどれだけ崖まで離れているかが分からないのです。
ここで大切なのは、崖からいかに安全な距離を取るかということなのです。

いぬたく

なるほど。IQ-850が発売される前は、そこに着眼されていた方がいなかったということなんでしょうか?

今村

そうだと思いますね。今までシミュレーション機能というものを自分でいろいろ試してみた人が少なかったんじゃないかと思います。そういう意味では、自分はいろいろ実験してみて、ますますもって「ダイブコンピュータってこういう風にできてるんだ」というのが分かるようになってきました。

初心者にもわかりやすいダイブコンピュータと減圧症の話-TUSA IQ850開発者インタビュー

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