サンゴの産卵が教えてくれる、沖縄の海の生命力【連載】

サンゴの産卵

サンゴの産卵を沖縄本島北部で撮影(坪根 雄大)

連載第2回目は、 沖縄では夏の風物詩とも言えるサンゴの産卵について。2025年は、例年よりも約1ヶ月遅れましたが、無事にサンゴの新しい命が誕生しました。沖縄本島北部では、今帰仁村で6月6日ごろから産卵が始まり、瀬底研究施設では数日遅れて6月9日と10日にサンゴが産卵しました。

古川真央
琉球大学でサンゴの生殖や種分化を研究中。幼少期に種子島で出会ったサンゴに魅了され、気づけば博士の道へ。SNSや記事を通して、サンゴの奥深い世界を楽しく、わかりやすく発信している。将来は自身の研究室を持ち、研究を通じて「何かに夢中になれること」の素晴らしさを次世代に伝えていきたい。
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沖縄の海でサンゴの産卵――今年の変化とは?

私が所属している瀬底研究施設では、サンゴの産卵に合わせて国内外から多くの研究者が集まります。サンゴのプラヌラ幼生を作って実験に使用する人もいれば、受精の過程を調べる人もいて、毎年この時期は施設全体がお祭りのような雰囲気になります。

ところで、今年の産卵は少し不思議なことがありました。

それは、ウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)の産卵開始の時間が、例年よりもわずかに早かったこと。ウスエダミドリイシは、通常19時30分ごろから徐々に産卵が始まるのですが、今年は19時15分ごろには既に産卵が始まっていました。これが何を意味するのかは分かりませんが、自然の変化を実感し、学びの多い経験でした。

ウスエダミドリイシ

コリンボース状サンゴのウスエダミドリイシ

多くのサンゴが今年も無事に産卵してくれたことは、良い意味で予想を裏切られました。

ご存知の方も多いと思いますが、昨年(2024年)の夏、沖縄本島周辺では多くのサンゴが白化してしまいました。特に水深5mよりも浅い場所では、ミドリイシ属の多くが死滅し、場所によってはほとんどいなくなってしまったのです。

サンゴの白化

2024年に恩納村で撮影したミドリイシ属の大規模白化(坪根 雄大)

これまでの研究では、白化したサンゴは卵を作ることができなかったり、卵を作れたとしても小さくなってしまったりすることが報告されています。(※1,※2)一方、近年では逆の結果も報告されています。

たとえば、ウスエダミドリイシでは、高水温を経験した群体が翌年、小さい卵をたくさん作り、そこから生まれたプラヌラ幼生は正常に発育することや高水温に対してある程度の耐性を示すことが分かってきました。(※3)

このような研究から、高水温や白化がサンゴの産卵に与える影響は一様ではないことが見えてきます。

サンゴの“バンドル”とは?サンゴの産卵メカニズムを解説

サンゴの産卵といえば、海中を淡いピンク色のバンドルが漂う幻想的な光景を思い浮かべる人がほとんどでしょう。しかし、それを「サンゴの産卵」と一括りにしてしまうのは少し乱暴かもしれません。

多くの人が思っているサンゴの産卵は、特にミドリイシ属の産卵を指していて、実はサンゴの産卵の仕方は他にも様々あるのです。

ミドリイシ属のように雌雄同体(1つの群体がオスでもありメスでもある)で海中に配偶子を放出するサンゴは、バンドルと呼ばれる袋の中に卵と精子を一緒にパックしています。

ミドリイシ属のバンドルセット

ピンク色の球体がミドリイシ属のバンドル

ミドリイシ属のバンドルセット

ミドリイシ属のバンドルをズームアップ

バンドルから放たれた卵と精子は海中で受精し、それが数日かけてプラヌラ幼生へと変態します。このような繁殖方法は、専門的には放卵放精と呼ばれています。

ミドリイシ属の場合、正常に発生が進めば受精後4日目ほどでプラヌラ幼生が泳ぎ始めます。プラヌラ幼生をよく観察してみると、体の周りに繊毛と呼ばれる非常に細い毛が生えているのです。この繊毛を使ってプラヌラ幼生は海中を泳ぎ、着底する場所を探します。

しかし、実際には「泳ぐ」というよりも、「波に身を任せる」という表現の方が正しく、遊泳能力はほとんどないに等しいレベルです。それでも、ハナヤサイサンゴ属では、プラヌラ幼生が100kmも移動したという報告もあります。わずか1mmほどの小さなプラヌラ幼生が、そんな長旅をしていると考えると本当に驚かされます。

ハナヤサイサンゴ属

太めの枝が特徴のハナヤサイサンゴ属

ミドリイシだけじゃない!サンゴの多様な繁殖方法とは?

放卵放精を行うサンゴの中には、バンドルを作らない種も存在します。例えば、ハマサンゴ属のような雌雄異体のサンゴでは(一部、雌雄同体も確認されている)、オスが精子を、メスが卵をそれぞれ単独で放出します。

ハマサンゴ属の卵は非常に小さく、正確に測定したことはありませんが、0.5mm以下と思われます。そのため、精通した人でなければ産卵を見逃してしまうでしょう。実際、私は初めてハマサンゴ属の放卵を見た際、卵が出ているのに気がつきませんでした。

一方で、オスが精子を放出する場面は、海中が靄に包まれたように幻想的な光景となります。特に、大きな群体や群集が放精をすると、ミドリイシ属の一斉産卵とは違った雰囲気で見応えがあるので、皆様も機会があれば狙ってみて下さい。私自身は残念ながら、海中ではなく水槽や映像でしかその光景を見たことがありません。

サンゴの赤ちゃんはどこへ行く?プラヌラ幼生の大冒険

サンゴには他にもさまざまな繁殖方法があります。中には卵を放出せず、精子のみを放出する種もいます。例えば、ニオウミドリイシ属、ハナヤサイサンゴ科の仲間、アオサンゴ属などです。

これらのサンゴは、精子のみを海中へ放出し、サンゴの体内で受精と発生が行われ、親サンゴは受精卵がプラヌラ幼生になるまで体内で保育するのです。このような繁殖方法は、幼生保育と呼ばれます。サンゴが体の中で赤ちゃんを育てるって、結構驚きですよね。

プラヌラ幼生

研究所で観察しているプラヌラ幼生

このような繁殖を行うサンゴ種の場合、プラヌラ幼生は十分に発生が進み、今すぐにでも海底に定着できる状態で親サンゴの体内から出てきます。その為、プラヌラ幼生は親サンゴの体から出てくるや否や、すぐに海底に定着するのです。

アオサンゴ属やトゲサンゴ属の分布範囲を例に考えてみると、幼生保育を行うサンゴ種の分散範囲の特徴が分かりやすく見えてきます。アオサンゴ属は、石垣島の白保海岸や沖縄本島北部・名護市の大浦湾でとても大きな群集を作っていることで有名ですが、他の海域ではほとんど見かけないほどしか分布していません。いたとしても、数群体も見つけられない程度です。

アオサンゴ属

沖縄本島・大度海岸にいたアオサンゴ属

アオサンゴ属のプラヌラ幼生は親サンゴの周辺に着底し、遠くまで広く分散しないため、局所的に密集して生息しているというわけ。また、トゲサンゴ属も似たような分布の仕方をしています。

阿嘉島のトゲサンゴ

阿嘉島で観察したトゲサンゴ

1998年の世界的な大規模白化以前、沖縄本島周辺の浅瀬には沢山のトゲサンゴ属が生息していたと聞きます。しかし、1998年以降、沖縄本島周辺の浅瀬では地域絶滅したと言われるほど、生息数が激減してしまいました。一方、当時慶良間諸島周辺ではそこまで高水温の影響が深刻ではなく、トゲサンゴ属が生き延びることができたそうです。その為、現在でも慶良間諸島周辺にはトゲサンゴ属が局所的に生息しています。

慶良間から沖縄本島へ…幼生はどこまで届くのか?GPS調査の驚きの結果

これまで見てきたように、サンゴは繁殖の仕方(放卵放精なのか、幼生保育なのか)によって、分散できる範囲が異なります。もちろん、波や潮の影響で程度は異なりますが、放卵放精するサンゴは遠くまでプラヌラ幼生を飛ばすことができます。ここで、プラヌラ幼生の分散に関する面白い実験を皆様に紹介したいと思います。

ある論文で、プラヌラ幼生が実際にどのくらいの距離を潮で流されているのかが調べられました。慶良間諸島付近で産卵が確認された際に、海面に集まった配偶子の近くに、ブイと小型のGPSをつけて幼生が乗っていく潮の流れを追跡したのです。

すると、一部のブイが慶良間諸島から約40km〜50kmほど離れた沖縄本島の西岸に漂着し、さらに数は減少したものの、そのブイの周辺にはプラヌラ幼生もいたことが確認されました。

つまり、プラヌラ幼生は約40〜50kmほど旅をして、慶良間諸島から沖縄本島西岸までやってきているかもしれない、ということがこの調査によって分かったのです。

しかし、翌年にも同様の追跡調査を行ったところ、一度沖に出たブイの一部が4日後には慶良間諸島に戻ってきてしまいました。そのため、慶良間諸島は、沖縄本島西岸にサンゴの幼生を供給しているだけでなく、慶良間諸島自体のサンゴの供給源でもある、ということが分かったのです(※4)。

まとめ

サンゴの産卵は、海中に広がる命のリレーです。夜の海に漂うピンクのバンドル、流れに乗って旅をする幼生、そして新たな場所に根を下ろす生命。観察すればするほど、サンゴの神秘とたくましさに心を打たれます。

来年は、ぜひ実際にサンゴの産卵シーズンに沖縄のダイビングスポットで観察してみてください。サンゴの産卵に精通したダイビングショップやインストラクターに、観察時の注意点などを紹介してもらい、ナイトダイビングで幻想的なひと時を過ごしましょう。

海の神秘に、ぜひ足を運んでみませんか?

参考文献

  • 1. Paxton, C. W., Baria, M. V. B., Weis, V. M. & Harii, S. Effect of elevated temperature on fecundity and reproductive timing in the coral Acropora digitifera. Zygote 24, 511–516 (2016).
  • 2. Ward, S., Harrison, P. & Hoegh-Guldberg, O. in: Proceedings of the Ninth International Coral Reef Symposium, Bali, 23–27 October 2000. 1123–1128 (2000).
  • 3. Hazraty-Kari, S., Tavakoli-Kolour, P., Kitanobo, S. et al. Adaptations by the coral Acropora tenuis confer resilience to future thermal stress. Commun Biol 5, 1371 (2022).
  • 4. 灘岡 和夫, 波利井 佐紀, 三井 順, 田村 仁, 花田 岳, Enrico Paringit, 二瓶 泰雄, 藤井 智史, 佐藤 健治, 松岡 建志, 鹿熊 信一郎, 池間 健晴, 岩尾 研二, 高橋 孝昭 小型漂流ブイ観測および幼生定着実験によるリーフ間広域サンゴ幼生供給過程の解明 海岸工学論文集 49巻p.366-370 2002年
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