“高所移動が減圧症を引き起こす”は都市伝説か!?
我潜る。故に我あり。
反響の大きかった、前回のパパもんさんのコラム、
“「高所移動が減圧症を引き起こす」は本当か!?”に続く第2弾です。
※前回は→こちら
DAN Japanの会報『Alert Diver』に掲載された「安全潜水を考える会」の
講演記録を読んでいたら、次のような文章がパパもんの目に留まった。
「では、飛行機ではなく陸上の高所移動はどうでしょうか。
日本以外では潜水後に高所移動しなければならないという
地形的な問題がほとんどないのか、海外にはそういう内容の論文はなく、
日本特有の問題のようです。」
ちょっと待った!
普通に考えたら、海外で問題にもされていないことが
日本でだけ議論されているとするなら、
まず最初に想定してみるべきなのは日本の地形の特異性じゃないでしょ!
誰も言い出そうとしないから、そんじゃパパもんがあえて言う。
高所移動が減圧症を引き起こすという、日本でのみ幅を利かせている仮説は、
科学とは無縁の、一種の都市伝説ではないのか。
前回も書いたように、気圧差による窒素気泡の組織内での膨張という説明(仮説)など、
水中と比べれば大気中では、はっきり言って
「誤差」の範囲と言っていいほどの微々たるものにすぎないのだから、
仮説として成り立つはずがないとパパもんは思う。
最低でも何らかの補助仮説が必要だ。たとえば
「1気圧以下での気圧変化は高気圧下での変化と比べて、
物理学的には微小であっても生体に与える生理学的なダメージが大きい」
といった仮説を組み合わせないと説明になっていないだろう。
しかしこんな無理のある補助仮説を導入するくらいなら、
もともとの高所移動仮説を棄却した方がいいのではないだろうか。
パパもんがそう思う理由は大きく分けて二つある。
ひとつは先のJAUSのセミナーで「タバタ」の今村昭彦さんもおっしゃっていた言葉。
「減圧症にかかった患者さんは、たとえばエレベーターに乗るなどの
ちょっとした気圧変化をものすごく痛がるのです。」それはそのとおりなのだろう。
逆に言うと、高所移動は減圧症の原因なのではなく、結果。
つまり、もうすでに罹患していたからこそ患者さんは
高所移動の痛みに耐えられないのではないのか。
このことは高所移動問題が注視される引き金となった東京医科歯科大グループの
有名な論文(注1)での”奇妙な”症例のカウントの仕方に対しても言える。
この論文では1992年4月から98年3月までの丸6年間から
減圧症に罹患したスポーツダイバー98名を抽出して検討したものだが、
この98名は三つのグループに分類されている。
※この症例数が科学的な結論を引き出すのに十分な数で、
そのデータの質に関しても信頼できる事をここではとりあえず前提にしておきたい
高所移動をしなかった者が63名、
高所移動後に減圧症が発症した症例26件(Group B-a)、
減圧症に発症後高所移動した者(Group B-b)が9名だそうである。
しかしなぜGroupB-bなのか。
この人たちは高所移動前に発症しているのだから、高所移動が「原因」な訳がない。
もうひとつの理由は、高所移動そのものより、
「発症」までに時間がかかりすぎているとパパもんは思うのだ。
たとえば『Deco for Divers』(注2)という書物では、
ダイビング後、発症までの時間を次のように記述している。
「30分以内50%、1時間以内85%、3時間以内95%、6時間後以上1%。」
そのうえで「6時間以上の遅延は通常、発症自体が本当に遅れたというより、
兆候を認識し自覚するダイバーの方の問題と関連している」とすら書かれている。
つまり自覚する前に、実は罹患している人が多いという説明なのだ。
もっとも、だからといって、何もパパもんは高所移動、OKですよと主張したいのではない。
どちらの選択肢を選べばよいか、科学的に理由がよくわかっていない場合には、
間違って選んでしまったときのダメージが少ない方の選択肢を選ぶのが合理的である。
だから、ダイビング後の熱いお風呂も、できれば喫煙も
(何を隠そう、パパもんも1年前まで喫煙者だった)科学的に証明はされていないけど、
やっぱり控えておいた方がいいだろう。
高所恐怖症でもあるパパもんは、崖っぷちギリギリまで行くのではなく、
せめて三歩は離れていたいとも思う。
(注1)
山見信夫、眞野喜洋、芝山正治、高橋正好、中山晴美、水野哲也「関東に在住するスポーツダイバーの特異的な潜水活動;特に潜水後の高所移動による減圧症の発症について」、ダイビング医学Vol. 7 No. 1, 1999.
(注2)
Mark Powell, Deco for Divers. A Diver’s Guide to Decompression Theory and Physiology. Aqua Press, 2008.