ファンダイビングにおけるガイドの監視義務の範囲は?ある無罪判決の事例

セブ島のアネモネフィッシュ(撮影:越智隆治)

ダイビング事故と刑事責任

ダイビング講習やツアーで、ゲストが死傷する事故が発生すると、引率していたインストラクターやガイドに民事責任(損害賠償責任)のみならず、刑事責任が発生する可能性があります。

刑事責任の根拠は刑法211条1項(業務上過失致死傷)になりますが、業務上過失致死傷罪が成立すると、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処せられることになります。

刑事責任は起訴をされることにより追及されるもので、起訴をするかしないかは検察官の判断に委ねられていますが、検察官が不起訴と判断しても、それに不服がある被害者が検察審査会に不服申立をし、検察審査会で「起訴相当」あるいは「不起訴不当」という議決をすると、検察官は不起訴処分とした事件を再検討することになります。

なお、検察審査会法が改正され、検察審査会が「起訴相当」の議決を出しても検察官が起訴をしない場合で、検察審査会が再度「起訴相当」という議決をすると、裁判所が指定した弁護士が検察官役を務めることにより、強制的に起訴されるようになりました。

札幌地裁での無罪判決の事案

平成26年5月15日札幌地方裁判所において、ファンダイビングを引率していたガイドが、引率していた女性ゲストに異常が発生したことに気付かず、ゲストが海面に急浮上した後に救助措置をとろうとしましたが間に合わず、ゲストが低酸素脳症、急性肺水腫等の傷害を負ったという事故について、業務上過失傷害の罪(求刑罰金30万円)の被告人となっていたガイドダイバーに対し、無罪の判決が言い渡されました。

インターネットの記事を見てみると、この事案は捜査を担当した那覇地検は、当初、不起訴処分をしていたようですが、那覇検察審査会が不起訴不当という議決をし、再捜査となって起訴に至ったようです。

そしてその後、那覇地裁から被告人の住所の管轄地である札幌地裁に移送されたとされています。

たまたまこの事件を担当した弁護士さんが知り合いだったこともあり、判決内容を見せていただきました。

バディをどのように組んでいるか、ガイドはどのようにゲストを監視しながら海中を案内しているかなどというダイビングの一般的な事項から、ゲストに傷害が発生した機序としてはどのようなことが考えられるかという専門的な分野に至るまで、複数人の専門家による証人尋問が行われ、慎重に審理された様子が伺えました。

ガイドの注意義務について

この刑事裁判の争点としては、

  • 1.ゲスト(事故者)がエントリーに失敗したことなどから事故の予見可能性があったか
  • 2.ガイドは事故者とバディを組み、事故者を自己から1メートル以内の所において、5秒から10秒に1回観察するという義務があったか(ガイドの注意義務)
  • 3.これらの注意義務を果たしていれば事故を回避することができたか

という3点が挙げられたようですが、特に注目したいのは、ガイドの注意義務に関する裁判所の判断です。

まず、バディの組み方について、検察官は「ゲストのダイビング経験やダイビング能力などから、ガイドが最も動静に注意を払うべき相手は事故者であり、ガイドは事故者とバディを組むべきであった」という主張をしています。

これに対して裁判所は「バディの組み合わせ自体よりも、ゲストの動静にどのように注意を払うべきであるかということが重要であって、ガイドの注意義務として特定のゲスト(一番ダイビングスキルなどのないゲスト)とバディを組むことが必要とは言えない」と判断しました。

友人同士や夫婦など親しい者同士をバディにすることが一般的です。
親しければ、それだけ助け合いなどがしやすく、バディシステムの趣旨に合致していますし、また、相手の異常などにも気がつきやすいでしょう。
この裁判所の判断は実態に即したもので、納得できるものだと思います。

また、検察官からは「事故者のダイビングスキルは体験ダイバーにとどまるものであったのだから、事故者はCカードを有していないダイバー同様に扱うべきであった」という趣旨の主張もなされましたが、裁判所は「Cカードを保有するファンダイバーは基本的には自ら危険を回避することができるスキルを備えているものと見なさなければ、資格制度の意味はなくなるから、体験ダイバーとCカードを保有するファンダイバーとを同列に論じることはできない」としています。

そして、裁判所は「ガイドに、海中で客と3~4メートルの距離を保ち、排気の泡の状態や泳ぎ方、マスク越しにうかがえる表情を確認する以上の注意義務があったということはできない」という判断を示したのです。

この裁判所の判断は、ファンダイビングにおけるガイドの監視義務の程度を示したもので、実務的にも非常に参考になるのではないかと思います。

弁護側は「ダイビングは自己責任のスポーツ。ガイドは適切にゲストの状態を観察しており、事故は防げなかった」という主張をしていたということですが、裁判所の判断もこの弁護側の主張に沿ったものだと考えられます。

刑事事件となった時の心構え

ダイビング事故において業務上過失致死傷罪に問われて起訴をされても、略式命令になることが大半です。
略式命令は裁判が開かれることなく、書面で一定額の罰金を命じられるものです。

刑事事件になっても裁判が開かれることがないなど心理的負担が軽いことから、安易に略式命令に従ってしまう人もいらっしゃいますが、略式命令と言えども、「罰金刑」です。

ダイビング事故が発生したとしても、本当にガイドやインストラクターが刑事罰を受けなければいけない事案なのかを慎重に検討し、処分に納得できない場合には、略式命令に同意をせず、きちんと裁判所での審理を求めることも必要だと思います。

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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