日本のテクニカルダイビングは終わった~テックダイバー田原浩一の絶望と一縷の望み~

私が連載をサボったわけ

最初にお詫びとおことわり。

連載を長らくサボって本当に申し訳ありませんでした。以上、お詫びです。
くどくどと言い訳をしないところが、本当、私って、男らしいなぁ。

続いておことわりに移ります。言い訳はいたしません。
が、サボった理由を説明するのは、やはり正しい人の道だと思うので、正直にその理由を述べます。

理由を述べる過程で、不快な思いをなさる方々もいらっしゃるかもしれませんが、世間体を取り繕ったり、日和見したり、波風を恐れたりしないで、ま正直に、偽ることなく自身の気持ち、考えを述べることを優先するのが真のお詫びの仁義という考えゆえのことと、広い心で見守ってやってください。

また、様々な意見の中に、こうした意見があるということを知ったり、受け入れたりすることは、視野の拡大に、少しはお役に立つかもしれません。

セブ島の海(撮影:越智隆治)

日本のテクニカルダイビングは終わった

連載をサボった直接かつ最大の理由は、大手ダイビング指導団体の参入で、ジャンルとしての日本のテクニカルダイビングは終わった、と感じたからです。

考えてみれば、これまでも意味のある意見の交流や交換の対象の多くは海外のテックフィールドでアクティブに活動している友人達であり、日本では直接の知り合いのごく限られた身近な信頼のおける友人達でしかなかった事を考えると、以降、いわゆるメディアに何かをくどくどと書き続けることに、ほとんど意味はないような気がしてしまったのでありました。

日本において大手のダイビング指導団体がテクニカルダイビングに参入して以来、海で見かける器材の構成や、浜で耳に入るブリーフィングやレクチャー、水中で見かけるインストラクターのデモンストレーションや講習に「???」な風景が増えたばかりでなく、紙媒体やウェブ上に掲載されているデモンストレーションらしき写真、文面等に納得のいかない内容が多くなった気がします。

日本でテクニカルダイビングをプロデュースしようとしている大手ダイビング指導団体に、テックダイブを正しく理解している方がいらっしゃるとは、あるいは、理解している方がいらっしゃるとしたらその方の意見が正しく反映されているとは、なかなか思いにくい内容が目白押し、と、少なくとも私は感じました。

さて日本のテクニカルダイビングはこの先どーなっちゃうでしょう、と不安をその都度感じていたのですが、それがネガティブな結論に変わったのは、そうした状況が、一般ダイバーに思った以上のボリュームで受け入れられているように感じたからです。

白紙状態からのスタートとなるオープンウオーター講習であれば、入りやすい入口が選ばれるのは当然のことでしょう。

が、すでにダイバーとなっていて、それまで以上に非常にリスクの高いダイビングをスタートしようと思ったなら、ダイバーとして活動した間に培った知識や認識をベースとした慎重さがあってしかるべき、と私は思うのですが、実際は、ここでも多くの場合、やはり入りやすい入口が選ばれていることに、私はちょっとショックを受けました。

テクニカルダイビング云々を抜きにしても矛盾のある器材構成や、質問に対して明らかに不十分であったり、的を外したインストラクターの回答等は、一般ダイバーの知識・認識で判断してもおかしいと思われて然るべきなのに、その点が全く気にならない(少なくともそう思える)方々がテックダイブを始めている光景を見て、ある時、私は心の底から、ジャンルとしての日本のテックダイブは終わったな、と感じてしまったのでありました。

セブ島のスズメダイ(撮影:越智隆治)

指導団体の提供するソフトと運用するダイバー
共に不安あり

指導団体の直接のお客は、一般ダイバーではありません。
インストラクターやダイブマスター、いわゆるリーダーシップです。

当然のこととして、指導団体は、リーダーシップが働きやすいよう、ビジネスしやすいような運営を行うでしょう。

それが教育の質や内容の充実を経由してビジネスとしての成功に結びつけば、それは喜ばしいことですが、そこには不可欠な二つの要素が必要だと私は思います。

ひとつは、指導団体が運営方針に基づいて提供するソフトや情報の内容、もう一つは、そのソフトや情報を一般に伝えるリーダーシップのレベルや意識が共に高いことです。

少なくとも、日本におけるテックダイブ分野への大手ダイビング指導団体の参入に関しては、この二つ共に私は大きな不安を感じます。

もちろん、全てを否定する訳ではなく、ソフトや情報の中には、正しく充実していると思われる部分もありますし、リーダーシップの中には尊敬できる方もいらっしゃいます。
ただ、大局的に見ると疑問と不安が圧倒的に優ってしまう気がします。

セブ島の海(撮影:越智隆治)

ビジネス化の追求の先にあるテクニカルダイビングとの矛盾

私だけの考えかもしれませんが、そもそもテクニカルダイビングのようなハイリスクでニッチなジャンルのダイビングに、大手指導団体が興味を抱く事自体、不自然な気がするのですが、そこに敢えて大手が参入するのは、恐らく、ビジネス的な行き詰まりからの新分野の市場開拓(そのためのビジネスツールの提供)が一番の理由でしょう。

大手指導団体が参入する以上、それは当然、顧客(リーダーシップ)の中のごくごく僅かを対象としたものではないはずです。

また、リーダーシップとしての活動をスタートするのに、年単位の長い時間や多大な出費を必要とするような、ビジネス的に非効率的で顧客に受け入れられにくいシステムは想定されないでしょう。

よって、当然のことながら、多数が効率的な活動をスタートしやすいよう、そこに採用されるのが、マニュアル化、標準化をベースとした従来のレクリエーショナルダイビングと同様のスタイルとなるのは想像に難くありません。

しかし、今までも再三触れてきたように、テクニカルダイビングは不確定要素の多い(不確定要素に溢れた)活動です。

従って、レクリーエショナルダイビングのような活動範囲、環境の制限や条件を前提としたマニュアル化、標準化には全く向かない活動だと私は思っています。

もちろん、いわゆるテクニカルダイビングの指導団体も、マニュアルは用意していますが、それが注目しているのは、テックダイブの根幹部分で、インストラクター用のマニュアルも、ひとつひとつのスキルや手順を説明するものではありません。
そのマニュアルは、ダイビングの具体的な手引書ではないのです。

もし、ゼロからスタートして現場でレベルの高い活動をするための手引書的なマニュアルを作るとしたら、恐らく、標準的な脳みそでは暗記不可能な膨大なボリュームになるはずです。

それは、可能性のある様々な条件、状況のリストアップと、それぞれへの適切な対応を、しかも一様ではないであろう、一次対応後の結果への対応をもカバーする必要があるからです。

従って、マニュアルや手順書を暗記して、その通りに講習を進めれば、それが上質なダイバー教育になる、というような効率的なスタイルは、テクニカルダイビングに関しては不可能だと私は思っています。

思うに、そうした観点から、テクニカルダイビング指導団体のマニュアルは、インストラクターを目指すなら、まずは自身がテックダイブの経験を積み、自身で考え、自発的に学ぶことでのテックダイバーとしてのレベルアップした後に、始めてリーダーシップとしての活動の入口に立つ、という前提で制作されています。

それはダイビングを効率的に収入に結びつけるという点では全くもって上手いやり方ではないと思いますが、少なくとも現場で実際の指導や管理に当たるリーダーシップの個々の能力への依存度が非常に高いテックダイブに関しては、理にかなった、というか、唯一無二のスタイルだと思います。

従って、大手ダイビング指導団体が考え、提供しているソフトや情報は、その発想の時点から、少なくとも、テックダイブを対象としたモノとしては大きなウイークポイントを秘めているような気がしてなりません。

私が思うところのテックダイブを手がける指導団体の役割は、すぐに役立つテックダイブ指導のハウツーやソフトを提示してリーダーシップを量産することではなく、テックダイブそのものを理解し、実践で臨機応変な活動が可能なリーダーシップを育て、そうしたリーダーシップを前提としたバリエーション豊かな情報を提供することと、現場からのフィードバックをベースとしたテックダイブそのものの洗練度の追求だと思っています。

本場のケイブダイビングやレックダイビング、それに付随するディープダイビングも、元は実際に現場で活動していたトップダイバー達が個々に考え、生み出し、伝えてきたノウハウを体系化して教育システムを作り上げることで現在に至っており、組織のトップ、あるいはトレーニングセクションのトップは、今も一級のテックダイバーがほとんどです。

所属するリーダーシップは、そうしたトップダイバー、あるいはトップダイバーから学んだ次世代のトップダイバーによる評価を受けたインストラクターやダイブマスターです。

また、彼らは、少なくとも私の知る限り、レベルが高い低い以前に、みんながみんな、テックダイブが何よりも好き、というところが活動のスタート地点になっており、テックダイブがお金になるから、というビジネス的な観点からリーダーシップを目指したという例を私は知りません。

そもそも、必要となる時間や努力、投資金額を考えたら、それはかなり愚かな選択でしょう。

いずれにしろ、マニュアルを始めとする指導団体の提供するソフトがカバーしきれない部分(その範囲は決して狭くない)は、そうした愛すべきいわゆるテックダイブ馬鹿達がカバーすることで、これまでは、私の思う健全さが保たれてきたように思います。

セブ島の海(撮影:越智隆治)

“新ビジネス”としての日本のテクニカルダイビング
結果はガラパゴス化!?

一転、日本では、指導団体が提示した新しいビジネス分野への参入、という意識でテックダイブに関わり始めたショップやインストラクターが少なくないような、私は印象を受けています。

私自身の実経験ですが、とあるインストラクターからのテクニカルダイビングへの参入の相談を受けた際の最初の質問が「テックって儲かる?」でした。

また、別のインストラクターからは「バックアップが必須と強調すれば器材が倍売れる」というありがたいアドバイスもいただきました。

本来、自身の経験や勉強のために多額の投資や時間が必要なテックダイブのリーダーシップは決して割のいいビジネスでないはずですし、本来なら、実際のリーダーシップ活動を行うまでに相当の時間が必要となるはずですから、今の日本のように、あっという間にアクティブなインストラクターの数が増えるということは有り得ないと思うのですが、そう感じているのは私だけなのでしょうか?

結果、リーダーシップのレベル、意識という部分でも、私は現状の日本に不安を禁じえません。

いずれにしろ、現状の日本では、優れたテックダイブ馬鹿による現場でのカバーや、過去の経験を生かしたレベルの高い講習が、広く期待できる状態ではありません。

となると、そうした環境で教育を受けたテックダイバーのレベル、認識はどうなってしまうのか?

例えば、日本でビジネスへの熱意から効率的なルートでテクニカルダイビングに参入したショップで教育を受けたジャパニーズテックダイバーが、本場のテックダイバーの集団のメンバーの一人として潜った時、周りから信頼を得られるダイバーとして認知されるか、と問われた時、私は、かなり楽観的に考えたとしても、それは難しい気がします。
当のショップのインストラクターですら、同様です。

そもそも器材構成や装備からして、本場では奇異に思われてもしかたのない例を、私は実際に複数目にしてきました。

実際、日本から来た、ダイバー、インストラクターがいわゆる本場で散々な評価を受けた例を、私は、本場で活動する友人達から複数、耳にしています。

つまり、もし、現状がそのまま拡大していけば、日本のテクニカルダイビングは、日本でしか通用しない、テックダイブ風ダイビングという、ドメスティクで閉じた世界で完結してしまう気が、私はするのです。

セブ島の海(撮影:越智隆治)

世界基準で見ると、
日本のテクニカルダイビングは落ちこぼれ!?

しかし、残念ながら本格的なテックダイブのフィールドは、その閉じた世界の外側にあります。
そして、本格的はテックダイブのフィールドでは、Cカードのランク以上に、個々のダイバーのレベルに対しての、それなりに厳しい目が待ち受けています。

ケイブダイブを例に取れば、閉鎖環境でラインを共有することとなるダイバーは、国籍とか人種とか指導団体とかCカードのランクとは別の部分で、ケイブダイバーとして評価され、その評価が低ければ、一人前のケイブダイバーとしての扱いはされません。

ケイブダイバーとして最高ランクのカードを持っていたにも関わらず、一般のレクリエーショナルダイバーが潜るエリアのダイビングしか許されなかったダイバーがいた例を、私は実際に知っています(しかも一人だけではありません)。

最近は、さらにリーダーシップのレベルの低下も問題になっていて、例えば私のケイブのホームグラウンドであるメキシコでは、現地のダイビングショップに所属しているリーダーシップ以外は、リーダーシップとしての活動をさせない、というエリアもかなり増えています。

これは最近、現地以外からやってきたインストラクターによる事故が複数起きていたための対応で、そうした意味では、リーダーシップやダイバーのレベルの低下は、世界的な傾向なのかもしれません。

ケイブダイビング講習とツアーで11月に3週間ほどメキシコに滞在した際も、現地の友人達とダイバーのレベルの話になりましたが、そこで印象的だったのは、彼らはその点に対して、明確な対策を持っている点でした。

彼らは、もちろん、そうした状況を危惧していますが、表立ってそうした状況自体を非難するのではなく、現地の環境を対応させることで、結果的に質の低さを排除し、状況を改善せざるを得ない方向にもっていこうと考えているようです。

現地ダイビングショップに所属しているリーダーシップしかリーダーシップ活動をさせない、レベルの低いダイバーは相応のエリア以外潜らせないという現状の対応が、非常にわかり易いひとつの例です。

私はメキシコにおいて現地スタッフではありませんが、現地で友人となったショップオーナー達から、それなりの評価と信頼を得られたことで、現地ショップのオーナーの紹介やダイブフィールドに所属スタッフとしての登録をしてもらうことが出来ました。

そのおかげで、現在、現地でインストラクター活動を行うことが出来ています。
仮にこうした評価、信頼が得られなければ、リーダーシップとしての独自の活動はかなり制限されるでしょう。

外からは一見、排他的な対応のように感じられるかもしれませんが、現地が考えているのは、排他ではなく、健全性の確保だと思います。

もし、日本に、こうした確固たる対応が取れるフィールドや組織があれば、あるいは日本のテックダイブの将来に希望が持てるのかもしれませんが、残念ながら、今のところその可能性はないようです…。

セブ島の海(撮影:越智隆治)

自由に発信でき、ダイバーをつなぐメディアに期待
日本のテックの健全な発展の役に立つたてるかもしれない

以前、ライター的な仕事がメインだった時期があったのですが、その間、常に意識していたのは、文筆する以上、それは読んで面白いか、ためにならなければ意味がないということでした。

特にネガティブであったり、攻撃的な内容を持つ文章を書く場合は、それが説得力あるいは、結果的に何らかのポジティブな影響力を持つと思えることが不可欠で、それがなく、かつ読者を楽しませることも出来ないような文章は、くだらないただの個人的な愚痴やぼやきにしか過ぎないと思っていました。

有名人であれば、愚痴やぼやきも読者の興味の対象かもしれませんが、存在自体に興味を持たれない一介のライターの場合、その愚痴やぼやきを面白い読み物にできないなら、私にとって、それは書く意味のない正真正銘の下らない文章にしか過ぎません。

そんなかつてのある種のポリシーの名残は、今も私の中に残っていたようです。
私自身が終わったと感じた今の日本のジャンルとしてのテクニカルダイビングの現状を踏まえて、メディアでテックダイブについてのあれこれを書き続けても、結果それは、下らない愚痴やぼやきでしか有り得ない、と、ある時、私は心底感じてしまったのでした。

と、ここまでが、正直ど真ん中で語らせていただいたサボりの理由です。

もし、オーシャナの読者の中に、ここまでの内容を読み進んでいただいた方がいらしたとしたら、長々と続いたネガティブな内容を深くお詫びすると同時に、忍耐強く読んでいただいたことに感謝致します。

で、ここから少しトーンを変えます。
今、こうしてわざわざ敵を増やすに違いないネガティブなサボりの理由をくどくど書かせていただいたのには、理由があります。

こうした原状の一つの突破口は、ひょっとしたら、オーシャナのような、投稿者に好き勝手を書かせてくれて、かつオフラインでの活動にもアクティブなメディアなのかもしれない、と思うようになったからです。

具体的に言うと、例えば、広い読者層を持つオーシャナの主催で、オフラインをベースとしたリーダーシップ対象のテックダイブの意見交換会のようなミーティングを開かせてくれたら、そして、それが、指導団体を超えてテクニカルダイビングが大好きなフランクで、オープンマインドなリーダーシップのミーティングとして成立するようなら、日本のテクニカルダイビングの健全な発展と認知に、少しは役に立つのかもしれないと思ったからです。

そんな訳で、以降、テックダイブに関しては、自分がリーダーシップとして活動しているという前提の内容の記事を書く事はあまりないと思いますが、何らかの形でオーシャナさんとはお付き合いさせていただきたいと思っていますので、その時は、よろしくお願いたします。

\メルマガ会員募集中/

週に2回、今読んで欲しいオーシャナの記事をピックアップしてお届けします♪
メールアドレスを入力して簡単登録はこちらから↓↓

writer
PROFILE
テクニカルダイビング指導団体TDIとサイドマウントの指導団体RAZOR のインストラクター・インストラクタートレーナー。
フルケイブ、レックペネトレーション、トライミックスダイブはいずれもキャリア800ダイブ以上。
-100m以上の3桁ディープダイブも100ダイブ以上、リブリーザーダイブでは1000時間以上のキャリアを持つ等、テクニカルダイビングの各ジャンルでの豊富な活動経験の持ち主。また、公的機関やメーカー、放送業界等からの依頼による特殊環境化での潜水作業にも従事。話題のTV ドラマ『DCU』にもリブリーザー監修として撮影に参加している。

■著書
おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
続・おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
  • facebook
FOLLOW