夜の海は、小さな宇宙だった。久米島ブラックウォーターダイブの世界

「これ、魚なの?」

ライトに照らされた真っ暗な海の中。透明な体をした小さな生き物がゆっくりと目の前を漂っていく。

夢中でシャッターを切っていると、今度はクラゲ、その次はエビ、そのまた次には、見たこともない魚の幼魚。次々と現れる未知の生き物に目を奪われ、気づけば一時間があっという間に過ぎていた。

ホウキボシエソの稚魚(約20cm)。長く伸びた尾のように見えるのは、なんと腸。体外に長く伸ばすことで浮力を高める効果もあると推察される。暗闇を漂う姿は、もはや魚というより宇宙からやってきたエイリアンのよう

ホウキボシエソの稚魚(約20cm)。長く伸びた尾のように見えるのは、なんと腸。体外に長く伸ばすことで浮力を高める効果もあると推察される。暗闇を漂う姿は、もはや魚というより宇宙からやってきたエイリアンのよう

今回訪れたのは、沖縄県・久米島で行われている「ブラックウォーターダイブ®」。夜の外洋に設置された光を頼りに、海を漂う稚魚や幼生、クラゲ、甲殻類などの浮遊生物を観察・撮影する、世界中の水中写真家や生き物好きダイバーを魅了するダイビングスタイルだ。

久米島は、島のすぐ沖に水深1000〜1500m級の深海へと続く、日本でも珍しい海域環境を持ち、その恵まれた環境を生かしたブラックウォーターダイブ®が楽しめる場所として近年注目を集めている。

今回は、この久米島のブラックウォーターダイブ®を2日間にわたって取材。案内をしてくださった水中写真家・峯水亮さんに、その魅力と奥深さをご紹介いただいた。

久米島のブラックウォーターダイブ®とは?

ブラックウォーターダイブ®とは、夜の海に設置したライトを目印に、夜の海を漂う浮遊生物を観察・撮影するダイビングで、外洋をダイバーが漂いながら行われる。昼間は透明で見つけにくい生き物たちも、夜はダイバーの手持ちのライトに照らされることによってその姿が浮かび上がる。ダイバーはブイに取り付けたライトの灯りを目印に漂いながら、次々と現れる小さな命との一期一会の出会いを楽しむ。

かつてはビーチからエントリーして行われることもあった。しかし、同じ場所で継続的にライトを使用すると、稚魚や幼生だけでなく、それらを狙う捕食者まで集まり、生態系へ影響を与える可能性があるという。そうした考えから、峯水さんは海況を見ながら毎回ポイントを変え、外洋を漂う現在のスタイルを採用している。

日も落ち切った夜の海でボートを漂わせる

日も落ち切った夜の海でボートを漂わせる

久米島は船でわずか15分ほど沖へ出るだけで水深1000m近く、40〜50分ほどで水深1500m級の海域へアクセスできるという。この恵まれた環境が、さまざまな浮遊生物との出会いを可能にしている。しかし、この海のポテンシャルを最大限に引き出しているのは、地形だけではない。

峯水さんは久米島で約5年の歳月をかけて調査し、ブラックウォーターダイブ®のフィールドを開拓してきた。昼のうちに船を走らせ、ときには実際に潜って潮目や海流、生き物の集まり方を調査。その積み重ねが、現在のポイント選びにつながっている。

「毎年同じ時期に潜っても、出てくる生き物は全然違う。前日にも、私自身初めて見る生き物がいたんです」。

長年この海に潜り続ける峯水さんでさえ、新しい発見がある。

「奥行きがあって、終わりがない」。

その言葉どおり、久米島のブラックウォーターダイブ®には国内だけでなく、香港やシンガポール、アメリカなど海外からも生き物好きのダイバーが訪れている。

まだ夕焼けの海へ

取材当日、港を出港したのは19時過ぎ。ブラックウォーターダイブ®と聞くと、真っ暗な海へ向かうイメージを抱いていたが、空はまだ明るい。夏の時期の沖縄は特に日が長いのだ。シールガチ橋をくぐり、船は島の北側の外洋へ向かっていく。

19時前に港に集合。ようやく日が傾いたくらいの明るさ

19時前に港に集合。ようやく日が傾いたくらいの明るさ

小魚を捕獲するための人道橋シールガチ橋をくぐって外洋へ

小魚を捕獲するための人道橋シールガチ橋をくぐって外洋へ

今回一緒に潜ったのは、水族館で働く生き物好きのダイバー4名と、峯水さんが久米島に滞在している約1カ月半の間、すべてのブラックウォーターダイブ®に参加しているという常連ダイバー2名。

船上では自然と「今日は何が出るんですかね」という会話が飛び交う。

ブラックウォーターダイブ®で出会えるのは、昼間のダイビングではまず目にすることのない浮遊生物だけではない。普段見慣れた魚も、幼魚の時期には成魚とはまるで別の生き物のような姿をしている。さらに久米島では、深海魚の幼魚など思いがけない出会いも期待できるという。

何が光の前を流れてくるのかは、その日、その瞬間まで誰にも分からない。

目指すのは、長年の調査で積み重ねてきたデータをもとに選んだポイント。その先には、水深1500m級の海が広がっている。

まだ青さの残る海を眺めながら、今夜はどんな生き物が光の前を流れてくるのだろうと、期待は高まるばかりだった。

生き物好きダイバーたちが集まった

生き物好きダイバーたちが集まった

ブラックウォーターダイブ、エントリー

ポイントに到着すると、一本のロープがつけられたブイが海へ投入された。

使用したロープ付きのブイ

使用したロープ付きのブイ

ロープには5mおきにライトが取り付けられており、海底に向かって光が連なる。その様子は、暗闇の海に一本の「光の柱」が立ち上がったようだった。

ダイバーは、この光の柱を中心に生き物を探す。それぞれがライトを手に、流れてくる小さな生き物を照らしながら撮影していくスタイルだ。

いよいよエントリー。

エントリーの時間にはすっかり日が落ちていた

エントリーの時間にはすっかり日が落ちていた

海へ入ると、そこは真っ暗な世界。地形はまったく見えない。

昼間のダイビングなら、岩やサンゴ、砂地が現在地を教えてくれる。しかし、ここには何もない。見えるのは、闇の中に浮かぶ一本の光だけだ。

上下左右の感覚は次第に曖昧になり、自分がどこにいるのか分からなくなりそうになる。不思議な浮遊感に包まれながらも、常に光の柱の位置と水深を確認する。周りを泳いでいたイカが吐き出したスミが、ところどころにもやもやと漂っている。

これまで経験してきたどのダイビングとも違う世界が、目の前に広がっていた。

水深25mまで伸びるロープの周りをダイバーたちが漂いながら生き物を探す

水深25mまで伸びるロープの周りをダイバーたちが漂いながら生き物を探す

次から次へ。脳が追いつかない

そして、いよいよブラックウォーターダイブ®の本番が始まった。光の前には、次々と見たことのない生き物が流れてくる。何の生き物なのかは分からない。「たぶんエビ…これはクラゲ?」と、とにかく現れたものを片っ端から撮影していく。

ヒゲナガモエビ属ゾエア幼生(約1cm)

ヒゲナガモエビ属ゾエア幼生(約1cm)

透明で小さな生き物はピントを合わせるだけでも難しく、何度もシャッターを切る。それでもようやく撮れたと思った頃には、その生き物はもう光の外へ流され、代わりに別の生き物が目の前へ現れる。立て続けに現れる未知の生き物に、目も頭も追いつかない。

ハナギンチャクの幼生を抱えるセミエビ類のフィロソーマ幼生。(約5cm)ブラックウォーターダイブ®では、珍しい生き物だけでなく、生き物同士の思いがけない関係性に出会えることも魅力のひとつだ

ハナギンチャクの幼生を抱えるセミエビ類のフィロソーマ幼生。(約5cm)ブラックウォーターダイブ®では、珍しい生き物だけでなく、生き物同士の思いがけない関係性に出会えることも魅力のひとつだ

サルパも昼間に見るのとは雰囲気がまた違う

サルパも昼間に見るのとは雰囲気がまた違う

群れで漂うサルパの一つには、魚の幼魚が身を潜めていた。外敵から身を守るためにサルパを隠れ家にする幼魚や小さなタコも何度も見られた

群れで漂うサルパの一つには、魚の幼魚が身を潜めていた。外敵から身を守るためにサルパを隠れ家にする幼魚や小さなタコも何度も見られた

何本か潜るうちに、同じ種類と思われる生き物が何度か流れてくることにも気づいた。「この子はさっきも撮ったから、次を狙おう。」そんなふうに、自分なりに撮る・撮らないを判断する余裕も少しずつ出てきた。

ダイビングを終え、船上で撮影した写真を峯水さんに見せながら、「これは何ですか?」と尋ねる。

すると返ってくるのは、「○○の幼魚ですね」「これはクラゲの仲間です」と迷いのない答え。

私にはどれも「見たことのない生き物」にしか見えなかったものを、一目で見分けていく。その知識と観察眼に、思わず感心してしまった。

小さな命を見つける“目”

ダイビング中、峯水さんとアシスタントの兼城涼香さんは、ライトの前を流れる数ミリから数センチほどの小さな生き物を次々と見つけ、ライトでゲストに知らせてくれる。さらに、峯水さんの久米島滞在約1カ月半の間、すべてのブラックウォーターダイブに参加しているという常連ダイバーのaikoさんとStevenさんも、次々と生き物を見つけては他のゲストへ知らせてくれる。

私には「何か小さいものが流れてきた」くらいにしか見えないものでも、「あそこ!」とライトが向けられる。慌てて近づくと、ようやくその姿が見えてくる。

シダアンコウの稚魚。丸い膜に包まれているようで可愛らしい(写真/峯水亮)

シダアンコウの稚魚。丸い膜に包まれているようで可愛らしい(写真/峯水亮)

そんな中、この日は大きな出来事があった。クジラウオが見つかったのだ。現場では「世界でも数例しか記録のない種類かもしれない」という声も上がっていた。

珍しい生き物に出会えたことも印象的だった。しかし、それ以上に印象に残ったのは、峯水さん、兼城さん、aikoさん、Stevenさんが次々と生き物を見つけていく姿だった。同じ海を見ているはずなのに、見えている世界はまったく違っていた。

大変珍しいクジラウオの一種の稚魚(写真/峯水亮)

大変珍しいクジラウオの一種の稚魚(写真/峯水亮)

一緒に潜ったダイバーが選ぶ、“この一枚”

ブラックウォーターダイブの魅力は、人によってまったく違う。初めて出会った生き物に感動した人。狙っていた一枚を撮影できた人。生き物たちの不思議な生態に思いを巡らせた人。それぞれの視点から見た、お気に入りの一枚と感想を紹介する。

クシクラゲをヒッチハイクするトガリズキンウミノミの仲間たち(写真/T.Horigome Instagram:@nautilus_0501)

クシクラゲをヒッチハイクするトガリズキンウミノミの仲間たち(写真/T.Horigome Instagram:@nautilus_0501

「クシクラゲにびっしりと乗るトガリズキンウミノミの仲間たち。ここまでたくさん付いている姿は初めて見ました。小さなウミノミたちは子どもなのでしょうか。クラゲは彼らにとって移動手段であり、保育場所でもあるのかもしれない――そんなことを想像しながらシャッターを切りました。

真っ暗な海を生き物と一緒に漂っていると、自分自身もプランクトンになったような気分でした。小さな生き物たちにも、それぞれ生き残るための戦略があり、種類によって漂う場所や行動が違うことも興味深かったです。ダイビング後、船上で出会った生き物について参加者同士で語り合う時間も、とても楽しいひとときでした」。T.Horigomeさん

クコノミクラゲに寄り添うアジ科魚類の幼魚(写真/とっしー)

クコノミクラゲに寄り添うアジ科魚類の幼魚(写真/とっしー)

「このクラゲを撮影するために今回参加しました。まさかアジ科の幼魚が寄り添っている瞬間まで撮影できるとは思っておらず、本当にうれしい一枚になりました。外洋でのブラックウォーターダイブは今回が初めてでした。潜るたびに見られる生き物が変わり、まさに一期一会の出会いです。透明なサルパやクラゲに稚魚たちが乗る姿は、まるで宇宙空間を漂う宇宙船のようでした。ダイビング後に参加者同士で写真を見せ合う時間も含めて、とても充実した2日間でした。また来年も参加したいです」。とっしーさん

カグツチクラゲ(写真/がく)

カグツチクラゲ(写真/がく)

「まだまだ出会ったことのないクラゲが、こんなにもたくさんいることを思い知りました。深く、そして奥行きのある世界を体験できて本当に幸せでした。今回初めて見ることができたカグツチクラゲとの出会いは、特に印象に残っています」。がくさん

レプトセファルス幼生(写真/ラックス)

レプトセファルス幼生(写真/ラックス)

「お目当てだったウツボのレプトセファルスではありませんでしたが、会いたかったレプトセファルス幼生との出会いです。真っ暗な海で生き物と出会えた瞬間の感動は、ブラックウォーターダイブならでは。レプトセファルスかと思って近づいたらオビクラゲだった、というレアな経験も含めて、とても思い出深いダイビングになりました」。ラックスさん

大きく扇状に広がったヒレが特徴的な魚の幼生(写真/Steven Kovacs Instagram:@steven_kovacs_photography)

大きく扇状に広がったヒレが特徴的なワニグチボウズギス属の稚魚(写真/Steven Kovacs Instagram:@steven_kovacs_photography

「久米島のブラックウォーターダイブがとても特別なのは、深海性の生き物の幼生に出会える可能性があるからです。それだけでなく、ダイバーだけでなく科学的にもまだ知られていない新種に出会える可能性が非常に高い。だからこそ、この特別な場所で6週間もダイビングを楽しもうと決めました。今回の滞在だけでも、これまで誰も見たことのない生き物に何種類も出会うことができました。本気のブラックウォーターダイバーなら誰もが夢見ることです。ここでのダイビングは、私の期待をはるかに超えていました!」

“Blackwater diving in Kumejima is very special because of the potential of finding the larva of very deep water species. Not only that, but the potential of finding new species never seen before by divers or science is very high. This is the reason I decided to come and enjoy 6 weeks of diving in this very special place. This trip alone we were able to find several never before seen species which is what most serious blackwater divers dream of! The diving here has exceeded my greatest expectations!”Stevenさん

アカグツ科の一種の稚魚(写真/aiko Instagram:@aiko_shamon)

アカグツ科の一種の稚魚(写真/aiko Instagram:@aiko_shamon

「今年は思い切って1ヶ月半滞在し、憧れの深海性アンコウの幼魚と10個体以上会うことができました‼︎そして更に難易度の高いアカグツにも2種類会うことができました。写真はアカグツの幼魚です。まだまだ初見の生物に出会える場を作ってくれる峯水さんと、最高のバディー スティーブンにとても感謝しています」。aikoさん

まとめ

最後に、個人的にはぜひもう一度リベンジしたい。写真はピントが合わなかったり、ストロボを強くしすぎて白飛びしてしまったりと、思いどおりに撮れなかったカットも多かった。だからこそ、「次はもっといい写真を撮りたい」という気持ちが強くなっている。

それでも、そんな悔しさを忘れるくらい、とにかく楽しかった。次から次へと生き物が現れ、シャッターを切っても切っても新しい出会いがやってくる。気づけば夢中でカメラを向け続け、興奮しっぱなしの約1時間だった。

またあの夜の海へ潜りたい。そして次こそは、あの小さな命たちの一瞬を、納得のいく一枚として残したい。

Special Thanks 峯水 亮(みねみず・りょう)
峯水亮
水中写真家・映像作家。浮遊生物をライフワークとして撮影・研究し、国内外でBlack Water Dive®を展開。2015年にBlack Water Dive®を商標登録し、久米島をはじめ各地でガイドを行う。『日本クラゲ大図鑑』『世界で一番美しいイカとタコの図鑑』など著書多数。2017年日経ナショナルジオグラフィック写真賞グランプリ、2019年日本写真協会賞新人賞を受賞。TBS『情熱大陸』『クレイジージャーニー』などにも出演。
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PROFILE

IT企業でSaaS営業、導入コンサル、マーケティングのキャリアを積む。その一方、趣味だったダイビングの楽しみ方を広げる仕組みが作れないかと、オーシャナに自己PR文を送り付けたところ、前社長と当時の編集長からお声がけいただき、2018年に異業種から華麗に転職。
営業として全国を飛び回り、現在は自身で執筆も行う。2020年6月より地域おこし企業人として沖縄県・恩納村役場へ駐在。環境に優しいダイビングの国際基準「Green Fins」の導入推進を担当している。休みの日もスキューバダイビングやスキンダイビングに時間を費やす海狂い。

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