テクニカルダイバーから見たレジャーダイビングの甘すぎるリスク管理の落とし穴

テクニカルダイバーから見たレジャーダイビングの甘すぎるリスク管理の落とし穴

ハイリスクが前提でシビアなリスクマネージメントを要求されるテクニカル(テック)ダイビングでは、つねに本質的かつ合理的な視点でダイビングと向き合う必要があります。今号では、そんなテクニカルダイビングの世界で活躍する田原浩一氏だからこそ見える、一見、安全に見える状況に潜むリスクやレジャーでも本質的には同じリスク、そして「表向きのカリキュラムの充実とは別次元の、より根の深い問題」を指摘していただきました。

日本ではフィールドの問題もあってポピュラーではないが、ケイブダイビングのリスクマネージメントはレクリエーショナルダイビングのリスクマネージメントを考えるうえでぜひ参考にしたい、実践的で洗練された内容を備えている。現状のレクリエーショナルダイビングにおける実際のリスクマネージメントを、仮にケイブダイビングのリスクマネージメントに重ねてチェックしてみたら、かなりの数のダイビングがリスク過剰、改善なしには潜水不可と判断されるのでは、と思う

【Profile】
田原浩一氏
田原浩一氏
テクニカルダイビング指導団体、IANTD・TDIのインストラクターおよびインストラクタートレーナー。フルケイブ、レックペネトレーション、トライミックスダイブはいずれもキャリア300ダイブ以上。-100m以上の3桁ディープダイブも50ダイブ以上、リブリーザーダイブでは800時間以上のキャリアを持つ等、テクニカルダイビングの各ジャンルでの豊富な活動経験の持ち主。また、公的機関やメーカー、放送業界等からの依頼による特殊環境下での潜水作業にも従事。国内でもっともアクティブなテクニカルダイバーの一人

※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2017年4月号からの転載です。

潜在する危険な要素が語られない現状

ダイビングが健全なレジャーとして成立するための条件とは何でしょう?私は「リスクの提示・周知」が、まずその一番の基本だと思います。ダイビングのフィールドが完全管理不能な自然界であり、かつ器材の助けなしに生存不能な水中であり、さらにダイバーが、ミスを犯す可能性を持つ人間である以上、そこに多くのリスクが潜在するのは当然です。自然環境の芳しくない変化、器材トラブル、ヒューマンエラー等はすべてダイバーの生存の危機につながる可能性を秘めています。したがって、ダイビングを簡単・安全とするアピールは、根本的な間違いでしょう。しかし、そうしたアピールは現状、巷に溢れており、潜在する危険な要素は語られない傾向が強いようです。

根本的な間違いがベースの教育は正しいとは言い難く、その教育がベースのレジャーも健全とは言えないように思います。さらに、教育や器材、ダイバーケアのシステムがカバーできるのは、ダイビング活動に潜在する危険度を小さくすることまで。危険度をゼロにすることは決してできません。ダイビングが生存の危険を秘めたレジャーであること、そのリスクをレジャーとして許容できる範囲まで小さくするまでがダイビング教育やシステムに可能な限界点である、ということは周知すべきもっとも基本的な情報ではないでしょうか。

安全性と楽しさのアピールだけでなく、“実践で有効なリスク対応”が不可欠

そう考えれば、ダイビング講習に、不快であったり、精神的、肉体的に負荷を感じる要素が含まれるのは当然です。トラブルの可能性をゼロにすることができない以上、トラブル解決のためのトレーニングは不可欠。トラブルが起きれば精神的、肉体的な負荷は必然的に高くなりますから、トラブル解決のトレーニングは、実際のトラブル時に近いストレス下で実際のトラブルに順じて行われなければ、実践での有効性は期待できません。

ハイリスクが前提、そのリスクマネージメントが教育・トレーニングにおけるメインテーマの1つであるテクニカルダイビングの講習では、ダイバーのストレスを故意に高めたトレーニングが行われています。たとえば、テープでマスクの視界をなくし、レギュレーターも外して呼吸が制限された状態からのエアシェアや、無視界状態での拘束への対応等です。テクニカルダイバー認定には、ストレス下でも状況を正しく判断し、解決策を考え、考えた解決策を高いレベルで実践できることが求められるのです。

一方、精神的、肉体的な負荷が高まるトラブル下で、状況の正しい判断やトラブルに対する正しい解決を迫られる状況は、テクニカルダイビングでだけに起こりうることではありません。レクリエーショナルダイビングにおける重大な事故の背景に、そうしたトラブルへの正しい対応ができなかった例が少なからずあるはずです。にもかかわらず、現状の日本のレクリエーショナルダイビングの教育では、安全性や楽しさ、エコロジーとの接点等、耳当たりのいいアピールばかりが強調され、講習もゲストにストレスを与えないことが過剰に重視されてはいないでしょうか。ダイビングを誰でも楽しむことのできる簡単で安全なレジャーだと定義してしまえば、不快で意図的にストレスを高めたトレーニングを含むような講習に意味はなく、「短期間」で「楽に」「安く」終わらせる講習こそが、お得な、あるいは優れた講習だと判断されても仕方ありません。しかし、これが間違った判断であることは賢明なダイバーであればわかるはずです。

また、日本では、水中洞窟や沈船への内部侵入、大深度潜水等、直感的にリスクの高さを感じさせるジャンルのダイビングはほとんど行われていません。ダイビングの目的も、生物観察や水中撮影等がメイン。純粋に高いダイビングスキルが求められたり、リスク管理自体が大きなテーマになるようなダイビングがポピュラーでないことも、講習が安易な方向に流れる潜在的な原因となっているかもしれません。

水中洞窟を潜るダイビングや沈船内部へ侵入するダイビングは環境がハードで動きの制約も多い中、cm 単位の厳密な深度維持や状況に応じた姿勢の維持、狭い空間でも巻き上げを起こさない高度なフィンワーク等が求められるだけでなく、起きたトラブルに対するスムーズな解決が求められます。それができなければ、生存の危機にさらされる可能性が一気に高まります。こうした高い技術なしには潜れない場所、厳しい環境の中でのトラブル解決能力も不可欠なダイビングを知るダイバーが複数周囲にいたり、直接ダイビング教育に携わっているような例が多ければ、リスクマネージメントに対する感覚も日本のそれと異なることは必至でしょう。

いずれにしろ、一見平和でリラックスしたダイビングにもトラブルの可能性はあり、それが生存の危機につながる可能性を秘めていることは、直感的に危険を感じる類のダイビングと変わりません。むしろ、危険を感じない状態で突然遭遇するトラブルのほうが、相対的に危険度はより高くなりがちです。トラブルやアクシデントへの対応能力には、ダイバー本人の知識や技術、経験そしてメンタルの面での強さが大きな影響力を持ちます。短期間で楽に安く終わることをアピールする講習が、本来ダイバーに求められるべき実践で有効となるリスクへの対応能力を備えたダイバーの育成に有効であるとは思えません。

現状のダイビングシステムやスタイルへの不安

ダイビング活動におけるリスクマネージメントにまず必要なのは、あるダイビングを行う際、そこに潜在する可能性のあるリスクを洗い出し、それに対しての解決策を用意することです。リスクに対して解決策が用意されていないとしたら、それは運任せとしかいえず、そのようなレジャーを健全な状態といえるはずがありません。

したがって、無事にダイビングを終了するために不可欠な器材には、本来、必ずバックアップが必要なはずです。たとえば、BC、レギュレーター、ダイブコンピュータ、マスクやフィンのストラップに関して、壊れる可能性がまったくないと言い切れないなら、バックアップの携帯は不可欠なはずです。

しかし、現状のレクリエーショナルダイビングにおける標準的な器材構成には、オクトパス以外の明確なバックアップが含まれません。つまり器材トラブルの多くに対して、直接的な解決策がありません。そこで、採用されているのがバディシステムです。器材にトラブルが起きた際は、バディの器材を共用したり、お互いの技術的なサポートによってトラブルへの対応を可能とするもの。このシステムの導入によって、レクリエーショナルダイビングは、初めて運任せの無謀な遊びから、健全なレジャーのポジションを得たことになります。

ダイビングを行う際はつねにバディシステムの正常な機能の確認と、システムの維持が不可欠です。ダイビング開始前には互いの器材に不備がないことと使用器材の正常作動の確認を行うことはもちろん、トラブルの際の対応手順や、コミュニケーションのために必要なサイン、共用することになる潜水計画の確認等、本来確認すべき要素の数は少なくありません。それらに不備、不明瞭な点があれば、まずそれをクリアしないと、健全なレジャーとしてのダイビングはスタートできません。

講習でも、バディにトラブルが起きた場合の具体的な対応のトレーニングが、トラブルのバリエーションに応じて複数行われなくてはならないはずです。エア切れダイバーへの対応だけでなく、たとえば水深や時間の情報を無くしたとき、浮力の喪失、マスクやフィンを無くしたとき等、バディシステムをどう活用するべきか。また、実際のダイビング中も、バディの位置を把握し続け、最低限、必要なコミュニケーションが瞬時に取れる状態をつねに維持していなければならないはずです。

しかしながら、実際のダイビングにおいて、バディシステムは正常に機能しているでしょうか? その日初めて会ったダイバー同士が、簡単な挨拶だけでバディとしてダイビングを開始することも珍しくありません。それ以前に、そもそもバディシステムを正しく理解しているダイバー、それを正しく理解し、伝えているインストラクターはどれくらいいるのでしょうか?

テクニカルダイバーから見たレジャーダイビングの甘すぎるリスク管理の落とし穴
複数のガスを使い分けて効率的な減圧を行う、深くて長いダイビングは、一見非常にハイリスクに見えるが、知識と経験とスキルを備えたダイバーが、保守的で緻密、かつハプニングの可能性を踏まえた慎重な計画を立てて行えば、絶対的なリスクは出たとこ任せのレクリエーショナルダイビングより圧倒的に低い。しかし、こうしたダイビングの可能性の拡張を、現状のレクリエーショナルダイビングと同一線上に展開するのは危険極まりない愚行ではないだろうか。

本質的な“バディシステム” の運用とは

リスクマネージメントを重視するテクニカルダイビングでは、必要な器材、たとえば呼吸源、浮力体、ライト、マスク、カッティングディバイス、ダイブコンピュータやボトムタイマー等は必ずバックアップを持ちます。バディへの依存度がレクリエーショナルダイビングより大幅に低いにも関わらず、ダイビング開始前に個々のダイバーが自身の器材を確認するだけでなく、バディ間で互いの器材、器材配置やバックアップ器材の種類、収納箇所等を確認し合います。またダイビング前には必ず最大深度と潜水時間を基本とした潜水計画を立て、必要となるガス量も、計算によって算出した結果に保守率をかけたガス量を確保するのですが、その際もバディ双方のガス消費率がデータとして使われます。さらに、ダイビングのどの時点でエアシェアが必要になり実施したとしても、生還が可能であることを確認し、必要に応じて、潜水計画のコントロールも行われます。エントリー後も、最初の時点で水中での器材の正常作動をバディ間で確認し合い、実際にエアシェアのシミュレーションを行って、緊急手順の確認も行われます。ダイビング中も環境に応じたサイン(視覚による直接的な確認やライトサイン、場合によってはタッチコンタクト等)でコミュニケーションを維持し、つねにバディ、チームとしての活動の維持が重視されます。

バディシステムは、こうした状況下で、初めて本来の機能を発揮できるシステムのはずです。そう考えると、現状のレクリエーショナルダイビングにおいて、バディシステムにどれくらいの有効性が期待できるのかは大きな疑問です。

バディ同士、適切なガスマネージメントを

バディによるエアシェアの可能性がバディシステムに含まれている以上、それが減圧停止を想定しないレクリエーショナルダイビングであったとしても、前述のテクニカルダイビングと同様です。互いのエアの消費率を知り、ダイビングのどの時点でエアのシェアが必要となっても、余裕をもって呼吸できるよう維持するガスマネージメント、残圧管理はマストのはずです。

また、一言でガスマネージメントといってもその内容は一様ではありません。頭上が船舶航行エリアで垂直浮上が不可能だったり、流れが強く水中移動によってアンカーリングした船まで戻らないと流されるような海域の場合もあります。そんなとき、不適切なガスマネージメントによるエアシェアを行えば、バディそろってのガス切れを誘発するかもしれません。バディシステムは優れていますが、正しく機能させるための準備とシステム機能の維持は、実は高度で難易度の高い作業なのです。

さらに、日本のアクティブなダイバーの現状は、フィッシュウォッチングや水中撮影がメインテーマです。バディ以外の対象物に注意を集中する傾向が強く、バディシステムにフィットしない方向にシフトしています。

結果、運に頼る状況を容認したダイビングである場合が少なくありません。器材の品質の向上や、ガイドが個々のゲストの安全管理に神経を尖らせる体制によって、事故が多発するような状況には陥っていませんが、今後さらにダイビングの可能性が拡大していくと、それが運に頼る部分・要素の拡大につながる気がしてなりません。

現状のレジャーダイビングにおけるバディシステムは机上でのつじつま合わせに過ぎなくなっており、根本的な見直しが必要です。たとえば、個々のダイバーが必要なバックアップ器材とそれを使いこなす技術を備え、器材等のトラブル対処における自己完結性を高めることは、限られた対象(被写体など)に感心が集中しがちなダイバーには必須ではないでしょうか。

行きすぎた教育マニュアルの弊害

もう1つの不安要素、それは行き過ぎたインストラクター教育のマニュアル化です。マニュアル化のメリットは製品の量産でしょう。現在は、前提にさほどのダイビング経験を必要としない、マニュアル化されたプログラムを持つ指導団体が、インストラクターを量産し続けています。指導団体の直接的な顧客は会費を収めるリーダーシップですから、量産はビジネス的には正しい戦略でしょう。が、ダイビングの健全性ということを考えた場合、過剰なインストラクターの量産に意味はあるのでしょうか?

また、インストラクターステイタスはダイビング教育やグループコントロールという部分で意味を持つものです。ダイビング教育の一環に組み込んで、レベルアップのステップとしてセールスされるものではないはずです。しかし、現状はビジネスとしてのダイバーのステップアップシステムの一環に、インストラクターコースを位置づけているような印象を受ける例も見受けられ、インストラクターのステイタスを持っていてもダイビング指導をする機会や意思のないインストラクターが巷に数多く存在しています。

さらに、インストラクターを効率的に量産するには、ダイビングの「本質的な部分に対する理解の追及」や「自身で考える力、臨機応変な対応力の養成」といった、時間のかかる、またインストラクターとしての資質を求めるスタイルは歓迎されないでしょう。有効なのは、設定した状況をベースとして「ハウツー」を覚え込ませるスタイル、つまり、考えることより覚えることを優先した教育です。

しかし、ダイビング教育やダイビング活動に規格通りの講習生やダイバー、規格通りの環境、規格からはみ出さない展開ばかりをそろえるのは不可能です。それは、本来、臨機応変な対応や咄嗟の判断が求められる活動であり、そのためには、手先のノウハウではなく、根幹であるダイビングの本質や環境に対する理解や経験、それらを活用した状況への対応を可能にする頭の回転、イメージしたことを実践に活かせる体力等、マニュアルのトレースではカバーできないさまざまな要素が必要となるはずです。

インストラクター教育の過度なマニュアル化は、ビジネス効率を高める反面、本来インストラクターに必要とされるべきダイビング指導やダイバーコントロール力の開発をスポイルする要因を秘めてはいないでしょうか?

今こそ、転換期である認識を

こうした状況を改善していく方法はあるのか? 残念ながら、一撃で問題をクリアするような決定的な解決策はないように思います。意識改革やシステム改革等、複数の対策の積み重ね、そして何より必要なのは、ダイバー個人個人の意識の持ち方、教育やケアに対する選択基準の見直し(それを可能とするための情報発信)ではないでしょうか。業界はつじつま合わせのシステムに固執しないで、ダイビングの“楽しさとリスク管理” “ビジネスと教育” のバランスを考え直し、ダイバーの現状をカバーするものに変換すべきだと思います。

個人レベルでのバックアップ器材の充実、特にコンパクトな独立呼吸源であるポニーボトルは早急の導入必至、器材構成とスキルレベルに妥協のないソロダイビングプログラムにも注目すべきだと思います。ともに、海外ではすでに活用されているものです。

テクニカルダイバーから見たレジャーダイビングの甘すぎるリスク管理の落とし穴

ダイビングの選択肢が広がる具体的な可能性が見えてきている今こそ、以降の日本におけるダイビングをプラスに転じるためのターニングポイントではないかと私は思います。

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