ダイビングガイドの新局面。 急激に増す、ガイドという職業の法的リスクとは?

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2.自己責任の崩壊のしわ寄せはダイビングガイドとダイバーに

おざなりな講習を受けたダイバーを押し付けられて困るのはダイビングガイドでしょう。
Cカード講習で会得しているはずの技量すらできないダイバーを受け入れたとしたら、それこそガイドどころではないですし、技量不足で事故を起こされたら、愚痴にひとつもこぼしたくなります。
しかし、愚痴もこぼさず、「彼らの責任でもないし…」と、マスククリアすらできないダイバーをケアしているガイドは少なくありません。
結果、マスクに水が入ってパニくったダイバーの責任をガイドが問われたら?

きちんとした講習をしない認定者の責任もあるのでは?
チェック機能を果たしていない指導団体にも責任があるのでは?
自己責任で潜っているはずのダイバーにも責任があるのでは?

残念ながら、その理屈は現実的には、あまり通用しないようです。

事故が起きた場合、裁判所の潮流は、結果・現場主義。
つまり、根本たるCカード講習の問題点には目を向けず、あくまで争点は、当事者たる、ガイドと事故者のダイバーとの因果関係に集約されるのです。
そもそもの認定者やさらにその上の指導団体の責任は遠いところにありそうです。

裁判所としては、「Cカード取得者=指導団が発表している達成目標をすべてクリアしているダイバー」、ということを前提に話が始まります。
ガイドが「そもそも講習が……」と言ったところで無駄なのかもしれません。
指導団体は、講習内容を公表したり、講習を受けた人からの声を拾おうとしたり、それらは裁判所から見ればれっきとした「アリバイ」として機能しているのです(とても大事なことだと思います)。

そして、もちろん、違う角度から見れば、技量不足のまま認定され、責任の押し付け合いのエアポケットに落ちて、事故を起こしてしまったダイバーが一番の犠牲者であること言うまでもありません。

曖昧な責任の範囲とガイドラインの必要性

裁判は、ますます消費者寄りになっているといわれています。
つまり、管理責任、説明責任に対してシビアな時代の潮流です。
お金をいただくゲストである以上、安全管理も当然ということです。

こうした風潮がある上に、自己責任が陳腐化しつつある現状では、ますますガイドの管理責任が問われる流れになっていくのでしょう。

ここで問題となるのが、“どこまでガイドが管理すべきか?”ということ。

しかし、講習をする際のインストラクターの責任の範囲は割と決まっていますが、ガイドの責任の範囲はどこにもありません。

ダイビング訴訟を多く抱える弁護士の先生が最も困っているのが、ガイドという職責に対するガイドラインがないことです。
弁護士の先生はよく「ガイドの方を守ってあげたくても、ダイビング業界側の基準すらないのが現状で…」とおっしゃっています。

裁判所にエビデンスを出せと言われても、ガイド側から提示できるものがないのが現状のようです。

ダイビングガイドの新局面。 急激に増す、ガイドという職業の法的リスクとは?

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