ダイバーに人気のクリーナーフィッシュ&シュリンプ完全ガイド

海の中では、ときどき大きな魚のそばで妙な動きをしている生き物を見かけます。例えば、体表をツンツンと突っつく細長い魚や、体の上に乗っかっている小さなエビなどなど。
「クリーナー」と呼ばれる彼らは、相手が肉食のウツボやハタでも気にしません。「食べられちゃうんじゃないの?」という心配は無用。今回はその理由とダイバーに人気のクリーナーを紹介します。
「掃除」する側とされる側~それって共生?
「掃除」というより治療かエステ?
魚にまとわりつくクリーナーたち、いったい何をしているのかといえば、体表に付いている寄生虫や壊死した組織などを探し出して食べているのです。この行動を生物学用語では「クリーニング」と呼びます。
じゃまなもの(寄生虫)を取り除くから「掃除」というわけです。でも、「医療行為」にも見えませんか。あるいは、体をきれいに整えるエステ? いずれにしても、クリーニングはクリーナーにとっては栄養摂取のための食事であり、対象となる魚たちも体を健康かつ清潔に保てるし大変ありがたいこと。
双方に利益があることから、クリーニングが繋ぐ両者の関係は典型的な相利共生といえるでしょう。
信頼して身を任せる魚たち

口の中に頭を突っ込んで「掃除」するホンソメワケベラ
クリーニングされている魚を観察していると、クリーナーが“掃除”しやすいようじっとして動きません。ときに口やエラ孔を大きく開けて、クリーナーを体の中にまで迎え入れます。もしかすると、クリーナーが「は~い、次は口を開けてね」と合図しているのか、魚たちがクリーナーが仕事しやすいよう気を遣っているのかも。
いずれにしても、口内やエラなどは、魚にとっては急所となる重要な部位。そこをさらけ出すのですから、よほどクリーナーを信頼しているのでしょう。
クリーナーの代名詞、ホンソメワケベラ

ユカタハタをクリーニングするホンソメワケベラ
「私はクリーナー、食べないでね」
最も有名なクリーナーはホンソメワケベラです。7~10cm程度のベラの仲間で、インド-太平洋の暖かい海に広く分布。伊豆半島などの南日本や沖縄のサンゴ礁でも普通に見られます。
なぜホンソメワケベラは魚食魚(ウツボやハタなど)に食べられてしまわないのでしょう? そのヒミツは独特の模様と、上下に飛び跳ねるような奇抜な泳ぎ方にあります。これらは「自分はクリーナー、寄生虫を取ってあげるよ(だから食べないでね)」というシグナルと考えられています。
魚が妙にゴチャゴチャしている場所を探れ!
海中散歩を楽しんでいるとき、魚たちが不自然に集まっている場所に気づいたことはありませんか? 個人的な体験をいえば、パラオのドロップオフ近くでダイビングしていたとき、中層を泳ぎ回っているツムブリが、入れ替わり立ち替わり寄ってくる不思議な根を発見。近寄ってみたら、そこではホンソメワケベラがせっせとクリーニング中! ということがありました。
ホンソメワケベラがいる場所は、様々な魚たちが「掃除」をしてもらおうと集まってくる、いわゆる「クリーニングステーション」となるのです。
性転換するホンソメワケベラ
ホンソメワケベラのオスは、特定の岩やサンゴの周辺などにナワバリをつくります。ナワバリ内に数尾から10尾ほどのメスを囲い込み、ハレムと呼ばれる繁殖グループをつくります。オスはメスより体が大きく、頻繁にハレム内のメスたちを見回っています。
もしハレムの主がいなくなったらどうなるのでしょう? これが実に興味深い。実験によると、オスを取り除いて1時間も経たないうちに、メスの中で最も大きな個体がオスのような行動を取り始めるそうです。体内の生殖腺も卵巣から精巣へと変化し始め、2週間もすると完全なオスとなりハレムはすっかり元どおり。
メスたちの体のサイズがあまり変わらないときなどは、ハレム内にオスが2尾生じることもあります。その場合、ナワバリが2つに分割されるそうです。
また、ホンソメワケベラ以外にも、ソメワケベラ属のベラにはクリーナーがいます。2種類ほど紹介しておきましょう。

アカヒメジと併泳するソメワケベラ。青と黄に染め分けられた特徴的な模様で他種と区別しやすい。ホンソメワケベラより大きく、12cmほどになる。行動範囲も広い。インド-太平洋に分布

ツバメウオに寄り添うスミツキソメワケベラ。胸ビレ基部の黒点と赤い口元が特徴。東部インド洋から中・西部太平洋の熱帯域に分布するが、数は少ない。日本では小笠原と沖縄で確認されている
ホンソメワケベラのソックリさん

ホンソメワケベラ。口は吻の先端に位置している

ニセクロスジギンポの口は下側(写真/堀口和重))
ニセクロスジギンポというイソギンポ科の魚は、パッと見では区別できないほどホンソメワケベラに似ています。この姿を利用して魚に近づき、ヒフやヒレをかじりとって食べるという習性があるのです。クリーニングをしてもらえると思っていた魚にとってはたまったものではありませんね。
識別ポイントは口の位置(写真参照)ですが、動き回る小魚でソコを見極めるのは至難の業。おまけに、ホンソメワケベラの独特な動きまで擬態していますから、魚たちも見事に騙されてしまうのでしょうね。
クリーナーシュリンプたち
インスタ映えする紅白エビ

タテジマキンチャクダイの上に乗っているアカシマシラヒゲエビ。インド-西太平洋に分布し、日本でも相模湾以南で見られる
魚だけではなく、エビにもクリーナーがたくさんいます。
その中でも、モエビ科のアカシマシラヒゲエビとシロボシアカモエビ、オトヒメエビ科のオトヒメエビ3種は水中写真や動画のモデルとして特に人気があります。サイズは5cm前後と比較的大きく、あまり泳ぎ回らないので撮影しやすい。なんといっても、赤と白を基調とした模様が美しい!

まるで歯医者さんのようにドクウツボの口内をクリーニングしているオトヒメエビ。インド-太平洋、大西洋の暖海に広く分布する

シロボシアカモエビは、紅白エビたちの中で最もレア。インド洋から東南アジアにかけて分布し、日本では沖縄で確認されている
仕事熱心で、比較的よく見られるのはアカシマシラヒゲエビ。自分と同じくらいの小魚だろうと何百倍もあるウツボだろうと、選り好みせず様々な魚たちを「掃除」します。
シロボシアカモエビは“ホワイトソックス”という英名でも知られています。やや深場の岩礁の亀裂や穴に潜み、警戒心が非常に強いそうです。そのため撮影は難しく、生態写真も少なめです。
「よく見られる」という意味で、最もポピュラーな種類はオトヒメエビ。伊豆半島や紀伊半島など南日本の浅い岩礁域にも生息し、岩の亀裂や穴などを探すと比較的容易に見つけられます。ただ、残念なことにオトヒメエビはさほど熱心なクリーナーではないようで、実際にクリーニングシーンに遭遇することは珍しいようです。
ところで、この3種には紅白模様という以外にも共通点があります。それは白くて長い触角。偶然かもしれませんが、もしかすると魚たちにクリーナーであることをアピールしているのかも? なんて想像すると楽しいですね。
透明ボディの小さきクリーナーたち

大きなハタの口元を、ソリハシコモンエビの仲間がクリーニング中
存在感ある紅白エビたちの次は、透明なボディで2cm前後という小さなクリーナーシュリンプたちの出番。それはテナガエビ科のソリハシコモンエビの仲間たち。
よく似た種類がたくさんいるうえ、標準和名や学名がないものも多いグループです。ダイバーによく知られているのは、ベンテンコモンエビとミカヅキコモンエビでしょう。

赤と白の斑点が美しいベンテンコモンエビ。よく似た種類には、赤味が少ないソリハシコモンエビや英名“クリアクリーナーシュリンプ”などがいる

額角や腹部のイエローラインが目を引くミカヅキコモンエビ。ソリハシコモンエビの仲間の中で最も識別が容易。西部太平洋に分布
ソリハシコモンエビの仲間は、岩礁の穴や亀裂、サンゴの根の周辺などに生息しています。岩壁や天井にいることもありますが、脚をダラリと下げながらホバリングしている姿もよく見ます。そしてピョンピョンと中層を飛び跳ねつつ、魚たちが寄ってくるとヒラリと飛び乗りクリーニングを開始。
このホバリングする姿を初めて見たとき、「ノーガード戦法」を連想しました。といっても将棋の話ではなく、『あしたのジョー』という名作ボクシング漫画に登場する戦法。ファイティングポーズをとらず、両手をダラリと下ろすというものなのですが、何となく似て……ないか。すみません。
本題に戻りましょう。
テナガエビ科のアカホシカクレエビの仲間にもクリーニングをする種類がいます。ハクセンアカホシカクレエビやニセアカホシカクレエビ、オドリカクレエビなどが知られていて、刺胞動物のイソギンチャクやナガレハナサンゴなどの触手内や周辺で見られます。
岩礁で見られるサラサエビ科の仲間にも、スザクサラサエビなどがクリーナーとして知られています。いずれの種類も大きさは2~3cm程度と小型です。

ホタテウミヘビをクリーニング中のオドリカクレエビ
マンタポイントのヒミツ

マンタにまとわりつく黄色の小魚たち。その正体はミゾレチョウチョウウオ
実はエスティックサロン!?
世界最大級のエイ、マンタに会いたいのなら、行くべき場所は水族館……ではなく、スキューバダイバーならマンタポイント!世界のマンタポイントの多くは、特定の場所でマンタがやってくるのを待つというダイビングスタイル。
でも、なぜマンタはマンタポイントにやってくるのでしょう? 理由はそこにクリーナーがいるから。マンタは体を「掃除」してもらうために、クリーニングステーションにやって来るのです。
マンタのクリーナーはホンソメワケベラなどベラ類のほか、ミゾレチョウチョウウオであることが珍しくありません。巨大なマンタを「掃除」するには、ベラより体が大きく群れをつくるミゾレチョウチョウウオでないと対応できないのかも? ダイバーにとっては地味な存在ですが、マンタにとってミゾレチョウチョウウオは体をメンテナンスしてくれるエスティシャンなのでしょう。
大物マンタの登場に興奮して忘れられがちですが、どんな魚がマンタをクリーニングしているか観察するのも楽しいですね。
ハンマーやニタリ、マンボウも?

クリーニングしてもらうためホバリングするハンマーヘッドシャーク。周囲にバーバーフィッシュが群がる
ガラパゴス諸島やバハ・カリフォルニアがある東部太平洋では、ハンマーヘッドシャーク(アカシュモクザメ)がよく見られます。普通は泳いでいく群れを見るだけですが、クリーニング中のため、じっと動かないハンマーヘッドを見るチャンスも! このときのクリーナーは東部太平洋の固有種、バーバーフィッシュというチョウチョウウオの仲間であることが多いようです。バーバー(barber)とは英語で床屋さんのこと。魚をツンツンとクリーニングする様子が、散髪シーンのように見えたのかもしれません。
また、フィリピンのマラパクスアでは、ニタリという尾ビレの長いサメが現れる「モナドショール」というポイントがあります。水深20m前後の岩棚にクリーニングステーションがあり、ニタリはそこを目指してやってくるそうです。
近場では西伊豆・大瀬崎のマンボウ。春先から初夏にかけて、深場のクリーニングステーションにマンボウがやって来ることが知られています。クリーナーはホンソメワケベラやシラコダイ。
シラコダイは「タイ」と付いていますがチョウチョウウオの仲間。これも白っぽくて特に目立つ模様がありません。なんだかチョウチョウウオのクリーナーは皆さんそろって地味……もといシックですね。

東部太平洋の固有種、バーバーフィッシュ

インド-太平洋に分布するミゾレチョウチョウウオ
ダイビングで見られる様々なクリーナーたち、いかがでしたか。このほかハタタテダイやゴンズイの幼魚などもクリーニングすることが知られています。また、クリーナーに注目しがちですが、クリーニングされる魚たちも体色を変化させたり、体がどんどん傾いていったり面白いですよ。もしかして気持ち良すぎるのかも?