DAN JAPANに寄せられた「医療相談」からダイビングの安全・適性を考える
ご承知のように、DAN JAPANでは会員向けのサービスとして、ダイビングに関わる医療関係の問題に対する相談窓口「メディカル・インフォメーションライン(以下、医療相談)」を開設しています。このサービスは、「緊急を要さない」医学的な相談やその他のダイビング適性に関わる問題などに答えるためのもので、ホットラインとは異なる立ち位置で展開しています。ここに寄せられる「相談」は極めて多種多様で、ダイバーの興味・関心がどこにあるかを知るための興味深いデータになっています。今回は、このデータの2017年から2019年の内容(の一部)を紹介すると共に、実際の相談内容と医師による回答を中心にして、改めてダイビングの安全や適性について考えてみたいと思います。
※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2018年3月号からの転載です。
相談件数等
会員向けの「医療相談(非緊急)」は、専用電話で受け付けていますが、通常の電話番号や一般問い合わせ用のメールアドレスに送られてくることも多くあります。またこの相談は、会員向けのサービスとして運営されていることから、医師からの回答などは原則として非会員には行なっていません。まずは、どのくらいの相談が寄せられるかを認識するために、2017年から2019年までの3年間の問い合わせの数字を見てみましょう (表1)。
年毎の総数に多少のばらつきがありますが、毎年約50件ほどの相談が寄せられていることが分かります。電話での相談とメールでの相談はほぼ半々になっていますが、全体的に見るとメールの方がやや多く、3年間の全体では52.4%を占めています。
男女別では、男性からの相談件数がやや多い傾向にあります。続いてここで取り上げた3年間で比較すると、どの年も男性が多く(差がわずかな場合もありますが)、全体で見ると62.0%が男性という結果に。これは、ダイバー全体に対する男女比を反映していると考えることもできます。
■表1 2017年から2019年の「医療相談」件数の概要
また、この表には掲げませんでしたが、質問者の年齢平均は、2017年は全体で50.4歳(男性は49.8歳、女性は51.2歳)、2018年では、全体で44.8歳(男性は45.9歳、女性は43.9歳)、2019年は全体で49.4歳(男性は49.2歳、女性は49.7歳)でした。3年間では、全体は49.4歳 (男性は49.2歳、女性は49.7歳)です。年齢が高くなることで、健康状態などが気になるということでしょうか。健康を維持してダイビングを楽しむためにも、医学的に正しい情報は必須となるのです。
このサービスは会員向けのため、相談者に会員が多いのは当然と思えますが、実は非会員からの問い合わせも36.1%を占めており、多くのダイバーが様々な悩みを抱えていることが分かります。ダイビングは、水中で高圧ガスを呼吸する活動であることから、なんとなく不安を感じている人が多いことを伺わせる数字なのではないでしょうか。
DAN JAPANはダイビングの安全性向上を図ることをミッションのひとつにしていますが、より広く情報を発信するためにも、是非とも多くのダイバーに会員になって支えていただきたいと思っています。
相談内容
次に、相談内容を見てみましょう。2017年から2019年までの相談内容を積み上げグラフ(図1)からは、多岐にわたる相談内容が見て取れます。
しかも、相談の一つひとつが項目の中でも別のものと考えられるものも多く、簡単にまとめられるものではないのですが、ここでは、グラフが煩雑にならないように以下のようにまとめてさせていただきました。
最も多い相談は、減圧障害関連のもので、全体の18.1%になります。多くはダイビング後かなり時間が経過しているものや「減圧症(DCS)罹患後の復帰ダイビング」に関するものですが、ホットラインへの連絡も減圧症(DCS)関連が最も多いことを考えると、ダイバーにとって減圧障害(DCI)が最大の関心事であることが分かります。また、これに「潜水後の症状」 (これは、潜水後に手足や関節に痺れやむくみ、痛みが出るといったものです)も、おそらく「減圧障害を心配している」であろうことを考え合わせると、全体の28.3%になります。
次に多いのが耳鼻科関連の相談で、全体の13.3%です。「脳・脊髄神経関連」や「心臓・循環器関連」「呼吸器関連」は、手術経験や罹患履歴があり回復したがダイビングができるか、というものが主な相談内容となっています。また、「診断書・病院紹介」が毎年数件あります。これは、ダイビング講習の際などで必要となる診断書を作成していただける病院が限定されることを示しているデータです。
各項目は、医療分野の分類にできるだけ見合うようにしましたが、それにうまく収まらない場合も多く、「その他」が多くなる結果となっています。「その他」には、3年間に1回しか相談されなかった項目の多くをまとめました(たとえば、栄養ドリンクとダイビング、海洋生物刺傷、睡眠障害、リウマチでの服薬、糖尿病などです)。
DAN JAPANでは、こうしたデータも参考にしながら、ダイバーの皆様のご協力を得て、ダイビングをより一層安心して楽しめる環境を整えるための努力を続けていきたいと思っています。
■図1
最後に、相談に対して専門医から回答を得た事例をいくつか紹介したいと思います。
循環器関連
血圧の上昇に伴うダイビング中の症状について(40代の男性インストラクターからの相談)
血圧が上昇することによってダイビング中に懸念される症状について、めまい、心筋梗塞や狭心症、脳卒中や脳出血があると思いますが、それ以外には何かありますでしょうか? 減圧障害のリスクが高まる可能性はありますか? 組織の活性化により血管内の気泡の周りで凝血が起こる可能性があるかな?とは思うのですがいかがでしょうか。
血圧の急上昇によって、ご指摘の脳、心臓以外にも、腎臓、肺なども障害され得ます。実は、潜水中には血圧が約30% 上がるとの報告もあります(伊佐地2017)。 この報告では、一般に収縮期血圧が180-200Hgを超えると合併疾患の可能性が高くなると言われているので、基礎血圧を160未満にコントロールすることが良いのではと提言しています。 尚、単純に血圧が上がることが危険というわけではなく、スポーツ時の血圧上昇は生体の自然な反応でもあるのです。年齢、動脈硬化の有無・程度といった基礎状況によって血圧上昇のリスクは異なってきます。高血圧が減圧障害のリスクファクターとの論文は見つかりませんでした。
ペースメーカー植込み手術後のダイビング可否(60代のインストラクターからの相談)
担当している生徒さんが、今年8月に不整脈のためペースメーカーの植込み手術を行いました。ダイビングを始めたいが、このペースメーカーには圧力変化に耐えうるというメーカー保証がないため、メーカー保証のあるペースメーカーに変えたいと考えています。そこで、ペースメーカーの入れ替え手術は可能かどうか知りたい。 そして可能な場合、メーカー保証のあるペースメーカーを知りたい。また、ペースメーカーを入れた状態でダイビングをする際の注意点などありましたら、ご教授いただければと思います。
植込み型ペースメーカーは刺激発生装置(ジェネレータ:電池を含む)と電極リードから構成されます。もちろん電池には寿命があるので定期的な交換手術を要しますが、ペースメーカーの入れ替え手術自体は可能です。ただし、感染等の一定の手術合併症はあるので、潜水をしたいとの理由での入れ替え手術の是非は、主治医とよく相談する必要があります。また、それ以前の問題として、本件で本当に入れ替えが必要か否かも、よく確認したほうが良いでしょう。今回の件に関して、メーカーには問い合わせたでしょうか?
以下は、直近の教科書 (第6版高気圧酸素治療法入門)からの引用ですが、「ジェネレータの耐圧設計は4ATAとなっており、実験ではそれ以上の気圧負荷においても損傷やプログラム機能の異常は無いが、臨床治療の仕様にメーカー保証はされていない」とあります。
しかし、たとえば高気圧酸素治療前にメーカーに問い合わせると、治療圧まで耐圧可能との回答を得ることも。尚、潜水適性を考える上では、そもそもペースメーカー植込みが必要となった疾患について評価する必要があります。次に、潜水には一定の運動能力が必要であり、どの程度の運動が許可されているかについても主治医に確認する必要があります。
耳鼻咽喉科領域
鼓膜切開後のダイビング可否(50代の女性からの相談)
Cカードランクはレスキューダイバーで、国内で2日間にわたり5回のダイビングを楽しみました。 最大水深は30メートルで、水面休息時間を60分とり、このダイビングでは減圧停止は不要でした。ダイビング後に高所移動はしていません。その後、インフルエンザにかかり、高熱の影響で中耳炎になりました。 鼓膜を切開し膿を出し医者からは完治したと言われましたが耳の詰まり感が残っています。2ヶ月後に南の島でダイビングを予定していますが問題ないでしょうか?
以下の可能性が考えられるので、潜水再開前に潜水医学に詳しい耳鼻科医受診を勧めます。
耳のつまり感残存
1.内耳炎合併の可能性>>重症では難聴、めまいが高度に出現するので考えにくいですが、軽症で軽度の難聴をつまり感と訴える方はいます。
2.積極的な治療は要さないが、中耳炎が治りきっていない。
鼓膜切開後
3.再生(萎縮)鼓膜となっている可能性>>潜水実施には鼓膜所見が正常である必要がありますが、中耳炎を繰り返したり、鼓膜穿孔(切開)後に再生(萎縮)鼓膜(薄くて破れやすい鼓膜に再生)となることがあるので確認が必要です。再生 (萎縮)鼓膜は、DANガイドラインでは「危険性が高い状態」となります。
上記1~3は杞憂で、問題なく治っている可能性も勿論ありますが、メール相談で判断は難しいです。
滲出性中耳炎でのダイビング可否(30代の男性インストラクターからの相談)
私が担当しているダイビングの生徒の一人が、滲出性中耳炎と診断されました。現在19歳、男性です。高校生の時(約1年半前)に、滲出性中耳炎という診断が出て、手術(鼓膜切開?穴をあけて滲出液を出す手術)を行い、その後、通院と投薬による治療を行っておりましたが、担当医より改善がみられたとのことで手術から3か月後には通院も投薬も終了し現在に至ります。
今年の春からダイビングを始めて15本ほど潜ったのですが、先週ダイビングをした際に耳への違和感と、若干のめまいを感じ、ダイビングを中止して病院へ行ったところ中耳炎という診断を出されました。現在、投薬による治療をうけておりますが、特に違和感はない状態です。 もちろんダイビングをすることはおすすめではないことは承知の上で、何か改善策を見出したく、今後ダイビングを続けるにあたり何か制限をかけた状態でも構わないので、潜水などに詳しい耳鼻科医に対処法などご相談できたらと思いご連絡いたしました。
結論から言えば、質問者がおっしゃるように、潜水医学に詳しい耳鼻科医への相談が勧められます(現在の主治医は潜水医学に詳しくないとの前提で回答しています)。 質問内容からは、以下の可能性が思い浮かびます。
再生(萎縮)鼓膜となっている可能性
潜水実施には鼓膜所見が正常である必要がありますが、中耳炎を繰り返したり、鼓膜穿孔(切開)後に再生(萎縮)鼓膜(薄くて破れやすい鼓膜に再生)となることがあるので確認が必要です。再生(萎縮)鼓膜は、DANガイドラインでは潜水に関して「危険性が高い状態」との評価です。
耳抜きに問題がある可能性
潜水で中耳炎となる背景として耳抜き不良、手技上の問題あり、があります。インストラクターであればご存知のように、潜降・浮上による圧力変化はむしろ浅場の方が大きいので、鼓膜に問題がある場合は、深度制限をした上で潜水許可にはなりません。いずれにせよ、此処から先は、潜水に詳しい耳鼻科医が鼓膜所見を含めて実際に診てみないと判断は難しいと思います。
その他
痛風・服薬中ダイバーのダイビングインストラクターからの相談です
痛風の持病があるゲストから「ダイビング時に痛風の薬(フェブリク錠)を服用していますが、服薬してダイビングをしても問題ないでしょうか」との質問がありました。どのように回答すべきかご教示いただきますようお願いいたします。
痛風とは、尿酸が体内にたまり尿酸結晶となることで激しい関節炎を生じる疾患です。血液中の尿酸値が高い状態を高尿酸血症といい、痛風のほか、腎障害などの原因となります。痛風の治療は発作時に関節炎に対する消炎鎮痛の治療を行うことと、基盤にある高尿酸血症に対する治療を行うことが重要となります。また、高尿酸血症はメタボリック症候群のマーカーとして見られることがあります。つまり、尿酸値が高いことが生活習慣病 (かつて成人病と言われていました)と関連し、ひいては、心血管系疾患の発症リスクを反映しているのではとの見解があります。
高尿酸血症の治療薬
高尿酸血症の治療薬は大きく2つに分かれます。1.尿酸の作成を抑える薬 2.尿酸の排泄を促す薬フェブリク錠は、1.にあたる比較的新しい薬剤(2011年より本邦で発売)です。肝機能障害等様々な副作用がありますが、ダイビング上特に着目すべき副作用は指摘できません。
今回のゲストの場合
実際の副作用出現状況をゲストに聞いてみるとよいでしょう。激しい運動は尿酸値を上げるので勧められませんが、高尿酸血症の治療として軽い運動はむしろ推奨されますので、その意味では通常のダイビング活動は可能と思います。ただ、前述したように一定の心血管系のリスクを内在している可能性があるので、その他の高血圧などの生活習慣病の有無や運動適正について、主治医と相談するのがよいでしょう。
※質問内容は、一部個人名等を改変しました。医師の回答はもとのままです。
メディカル・インフォメーションライン
お問い合わせフォーム:https://www.danjapan.gr.jp/service/medical/infoline
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会報誌「Alert Diver」
今回転載した記事のほか、DAN JAPANでは会員向けの会報誌「Alert Diver」にて最新の潜水医学、安全情報を発信中。もっと詳しく知りたい方はDAN JAPANの会員情報をチェック!会員にはダイビングに特化した保険や医療関連サービスも。
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