安全停止★誕生物語

ダイビング歴45年。やどかり仙人のぶつぶつ多事争論。

■減圧停止と安全停止。どう違う?

年柄年中ダイビングを終えて一服状態、つまり安全停止状態のヤドカリ仙人ですが、
「安全停止=セーフティ・ストップって、一体なんだ?
なぜするのだ? 減圧停止とどこが違うのだ?」というご質問を受けました。
そういえば、さる高名なダイバー、
ほとんど伝説的ダイバーさんが綴られておられるブログでも、
「減圧停止ダイビングなら散々やったが、安全停止とどう違うのかよううわからん」
といったご意見も見られました。誠にごもっともでありますな。
最近では有無を言わさず、安全停止ダイビングであります。

リクリエーション・ダイビングは、
途中で停止しないダイビングが大前提ではなかったのかい?
それがいつの間にやらダイビングの終わりには必ずストップだってさ。

ヤドカリ爺が安全停止を初めて行なったのは1990年代初め、ほぼ20年前であります。
当時は、安全停止は”したほうがよい”、あるいは”することをオススメします”であったのが、
いつの間にか、”すべてのダイビングでする”、さらに”必ずすること”にエスカレート。
結果、リクリエーション・ダイビングは、
いつに間にか毎回減圧停止もどきダイビングに変化したのでありますな。

ところが。ところがでありますな、ある大手指導団体のビギナーテキストには、
すべてのダイビングでやれとは書いてはあるものの、
なぜするのだというのはまるでないのですな。
さらに、ダイブマスターマニュアルにさえなぜの説明はないのでありました。
これは誠に理不尽、横暴の極みであります。

リクリエーション・ダイビングは、無減圧ダイビング
(いや正しくは減圧停止無しダイビングであります)とは言うものの、
いまや安全停止ダイビングの時代であります。
多くの皆さんは、否応なく、当たり前のように安全停止ダイビングで
ダイビングを学んだろうと想像いたします。
そんなわけで、安全停止ダイビングと 減圧停止ダイビングの歴史を少しばかり。

■深く短いレジャーダイビング

リクリエーションのスクーバ・ダイビングはタンクのエアに限りがあります。
水中で作業をするわけではありませんから、
積極的に動き回る、深くて短時間のダイビングを繰り返します。
これは多くのダイブテーブルが想定していた
ヘルメット・ダイビングなどプロのダイビングに比べて、
全体としては、はるかに急激な深度変化のあるダイビングを繰り返します。

結果として、窒素吸収の早い組織に窒素の吸収が集中する傾向が生まれました。
プロダイバーに比べて、リクリエーション・ダイバーの
ダイビング回数の方が圧倒的に多いからです。

その結果、早い組織に起因する神経脊髄系の
いわゆるタイプ2の減圧症が70%近くを占めることになりました。
ちなみプロ・ダイバーの減圧症はその逆で、
筋肉や、痛みだけのタイプ1が多いとされておりました。
減圧症の別名ベンズはこのタイプ1型の症状が、
体を折るように痛いからきておると聞いております。

簡単に言えば、リクリエーション・ダイバーは、
短時間だけど、深いダイビングをして、吸収の早い組織を、短時間で窒素で満杯にする。
しかも急速な浮上をするという傾向があり、浮上中に排出が追いつかず、
それで早い組織の減圧症を起こす傾向があるということであります。

■ゆっくりより止まってしまえ!?

基本的には、リクリエーション・ダイビングは無減圧ダイビングですから、
そのまま水面に出てもよいのですが、ゆっくり浮上をすれば、
浮上中に窒素が排出されて安全マージンが生まれるのです。

ところが、スクーバ・ダイバーはゆっくり浮上が大の苦手、
そこで現実的な手段として4〜5 mぐらいの深さで、
予防的なストップ、エキストラのストップをしようという提案が、
1990年代初めごろから、専門家のほうからなされるようになります。

例えば18m/分の浮上を、その2倍の時間をかけたり、
さらに遅くするなど至難の技であります。
空気の切れかかったダイバーが、水面近くで吹き上がっていくのは、
皆さんご存知のとおりです。

そんな難しい浮上をするより、
いっそのこと浅いところで適当な深度4〜5mで3〜5分ほど止まってしまえ、
というのが安全停止
であります。

安全停止を浮上中に取り入れることで、
計算上はかなりゆっくり浮上をしたことになります。

言葉は安全停止ではありますが、あくまでも浮上スピードを遅らせて、
安全マージンを稼ごうというのが目的
です。

建前上は減圧停止ではないので、
安全停止中の窒素の排出は勘定に入れないことになっております。
もちろん理屈の上では、安全停止中にも、吸収を続けている組織も、
排出を続けている組織もあるはずですな。

このような提案が続けてなされたのが、1990年代の初めです。
最初は”Slow Asent From Every Dive”略してSAFE、
つまり”どんなダイビングでもゆっくり浮上”。
その後、さらに安全停止はPrecautionaly Stop (予防停止)なんて名前で提唱され、
ダイビング指導団体が、”安全停止”なんて名前をつけて、
ダイバーの行動指針に取り入れます。

早い話、安全停止というのは、
基本的にリクリエーション・ダイバーのための推奨手順であって、
これは急激なダイバー人口の増加にともなう、
ダイビングの行動パターンの変化の副産物
であります。

冒頭の高名なダイバーさんが安全停止をせずに50年潜っていても、
別段これは不思議ではないのであります。
基本的にはアマチュア・ルールであるわけですから。

もっとも、水面出る前にいったん止まって、
水面の船の往来を確認するのを安全停止と混同していた人もいましたが、
これは安全確認停止でありまして安全停止ではございません。

今週は、安全停止は、言葉は停止でありますが、
基本的には浮上スピードの緩和
だというところで一休みいたします。
次回は、安全停止と減圧停止が混同されているお話をいたしましょう。

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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