水辺の”知られざる影の立役者”の正体とは?(第2回)

東京2020オリンピック、影の立役者。なぜ日本のライフセーバーが世界から賞賛されたのか

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海の安全を守るライフセーバー。ダイビングポイントの海で見かけることはあまりないが、特にでは身近な存在だ。実は、そのライフセーバーが東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京オリンピック)で世界から賞賛される活躍をみせていたことはご存知だろうか。今回、その知られざるライフセーバーの活躍を探るべく、公益財団法人日本ライフセービング協会(JLA)の石井英一さん、篠田敦子さん、小林涼子さんにお話を伺った。

ライフセーバーの存在は知っているものの、活動内容を詳しく知らないという方も多いのではないかと思う。本題に入る前に、「そもそもライフセーバーって何者?」というところから少しお話ししたい。

海やプールの安全を守る「ライフセーバー」とは

海やプールの事故を防止するために、監視・救助・救護などの知識や技術を学び資格を取得したライフセーバーを「認定ライフセーバー」と呼ぶ。この認定ライフセーバーは、水辺の事故ゼロを目指して、海岸をはじめとする全国の水辺の環境保全、安全指導、監視、救助等の活動を日々行っている。

「活動の中でも、特に重要視しているのは、“事故を未然に防ぐこと”。救助や救護をするのは、言ってしまえば最終手段。事故が起こらないようにするにはどうしたらいいのか、その仕組みを考えることが非常に重要な任務と感じております」。

海水浴をする私たちの安全を見守るイメージが強いライフセーバーだったが、事故を未然に防ぐために海の安全な楽しみ方を教育・伝授することにも注力している。ライフセーバーが小学校などを訪問し、「水辺の安全教室」と題して水面での浮き方や離岸流への対処方法などを伝えたり、臨海学校にライフセービングを取り入れたりしているそう。子ども時代から水に対する知識を身につけることで、自分たちで事故を未然に防ぐことができるよう促している。

ライフセーバーに求められる能力

認定ライフセーバーになるためには、基本的な泳力・体力が必要である。さらに講習会で心肺蘇生方や救急法の基礎知識、水辺の事故防止のための専門的な知識と技術を身につけ検定に合格しなければならない。

「ライフセーバーになるのは大学生が多いです。入学と同時にライフセービング部に所属し、5月に講習を受け、7月には実際に海やプールで早速デビューします。現場で活躍するのはやはり体力のある10代20代が多いですね。また、ライフセーバーの能力向上を目的に海やプールで毎年競技会も行なっています。海では救助器具を使った迅速なレスキューを行ったり、プールでは人を模したマネキンを救助したり、障害物を超えるタイムを競ったりして、ライフセーバー同士が切磋琢磨し、一人でも多くの命を救うために努力しています」。

ライフセーバーにとっての最大の使命

「私たちの最大の使命は『ライフセーバーがいなくなる』ことです。一人ひとりが自分で自分の身を守る“セルフレスキュー思想”、この考え方が定着すれば私たちが改まって『ライフセーバーです』、と言う必要もなくなります。しかし、現実はそう簡単にはいきません。ライフセーバーがいない海では、まだまだ事故も多いですし、セルフレスキューの思想や海の正しい知識はまだまだ浸透していないように感じます。長い年月はかかってしまうと思いますが、安全指導などを通していつかは実現したいですね」。

究極とも言えるこの使命を実現できた日には、海での事故が確実に減少するのは間違いないだろう。

世界と日本のライフセービングを比較すると

「世界中でライフセービングの活動が普及しているのが、日本と同じ島国のオーストラリアやニュージーランド。この3カ国にとってライフセーバーはとても身近で、幼い頃から海について学ぶことが当たり前となっています。ライフセーバーが国技のような立ち位置になっていて、なりたい職業の上位に入ったり、ライフセーバーの大会のプロリーグもあったりするほどです。ライフセーバーの認識が日本とはまったく違います」。

同じ島国でも、海に対する知識の蓄積がまったく違う。私たちも海に囲まれた島国の住む者としても、自分たちの身は自分で守るという意識を持ち、積極的に海の知識を身につけていきたい。

ここからが本題。東京オリンピックでのライフセーバーの活躍とはいったい

ライフセーバーが監視をする対象は、海やプールで楽しむことを目的とする人以外に、トライアスロンやマラソンスイミング、カヌー、ボート、サーフィンなど大会に参加することを目的とする人(選手)も含まれる。東京オリンピックではトライアスロンとマラソンスイミングでの監視活動を行うため、全国各地のライフセーバーの中から経験豊富なベテランが会場に集まった。

「大会では、波は高くないか、離岸流(※1)はないか、大会の事前準備の段階から開催可能かどうかを大会主催者と判断したり、競技中は選手の安全を間近で見守り、何か異変があったらすぐに救助できるような体制をとります。たとえば東京オリンピックのマラソンスイミングでは、競技が始まる2時間前の朝3時に海況を確認して中止か決行かの判断をします。
(※1)岸から沖へ強く流れる海水の流れ

選手たちがウォーミングアップを始める1時間前の朝4時には海に入り準備開始。競技が始まれば、私たちはパドルボードに乗って選手と10km併漕します。オリンピックだからといって、他の大会と違って何か特別なことをするわけではありません。安全に事故なく大会が閉幕し、大会参加者や観戦者に『また来たい』と思ってもらえるようにするのが最大の役割です」。

パドルボードに乗って選手と併漕

パドルボードに乗って選手と併漕

「しかしライフセーバーが万全の準備をしたとしても、競技という独特な環境下ではさまざまな事故が起きます。トライアスロンやマラソンスイミングでは、選手たちが密集して泳ぐ場面もあるので接触(目に手があたったり、胸を蹴られたり)が原因で救助が必要となる場合がありました」。

世界から賞賛された日本のライフセーバー

ライフセーバーのサポートが、選手のベストパフォーマンス発揮に貢献しているのは間違いないだろう。選手が安心して競技に集中し、記録を狙うことができるのは、私たちの知らないところにあるライフセーバーのただならぬ努力とサポート体制があるからこそである。そんな志の高さに感銘を受けた海外からの東京オリンピック競技関係者から、日本のライフセーバーは素晴らしいと賞賛されたという。

「褒めていただいたのは、ライフセーバーの救助スタイルです。過去の2012年のロンドンオリンピックや2016年のリオオリンピックでは、カヤックやボートに乗って選手の安全管理を担っていましたが、東京オリンピックではパドルボードに乗って業務にあたりました。その違いはライフセーバーと選手との距離です。パドルボードだと選手にすぐ手が届く範囲で見守ることができ、そのうえ的確に救助ができる。私たちは従来からあたりまえだと思ってやってきましたが、競技者の安全を第一に考えたこの救助スタイルが世界から高く評価されました。これは競技とは直接関係ないのですが、ある東京オリンピック関係者が濁りで底が見えない水深3〜4mの海にスマホを落としてしまったことがありました。ライフセーバーの役割というわけではありませんでしたが、我々が捜索にあたり、無事に発見。これが一番褒められましたかもしれません(笑)」。

ライフセーバーの目指すべき姿

「若く体力のある大学生は、ライフセービングをクラブ活動の一環ととらえ大学卒業と同時に一線から退いてしまう傾向があります。しかし、ライフセービングをライフワークとして継続的に続けてももらいたいと思っています。東京オリンピックで監視を行ったメンバーは30〜40代のメンバーが多いので、体力のある20代の若い世代の育成に力を入れていきたいです。」

次にライフセーバーが召集される国際大会は来年5月に福岡で行われる世界水泳選手権2022だ。選手のアツい戦いの裏にある、ライフセーバーの姿にも注目してみていただきたい。

協力

公益財団法人日本ライフセービング協会
水辺の事故ゼロをめざして、海岸をはじめとする全国の水辺の環境保全、安全指導、監視、救助等の活動を行うライフセービングの普及・推進、および発展等に関する事業を行っています。

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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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