水中写真家・越智隆治がダイビングや撮影時に見舞われたトラブル体験談(第2回)

マーシャル諸島でのダイビング後に漂流しちゃった話

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この話を、どう受けて止めてもらっても構わないのだけど、仕事柄?よくアクシデントに巻き込まれる。

で、毎回無事生還してはいるのだけど、それなりに精神的かつ肉体的疲労を伴い、日本人の一般常識から考えると、そのトラブルに至った原因の究明、ダイビングオペレーターへの責任追求など、すべき事なのかもしれない。

それが、トラブルの経験の無い一般ダイバーのトラブル時の指針にもつながる。

・・・・という事にもなるのかもしれないけど、どうしても「まあ、生きて帰れたんだから、まあいっか」と事後は笑い話にしてしまっている。
とは言っても、実際にその状況下にある時には、それなりにビビっていたし、もう生きて帰れないかもしれない、と思った事も何度かある。

真剣に、トラブルの原因究明、責任追及に奔走している人には、「ふざけるな」と思われるかもしれない、ということを前置きに、過去の漂流しちゃった話を、あくまで自分の「やっちゃった」経験として、何度か書いてみたいと思う。

十数年前のマーシャル諸島での漂流

まずは、マーシャル諸島での話。

もう十数年も前の事。
某雑誌のロケで、マーシャル諸島を訪れた。

それまで何度もマーシャル諸島は潜っていたのだけど、そのときは、取材中に新たにダイビングポイントを開拓する事を目的としていて、自分もまだ潜った事の無いポイントをいくつかリサーチすることになった。

マーシャル諸島共和国は、新聞社を退社直後から10年近く、毎年撮影に訪れていた場所。
個人的にも大好きな場所だった。

サンゴ礁が隆起してできた環礁だけの島国で、地球温暖化によって国土の水没が懸念されている国の一つでもある。
国民の多くが、国土が消失するかもしれない不安を持っているとは思うのだが、しかし、南の島だけあって、普段はいたってのんびりとしたペースで生活をしている。

この島国にいると、何事も「まあ、なるようになるんじゃない」と自分も細かいことを気にせずにいられた。

新しいダイビングポイント開拓

ある日、水中撮影のため、現地の日本人ガイドのS君と、サイパンから一緒に取材で来ていたガイドのHさんと3人で当時のマーシャルでは珍しいハゼを探すために、環礁のチャネルになっているダイビングポイントに潜ることになった。

しかし、水深も多少あり、3人で探してすぐに見つからないとエアを消費してしまうので、まずガイドの二人が入ってハゼを探し、見つけたところで、水中からフロートを上げ、僕がその合図に合わせてエントリーして撮影を行うという段取りになっていた。

マーシャル諸島で漂流しちゃった話

もし二人が入ってから10分たってもフロートが上がらない場合は、水面に上がるエアを目印に、潜ってきて欲しいと言われていた。
マーシャル人のボートキャプテンのRさんと、ボートクルーのJも「了解」ということで、二人は海中に潜っていった。

しかしだ、その日は風が強く、僕自身は二人の出すエアが水面に到達している場所がまったく確認できなかった。
Rさんに「見える?」と聞くと、「多分」と答える。
どこに行ってもそうなのだが、現地の人たちの目の良さにはいつも感心させられていたので、彼の言葉を信頼することにした。

「マーシャルの釣りバカ日誌」

10分が経過したが、フロートは上がってこない。

予定通り、僕もエントリーを開始することにしたのだが、自分自身は彼らがどこに潜っているのかさっぱりわからないので、「どの辺かな~?」とRさんに再度尋ねると、「その辺」と答える。
しかし、僕にはまったくわからない。

(この人本当に見えてるのかな~?)とちょっと不安になったのは、実はそのとき、外洋側のかなり離れた場所に、巨大な鳥山(現地の言葉でウナ)が見えていたからだった。

マーシャル諸島で漂流しちゃった話(鳥山)

Rさんは、「マーシャルの釣りバカ日誌」と言われるくらいの、大の釣り好き。

実は、ホテルやスーパーマーケット、真珠の養殖、ミネラルウォーターの工場などを持つ、地元でも一番大きな一族会社の重役でもあったのだ。

しかし、その一族での重要な会議シーンの写真がローカルの新聞に掲載されていても、彼だけがその場にいないことが多い。
別に出張とかでどこかに出かけてるわけではなく、そういうときはRさんだけ釣りに出かけちゃっているので、写真に写っていなかったのだそうだ。

マーシャル諸島で漂流しちゃった話

釣り好きのマーシャル人の中でも、無類の釣りバカ。
その釣りバカに、巨大な鳥山が目に入っていないわけが無かった。

多分その時の彼は、水面に立ち上るエアなんて見えていなかったんだと思う。
彼の中には(早くこいつを潜らせて、あの鳥山の下に群れているであろう、マグロやカツオを釣りに行きたい)と考えていたに違いない。

多少不安に思いながらも、ボートからエントリーして海中を見回す。
しかし、透明度は良いのに、二人の姿はまったく見えない。

(やばいな)
そう思った僕は、躊躇することなく浮上した。
しかし、時すでに遅く、ボートは鳥山に向かって全速力で突き進んでいるところだった。

(ま、まずい!)

波もあり、流れもあったため、エントリー時は近くにあった島からもどんどん遠ざかり、ハウジングに入れたカメラを2台も持っていたために、余計身動きが取れず、ただ流されるがままになっていた。

案の定の漂流

(多分、奴ら40分は戻ってこないな・・・)

通常のダイビングタイムを考えると、彼らは間違いなく40分近く釣りをして、なんらかの成果を上げなければ戻ってこないに違いない。

僕は再度少しだけ潜降し、フロートにエアを入れて浮上。
そのフロートを浮かべながら、流されるがままになるよりは少しでも同じ位置をキープしようと、疲労し切らない程度に流れに逆らってフィンキックしていた。

しかし、島の位置を目安にしていたのだが、やはり少しづつ流される。
しかも波があり、顔に波しぶきが当たるのがストレスになっていたし、重いカメラを持っているのも辛かった。

流されている間中、何度も船の去っていった方向と、二人が潜っているであろう辺りを振り返っていた。
ここでの「不幸中の幸い」は、チャネルの流れが、環礁内に流れ込む、インカレントだったことだ。

しばらくするとオレンジ色のフロートが上がった。
しかし、もうかなり離れている。

(今さら、遅いよ!)
そう心の中で吐き捨てながら、僕はどんどんと流されていった。

一人増えた漂流者

30分程、一人で漂流しただろうか。

(もう、カメラ捨てちゃおうっかな~。せめてウエイトだけでも捨てようっかな~)と思った頃に、なんだか水面でクルクル回転しながら「うへへへへ~」と近づいてくる人がいた。サイパンのガイドのHさんだった。

「あれ、どうしたんすか~?」。
僕は漂流しながらも、一人じゃなくなったことに、安堵しながら聞いた。

「いや~、フロート挙げたんだけどタカ(僕のこと)がなかなか潜ってこないからさ~、様子見ようと思って俺だけ浮上したら、遥か遠くにお前のフロートらしきものが見えるし、ボートは見えないし、流れ速いから、その場にいられないし、しょうがないから流されてきちゃったよ~。うへへへへ~」。

僕らは、それからまた30分近く二人で漂流した。
しかし、二人でいたせいもあり、冗談言い合ったりしていたので、それ程不安を感じることは無かった。

1時間後、RさんとJ、それに先にピックアップされていたS君の乗るボートに無事フロートを見つけてもらい、なんとか事なきを得た。

本来なら、ここで怒って当然なのだろうが、僕は半笑いして、ボートに戻り、とりあえず黙っていた。
それはすでにS君が二人をしかりつけていたからだ。

(一応、RさんはS君の上司なんだよな)
そう思いながら見ていたのだが、Rさんは、怒られながら人差し指と人差し指をくっつけて、彼なりの反省のポーズをしていた。

その傍らには、吊り上げたばかりのカツオとマグロが数匹転がっていた。

その後、島の目の前にある別のダイビングポイントに潜ることにして、ダイビングを終えて船に戻ると、二人が自慢気にクーラーボックスを指差して、「中を見てみろ」と言うので、開けてみると、クーラーボックスの中に取れたてのヤシの実がぎっしり詰まっていた。

僕がヤシの実を大好きなことを知っていて、太った二人がお詫びのしるしに頑張って木に登って取ってきたらしい。
それはそれで、嬉しくはあったのだけど、(そのために、また僕らが潜っている間に、船から離れてヤシの林の中に入っていたんだよね~)と思ったのだけど、言うのはやめておいた。

マーシャル諸島で漂流しちゃった話

「まあ、なるようになるんじゃない」

マーシャルに訪れる度に、そう思うようになったのは、そういう経験を沢山したからだ。
いや、させられたからかな・・・、Rさんに。

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writer
PROFILE
慶応大学文学部人間関係学科卒業。
産経新聞写真報道局(同紙潜水取材班に所属)を経てフリーのフォトグラファー&ライターに。
以降、南の島や暖かい海などを中心に、自然環境をテーマに取材を続けている。
与那国島の海底遺跡、バハマ・ビミニ島の海に沈むアトランティス・ロード、核実験でビキニ環礁に沈められた戦艦長門、南オーストラリア でのホオジロザメ取材などの水中取材経験もある。
ダイビング経験本数5500本以上。
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