ダイビング時のメディカルチェックや診断書の法的な意味とは

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疾患を申告しなかったら誰の責任?
メディカルチェックの意義

ダイビングの参加申込書には、申込者の健康状態などを記載する欄(メディカルチェック)があります。

ダイビングは海中という特殊環境で実施し、水圧の変化を受け、圧縮空気を呼吸するなど、人体に対して様々な影響があります。

健康状態や既往症によってはダイビングをすることが望ましくなかったり、時には禁忌とされるため、メディカルチェックが必要になります。

ダイビングで禁忌とされている疾患などがあるにもかかわらず、ダイバーが申告をせず、これらの疾患のために事故が発生してしまった場合、誰が責任を負うのでしょうか。

適切な申告があればガイドやインストラクターがダイビングを中止することを勧めることができたにもかかわらず、その機会をダイバー自ら喪失させてしまったのですから、適切な申告をしなかったダイバー自身が現実化したリスク(事故)について責任を負うことが基本になると考えられます。

ただし、ガイドやインストラクターの過失と疾病の発症が競合して事故が起きたとき、例えばガイドやインストラクターがダイバーをロストしてしまい、迷子になったダイバーにこれらの疾病が発症したというのであれば、ガイドやインストラクターが責任を負う可能性があります。

セブ島のジンベエザメとダイバーのシルエット(撮影:越智隆治)

医師による診断書の意義

既往症などがあり、医師の診察を受けたうえで、「ダイビングをしても構わない」などの診断書が出されることがあります。
それにもかかわらず、ダイビング中に疾患が発症してしまった場合、医師の責任を問えるのでしょうか。

「ダイビングをしても構わない」という診断は、あくまでも診断をした時点における判断で、診断をした日とダイビングをした日で、身体状況などが全く同じとは限りません。

また、医師の「ダイビングをしても構わない」という診断は「絶対に疾病等が発症しない」という保証をしたものではなく、「診察時点の患者の身体の状況からは、ダイビングをすることが明らかに不適切というものではない」程度の意見を述べたものと考えられます。

この医師の意見(診断)をもとに、ダイビングをするかしないかを決めることはあくまでもダイバー自身で、もし、ダイビング中に疾病が発症してしまったとしても、医師の責任を問うことはできないと考えられます。

ただし、医師の「ダイビングをしても構わない」という意見が明らかに診断ミスと言えるような場合であれば、医師の責任を問うことがあり得ます。

もっともこの場合も、ガイドやインストラクターの責任、あるいはダイバー自身の過失と競合する場合は、事故の直接的な原因となったものが責任を負うことが原則になります。

例えば、ダイビングに禁忌の疾患を有しているにもかかわらず、医師が「問題ない」旨の診断をし、当該ダイバーが急浮上をしてエアエンボリズムが発症するという事故が発生したというのであれば、事故の原因はダイバー自身の急浮上で、医師に診断ミスがあったとしても事故の責任を問えるものではありません。

メディカルチェックと注意義務違反

注意義務違反(過失)というのは、予見可能であるにもかかわらず予見をせず、結果を回避できたにもかかわらず結果回避義務を怠ることを言います。

例えば、車で小学校の近くなどを走行していれば、場所柄から子供が飛び出してくるかもしれないという予見ができ、予見ができれば飛び出しに備えてスピードを緩めるなど、事故を回避する行動をする必要があります。
それにもかかわらず、漫然とスピードを出したまま走行して事故を起こせば、予見義務及び回避義務を怠ったとして注意義務違反が認められるのです。

そして、この予見の際の事情としては、特に知りえた事情も含まれます。

例えば、ファンダイビングで洞窟に入った際に、ゲストがパニックを起こして溺れたからといって、直ちにガイドに注意義務違反が認められることではありません。

しかし、このガイドが「ダイバーが閉鎖恐怖症である」という事情を知っていれば、洞窟に入ればこのダイバーはパニックを起こし事故が起きるかもしれないということが予見できます。

事故が予見できるのであれば、事故を回避するための行動、例えば洞窟に入らない、あるいはこのダイバーの監視を強化するなどの結果回避義務をとることが必要になります。
それにもかかわらず結果回避義務を怠り事故が発生すれば、ガイドの注意義務違反が認められることになります。

メディカルチェックはダイバーからの情報提供であり、インストラクターやガイドはこのメディカルチェックで得た情報も加味してダイバーに対応する必要があります。

従って、メディカルチェックで得た情報次第では、インストラクターやガイドの予見義務及び結果回避義務が変わってくる可能性があります。

ゲストが記載したメディカルチェックには必ず目を通し、状況によっては医師への受診を促したり、あるいはダイバーにリスクを説明してダイビングの中止を勧告するなどのことも必要になります。

メディカルチェックで得た情報に対してきちんとした対応をしていないことも注意義務違反となりうることに注意しましょう。

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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