弟と兄ちゃん
実家のすぐ隣にズドンと立派な家が完成間近。
弟家族の家だ。
小さいころ、僕はそれなりに勉強も運動もできて、
先生や友達ともうまくやっていて社交的。
お調子者で八方美人は今と変わらず、
何より将来の夢は「日本一の肉屋」と文集に書き、
両親を喜ばせていた。
一方、弟はとても大人しく、
ずっとおねしょが直らずに両親が心配するような子だった。
そんな弟は中学の卒業が近づくと、突然「アメリカに行く」と言い出した。
みんな驚いたが意志が固く実際にアメリカへ留学してしまったが、
大人になっても無口な弟にその理由を聞いてみると、
「ひー坊(僕の家族名)から逃げたかった……」とポツリ。
心臓が止まるかと思うほどドキリとした。
思い返すと、確かに小さいころは「ジュースを買って来い」と命令したり、
自分が剣道の稽古をしたいばかりに、
嫌がる弟に防具をつけさせて無理やり練習させていたような……。
無口で大人しかった弟が留学先から一年後に一時帰国したとき、
金髪になっていた。
その一年後にはスキンヘッドに鼻ピアスになっていて、
さらにその一年後には肩にでっかい彫り物が入っていた。
そして、高校を1年多くかけて卒業するころには、
ボブマーリーを崇拝し、それはつまり、それはつまりな感じであった。
弟はあまり語らないが、
中学を卒業した英語のわかならい無口な少年が、
アメリカ人の中で暮らすには相当な苦労があったのだろう。
そんな弟はすっかり人生を達観してしまったようで、
今では、地に足のついたサラリーマンで二児のパパ。
モテようという気もないらしく、オシャレもどうでもよさそうで、
見た目は肩の彫り物意外は普通のオッサン。
目の前の仕事をしっかりとやり、地元に根を下ろし、
家族と両親をしっかり守る。浮ついたところが一切ない。
相変わらずの無口で、
僕が一方的に話しかけると「うん……」とか「まあ……」と二言三言。
「お前は健さんかっ」と突っ込んでも、
「ふっ……」と鼻で笑われるだけで、
はたから見ればいつだって「兄ちゃん、弟に相手にされず」の図。
あれだけ心配されていた弟だったが、
今では実家の横に家をおっ立て、孫を連れてやってくる孝行者。
反対に、たまに実家に帰ってくると昼から飲んだくれ、
甥っ子にライダーキックされてもんどりうっている兄ちゃん。
先日、金ピカ衣装を洗って干してくれるよう母に頼むと、
「これ、まだ着ているのかい……」と本気で憐れまれる兄ちゃん。
「性格が一番だけど、かわいいお嫁さんがいいな」とずっと言っていた母に、
「性格さえよければいいの。よっぽどブスじゃなきゃ、大丈夫だよ」と
方向転換させてしまった兄ちゃん。
すっかり、心配の種が逆転。
しかし、立派な弟の家を見ると、
何だか肩の荷が降りたようで安心してしまう、
やっぱりダメな兄ちゃんなのである。