タツノオトシゴの正体に迫る! ユニークな姿に不思議な生態、ダイビングの人気種まで
魚らしからぬ奇妙な姿、オスが出産するという不思議な生態で有名なタツノオトシゴの仲間。古くから人々の興味をひいたようで、安産のお守りや漢方薬の原料としても広く知られています。今回は、そんなタツノオトシゴを紹介いたします。
タツノオトシゴの基本情報
名前にまつわるエトセトラ
漢字では「竜(龍)の落とし子」、なんとも絶妙なネーミング。伝説上の動物、竜を連想させる姿からそう呼ばれたのでしょう。こんな奇天烈な名前と姿ですが、マダイやブリ、ヒラメなどと同じ硬骨魚類、いわゆる魚なのですから驚きです。
タツノオトシゴの仲間は、トゲウオ目ヨウジウオ科のタツノオトシゴ亜科というグループに属しています。世界中の海から50種前後が報告され、日本近海からも10種ほど確認されています。いずれもタツノオトシゴ属(Hippocampus)という同じ属に分類され、よくまとまったグループです。
その細長い顔から、英語圏ではSeahorse(海の馬)と呼ばれています。中国語では「海馬」と表記し、日本にもオオウミウマやクロウミウマという標準和名の種類がいます。また、属名のHippocampusも、hippos(馬)とcampos(海の怪物)というギリシャ語が由来だそうです。
タツノオトシゴの不思議な姿にはワケがある
直立している状態がタツノオトシゴの基本姿勢です。そのため、頭部を進行方向に向けるには、「首」のあたりでカクっと曲がっていなければなりません。まさに馬頭ですね。
見れば見るほど魚とは思えませんが、よく観察すると背ビレや胸ビレがあることがわかります。胸ビレの前付近にはエラ(鰓孔)もあります。ただ、尻ビレは痕跡程度で、腹ビレはありません。
尾ビレも欠くため遊泳能力は著しく劣りますが、その代わり器用に動く長い尾部があり、先端を海藻やサンゴなどにクルリと巻き付けて体を安定させています。速い潮や荒い波に流されることもありません。ただ、流れ藻や海草の切れ端などに付いたまま海流で流されることはあるようで、生息地や分布の拡大に繋がるかもしれません。
小さな背ビレや胸ビレは小回りがきき、体の向きを変えたり短い距離を移動するときにはむしろ便利。タツノオトシゴは泳ぎ回らず、周囲の環境に紛れて暮らすタイプの魚なのです。
また、一般の魚にあるような透明なウロコではなく、鎧のような固い骨板をもっていることも、隠遁生活者には強みでしょう。
タツノオトシゴのユニークな生態
不思議な繁殖方法~「オスが出産?!」
魚類には様々な繁殖スタイルがあり、雌雄で中層に放卵・放精してオシマイという放任タイプもあれば、産卵床をつくり孵化するまでオスが卵を保護するタイプもあります。タツノオトシゴの場合は、オスが自分の「体の中」で卵を保護します。
オスには腹部に育児嚢という器官があります。ペアとなったメスはこの中に卵を産み落とし、受け取ったオスが受精させ、卵が孵化するまで守っています。
しばしば「タツノオトシゴはオスが妊娠する」と言われますね。これは大袈裟な表現ではなく、育児嚢の内壁には血管が張りめぐらされ、卵が収まる小さなカップもあります。初期、育児嚢の内部は体液に似た液体で満たされていますが、その組成は胚の成長につれ海水に近くなっていきます。ベビーは栄養こそ卵黄から供給されていますが、給気や老廃物の除去などは育児嚢内の細胞や液体が関与しているのだそうです。
ただし、ピグミーシーホースと呼ばれる小型種の多くは育児嚢をもたず、単に腹腔内に卵を収容しているだけとのこと。見た目にはあまり変わりませんが、これは大きな違いです。
育児嚢からタツノオトシゴの稚魚(赤ちゃん)が出てくるとき、オスは尾部を海藻などにしっかり巻き付けて固定し、「いきんでいる」ように見えます。このため「オスが出産する 」とも言われます。稚魚は5~10mm程度と体は小さいですが、尾部で何かにつかまったり捕食したり、自活できる程度に成長しています。
食生活と捕食方法
タツノオトシゴは肉食性。獲物は周囲に流れてくる動物プランクトン(ヨコエビ類やカイアシ類、カニの幼生など)や、海藻内や海底を動き回る甲殻類などの小動物などです。
左右別々に動かせる大きな眼で獲物を探し、見つけるとそっと近寄り、長い吻を獲物に近づけていきます。射程距離に入った瞬間、吻端にある小さな口でシュポッと獲物を吸い込んでしまいます。
泳ぎや動きはスローですが、捕食行動はかなり素早い。スキューバダイビングで潜っても、自然界での観察は難しいでしょう。水族館などで給餌タイムがあれば、見られるかもしれませんね。
生き残り戦略~華麗なる擬態
タツノオトシゴの仲間はインド-太平洋、大西洋の温帯から熱帯にかけて広く生息し、多くの種類が浅い水深に暮らしています。泳ぎが不得意なので、藻場やサンゴ礁など周囲に隠れる場所がたくさんある環境が都合いいのでしょう。
ただし、砂地の浅い藻場を好むものや深場のヤギ類(刺胞動物)の枝上でしか見られないものなど、生息環境は種類によって比較的好みがはっきりしています。おそらく特定の環境のほうが擬態しやすいからでしょう。外敵から素早く逃げることができないタツノオトシゴは、頑丈なボディに加えて、自らを周囲に溶け込ませることで身を守っているのです。
ダイビングで見られるタツノオトシゴ10選
タツノオトシゴの仲間は形態的によくまとまったグループで、異なる種でも識別は難しい。さらに、同種でも個体変異があり、体色や皮弁の有無・長短など様々です。そのため、今まで同じ種とされていたものが複数種に分けられるなど、現在も分類を精査中のようです。
海でタツノオトシゴを撮影したら、撮影地や水深、周囲の環境を記録しておきましょう。種の同定にあたって重要な情報となります。
※最後の2種(リーフィーシードラゴン、ウィーディシードラゴン)はタツノオトシゴの仲間ではありません。ヨウジウオ亜科の仲間ですが、ごく近縁のグループであり、姿も似ているため紹介しています。
南日本で最もポピュラー
ハナタツ
沿岸の岩礁や浅場の藻場などでよく見られ、ヤギ類などの枝上にいることもある。体色はオレンジや赤、黄、白などバリエーション豊かで、皮弁の有無や長さも個体差が激しい。よく似たタツノオトシゴに比べると頭部の突起(頂冠)は低い。●分布/南日本、伊豆諸島、朝鮮半島南部 ●大きさ/4~8cm
頭の「冠」が目印
タツノオトシゴ
10m以浅の藻場や岩礁の海藻林などで見られる。以前はハナタツ(上)と混同されていたが、本種は頂冠が著しく高い。また、本州の日本海沿岸と九州西部には、2017年に新種記載されたヒメタツというよく似た種類がいる。●分布/北海道以南、南日本、伊豆大島、朝鮮半島南部 ●大きさ/6~13cm
トゲトゲのボディが特徴
イバラタツ
やや深場の岩礁域を好み、20m以浅のヤギ類や海藻などで見つかることが多い。英語圏ではThorny seahorse(トゲのあるタツノオトシゴ)と呼ばれ、体に鋭い突起が多数あることが特徴。体色は黄、茶などが多い。●分布/インド-太平洋;南日本の太平洋岸、伊豆大島 ●大きさ/8~17cm
尾部のリング模様が目印
タイガーテイルシーホース(英名)
アンダマン海やインドネシア、マレーシアなど海外ダイビングで人気がある。やや深場の岩礁でよく見られ、黄~茶系統の体色が多く(白や黒っぽい個体もいる)、ボディには暗色斑が入る。英名の通り、尾部にはリング状の模様がある。●分布/東南アジア ●大きさ/11~19cm
浅い藻場に多い愛称“ジャパピグ”
ハチジョウタツ
かつて“ジャパニーズ・ピグミーシーホース”と呼ばれていた指先サイズの種類。浅い砂地の藻場や海藻で見られる。八丈島で採集された標本をもとに、2018年に新種として記載された。学名はHippocampus japapigu。●分布/日本、台湾 ●大きさ/1cm前後
ピグミーシーホースの代名詞
バージバンティ(通称)
指先サイズの小型種はピグミーシーホースと総称され、世界に10種前後いるが、最も有名なのが本種。15~30m以深の特定のヤギ類に生息し、ホスト(宿主)であるヤギの色に体色を合わせ、ポリプそっくりなコブ状の突起を多数もつなど見事なカムフラージュで環境に溶け込んでいる。学名(Hippocampus bargibanti)から通称バージバンティと呼ばれている。●分布/インド-西太平洋;南日本、伊豆・小笠原諸島、琉球列島 ●大きさ/1~2.5cm
深場で見られる通称“デニス”
カクレタツノコ
学名(Hippocampus denise)から通称デニスなどと呼ばれていたが、沖永良部島の水深38mから採集された個体をもとに標準和名が付いた。主に東南アジアで見られ、やや深場のヤギ類の枝状に生息。●分布/西部太平洋;琉球列島、奄美群島 ●大きさ/1~2cm
やや浅所にいるピグミーシーホース
ユリタツノコ
主に東南アジアで見られ、コケムシ類やヒドロ虫類などが生える比較的浅い岩礁に生息。沖永良部島の水深15mの海底から採集された個体をもとに、波に合わせるかのように体を揺らすことから標準和名が付いた。●分布/西部太平洋;琉球列島、奄美群島 ●大きさ/1~3cm
海藻そっくりの擬態名人
リーフィーシードラゴン(英名)
オーストラリア南部の冷たい海藻の海で暮らす大型種。体中に葉っぱのような皮弁があり、海藻そっくりな姿で藻場周辺をゆっくりと泳ぐ。なお、一見タツノオトシゴそっくりだが、近縁のヨウジウオの仲間に分類される。育児嚢がないため卵は丸見えで、尾部でものにつかまることはできない。●分布/オーストラリア南部 ●大きさ/20~40cm
南オーストラリアの超大型種
ウィーディシードラゴン(英名)
タツノオトシゴに似ているがヨウジウオの仲間。育児嚢はなく、尾部でものにつかまることができず、海藻の周辺をゆっくりと泳ぐ。最大40cmを超える大型種。以前は1属1種とされていたが、2015年にルビーシードラゴンと呼ばれる新種が報告された(オーストラリア南西部に生息)。●分布/オーストラリア南部、タスマニア島 ●大きさ/20~45cm
タツノオトシゴと人との関係
文化や生活の中のタツノオトシゴ
日本のタツノオトシゴには、ウミウマをはじめリュウノコマ(神奈川)、リュウグウノコマ(和歌山)、タツノコやウマノコ(高知)など多くの地方名や別名がありました。浅い沿岸に生息していて馴染みがあること、その奇妙な風貌などで昔から人々の好奇心をかき立ててきたようです。
干支の辰年は本来、伝説の竜のこと。でも、魅力的な姿のせいか、タツノオトシゴをモチーフとする年賀状がよく見られます。そういえば、あるきっかけで干支の動物に変身してしまうという物の怪憑き12人(+猫憑き1人)が登場する『フルーツバスケット』という少女漫画でも、「辰憑き」の青年は竜ではなくタツノオトシゴに姿を変えていました。
また、タツノオトシゴは古くから安産や子宝祈願のお守りとして、一種の信仰対象になっています。『山槐記 ※』には、平清盛が献じた薬箱に「海馬六尾」が入っていたと記されているそうです。江戸時代には船酔いのお守りとした書き付けがあります。また、漢方では「補陽、強壮、活血」の効能があるとされ、強壮薬などに調合されています。
タツノオトシゴの固い体は乾燥させても形が崩れないため、携帯に便利で長期保存も可能です。このあたりも人々の暮らしに浸透する要因だったのかもしれません。
※山槐記:平安末期の公卿(中山忠親)の日記(仁平元年~建久5年)。「山槐」とは中山右大臣を意味する
アジアではタツノオトシゴを乾燥し、漢方薬や安産のお守りなどに利用する
西洋では上半身が馬、下半身が魚という想像上の動物がいます。有名なところではギリシャ神話の海神ポセイドン(ローマ神話ではネプチューン)が騎乗する海馬、ヒポカンパス。
スコットランドの伝説ではケルピーという淡水に棲む馬がいます。下半身(または尾)は魚でウナギのように長く、人に変身することがあるそうです。アイルランドにはアハ・イシュケあるいはオヒシュキ、シェットランドにはニーグルという水棲馬が伝承されています。
ヨーロッパの神話や伝説には、上半身が馬で下半身が魚という生き物が伝わる
脳内にいるタツノオトシゴ?!
私たちの脳の奥には、海馬という記憶を司る部位があります。1587年、イタリアの解剖学者がそのひょろ長い形状からHippocampusと命名したそうです。この単語、見覚えがありませんか? そう、タツノオトシゴの属名と同じなんです。
ただし、解剖学者はタツノオトシゴの姿を連想したわけではなく、由来は前出のギリシャ神話の海馬。しかも全身ではなく、その前脚に似ているからだそうです。
タツノオトシゴと会える場所
ハナタツや標準和名タツノオトシゴなどは、南日本の浅い藻場や岩礁に普通に生息しているので、スキューバダイビングで見ることができます。驚異的なカムフラージュ術があるので捜索は大変ですが、自力で見つけたときの感激はひとしおです。
海に出かけなくても、一般の方にも知名度が高く人気者なので、ほとんどの水族館で展示されています。また、タツノオトシゴではありませんが、リーフィーシードラゴンやウィーディシードラゴンは冷たいオーストラリア南部の固有種のため、直接海で見るのは大変。《葛西臨海水族園》や《サンシャイン水族館》、《鳥羽水族館》などで飼育していますから、機会があればぜひ! ただし、現時点で展示されているかは事前にご確認ください。
なお、鹿児島県の番所鼻自然公園 には、日本で唯一のタツノオトシゴ観光養殖場が2010年にオープンしました。その名も「タツノオトシゴハウス」。
館長さんは身近なタツノオトシゴを通して環境問題にも取り組んでいるそうですよ。
駆け足ですが、タツノオトシゴについて紹介してきました。浅い磯や藻場に暮らす種類もいるので、この夏は磯遊びやシュノーケリングの際にぜひ探してみてください。