ダイビングにおいてテンパることの危険性(本題)“根拠のある自信”とは?

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※序編はこちら。
ダイビングにおいてテンパることの危険性(序編) | オーシャナ

(撮影:越智隆治)

オープンウォーター講習を受けたダイバーの能力

初めに、かなり昔から書いてみたかったことを書いてみる。

「OW講習を終了して認定されたダイバーは、講習で経験してきたのと同等のダイビングをバディで楽しむことが出来ます」という類の一節は、ダイバーならすでにご存知だろう。

そのための知識や技術は、講習中にマスターしたハズ、というか、それをマスターするために講習があるのですよ、という“ト書き”は一見、マットウ。
講習の意味や価値を明確にするにも、多分、有効だ。

さらに、まだ講習を受講していないダイビング、例えば、ある範囲を越えるディープダイビングとか、ナイトダイビングやボートによるドリフトダイビング等は、まだお控え下さいね、そのための講習も、もちろん用意してますから、と続けば、以降の継続教育成立の前提としても、筋が通っているように、感じている方々もいらっしゃるだろう。

が、申し訳ない、私はそうした諸々に全面的には、賛成できない。
そこに、ダイビングそのものに対する認識の違いを感じるからだ。

ただし、それは講習終了者が、講習と同じ海域、同じような天候・海況でのダイビングを目論んだとしても、自然がフィールドの活動に完全な同等や、同等の持続の補償はないんじゃないの、みたいな話ではない。

私が言いたいのは、例え講習中に講習生だけで潜水計画を立て、講習生がリーダーとなったバディダイビングを経験し、その出来が良かったとしても、講習修了直後のダイバーにとって、インストラクターが控えている講習と、インストラクターの存在皆無でバディだけで行うダイビングを、同等と呼べるのだろうか? という部分だ。

仮にダイビング自体の目的や内容が全く同じであったとしても、ダイバーのメンタル面に注目すれば、講習修了直後のダイバーにとって、それは、同等でない、と私は思う。

(撮影:越智隆治)

インストラクターの存在による精神的影響

何かあったらインストラクターのサポートが受けられる、と思っていられるダイビング、あるいは、ヤバイ範囲に踏み込みそうになったら注意してもらえるハズと信じて行うダイビングと、インストラクターからの指示やサポートが物理的に期待できず全てを自分達でまかなうしかないダイビングとで、特にビギナーダイバーの場合、心理状態が同じでいられるとは思わない。

ダイビングが、メンタルの影響が非常に大きいレジャー・スポーツであるという視点で考えれば、同じダイバーによる内容的には同じダイビングでも、緊張の度合い、不安感、活動に対するストレス度等、ダイバーの心理状態が異なっていれば、それは同じダイビングとは言えないハズだ。

それを、講習を終了したダイバーは、修了直後でも、講習時と同等のダイビングがバディだけで楽しめると言い切っちゃうなら、命綱を付けた綱渡りと安全対策のない綱渡りは、同じ綱を渡る綱渡りなら“違いのない”同じ綱渡りで、可愛いおネーさんと飲む1杯も昔の自慢話が延々続く困ったオっさんと飲む1杯も、同じ酒ならお味は同じ、になっちゃうんじゃないだろうか。

そして、緊張や不安、ストレス等をある程度以上感じているダイバーをテンパらせるのは超簡単。
驚かせたり、焦らせたり、呼吸を弾ませたり、鼓動が早まるようなちょっとしたきっかけをちらつかせれば準備万端。
私にお任せいただければ、見事なテンパりダイバーに仕上げて差し上げます。

ということで、とりあえず今回も短い前フリはここまで。
以降は本題のテンパり話に進みたいと思う。

(撮影:越智隆治)

ダイビングはメンタルにとても大きな影響を受けるレジャー

先にも書いたが、私はダイビングがメンタルにとても大きな影響を受けるレジャー・スポーツだと思っている。
素のままでは生存できないエリアでの活動であり、トラブルやアクシデントが命の危険に繋がる可能性を持つ、という動かし難い前提があるだけに、そのメンタルの影響力の根の深さは格別なのではないだろか。

よって、ダイビングにおける過度の緊張や不安、ストレス等、心の平和に対するネガティブな要素は、これ全て、テンパり地雷の素材となりうる。
前回登場したカラフルチェリーも、地雷を踏みまくるハメになった一番の理由は、過度の緊張だった。

そう考えると、ダイビングにおけるテンパり地雷は厄介だ。
ダイバー自身の精神状態が影響する地雷であるだけに、見るからに難易度の高いダイビングだけに埋め込まれているワケじゃなくて、一見とてもイージーで平和なエリアにだって紛れ込む可能性がある。

さらに、あるきっかけで、それまでは全く顔を見せなかったクセに、いきなり一斉出動してダイバーのハートを完全包囲、という可能性だってある。
マジ、気の抜けない性格の持ち主だ。

しかし、相手としては厄介だが、テンパる理由、テンパり地雷の素材が理解できていれば、対応のための根本的なキーワードはシンプルだ。私の考えるそのキーワードは、”根拠のある自信”。そして、それは、少なくとも私にとっては、今までのダイビングにおいてテンパりとの距離を常にキープできてきた定的な理由だ。

ただしこのお話、”根拠のある自信”を持ちましょう、で終わらせてしまっては、どっかの政党の具体策のないお題目だけの公約と同じで、無能の証明みたいになってしまうので、以降、具体的な例を多方面から上げながら、その内訳を説明してみたいと思う。

が、長すぎる原稿を書くとテラ編集長に怒られちゃうので、今回はとりあえずスキルに関しての一例、誰もが知ってる“マスククリア”について、根拠のある自信が持てる状態とは、を、私なりの理屈で説明してみたい。

(撮影:越智隆治)

マスククリアが“出来る”ということとは?

ダイバーであれば、誰でもマスククリアは出来るハズ。
しかし、その“出来る”の出来栄えが、どの範囲までをカバーしているか、皆さん、考えたことがあるだろうか?

例えば、講習の初期段階のように、さぁ、マスククリアをしてみましょう、と言われて心の準備をして行うマスククリアは、どんなに素晴らしい出来栄えでも、マスククリアが出来るうちには含まれない。
予期しない状態でいきなりマスクが水で満たされても、あらまぁ、と軽く毒づいて気軽にマスククリアが出来て、初めてマスククリアが出来る、が嘘でないレベルだと私は思う。

つまり、実際のダイビング中にストレスなくマスククリアが出来ることがマスククリアが出来る、のファーストステップだと私は思うのだ。

しかし、その状態はあくまでファーストステップ。
実践のダイビングは手持ちの状況のバリエーションがとっても豊富だ。

例えば、他に手のかかる作業の最中にマスクが水で満たされた場合、具体的な例を上げると、流れの中、岩に捕まって流れに耐えている状態で、横を向いた瞬間、マスクが流れでずれてマスク内が水に満たされたとか、あるいは、うねりの中、エキジット用ローブを掴みながら進んでいる最中に前のダイバーのフィンが当たってマスクが水で満たされたとかの場合も、あらまぁ、で対応できれば、それは、まずまずの自信を持ってマスククリアが出来る、と言えるレベルだろう。

同時にそれは他にすべきことがある最中にマスクが全没しても、その全没が直接的な大きなストレスにならないということで、そうした前提+スムーズなマスククリアのスキルがあれば、いわゆる一般的なレクリエーショナルダイビングにおいて、マスク系のトラブルをきっかけとしたテンパり地雷を踏む可能性は、ほとんどないはずだ。

(撮影:越智隆治)

テクニカルダイビングでのマスククリアが“出来る”とは?

ただし、テックダイブにおいては、その段階をしてマスククリアに根拠のある自信あり、と断言してもらう訳にはいかない。

減圧停止を伴うダイビングにおいてはいつでも“深度と時間のチェックが出来ること”や“計画を正しく実行し続けること”がとっても重要だ。
よってマスクの全没状態に平気であるとか、標準的なマスククリアの技術レベルが高いというのは当たり前で、他の作業の最中、例えば両手が揃ってお忙しくても、マスククリアが必要な状況であれば、一瞬必要な片手だけをフリーにして、超すみやかにマスククリアができなくてはならない。

さらに、ケーブやレック等、姿勢が制限されている状態、例えば逆立ちしていたり、真横や仰向けの状態からでも、必要ならやはり速やかにマスククリアが出来なくてならない。
-100mに潜っているリブリーザーダイバーなら、1ccのガスもマスクから漏らさない、マスク内の水を押し出すための最小限のガスだけを使ったマスククリアも出来なくてはならない。

加えて、例えば、完全にマスクが吹っ飛んで行方不明になってしまったとしても、再度視界を確保できるようにバックアップのマスクの携帯もマスト。
当然、何らかの作業の最中であっても、その状況下で視覚による情報が必要なら、そのバックアップのマスクを速やかに取り出し、やはり速やかにセットして鮮やかなマスククリアが出来ることも必要だ。

テックダイバーに関して言えば、ここまで出来て、初めて、マスククリア(マスク系のトラブル)に関しての、根拠のある自信が持てる、と言えるのだ。
そして、そうした根拠のある自信があれば、難易度の高いテックダイブにおいても、マスク関係のトラブルをきっかけとしたテンパり地雷出現の可能性は、まずなくなるハズだ。

ということで、マスクに注目した、テンパり状態に陥らないためのキーワード、“根拠のある自信”には、起こりうる可能性のあるマスク関係のトラブル全てに確実な対応が可能なこと、速やかに解決出来ること、という備考が添えらているのである。

“根拠のある自信”の範囲内で楽しむこと

もう一つ備考を加えれば、根拠の希薄な自信とか思い込みだけの自信過剰は、粗悪で悪質な不良品だと断言したい。
不良品の自信は、アラが多くて崩れ易い。
そして、万一崩れた時にはテンパり地雷に包囲される危険性高し、なのだ。

そんなこんなで、マスククリアに関して根拠のある自信を持つためには、まず、可能性のあるマスク関連のトラブルやそれに付随する、リスクを把握することが不可欠となる。

そのためには、知識や経験、想像力等が必須となるから、従って、ダイバーとしてのレベルが上がるほど、経験値が増えるほど、活動の幅が広がるほど、リストアップすべきマスクに関連したトラブルの可能性も増えてゆくことになる。

逆に言えば、逆立ち状態からの鮮やかなマスククリアとか、1ccのガスも無駄にしない効率追求型のマスククリアが必要な状況から遠く離れた所でダイビングを楽しむビギナーダイバーには、そんな技術が必要な状況は想像できないだろうし、そうした状況とは縁がないなら、そうしたマスククリアは必需品でない。
ビギナーダイバーは、ビギナーダイバーが経験する可能性のあるトラブルやリスクの把握とその解決が可能であれば、それは、ある時点における、根拠のある自信であると言える。

つまり、テンパり地雷を踏まないためには、根拠のある自信が持てる範囲でダイビングを楽しむことが重要なのだ。
テンパった経験のあるダイバーは、何らかの部分で、自分の能力範囲を越えた、つまり、根拠のある自信が持てない部分のあるダイビングを行っていた可能性が高いのでは、と私は思う。

ということで、今回はマスククリアをキーワードに根拠のある自信についての説明を行ってみたが、根拠+自信の構成はマスククリアだけで語り尽くせるような単純なものではない。
次回は別の面から、再度、根拠のある自信の意味合いについてお話してみたいと、思ってます。

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PROFILE
テクニカルダイビング指導団体TDIとサイドマウントの指導団体RAZOR のインストラクター・インストラクタートレーナー。
フルケイブ、レックペネトレーション、トライミックスダイブはいずれもキャリア800ダイブ以上。
-100m以上の3桁ディープダイブも100ダイブ以上、リブリーザーダイブでは1000時間以上のキャリアを持つ等、テクニカルダイビングの各ジャンルでの豊富な活動経験の持ち主。また、公的機関やメーカー、放送業界等からの依頼による特殊環境化での潜水作業にも従事。話題のTV ドラマ『DCU』にもリブリーザー監修として撮影に参加している。

■著書
おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
続・おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
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