ダイビングポイントの難易度で事故は予見できるか?潜水事故判例に見る「予見性」

セブ島の魚の群れ(撮影:越智隆治)

裁判の争点となる、事故発生の予見可能性

損害賠償義務は、「結果 (損害)発生の予見可能性があり、結果(損害)発生を回避することができたにもかかわらず回避義務を怠り、結果(損害)を発生させた」ときに認められるものです。

従って、ダイビング講習やツアーにおいて、事故発生の予見ができる場合には、インストラクターやガイドは事故発生を回避する義務を負います。

ゲストに注意を与えたり、監視を強化して必要なアシストをいつでもできるような態勢を整えたり、時には当該ゲストの講習やツアーを中止する必要も生じます。

つまり、「事故発生の予見可能性が認められるか」ということは、裁判などにおいて大きな争点となります。

例えば、事故者の年齢が高かった、ブランクダイバーであった、泳ぎが苦手だった、ボートダイビングでエントリーする際にパニックになりかけた、潜降の際に上手く耳抜きができなかったなど、様々な事情が事故発生を予見するべき事情として主張されています。

具体的な状況に基づき、裁判所がどのような判断をしているか、御紹介したいと思います。

裁判における事故事例

1.事故の内容

ゲストは5名、事故者はダイビングを始めて3ヶ月で、18本のダイビング経験がありました。

ガイドは参加者のうち最も経験本数が多いAさん(タンク本数85本)と事故者、そしてもう1名をあわせて3名のバディとし、参加者のうち最も経験本数が少ない11本のダイバーと直近にダイビングをしていなかったダイバーをバディとしました。

午前9時6分にエントリーを開始しましたが、岸から直線距離約10メートル、水深5メートル付近のところで、事故者が耳抜きができないというそぶりをしたため、ガイドは他のゲストを停止させ、事故者に止まってゆっくり耳抜きをするように合図をしました。

しかし、2~3分後、事故者が、耳抜きができないというそぶりを再度したため、ガイドは、事故者とAさんにバディで水面に浮上し、岸で待つようにとサインを送りました。

事故者とAさんはガイドの指示を了解した旨のハンドシグナルを送り、ガイドの指示通り、互いに向き合って水面に向かってフィンキックを始めました。

ガイドは上を見て事故者の動作を見守っていましたが、水面に近づき、フィンキックが終わったのを見て、海面に到着したものと判断し、ツアーを再開させました。

しかし実際には、事故者は水面付近でレギュレーターを外し、溺れて沈潜し、心肺停止の状態で発見されました。

その後、事故者の遺族が約5,812万円の損害賠償を求める訴訟を提起しました。

2.事故者側の主張

事故者側は、本件事故は予見ができたと主張しました。
ツアーが開催されたポイントについて、インターネットで「中級者以上のダイバー向け」と紹介されているものがあり、難易度が高く危険なポイントであったこと、耳抜きができず、鼓膜損傷の恐れなどのある異常事態であったことが予見可能性の理由です。

そして、このような事故の予見ができたのであるから、ガイドは事故を回避するために、事故者に付き添い続けるか、あるいは他のゲストも含めて全員で海面まで浮上すべきであったと主張しました。
 

3.裁判所の判断

この事案では、裁判所は事故者側の主張を棄却しました。

インターネットで中級者以上のダイバー向けという紹介はあるものの、天候や海洋条件、また事故者より経験の少ないダイバーも問題なくダイビングを行っていることなどから、このツアーが行われたポイントを格別危険とすることはできないとしました。

また、耳抜きは体調や個人差により異なり、耳抜きがしにくいからといって特別異常な事態ということもできないとしました。

そして、ガイドが浮上の指示をした時、事故者は了解の合図を送ることもできており、事故発生の予見可能性はないと判断したのです。

ダイビングポイントの難易度

「ダイビングを行ったポイントの難易度が高く、危険であった」という主張がされることはしばしばありますが、「ポイントが不適切であった」と裁判所が判断した事例は今までにないように思います。

ダイビングはチャレンジする要素があって、少し難しめであっても潜る場合もあります。
天候や海洋などで「危険」と判断される場合は別ですが、ポイントが少し難しめであったことで、「そのポイントを選定したことが誤りであった」「事故の予見可能性があった」などというのでは、ガイドやインストラクターの責任が不当に加重されることになりかねません(個々のダイバーの能力や技術に応じたきめ細かいポイントの選定を要求されかねません)。

「中級者向け」という紹介文にとらわれず、具体的状況下においてダイビングが問題なくできていたことなどから、「格別危険なポイントとすることはできない」と判断したことには妥当な判断であると思います。

また、耳抜きがしにくかったことが異常事態や緊急性を意味するものでもありません。

裁判所が事故の予見はできなかったという判断は適切であったと思います。

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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