ダイブコンピューターが登場して30年。未だ安全度は誰も知らないのに、安全に貢献している怪!?
ダイブコンピューターが登場して30年
ダイブコンピューターがダイビングマーケットに最初に登場したのは1983年。
今年で30年になります。
その最初のダイブコンピューターは、オルカ・インダストリー社の「エッジ」というアメリカ海軍のダイブテーブルのアルゴリズムを修正したものでした。
人体に溶け込んだ窒素の状態をバーグラフでリアルタイムに表示するのが特徴の、アナログ的なダイブコンピューターで、使いきれないほど多機能な、現在のダイブコンピューターとは比較にならないほど非常にシンプルなダイブコンピューターです。
しかし、リアルタイムに窒素の吸収状態を表示するということは、とりもなおさずマルチレベルダイビングができるということであり、ダイビング可能時間の計算を、最大深度の呪縛から解き放つことになったわけであります。
これはダイバーの大幅な行動の自由を意味しました。
進化を続けるダイブコンピューターのグレーゾーン
しかしながら、ダイブテーブルの拡大解釈だという、ダイブコンピューター疑問派の大合唱があって、ダイブテーブルによるモノレベルダイビングに比べて安全マージンが削られて、減圧症が大幅に増えるだろうというのが、疑問派の主張の根拠でありました。
それでも減圧症が大きく増えるということもまなく、1990年ごろには、ダイブコンピューターダイブが、ほぼ追認というか黙認されることになります。
いってみれば、疑問派の心配を、圧倒的な使用実績が押し切ってしまったことになります。
しかしながら、チャンバーやあるいは現場での厳密な実験によって、マルチレベルダイビングの安全度が証明されたわけではないことで、その後ことあるたびに、ダイブコンピューターの安全度の論争が繰りかえされることになります。
そんな背景があって、ダイビングの指導団体がコンピューターダイビングのプログラムを発表するのは、さらに2000年代に入ってのことであります。
黙認はするものの、ダイブコンピューターはなんとなく継子的存在だったのであります。
アメリカ海軍も19700年代からダイブコンピューターの研究を続けていたにもかかわらず、実際にダイブコンピューターを使用し始める、それも浅い深度での軍事作戦に限定して使い始めるのは2001年になってのことであります。
ダイブコンピューターの安全度に対して、かなりの疑問派がいることを物語っております。
そして30年が経ち、世の中すべてがコンピューター依存社会になり、ダイブコンピューターはその原理は50年前とは変わらないものの、機能的には驚異的な進歩を遂げております。
リアルタイム性、警告能力、データの記録能力など、ベースになっているダイブテーブルに比べれば圧倒的な柔軟性を持ったダイブコンピューターになって、数え切れないほどの機種が市販されています。
しかし、それぞれのダイブコンピューターの、その安全度がどれぐらいなのか、ほとんどデータが公表されていないのであります。
ダイバーが自分のダイブコンピューターはどの程度の安全度、言い換えれば、「このコンピューターでは、どの程度の確率で減圧症が出るのか?」と思うのは、これはごく素朴な疑問というか心情でありましょう。
それぞれのダイブコンピューターの説明書には、安全に配慮した機能なんて説明は出てきますが、このコンピューターでの減圧症の想定発症率は何パーセントなんて書いてはありません。
ダイビングの時間と深度の限界についての情報を提供するダイブコンピューターが、限界まで使うとどれだけのリスクがあるのかを知らせるのは、ユーザーへのサービスであると同時に、ダイブコンピューターメーカーの責任の範囲を明確にする意味で非常に重要なはずなのですが、このような情報はほとんどないのです。
つまり、ダイバーはリスクを知らないままに、ダイブコンピューターを購入しているというわけであります。
どのダイブコンピューターが安全なのか!?
かくして、ダイブコンピューターの安全度の論議は常に繰り返されております。
ヴァリデーション、つまりその情報の妥当性のワークショップなども何度も開催されておりますが、結局ダイブコンピューターの安全度を確認するための基準がないままになっています。
理由は、深度を変えて、時間を変えて自由に行動するリクリエーションダイバーの行動に合わせたテスト実験をするには、膨大な統計的なデータが必要で、それには膨大な労力と費用が必要になるからです。
そこでダイブコンピューターが採用しているアルゴリズムを比較すればよいだろうということになるのですが、ダイブコインピューターはコンピューター、計算機ですから、計算の根拠になる計算式があるわけで、この計算式アルゴリズムの性格次第で、楽観的、控えめな性格があるわけであります。
理屈の上では、できるだけ控えめなアルゴリズムのダイブコンピューターが、安全なのはいうまでもないことでありますが、この安全というのが曲者でありまして、安全なアルゴリズムであればあるほど、ダイブビングが可能時間はどんどんと短くなっちまうわけであります。
一番安全な自動車は止まっている自動車で、一番安全なダイビングは潜水時間ゼロのダイビングということになるのと同じ理屈であります。
人体実験してみて、これぐらいまでの減圧症の発症までなら認めようというのが、もともとの減圧理論で、人体実験の結果を無理やりに数学的に計算するのがアルゴリズムであります。
複雑な人体に溶け込む窒素を、深度と時間というファクターで計算しちまうという、基本的な性格を決めるのが、減圧アルゴリズムであります。
VPM-B、ZHL-16C、RGBM、VGM、VVAL-18M、DSAT、DCIEMなどなど。
なにやらわかりにくいアルファベットが並んでおりますが、いずれもダイブコンピューターに採用されているアルゴリズムであります。
“人体に溶け込む窒素の許容量を守れば気泡はできない、したがって減圧症は起きない”とする溶解理論。
“気泡は潜在的に存在する、気泡を大きなサイズにさせない”という気泡理論にもとづくアルゴリズムが2つの大きな流れで、さらにこの系統樹は細く分かれております。
ダイブコンピューターのなかには、まったく理論ベースの異なる複数のアルゴリズムを備えていて、それを状況に応じて、切り替えて使う、また計算式をアレンジする機能のものまであるようであります。
アルゴリズムにはそれぞれ個性があるのですが、ありがたいことに、どのアルゴリズムがよりよいという決定的な物はないというところで、専門家の意見は一致しているとされております。
あえて言えば、考え方は違うのに、結果的にアルゴリズムの安全度はあまり違わないという、なんとも不思議というか、ユーザーとしては複雑なものがあります。
アルゴリズムだけではダイブコンピューターは比べられない
同じアルゴリズムでも、ダイブコンピューターによっては、浅いところの浮上スピードを遅らせる警告するものもあれば、一定スピードのものもあります。
またグラディエントファクターなんていって、浮上時の窒素の排出効率を低く見積もるように設定できる機能つきのものもあります。
先ほどの溶解理論ベースのダイブコンピューターに比べて、気泡理論ベースのダイブコンピューターは、窒素の排出スピードの計算がコンサバティブなので、繰り返しダイビングの可能時間が概して短くなるとされています。
また最近ではディープストップ機能つきなんていうダイブコンピューターもあります。
これはベースになっているアルゴリズムとは関係なく、安全度を高めようとするメーカーの判断によるものです。
アルゴリズムをアレンジして自社の製品に採用するのだから、当然アレンジしたことへの責任があり、そのデータを公表する責任を果たせという声は、専門家によるワークショップなどで、常に挙がるのですが、そう簡単にはいきません。
ダイブコンピューターのメーカーも、自社のダイブコンピューターの使用実験をして、何千ダイブに1件、減圧症が発症したといったデータを発表すべきだという、論議が常にあるのですが、このような実験結果は、現実的に発表されることはありません。
理由は、統計的に安全度が確かめられるほどの人体テストをするには、膨大な労力と費用がかかかるからです。
圧力チャンバーにダイバーを入れて、減圧症に何人がかかったなんてテストをすることは現実的にはでまきません。
仮にできたとしても、あくまでもダイビングのシミュレーションをしたに過ぎないという意見もあります。
1つ1つのダイブコンピューターの安全度を確認する方法がないのであります。
減圧症の発症率は1000~4000ダイブに1回!?
1つ1つのダイブコンピューターのテストができないとすると、リクリエーションダイビング全体の発症率の統計をとるしかありません。
現在のダイビングのほとんどはコンピューターダイビングです。
そこにDANアメリカは目をつけて、PDEというプロジェクトを通じて何千人もの登録ダイバーのダイブプロファイルと体調をレポートさせて、膨大なデータを収集しています。
その結果から、減圧症の発症率は0.01%~0.04%だろうというデータを発表しております。
すなわち1万ダイブに1件から1万ダイブに4件の間、大雑把に言えば1000~4000ダイブに1回、減圧症が出るということであります。
かなりのパーセンテージに見えます。
もちろん、このようなデータを定期的に提供するダイバーは、かなり熱心なダイバーで、ハードなダイビングをすることも考えられます。
現実的にはもう少し低率かも知れません。
ちなみにアメリカ海軍は軽症の減圧症の確率は2%、重症の減圧症では0.1%を許容レベルと想定しているようですから、それに比べれば1/10のレベルということもできます。
またこのパーセンテージだけから考えると、アメリカエリアでは、年間数万人の減圧症が出ることになります。
実際には、DANのレポートでは年間1000人ぐらいで推移しています。
結局わからないダイビングコンピューターの安全度。
されど、安全に貢献しているダイブコンピューター
ダイブコンピューターが登場して30年が経ち、たぶん年間、何千万回ものコンピューターダイビングが行われています。
しかし多様化したダイブコンピューターの安全度を科学的に確認するルールが、30年後の今日でもないのが現実なのです。
しかし、ダイビング全体からすれば、科学的な証明はないにしても、結果オーライの使用実績から見れば、ダイブコンピューターは十分に貢献しているようです。