タツノオトシゴのハートマークを狙え! inブルーライン田後(第1回)

中村卓哉(水中写真家) ×山崎英治(ガイド) ドタバタ撮影ドキュメント

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これは鳥取県・田後(たじり)の海中で繰り広げられた命のドラマの記録と、その瞬間を激写するためにドタバタと奮闘した男と男の、絆の物語である!?

ダンゴウオ撮影のはずが、
いつしか狙いはタツノオトシゴのハートマークへ!?

2017年4月某日、私は鳥取県の田後を訪れた。

日本有数のダンゴウオスポットであるこの地でフォトセミナーを開催するためである。
“マクロの中村”と銘打ったこの企画、被写体の主役はもちろんこの時期わんさかいるダンゴウオ。

昨年の3月に訪れた時に撮影したダンゴウオの幼魚

昨年の3月に訪れた時に撮影したダンゴウオの幼魚

しかし実はこのイベント、ダンゴウオの撮影の他に裏ミッションが存在していた。
鳥取を訪れる前、ブルーライン田後のガイド・山崎英治さん(以下、ザキさん)とこんなやり取りがあった。

山崎

卓哉さん、もしかしたら滞在期間中にタツノオトシゴの交尾シーン(ハートマーク)を見る事ができるかもしれないです!

中村

えー! マジですか? ぜひ狙いましょう!

山崎

もうすぐ交尾しそうなタツノオトシゴが「ゴイシワラ」に3ペアいますので引き続き確認を続けます。

 ザキさんが撮影したタツノオトシゴのハートマークの貴重な写真

ザキさんが撮影したタツノオトシゴのハートマークの貴重な写真

タツノオトシゴのオスはお腹に育児嚢と呼ばれる袋を持ち、メスはその中に卵を産みつける。卵を受け渡す交尾の瞬間に、2匹のシルエットがハート形に見えることからハートマークと呼ばれている。その後はオスのお腹の中で卵を受精させ、オスが出産する。

「ゴイシワラ」とは田後のNO.1マクロポイントであり、NHK番組「ダーウィンが来た!」の撮影班が、見事にタツノオトシゴのハートマークの撮影に成功した場所。
その時のガイドを担当したのがザキさんで、毎年細かなデータを取り、タツノオトシゴの交尾や出産を欠かさず観察している。

しかしテレビ取材時は出産シーンも含めて1ヶ月の期間を要し、4人のカメラマンを動員したとのこと。
今回の私のスケジュールはたったの5日間。
もちろんカメラマンは私ひとりだ。

滞在5日間のスケジュールはというと、セミナー用の作例撮影が2日、フォトセミナーイベントが2日、そして予備日が1日。
しかも予報では西風が強く吹き、海が荒れそうだ。
この風向きでは「ゴイシワラ」は波が高く潜る事ができない。
期待と不安の渦巻く中、田後での取材がスタートした。

晴天だが外海は波が高く初日から暗雲が立ちこめる。

晴天だが外海は波が高く初日から暗雲が立ちこめる。

撮影初日

やはり風が強くうねりも大きい。
しかも高波のため船が出航できず岸から潜れるポイントを探すことに。

テトラに囲まれたなんともマニアックなプールのような場所へ到着すると、「幻のポイントです(笑)」とザキさんに紹介される。
幻とは聞こえは良いが、実際は、かなり海が時化たときに無理してでも入る場合に使用するポイントのよう。
ザキさんも5年ぶりくらいに入るらしい。

幻のポイントのエントリー方法を確認する

幻のポイントのエントリー方法を確認する

はたしてここに被写体となるような生き物はいるのだろうか。

さっそく岩場からジャイアントストライドエントリーするも生き物の気配がしない。
キイロウミコチョウが数匹いたが少し撮るのを躊躇していると、ザキさんが手招きしていた。

なんとこんな場所でダンゴウオを発見したらしい。
おそるべし田後の海。

とりあえず奇跡的に見つけてもらったダンゴウオに対峙すること約80分。

 幻のポイントで奇跡的に発見したダンゴウオ

幻のポイントで奇跡的に発見したダンゴウオ

午後にはなんとか船を出せるも、やはり「ゴイシワラ」へは潜れず。
この日はダンゴウオ一本勝負となった。

撮影2日目

この日もやはり「ゴイシワラ」にうねりが入り、風避けできるポイントで2本潜る。
タツノオトシゴの動向が気になるが、海が荒れている時は交尾しないとのこと。

ただし、どこか他に移動してペアが離れてしまわないか気がかりだ。
とりあえず翌日のレクチャー用の写真を撮ることに集中した。

タツノオトシゴのことは忘れ、作例撮影に集中する。

タツノオトシゴのことは忘れ、作例撮影に集中する。

撮影3日目

いよいよこの日からフォトセミナーの参加者が7名加わった。
レクチャーの時もタツノオトシゴの動向が気になる。

常にワイドとマクロを持つことで臨戦態勢を崩さないように準備するが、この日も波高し。
「ゴイシワラ」へ行くも、ザキさんの判断でアンカーリングせずに引き返し、別なポイントでウミウシなどを撮影する。
その後すぐに海が荒れ、その判断が英断だったことがわかり、諦めがついた。

残すところあと2日。
翌日は風が落ち着く予報だ。
このタイミングで焦れたタツが交尾する可能性が高い。

2日間のフォトセミナーがスタート。スクリーンに大きく映し出されるダンゴウオの文字。しかし頭のどこかでタツノオトシゴに変換されていた。

2日間のフォトセミナーがスタート。スクリーンに大きく映し出されるダンゴウオの文字。しかし頭のどこかでタツノオトシゴに変換されていた。

撮影4日目

朝8時、軽く潜る前にフォトレクチャーをして出航に備える。
今日は予報通り風向きも変わり、待ちに待ったゴイシワラへ。
はやる気持ちを抑え、撮影のイメージを頭の中で描く。

単焦点のフィッシュアイでワイドマクロ風にハートマークを撮影したいが、初めての事なのでどこまでタツノオトシゴに寄れるのかわからない。
交尾の瞬間にタツノオトシゴの飛び立つ高さなども不明だ。

いよいよゲストたちとゴイシワラへ向かう。出港前に集合写真をパチリ。今思えばこの時間のロスが大きく明暗をわけたのかもしれない…

いよいよゲストたちとゴイシワラへ向かう。出港前に集合写真をパチリ。今思えばこの時間のロスが大きく明暗をわけたのかもしれない…

いよいよ待ちに待ったゴイシワラにエントリー。
真っ先にザキさんとタツノオトシゴのペアのいる場所を目指す。

船から一番近い1組目のペアはオスが必死に交尾のアプローチをするも、メスの準備が出来ておらず2匹の間にはまだ微妙な距離感がある。
このペアの交尾は今日ではない。

そしてもう1組のペアはなんと行方不明……。
3組目のペアのもとへ向かう。
2匹のオスとメスは絡みつきイチャついているように見えた。

構図をどうするか考えていると、ザキさんの表情がどことなく曇りだした。
ライトでオスのお腹を照らしている。

まさか……

近くで寄り添うオスとメスだが……

近くで寄り添うオスとメスだが……

ザキさんがゆっくり首を横に振った。
その表情から悔しさが滲み出ている。

残念ながらこのペアはすでにメスからオスへ卵の受け渡しが終わった後だったのだ。
しかもまだイチャついていることからほんの数分前に交尾していたと推測される。

あと数分到着が早ければ……自然相手なので「たられば」を言うことは禁物なのだが、ここは気持ちを切り替えるしかない。
ナイトダイビングで残りの1組のタツノオトシゴのペアが同じ海藻で絡み合っていたことを確認した。

残り1日、ラスト1組のペアに全てを賭ける。
実に潔い展開ではないか。

すでにオスのお腹の中に卵が産みつけられた後だった。

すでにオスのお腹の中に卵が産みつけられた後だった。

撮影最終日

この日は今までの荒れていた海が嘘のようなベタ凪である。
しかも翌日から海が荒れる予報だ。

ザキさんいわく、タツノオトシゴは嵐を予測する能力があると考えられるという。
今までも度々海の荒れる前日に交尾を確認することがあったとのこと。
これは期待が膨らむ。

もしかしたら、もしかするかも!

(結果やいかに! 後編へ続く)

今回、イベントの参加したゲストたち

今回、イベントの参加したゲストたち

「地元の海でダイビングショップを開きたい!」との思いから、地元出身の山崎英治さんが日本海に面する鳥取県の田後にオープンした現地ダイビングサービス。オープンから7年目となり、ダウンゴウオをはじめ、生物のデータもそろってきて、多岐なリクエストに応えてくれる。日本海の撮影ガイドも多く引き受け、NHK取材班とはタツノオトシゴの貴重な交接シーンの撮影にも成功。施設、港、ダイビングポイントとコンパクトにまとまっており、ダイバーが過ごしやすい施設も整っているので、一日を快適に過ごすことができるだろう。

ブルーライン田後
〒681-0071鳥取県岩美郡岩美町田後37-1
TEL&FAX 0857-72-8520
http://3seens.com/

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  1. 中村卓哉(水中写真家) ×山崎英治(ガイド) ドタバタ撮影ドキュメント
  2. 最終日のミラクル! タツノオトシゴのハートマークが目の前に! 激写ドキュメント
writer
PROFILE
1975年東京都生まれ。

10才の時に沖縄のケラマ諸島でダイビングと出会い海中世界の虜となる。

師匠は父親である水中写真家の中村征夫。
活動の場を広げるため2001年に沖縄に移住。その頃から辺野古の海に通いながら撮影を始める(現在は拠点を東京に置く)。

一般誌を中心に連載の執筆やカメラメーカーのアドバイザーなどの活動もおこなう。
最近ではテレビやラジオ、イベントへの出演を通じて、沖縄の海をはじめとする環境問題について言及する機会も多い。

2014年10月にパプアニューギニア・ダイビングアンバサダーに就任。

■著書:『わすれたくない海のこと 辺野古・大浦湾の山 川 海』(偕成社)、『海の辞典』(雷鳥社)など。
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