病院到着前の適切な減圧障害管理について~第19回安全潜水を考える会 研究集会より PART2~

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2017年6月、アメリカで行われた高気圧潜水医学会(Undersea & Hyperbaric Medical Society / UHMS)において、「病院到着前の適切な減圧障害管理」についてのプレコースが開催。今回は、東京医科歯科大学医学部附属病院 高気圧治療部非常勤講師の新関祐美先生にご講演いただきました。

【Profile】新関祐美先生
新関祐美先生の画像
医学博士、日本整形外科学会専門医、日本手外科学会手外科専門医。草加市立病院整形外科医長の業務の傍ら、東京医科歯科大学高気圧治療部非常勤講師として減圧症患者の治療にあたっている。

※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2018年2月号からの転載です。

その01 病院到着前の管理とは

遠隔地での減圧障害における問題

減圧障害では緊急な再圧治療が基本とされています。特に、発症から2時間以内の再圧治療は成績良好と言われていて、至適再圧治療時間は浮上から6時間以内との報告があります。

そのため減圧障害が疑われた場合は、基本的には再圧治療が可能な施設へ迅速に搬送することが必要です。ところが、レジャーダイバーは遠隔地に出かけます。かつての潜水は軍事的、産業的な利用が多く、近くにチャンバーが待機することで、減圧障害の発生に分単位で対応することもできました。

しかし、遠隔地にいるレジャーダイバーに同様の対応はできません。遠隔地で減圧障害が発生した場合、さまざまな問題が生じます。

遠隔地での適切な対応とは?

遠隔地で減圧障害が発生した場合の問題点を3点示します。

①医療資源が限られる(潜水医学専門医不在、再圧施設がない)ので、理想的な治療が困難になることが予想される。

②減圧障害に対して、まずは現場で対応せざるを得なくなる。たとえば、緊急時に酸素吸入をきちんと行うことができるか。

③どういった場合に緊急搬送しないといけないのか。意識障害や麻痺といった重症減圧障害患者に一刻も早い再圧治療が必要はいいとして、たとえば全身状態は良好で、右手に軽度のしびれがあるという程度の軽症の場合も、緊急搬送する必要があるのか。 

現在、上記問題に答えるガイドラインはありません。今の減圧障害ガイドラインは、米国海軍マニュアルに代表されますが、設備の整った病院での最適な治療を扱うものです。医療資源が不足している時にどうするかは述べられていません。では、遠隔地で適切に患者を管理するに当たって必要なこととは一体何でしょうか。

①評価:減圧障害であるか否か、重症度の判断。
②治療:どこまで現地で治療するか、すべきかの判断。
③搬送必要性判断:空路搬送の必要性、リスク判断。

上記はこれまで個別に対処されていましたが、何らかの指針が求められます。

その02 アメリカ高気圧潜水医学会2017プレコースの報告

IDANによるガイドライン作成の経緯

2015年、IDAN(International DAN)※は、DIMC(潜水事故管理委員会/ Diving Injuries Management Committee)を立ち上げました。DIMCの目的は、設備の整った病院到着前の、減圧障害管理に関するガイドラインの作成です。

DIMCのメンバーはそれぞれのDANから選出されましたが、日本からは東京医科歯科大学の小島泰史先生が選出されています。DIMCでは、実際にホットラインで対応した症例を検討し、臨床的な疑問点を抽出しました。例を示します(例1)。

■例1

●遠隔地での減圧障害疑い症例に対して、症状所見の把握をどう行うべきか。特に医師がいない場合。
●常圧酸素投与を行って一時的に症状は改善したけれども、再度悪化した。この場合どうしたらいいか。再び常圧酸素投与で対応してよいか。
●軽症の減圧障害に対して緊急に再圧治療をする必要があるのか。
●軽度の筋力低下を伴う程度の脊髄型減圧障害の場合、再圧治療目的で民間機を使用して搬送してもよいか。

※IDAN(International DAN)=DAN JAPANを含む5つのDANから構成される。ホットラインサービスを通じて、世界中で減圧障害やその他のダイビング事故に遭った人を支援している。

有職者会議・GDPによる講演

次の段階として、IDANはGDP(ガイドライン策定審議会/Guidelines Development Panel)という有識者会議メンバーを任命しました。これはIDANとは別の独立した外部機関で、先ほどの疑問点に関する議論をこちらのメンバーに委ねました。

このGDPでの議論がDIMCに答申され、その後にガイドラインが作成される予定です。今回、GDPでの議論の一部がプレコースで公開されました。様々な議論がなされましたが、誌面の関係上、ここでは「応急手当」「遠隔トリアージ」「再圧治療の遅れの影響」の3点を報告します。

1点目その1:応急手当における問題点。6時間以内に治療、わずか10%

POINT

●減圧障害の徴候と症状を現場で認識できることが重要
●減圧障害が疑われる場合にはまず現場で酸素による応急手当を!

CPR(心肺蘇生)の現場では、まず一般市民救助者が心肺停止している患者がいることを認識し、救急隊へ出動要請をします。次にCPR 処置と必要であれば、AEDで除細動を迅速に行います。こうした処置により、患者をできるだけよい状態で救急救命士と医療機関に繋ぐことが大事といわれています。

同じようにダイビングの現場で減圧障害の患者さんが発生した場合においても、まずはガイドインストラクターやダイバーのみなさんが、そのような患者がいるということをまず認識し、応急手当を行った上で、できるだけよい状態で患者を搬送治療へと繋げていくことが非常に大事です。

グラフ1を見ると、減圧障害について浮上後6時間で9割前後の患者が発症しているにもかかわらず、発症後6時間以内に治療を受けた人はわずか10%しかいないということがわかります。ここからも、まずは現場での対応が非常に重要であることがわかります。

グラフ1

1点目その2:応急手当における問題点。常圧酸素投与の普及率

POINT

●応急手当として常圧酸素投与をした場合、症状が改善し、また、その後の再圧治療回数が少なくなる可能性がある
●報告によれば、減圧障害患者の20%~40%しか酸素投与を受けていない

応急手当において、まずは酸素投与が非常に大事になってきます。Longphre(2007年)は、再圧治療を実施した2,231例のレジャーダイバーの事故報告から、常圧酸素投与の有効性を検証しました。その結果、応急手当で酸素投与した場合、再圧治療前委に効果判定したところ14%は症状消失し、51%は症状が改善しました。また、再圧治療が1回で済む人が多かったと報告されています。

AHA(アメリカ心臓協会/ American Heart Association)の心肺蘇生のガイドラインにおいては、一般的にCPR 患者の応急手当では酸素投与は通常の手当てではないとされています。しかし、例外として減圧障害においては、酸素投与が推奨されています。しかしながら、常圧酸素投与は十分に普及しているとは言い難い状況です。応急手当時に酸素投与を受けた減圧障害患者の割合は20~40%程度に過ぎないとの報告もあります。

1点目その3:応急手当における問題点。適切な酸素の投与方法とは

POINT

●マウスピース付きレギュレーターでは十分な効果が確認できなかった
●ノンリブリーザーマスクを使用する際には1分あたり15ℓの酸素流量が最適
●酸素吸入時の呼吸は、普通の呼吸を心がけると効果が期待できる

次に適切な酸素の投与方法です。Hoffman(2000年)は、ダイビング用レギュレーターで酸素シリンダーから呼吸し、ガス分圧を測定する検証を行いましたが、酸素化が十分に達成されなかったと報告をしました。

さらにBlake(2015年)は、健常ボランティアダイバーにノンリブリーザーマスク(NRB)を酸素流量①10ℓ/分、②15ℓ/分で使用した場合、③デマンドバルブとフェースマスクの3種類の組み合わせで呼吸させ、経皮的酸素分圧を手足の6カ所で測定して、ヘッドフードで呼吸した場合と比較した実験を行いました (グラフ2)。

ヘッドフードというのは、金魚鉢みたいなものをかぶるようなもので、十分酸素化ができるのですが、潜水現場では使えません。どの方法も酸素吸入によって経皮的酸素分圧は上昇しますが、ヘッドフードに近い値を出していたのは、この実験においてはノンリブリーザーマスクを酸素流量15ℓ/分で使用した場合でした。

ヘッドフードに近い値を出していたのは、この実験においてはノンリブリーザーマスクを酸素流量15ℓ/分で使用した場合でした

この実験は意識と呼吸がしっかりしている健常者で、ノンリブリーザーマスクとデマンドバルブを比べているので結果に差が出ています。しかし、実際の現場で呼吸が弱い患者だとこの実験の値ほど酸素化は得られないだろうと思います。

呼吸数に関する報告では、1分あたり10回、15回、20回では15回が最も効果的であったとされています。約4秒で1回の呼吸は正常の呼吸回数の範囲内なので、緊急時に、患者の意識があって指示に従える場合は、浅過ぎず遅過ぎず普通の呼吸を心掛けるように、アドバイスしてあげるのがいいでしょう。

グラフ2

1点目その4:応急手当における問題点。酸素以外の補助療法

POINT

●脱水は減圧症の危険因子:水分補給は刺激の少ない飲み物を与える
●高体温は中枢神経系にダメージを与える:日陰に移動させ安静にし、衣類の調整をする

脱水は減圧症の危険因子です。減圧障害患者に対する潜水後の補液(水分補給)に治療効果があるのか、どのような補液が良くて、どのように投与したらいいのか、そのタイミングや方法、回数等については、まだエビデンスがなくてよくわかっていません。

プレコース演者からは、治療効果は明確に判明していないものの、ナトリウムとブドウ糖を適度に含み、血液よりも浸透圧が低い経口補水液を与えることが望ましいだろうという発言がありました。炭酸飲料やコーヒー、酒などの刺激を与える飲み物は飲ませないようにということでした。

低体温が減圧障害の予後に与える影響は、よくわかっていません。高体温が中枢神経系にダメージを与えることは明らかですので、もし、減圧障害患者が高体温になるリスクがあれば、調整することが望ましいとのことでした。

たとえば、日照の強いところに留まらないよう日陰に移動させるとか、あまり動き回らないように安静にしてもらって着ているものも調整し、適度な水分補給を促すといった補助療法をしてくださいとのことでした。

あまり動き回らないように安静にしてもらって着ているものも調整し、適度な水分補給を促すといった補助療法をしてください

2点目:遠隔トリアージ mild DCI(軽症減圧障害)
減圧障害の症状のあるダイバーが遠隔地で発生した場合、DANのホットラインを通じて専門医に相談することになります。専門医は遠隔地の状況を電話で聞いて再圧治療が必要なのか、緊急性があるのかといったことを判断しなくてはなりません。これが遠隔トリアージです。実際の症例を参考に考えてみます。

症例

●18時20分、最終潜水の浮上から26時間後の相談
●潜水プロフィールに大きな問題(急浮上など)なし
●浮上30分後より上腕の鈍痛と前腕のチクチクした痛みが出現し、今も痛みが続いている
●最寄りの再圧施設は車で2時間

このようなケースでは、どのようにアドバイスしたらいいか一番悩ましいです。こういった症状は「mild DCI(軽症減圧障害)」と呼ばれるものです。

減圧障害の重症度による分類の試みは、以前からありましたが、軽症減圧障害については、2004年のUHMS にワークショップが開催され、定義されました。具体的には、進行性ではない四肢痛(関節痛など)、全身症状(疲労感・倦怠感・吐き気など)、自覚的知覚症状(しびれ感など)、皮疹の4症状がマイルドな症状(軽症減圧障害)とされ、これらは、緊急搬送をしなくても治療可能とされました。

しかし、その後13年が経過し、未治療の減圧障害患者の自然経過に関する報告がされ、「軽症と診断された患者のうち10%に実は神経学的他覚所見が認められた」、「患者は痛みが一番気になって訴えるので、たとえそれ以外の重篤な症状があってもそれに気づかないことがある」、さらに「神経学的診察を受けるまでは、マイルドな症状しかないと現場で確定診断することは困難である」「再圧治療を受けなかった場合には回復が遅い」といった点が指摘されました。

このため、今回のプレコースでは、演者からの提言として軽症減圧障害では緊急搬送は不要だが応急手当は必要、再圧治療は不要とされたわけではなく、可能であれば緊急でなくとも再圧治療の実施を推奨したほうがよいと指摘されました。

よって、先ほどの症例については、恐らく減圧障害でしかも軽症だろうと思われますが、まずは近くの病院の救急外来を受診し、神経学的所見の有無を観察してもらうようにアドバイスをして、ここで他覚的所見がなければ軽症と診断されるので、翌日にでも再圧施設に連絡して今後の指示を仰げばいいだろうとのアドバイスとなります。

また、初期治療として救急外来で常圧酸素投与、補液、鎮痛剤の処方を受けるのもいいでしょう。

可能であれば緊急でなくとも再圧治療の実施を推奨したほうがいい

3点目その1:再圧治療の遅れの影響。初回治療が遅れるほど治癒の割合は減少

POINT

●発症から初回再圧治療までの時間が短いほど完全に治癒する割合が高い
●しかし、数時間あるいは1日以上遅れてもかなりの割合で症状が完全消失する

90年代に出された数々の報告をメタ解析し、再圧治療が24時間、あるいはそれ以上遅れた場合は、そうでない場合に比べて、症状が完全に消失する割合が少ないという結論した報告があります。

Moon(2003)は、3,899名の減圧症患者を重症度に応じて①疼痛のみ、②軽度の神経症状、③重症神経症状の3群に分類し、各患者の発症から初回再圧治療までの時間、および全再圧治療終了後に完全治癒が得られた患者の割合を比較しました。

その結果、2時間以内、6時間以内に治療を受けることができた患者のほうが完全治癒を得られた割合が高くなっています。以後、初回再圧治療が遅れるに従って、完全治癒の割合は減少しています。ただし、たとえば24時間以上治療が遅れた場合でも、軽症例で50%、重症例で40%と、かなりの割合で症状の完全消失が得られることも示しています。

3点目その2:再圧治療の遅れの影響。軽症と重症で異なる早期治療の重要性

POINT

●軽症の場合、緊急搬送はそこまで重要ではない
●重症の場合、早期治療が重要
●遅くなっても再圧治療は実施すべき

2006年から2009年にDAN Americaが受けた24,275件の電話相談のうち、治療のために緊急搬送された患者107名中51名が減圧障害患者で、その3分の1が痛みやしびれ感のみの軽症患者でした。DAN Americaでは、このうちデータがそろっていた42名について、軽症例と重症例をそれぞれ症状改善群と症状非改善群に分類し、初回再圧治療までの時間を比較しています(グラフ3)。

軽症例では、症状改善群と非改善群の間で治療開始時期に有意な差がなかったことから、軽症例の場合は、緊急搬送の重要性はそこまでないかもしれないと考察されました。

一方、重症例でも統計上の有意差はありませんでした。しかし、グラフをよく見ると改善群の方が非改善群に比し、治療開始までの時間は短い傾向にあります。そのため症例数を増やせば有意差が出るのでは、つまりは、重症例では早期治療の重要性は高いのではとの考察でした。

以上からは、早期の治療が推奨されるが、重症減圧障害は6時間以内、軽症減圧障害は12~24時間ないしはそれ以上の待機が可能ではないか、また、治療が遅れても症状改善や完全治癒が得られることもあるので、遅くなっても再圧治療は考慮すべきとの提言がありました。

グラフ3

DAN酸素プロバイダーコースで酸素供給法を学ぶ

減圧障害について、現場で一番大事なのは症状や徴候の認識です。酸素供給方法の手技を知っていても、どういうときに使用するか分からなければ無意味です。

DAN酸素プロバイダーコースはダイバーとして必要な知識が得られる良い機会です。みなさんには、まずは酸素供給法に習熟することが安全なダイビングにつながることを知っていただきたいです。今後、IDANではこれらの議論を取りまとめたガイドラインが発表される予定ですが、ぜひ新しい考え方について知っていていただきたいと考えます。

また、常圧酸素投与の有効性は広く認められています。遠隔地でのダイビングにおける応急手当において非常に重要となりますので、酸素供給法を学び、いざという時に十分な知識とスキルが活かせるよう備えていただきたいと思います。

以上、病院到着前の適切な減圧障害管理についてその必要性と要点をお伝えしました。

酸素供給法を学び、いざという時に十分な知識とスキルが活かせるよう備えていただきたいと思います

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