“67ダイブに1回で減圧症”って、どういうこと?

ダイビング歴45年。やどかり仙人のぶつぶつ多事争論

ヤドカリ爺の楽しみは、インターネットで世界の情勢を見聞きすることでございます。
もちろんインターネットの情報は玉石混交、綺羅と光る情報もあれば、
ひどく怪しげな、眉唾情報もございますな。それでも楽しゅうございます。
大切なのは、世界は広く、いろいろな考え方の人がおられるということです。

ヤドカリ爺の知り合いにノルウエイの方がおられますが、
「なぜ日本人は冬にダイビングをしないのだ」、
「日本の冬は俺の国の夏だよ、もったいない」なんておっしゃります。
フィヨルドの蟹採りに来ないかなんて、
大変悪魔の誘惑めいたお誘いもいただいたことがございます。
もっとも北欧のお方の寒さ感覚は、気温零度ぐらいの室内で、
半袖で「やーおはよう」なんて言いますから、はなから日本人なぞ相手になりません。
11月の大瀬崎のドライスーツばかりのダイバーを見て、目を丸くしておりました。

しかし、いくら寒さに強いからと言っても、このようなお国柄のダイビングは、
はなからサバイバルダイビングの様相でありますな。
オープン・ウォーター・ダイバーのクラスから、
たっぷりアンダーガーメントを着込んだ、こてこてのドライスーツ・ダイビングであります。

このどえらい寒い、冷たい土地柄でも、使うコンピューターもダイブテーブルは一緒であります。
低水温は減圧症の誘因の1つであります。
それで、減圧症の起きる率は、いったいどれほど違うのかと、
ヤドカリ爺はつねづね余計な心配をしちまうのです。

理屈の上じゃ、沖縄リーフでのダイビングより
ノルウエイのフィヨルドでの減圧症のリスクは高いはずであります。

もちろん、水温が低いときは、控えめに計算をしろってことぐらいは、
知ってはおりますが、いったいどれぐらい控えめにしたらよいのでしょうか。
最近のコンピューターには個人情報をインプットできる機能もついており、
将来のコンピューターにとっての重要な機能であります。
しかし、これとても「いったいどのぐらいの水温だと
どの程度のレベルに設定したよいのか」分かりませんな。誰も教えてくれません。

「今日は寒いから温い服装で出かけましょう」ぐらいのアドバイスと50歩100歩ですな。
その目安が分からないでは、減圧症にかかりにくくすると立派な機能も、
ほとんど気休め
に近うございます。

ところで、テラ和尚から「いったい日本の年間ダイビング回数で
減圧症にどれぐらいかかるんじゃい」と困った質問を受けました。
つまり発症率ですな。その分母になるデータベースはないものだろうか?
いや、仙人であるなら出しなさいという無茶ぶりであります(笑)。

だいぶ前のことですが、3万件に1件から1万件に1件程度
(研究者によって大きくばらつきあるようです)
といったデータを読んだことがありますし、日本医科歯科大学(当時)の
山見先生のホームページでは16,000ダイブに1件といったデータがございます。

しかしながら最近では、減圧症のグレーゾーンが広がったのか、
あるいは本当に減圧症が増えたのか、
さらには減圧症に関してのダイバーの知識が高まって、
医療機関に行く人が多くなったのか、
果てはダイブコンピューターの普及が減圧症を増やしたという一部の意見もあります。
そして、そのすべてが絡んだ結果なのか、
数千ダイブに1件というのがよくいわれるようになりました。

最近、先ほど例にあげました同じ山見先生が、
ある雑誌にこんなデータを話しておられました。
それによると減圧症になる確率は、

アメリカ海軍の標準減圧表にしたがって潜ると、
67〜3333ダイブに1回減圧症になる結果が出ています。
また、指導団体が示すルールに従って、
ダイビングコンピューターが示す数字を守って潜っても
3,000本に1回くらいは減圧症になってしまうのです

アメリカ海軍の標準減圧表、つまりUS NAVYダイブテーブルでは、
67〜3333ダイブに1回というのは驚きですな。
ダイブテーブルというからには、一応無減圧リミットを守ったと仮定します。
それでもこれほどの発症率に幅があるのは、
ストレスや体調しだいで変化するってことでしょう。

それにしても、特に個人の体調やストレスしだいでは67ダイブに1回。
ダイビングに理想の体調やダイビング手順を守って3333ダイブに1回。
これだけ幅があると、私らはどう考えてよいやら、大いに迷いますな。
発症率などまるであてにならんとも思いたくなります。

また、指導団体のルールを守ってダイブコンピューターでダイビングしても
3000ダイブに1回減圧症になってしまう、ともおっしゃってます。
どちらにしても、一昔前の発症率よりは高いということのようです。

現実的に考えて見ましょう。

3000ダイブというのは、かなりの頻度です。
例えば1日3ダイブを年間通じてやったとして年間1000ダイブ。
(リゾートやツアーボートのガイドぐらいかな。こんなダイビングをするのは)
1年間必死で潜り続けたテラ和尚で、年間200本。
3000ダイブを達成するには、15年かかるわけです。

かなり熱中ダイバーでも10年ダイビングを続けないと
減圧症にかからないというあくまで計算になります。あくまで計算であります。

現実的にはほとんど可能性ゼロととらえてよいのか、
一方、非常にネガティブに考えれば、
US NAVYテーブルの最大発症率67ダイブに1回に当てはめると、
テラ和尚は昨年1年に3度ほど減圧症にかかった勘定にもなるわけでありますな。
それどころか平均的なダイバーでもかなりリスクは高いってことなります。

たぶん山見先生は、ダイブテーブルのリミット、コンピューターの指示を守っても、
減圧症にはいろいろな生理的な可変要因があるとおっしゃっているのだとも思います。

しかし、この67ダイブに1件というのは、
きちんと無減圧リミットを守ったケースだけなんでしょうか。
無減圧リミットを越す、極端な体調不良、
あるいは急浮上と言ったケースまでが含まれてはいないでしょうな。

これほどの減圧症にかかる確率が変動するとしたら、
ダイブテーブルをどこまで信用してよいのか、
当てにできんということにもなっちまいます。

US NAVYのダイブテーブルは、もともと海軍の潜水作業を携わる
屈強な水兵さんのためのダイブテーブルですから、一般人が使えば、
減圧症のリスクが増すとは、すでに50年も前から言われ続けております。
それでもUS NAVYダイブテーブルは少なくともここ40年ぐらいは、
無減圧リミットが短縮などされていないのですな。

ということは、この程度の発症率は、仕方がないと言うか、
実用の範囲と考えているのかもしれません。
世界最大の企業といわれるアメリカ軍ですから、
大学の研究室などより、膨大な研究費をお持ちのはずです。
本気になれば40年も放っておきはしないでしょう。

ダイブコンピューター時代の今日、
ダイブコンピューターの計算式の元になる窒素の許容レベルであるM値は、
US NAVYのそれに比べてずいぶん控えめになっております。
つまり、無減圧リミットも短くなっております。
理屈の上では、その分安全に
なっているはずなんです。
もっともこれをどんどんと控えめにすると、
最後は安全なダイビングはダイビングしないことになっちまいます。

それでも山見先生のおっしゃるように、US NAVYの3333に1回、
リクリエーションのコンピューターダイビングで
やはり3000ダイブに1回の減圧症が起こるといわれるのは、
どうも、DAN(日本のではなありません)がかつて発表した
(DAN年間数万ダイブの、ダイビング後48時間以内のダイバーからの
レポートを集めて巨大なデータベース化しています)、
発症率0.01〜0.04%とも似ております。

たぶんデータとしては、ダイブ数が分かっているので、
このDANのデータは、統計的には、もっとも信じていいのかもしれませんな。

これはあくまで、ヤドカリ爺の素人考えでありますが、
「これぐらいのリスクがダイビングには潜んでいる」、あるいは
「個人的にかかりやすくするファクターを持っていると、
覚悟をする必要がある」と思っております

3000回に1回を楽観的に考えるか、その逆に悲観的に考えるかで大きく違ってきます。

少なくとも「ダイコンは減圧症ゼロを保証してくれるわけではない」ぐらいの、
悲観論と楽観論のミックス的な心構えは必要
ですかな。

そして何よりも、この種のデータなるものは、
視点、あるいは条件次第でこのように変化するもののようであります。

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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