マンタに一目惚れした研究者が、日本の海で見つけた「意外な答え」

突然ですが、マンタに一目惚れしたことはありますか。

そういう人が、ここにいる。しかも、もともとは地形学(ジオグラフィー)を専攻していた大学生が、ある日ボートに乗ったら人生が変わってしまった、という話。

今回お話を伺ったのは、「Manta Trust Japan」代表で現在沖縄科学技術大学院大学(OIST)にて博士課程で研究を行う尾﨑里佳子氏。日本のマンタ研究の最前線に立ち、「日本のマンタが今どこにいて、何をしているのか」を解き明かそうとしている研究者だ。

Profile 尾﨑 里佳子
尾﨑里佳子
マンタおよびイトマキエイの研究・保全に取り組む海洋研究者。OIST(沖縄科学技術大学院大学)博士課程に在籍し、世界的なマンタ研究団体「Manta Trust」の公式アフィリエイトであるJapan Manta Projectを創設。日本各地でマンタの調査研究を進め、国内初となるマンタへの衛星タグ装着調査を実施するなど、研究と保全をつなぐ活動に取り組んでいる。

ニュージーランドの海で、マンタに「一目惚れ」

尾﨑さんが初めてマンタに会ったのは2021年。ニュージーランドで育った彼女は、それまで海にも海洋生物にもまったく興味がなかったという。

「高校時代の親友がすごくマンタが好きな子で、その子のお父さんが有名な海洋学者だったんです。ニュージーランドでマンタを確認する新しいプロジェクトが始まる時に、一緒に行ってみないって誘われて」。

当時、帽子も日焼け止めも持たずボートに乗り込んだという尾﨑さん。顔がブツブツになるほど日焼けした状態で、初めて海に飛び込んだ。

「マンタがいた瞬間、もうなんだろう……知らなくても一瞬見ただけで知能の高さが伝わってきて。目が合った瞬間に一目惚れじゃないけど、『何を考えてるんだろう?』、『どこから来たんだろうって?』質問がいっぱい浮かんできて。そこで友人のお父さんに聞いたら、全然まだ研究されてないって言われた瞬間に、本当に一瞬で専攻を海洋学に変えました」。

尾﨑さんが初めて出会ったジャイアントマンタ(ニュージーランド/Photo by Edy Setyawan)

尾﨑さんが初めて出会ったジャイアントマンタ。ニュージーランドの海で彼女の人生を変えた(Photo by Edy Setyawan)

ジャイアントマンタは体長6メートルにもなる。その巨体が、海に入ったばかりの尾﨑さんの周りをずっと回っていたという。

「こんなにダイバーさんから愛されていて、アイコニックなのに、哺乳類に比べて全然研究されてなかった。それがすごく不思議で」。

修士課程をマンタ研究に転換し、2年間ニュージーランドで研究。その後OISTでインターンを経て、2025年から博士課程へ。「日本のマンタを研究したいからOISTに来た」と言うほどマンタへの情熱が強かった。

ニュージーランドでの調査風景(Photo by Rebecca Pratt)

ニュージーランドでの調査風景(Photo by Rebecca Pratt)

個体識別のデータベース、その発祥地は実は日本

日本にはナンヨウマンタとジャイアントマンタの2種が生息する(前者はIUCN危急種、後者は絶滅危惧種)。そして驚くのは、マンタをお腹のマーク(まるで指紋のように個体識別ができる)で識別する手法のデータベースが、世界で最初に作られたのが日本だということだ。

「石垣の伊藤隆さんというガイドさんが始めたんですが、それが世界初のマンタ個体識別データベースなんです。それなのに日本のマンタって謎の世界で、論文もまだまだ多くありません」。

さらに、2013年のPLOS ONE掲載論文(O’Malley et al.)によると、マンタ観光による収益が世界で最も大きい国は日本(八重山だけのデータで、モルディブやインドネシア、ハワイを上回る)。そして日本は、年中マンタが見られる世界的にも稀有な場所でもある。

「年中いるっていう場所って、なかなかないんです。餌もクリーニングも、気候も全部揃ってるから。めちゃくちゃ恵まれてる」

ヨナラ水道を泳ぐマンタ

ヨナラ水道を泳ぐマンタ。八重山の海は餌・クリーニング・気候が揃い、年中マンタが見られる世界的にも稀有なエリアだ

衛星タグが教えてくれた「意外な答え」

2024年、日本で初めて衛星タグの装着に成功した尾﨑さんたち。タグからは水深・水温・GPS・加速度などのデータが取れ、マンタがどこで何をしているかが見えてくる。現在までにジャイアント3個体、ナンヨウマンタ14個体にタグを装着してきた。

「一番びっくりしたのは、ジャイアントマンタが南西諸島から出なかったこと。美ら海水族館の研究では沖縄本島で見られたジンベエザメがフィリピンまで行ったとか、ニュージーランドのジャイアントマンタが冬にフィジーまで行くといったデータがあったので、ジャイアントマンタも絶対どこか行くと思ってたのに、全然行かなかった」。

では夏の暑い時期、どこにいたのか。その答えがおもしろかった。

「深いところにいたんです。毎日のように水深300メートルのところを行ったり来たりしてた。陸の動物と違うのは、横だけじゃなくて下にも行けるんだって、すごいおもしろかったです」

しかも移動は慶良間諸島の下曽根と宮古島の間。絶対に八重山諸島までは行かないという。

一方ナンヨウマンタは、八重山・宮古のグループと久米島・慶良間のグループがあり、この2グループの間の深い「ギャップ」を越えないことも分かってきた。

「慶良間諸島と宮古島の間がもう何もない深い海なんです。この八重山・宮古の群と沖縄本島の群って、昔の琉球の歴史みたいに見えるのかなって。昔から沖縄と八重山は別の民族で、言葉も方言も違う。マンタも人間みたいにここが大きかったから行かなかったのかと考えるのもおもしろくて」。

衛星タグが装着されたマンタ(Photo by Mark Erdmann)

衛星タグが装着されたマンタ。タグから水深・水温・GPS・加速度などのデータが取れる(Photo by Mark Erdmann)

今年初めて、自分でタグ付けができた日

去年まではメンターのマーク教授(実は高校の親友のお父さんという縁!)がタグ付けを担い、尾﨑さんはコーディネートやサポートにまわっていたが、今年2月、久米島で初めて自分でタグを装着した。

「ものすごく緊張して。タグって高価だし、マンタも傷つけたくないし。そこに、その場を見守ってくれた久米島潜水の町田さんやカラーコードの塩入さんに加えて、2024年に最初のタグ付けをした慶良間のゴビーズの鴨谷さん夫妻が応援に来てくれたんです。みんなが支えてくれたからこそこの研究が成り立ってると感じました。この時のことは一生忘れないです」。

衛星タグがついたマンタが久米島のマンタステーションに帰ってくる(Photo by Maeda Takumi)

衛星タグがついたマンタが久米島のマンタステーションに帰ってくる(Photo by Maeda Takumi)

久米島でのタグ付けチーム。2026年2月、尾﨑さん初の自力タグ付けを見守ったメンバーたち

久米島でのタグ付けチーム。2026年2月、尾﨑さん初の自力タグ付けを見守ったメンバーたち

マンタが直面する脅威――漁業・気候変動・オーバーツーリズム

日本では海外で問題となっているエラ目的の漁獲はないものの、定置網への混入が課題のひとつ。水から出された瞬間、骨のないマンタの体は重力でグニャッとなってしまい、逃がした後の生死がわからないことも多い。ゴーストネットへの絡まりも懸念される。

定置網に混入したモブラ(マンタと近い仲間)

定置網に混入したモブラ(マンタと近い仲間)。水から引き上げられると骨のない体が重力でつぶれてしまい、逃がした後の生死確認が困難なケースも多い

二番目の脅威はオーバーツーリズム。たくさん人が海に入ってマンタに近づくことでのストレス。そして尾﨑さんが最も心配しているのが地球温暖化だ。

「久米島では海水温が30度を超えるとマンタがピタッといなくなってしまう。また、マンタが集まるクリーニングステーションはサンゴ礁で、ホンソメワケベラが清掃してくれる場所。また、白化してサンゴが死んだらクリーナーフィッシュはどうなるのか。その悪循環も今後心配ですね」。

ダイバーの力で、研究は進む

尾﨑さんが「一番の力」と言うのがダイバーだ。

「日本って一番ダイバーの力がある国だと思っています。ダイバーの方々には、マンタの魅力を伝えなくても、もう皆さん十分に分かっているので、マンタを大事にしよう、この先も見られるようにしようという思いで一緒に進んでいけるんです」。

ダイバーができることはシンプルだ。まず、マンタをリスペクトすること。

クリーニングステーションでは、マンタより下にいること。目が横についているマンタは後ろや上から来るものに驚くので、下にいてじっとしていると、逆に寄ってきてくれることも多い。「マンタにも性格がある。ダイバーが好きな子もいれば、ちょっと怖いって懐いてこない個体もいる。そのドラマをダイバーには楽しんでもらいたい」。

そして、お腹の写真を撮って共有すること。マンタはお腹のマーク(三角形の模様)で個体識別できる。交尾器が写っていればオス・メスも判別できる。

マンタの個体識別方法(MantaMatcherをもとに改変/尾﨑里佳子)

マンタの個体識別方法。お腹の模様(三角形のマーク)は一頭一頭異なる「指紋」として使われる(MantaMatcherをもとに改変/尾﨑里佳子)

個体識別の写真を投稿できるLINEミニアプリが、2026年6月にローンチされた。アプリ内には「STUDY(学ぶ)」ボタンもあり、オス・メスの見分け方、妊娠の確認方法なども学べる。投稿した写真が、マンタの移動ルートや生態の解明に直結する。

マンタ目撃・個体識別写真を投稿する(LINE)

マンタを見て「きれい」で終わらないために

Japan Manta Projectを2025年に立ち上げた時、尾﨑さんは「自分でいいのかな」とずっと迷っていたという。でも研究を続けるためには必要で、「腹を括って」立ち上げた。今も日々「自分でいいのかな」と思いながらやっている、と笑う。

その等身大の言葉が、かえって信頼できる。

「みんながマンタを見て『美しい』で終わるのではなく、マンタの知能の高さとか、妊娠とか、マンタに会うたびに面白いことがいっぱいあるって楽しみをダイバーさんに伝えていきたい。そしていつか若い日本人でマンタを研究したいって人が出てきたら、すごく嬉しいですね」。

マンタと研究者と、ダイバーが繋がる。それが、日本の海を守る力になる。

マンタ行動プロジェクトのドキュメンタリー映像はこちら


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PROFILE

IT企業でSaaS営業、導入コンサル、マーケティングのキャリアを積む。その一方、趣味だったダイビングの楽しみ方を広げる仕組みが作れないかと、オーシャナに自己PR文を送り付けたところ、前社長と当時の編集長からお声がけいただき、2018年に異業種から華麗に転職。
営業として全国を飛び回り、現在は自身で執筆も行う。2020年6月より地域おこし企業人として沖縄県・恩納村役場へ駐在。環境に優しいダイビングの国際基準「Green Fins」の導入推進を担当している。休みの日もスキューバダイビングやスキンダイビングに時間を費やす海狂い。

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