82年間誰も見ていなかった軍艦「長良」へ。水中探検家・伊左治佳孝が語る、水深100m・162分の潜水
2026年6月に『情熱大陸』へ出演し、水中洞窟や沈船、水没炭鉱など、人が容易には到達できない水中環境の探査・記録活動で注目を集める水中探検家・伊左治佳孝氏。未知の水中世界を「発見する」のではなく、「記録し、未来へ残す」ことを使命に、日本各地、そして世界で探検を続けている。
今回寄稿していただいたのは、熊本県天草沖の水深100mに眠る旧日本海軍・軽巡洋艦「長良」への潜水記録。1944年の沈没以来、82年間誰も到達していなかったとされる艦へ挑んだ潜水は、総潜水時間162分。そのうち艦上で過ごせた時間は、わずか6分だった。
この6分を成立させるために何を準備し、どのような判断を積み重ねたのか。探検家自身の視点で、その舞台裏を綴っていただいた。

水中探検家・伊左治佳孝氏(右)
潜水開始から13分。
薄暗い視界の先に何か構造物が現れ、次の瞬間、船体が見えた。
軽巡洋艦「長良」。1944年8月7日、鹿児島から佐世保へ向かう途中に、熊本県天草市・牛深の沖で米潜水艦の雷撃を受けて沈んだ艦だ。沈没から82年、長良に人が到達したのは、これが初めてになる。
このとき私が水中にいた時間は162分。長良のそばにいられたのは6分で、139分は減圧に使った。
この記事は、その6分をどうやって成立させたかの話だ。
牛深の海と軍艦「長良」
牛深は熊本県・天草市の南端にある港町だ。海の町であり、漁師の町。港に立つと、海が生活の側にあることがすぐ分かる。長良が沈んでいるのは、そこから10kmほど沖合になる。
長良は1922年に竣工した長良型軽巡洋艦の1番艦で、艦名は岐阜県の長良川に由来する。
大きさの見当をつけるなら、沖縄のエモンズを思い浮かべてもらうのがよい。オーシャナの読者の方には潜ったことのある方も多いだろう。
エモンズは駆逐艦という種類の艦で、小型で小回りが利くのが特徴。その全長は106.2mとされている。
一方で、長良は軽巡洋艦で、強い兵装や航続力が重視された艦だ。その全長は、エモンズの約1.5倍、162.15mとされている。
船の長さが1.5倍になれば、高さも幅もそれぞれ増える。実際に感じる大きさの差は1.5倍では済まない。
※ 船の全長などは、wikipediaより

軍艦「長良」
現地では毎年長良の慰霊祭なども行われ、軍艦長良記念館なども運営されている。
資料は残っている。証言も残っている。しかし、艦そのものが海の底でどうなっているのかは、これまで誰も見たことがなかった。
計画——大深度の探検に向けて
事前の情報では、長良は水深80mほどにあるとされていた。
当日まで全員が、水深80mと言っていた。海図上の水深も約80m。
一方で、口伝では100mという話もある。
私は、浅い側の数字を採らなかった。

過去に記録された長良の反応。水深80mと記載されている
前日にたてた減圧計画は、ボトムに滞在している際の平均水深を80mと90mとした。
船は高さがあるので、すなわち、最大水深90mと100mを想定したプランだ。もし本当に最底面が80mだったとしても、安全マージンを取ることになるため問題はない。

潜水前日の打ち合わせの風景
この深度なので用意した器材はリブリーザー。
デュレント(希釈剤)として使うガスはトライミックス8/65——酸素8%、ヘリウム65%。
酸素が薄すぎて、陸上では数呼吸で倒れてしまうようなガスだ。
最大水深が80mの想定ならもっと酸素が多いガスを使いたいところだが、探検では不測の事態も多いため、扱いの難度が多少上がっても、より広い範囲に対応できるガスを選んだ。
潜水時間と浮上計画も、それぞれの深度に対して事前に二つをたてた。平均水深80mならボトムに25分と30分。平均水深90mなら20分と25分。どれが基本プランというのではなく、状況に応じてそれぞれを選択するようにした。
そして、平均水深が100mを超えるようなら潜水しない。撤退の基準だ。
当日——水深100m
そして当日、2026年7月21日。牛深の港から出港して45分。
現地に到着して確認した海は、外洋とは思えないほど穏やかだった。潮流もうねりもほとんどない。
慰霊祭などにずっと携わっておられる福本壮一さんも、ここまで海況がいいのは珍しいと話していて、水底からどこか歓迎してもらえているような心持ちだった。
一方、魚群探知機に映し出された長良の水深は、ボトム100mであった。
沈船の底面が100mということは、甲板上はおよそ水深90mと推測される。
立てておいた計画の、深い方が当てはまる形となった。

魚群探知機に映し出される長良
改めて、今回一緒に水底まで行く荻原 庸介(おぎわら ようすけ)氏と、ボトムでの平均水深が90mになるようにコントロールしよう(最大水深を90mに制限するのではない)という打ち合わせを行い、計画を確認した。
漂流しうるような環境でのディープダイビングでは、タンクを含めた器材が非常に多くなる。

今回使用した器材類
そして、我々の目的は潜水することではなく、記録し、待つ人に届けることだ。従って、記録するための器材を携行しなければ潜水する意味がない。
今回、私はタンク5本に加え、水中スクーターを含む以下のような器材を持っていった。
- ●SUEX XJ Goldfinder 水中スクーター
- ●OLYMPUS OM-D E-M1 Mark2 + Nauticam NA EM1II ハウジング
- ●Insta360 Ace Pro2 + Carbon Arm ハウジング
- ●Insta360 X5 + Nauticam NA X5 ハウジング
外洋のディープダイビングで、スクーターは追加装備ではなく前提だ。これは強く主張したい。

今回使用したSUEX社製の水中スクーター
ディープダイビングで水中スクーターを移動の道具だと思っている人がいるが、それは半分だ。
ディープダイビング、それも探検でのディープダイビングのエリアは基本的に外洋である。
そのような場所では基本的に流れが強く、流れが急に変わることもある。
多くの器材を携行したまま、流れに逆らって自力で泳ぐことは不可能に近い。スクーター無しでの外洋でのディープダイビングは、私の感覚ではシングルタンクでのディープダイビングに相当する。
今回は各自がスクーターを携行するとともに、水面や浅い部分の潜水を担当してもらった森 裕和(もり ひろかず)氏に、投錨して固定したロープに我々の器材を全部セットしてもらい、水中で器材を装着することとした。

準備の風景
このような手順や役割も、これまでの経験から生まれるもので、軽視されがちだがこのような動き無しでは潜水することができない。
潜水は、探検の2割に満たない。残りの8割は、こうした段取りでできている。
降下——13分の捜索
潜る前に、荻原氏と一つ打ち合わせをしている。下まで降りて長良が見えなかったらどうするか。
見えないときは、投錨したロープにラインを結び、長良を捜索すると決めていった。
船長とも、艦に対して、水底に落ちた錨がどちら側にズレている可能性が高いかを確認し、捜索の上限も決めた。
時間は、決めておいた潜水時間の内側。捜索する空間は、60mのスプールのラインの届く範囲まで。
水中スクーターを使いながら、投錨したロープに沿って降下する。ロープの下端、水深97.9mに着いたのが、潜水開始から8分。
水底に長良の姿は見えなかった。

水深97.9mの水底。そこに長良の姿は無かった
そこから荻原氏にロープにラインを結んでもらい、方向を示して捜索に入る。
潜水開始から13分。何か構造物が見えて、次の瞬間に船体が現れた。
動画①:長良の船体を発見する瞬間
水面付近の透明度は15mほどであったが、下の透明度は7mほどだった。
辿りついたのは船首側の左舷。
全長160mを超えるとされる船に対して見えているのは7mなので、船全体を見れたわけではないが、水中でもそう考えていたし、後から動画を確認しても間違いないと思う。
甲板の上には、もともとロープが張り巡らされていた。そこに自分のラインを接続する。これで帰り道が確保できた。

水深100mに沈む、長良にラインを接続する
ここで一つ、書いておかなければならないことがある。
降下の途中、カメラを1台失っている。OM-Dのホットシューに装着していたInsta360 Ace Pro2が潜降中に脱落した。ロープを離れて追う選択肢はなかった。
緻密に準備しても、トラブルは起きる。緻密に準備したうえで、諦めて計画を切り替える。撮影機材も含めた冗長性は、そのためにある。
艦上にいた、6分
船体がどうなっているのかというのは、色んな話が伝わっていた。
水底に突き刺さっているという話もあったし、横倒しという話もあった。そして、そのどれもが実測されたものではなく、状況などから推測したものだ。
私が目視した船の船首側は正立しており、水面に居る時と同じ形で沈んでいた。
色んな推測を、実際にこの目で確かめ記録するというのは、探検家冥利に尽きる話である。

軍艦「長良」の甲板の上
長良には、釣り糸が大量に絡んでおり、一部には漁網も絡んでいる。
釣り糸に絡まれば、動けなくなる。
動けなくなれば、時間が延びる。
時間が延びれば、決めておいた浮上ができなくなる。
この深度では、一つのミスが大きなリスクに直結する。だから、不用意には動かない。
艦上にいた6分のあいだ、私がしていたのは撮影と、帰る方向の保持だ。甲板のロープに接続したラインがどちらにあるか。それを見失わないようにしながらカメラを構える。
砲が見えた。船首も撮れた。魚が多い。船体は魚礁になっている。
命が失われた場所で、生命が育まれているような気持ちになった。

軍艦「長良」の砲と魚影
19分、艦上からロープへの帰還を開始。
23分、ロープに沿って浮上を開始。
最大25分の計画であったから、艦上にあと2分は居られたのかもしれない。
でも、ワントラブルで浮上開始予定時刻を超過するようなリスクは冒せなかった。
139分の減圧——夏の海という条件
今回の潜水では、浮上を開始してから、水面までに139分の減圧となった。
このうち大半は浅い深度、水深21mより浅いエリアで減圧をしている。
そして7月の南九州の浅場は暖かい。表層で27〜28℃ある。
減圧は、体が暖かいほうが効率がいい。深いところで冷えて、浅いところで暖まる——この順番は、減圧にとって都合がいい。
夏の潜水は、陸が暑く、水分補給が難しい。そこさえ管理できれば、夏の海はむしろ条件が揃う。この日の凪も含めて、そうだった。
中層で安全管理をしてもらっていた森氏に、使用を終えた器材を手渡し、無事に潜水を完了した。

浮上中。サポートで入っていただいたROV(水中ドローン)の姿も見える
潜水ログ|2026年7月21日
潜水時間:162分(11:13〜13:55)
ダイバー到達深度:97.9m
船体最底面:水深100m(翌日のROV調査で実測)
平均深度:21.6m
降下〜浮上開始:23分/減圧:139分
長良との対面:6分
水温:表層27〜28℃/水底17℃
透明度:水面付近15m/船体付近7m
船1:ダイビングショップ・トミカワ/船長:冨川 光
船2:美喜丸/船長:松本 幸喜
サポート:株式会社ベルポート宇土(ROV(水中ドローン))/村井 一道
サポート:株式会社ライトスタジオ(ROV(水中ドローン))/石松 義朗
そして翌日、7月22日。この日も潜る予定にしていたが、潜らなかった。
前日にダイブコンピューターに記録された最大水深が97.9m。事前情報より20m近く深く、減圧も139分に伸びている。この条件で連日潜ることは、計画の外にある。
この海へ潜るために
では、この潜水を実行するために必要なライセンスは何だろうか。
最低限、TDIのアドバンスド・トライミックス・ダイバー、またはPADIのテック・トライミックス・ダイバー。ここまでが、この深度へ行くための入口になる。今回のようにリブリーザーを使うなら、その資格も要る。
ただ、資格はここで終わりではなく、スタート地点に立つためのものだ。
必要なのは、状況を判断できる実戦経験、そしてダイビングを組み立てる経験。
流れが変わったときにどうするか。予定と違う深度だったときに計画を組み替えられるか。ラインをどう使い、どう帰るか。
そして、これらが発生しうるという想定ができるだけの、自分でダイビングを組み立てた経験。
こうしたことは、講習のカリキュラムだけでは扱いきれない。だから私は、実戦を想定したトレーニングをよくやる。

今回の潜水のシミュレーショントレーニングの風景
たとえば、今回のようにロープに器材をセットして水中で装着する手順は、講習で習うものではない。そもそも、そんな必要性を講習では習わないだろう。そういう組み立てを現場ごとに設計し、そして事前にトレーニングを行う。
流れが変わることを想定してスクーターを持つのも、見えなかったときの捜索手順を先に決めるのも、同じ性質のものだ。
こうした判断の材料は、自分でダイビングを組み立てた回数の分しか増えない。
冒頭でエモンズの話をした。あそこに潜ったことがあるなら、道の途中まではもう来ている。40mと100mのあいだにあるのは、才能ではなく訓練の段数だ。
結び
6分のために、162分を使う。
この配分に、私が潜る理由の全部がある。潜ることが目的なら、割に合わない計算だ。目的が別にあるから、成立する。
記録は、記録した人のものではない。
82年間、この艦のことを憶えてきた人たちがいる。毎年、慰霊祭が行われている。そこに、まだ誰も見ていなかった映像を一つ足せる。そのために162分を使うなら、割に合わないとは思わない。

潜水を終えて。左から荻原庸介氏、伊左治佳孝、森裕和氏
本記事をもとに長良の探検の様子を伊左治氏に伺います。ぜひご参加ください。
日時:2026年8月8日(土)20:00
▶︎ YouTubeライブはこちら
軍艦「長良」、水深100mの沈船の潜水調査| オーシャナ × 水中探検家 伊左治佳孝

探検を個人的な活動にとどめず、大学や研究者などと協働し、地域の記憶、自然環境、歴史資料、研究に接続する取り組みを行うとともに、探検や調査の現場経験を伝えることのできる唯一無二のテクニカルダイビングインストラクターとして指導にもあたっている。


