朝からステーキ
mixiニュースからの引用。「朝からステーキを食べるという行為」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=889409&media_id=58
実家が肉屋な僕としては反応せざるをえないニュース(笑)。
えぇ、朝からステーキやら焼き肉やらすき焼きやら、食べてましたとも。
「世界一の肉屋になる」と小学校でも中学校でも卒業文集に書くほど、
肉にはただならぬ誇りを持っていた。
キン肉マンと同じように、眉間に「肉」の字の入れ墨を入れようと悩んだほどだ。嘘です。
僕が幼少のころ、すずや精肉店はまだまだ貧乏で、
晩御飯は店の売れ残りが多かった。
一番多いのは、唐揚げやらトンカツやらメンチカツやら、揚げ物系。たまに和牛。
揚げ物は単純に売れ残りや失敗だが、和牛は「見せ肉」。
肉屋のウィンドウに霜降りが並んでいないとそれらしくならないので、
売れないのを覚悟の陳列。つまり、和牛の方が気分的にエライのだ。
確かに値段的にも和牛のほうが高いが、
そんなことよくわからないテラ坊には
「揚げ物より生肉(のち、焼き肉やらすき焼き)のがエライ」という価値観が出来上がる。
そして、さらに、揚げ物の地位は下がっていくことになる。
小学生くらいになり店が繁盛し始めると、
揚げ物が食卓からすっかり減ってしまった。
後から聞くと、
揚げ物云々ではなく「残り物」を出していたという負い目があったようだ。
しかし、揚げ物大好きなテラ少年は、とにかく唐揚げやトンカツが食べたい。
すると、両親はオヤツで揚げ物を出すようになる。
結果、両親の「揚げ物は貧乏時代の象徴」という価値観と
「揚げ物とはオヤツである」という価値観がすっかりテラ少年に刷り込まれてしまう。
今考えると自分でもびっくりだが、
テラ少年は本気で「揚げ物は貧乏な人が食べるもの」と思っていて、
「昨日の晩御飯がトンカツだった」という級友に「オヤツが晩御飯とは、
なんてかわいそうなヤツなんだ」と心の底から同情したものだ。
今でも、何となく損した気分になるので、晩御飯で揚げ物は食べない。
いや〜、刷り込みって怖い(笑)。
逆に生肉の地位はうなぎ登り。
肉が大好きな息子に、見せ肉であった和牛を食べさせるのが両親は嬉しかったのだろう。
そして、理想的な肉屋体質に生まれた僕も、
肉を食べるのが本当に幸せだった。揚げ物もうまいがオヤツ(笑)
結果、ほぼ毎晩、焼き肉(肉の種類は変わる)。ときどき、すき焼き、鳥ミソ、
モツ鍋。生野菜などほとんど口にした記憶がない。
たまに極上の大トロを食べても「霜降り牛のほうがうまい」とあくまで肉基準。
ついには、「朝もお肉がいい!」ということになり、
夕飯の肉料理はそのまま朝でアゲイン。
晩御飯がすき焼きなら、朝にも霜降り肉を足してすき焼き。
ステーキなら、晩のうちに朝の分と二枚用意されていた。
圧巻は遠足の弁当。かわいいタコさんや厚焼き卵の代わりに、
すんごい霜降りのサーロインステーキが丸ごと一枚(笑)。
僕はこの食生活が幸せだったし、
休みなく共働きで頑張っていた母みどりの愛情料理だったと感謝しているが、
大人になって、人から見ればいろいろ困ったこともある。
会社の先輩からは「お前の味覚は濃淡しかないな」と言われるし、
社会人になって初めてシソを食べたと言ったらびっくりされた。
しかし、料理白痴な自分としては、野菜を受け付ける年齢になったこともあり、
かなりベーシックなことで料理に関して感動することが多く
(例えば、先述のシソを食べたときの「なんだ、このうまい葉っぱは!」という感動)、
得したんじゃないかとも思う。
人生の8割は肉しか食べてこなかったので、感動することが多い。
歴代彼女に唯一誉められるのは「作った料理をうまそうに食べる」こと。
唯一ね(泣・笑)
男女問わず、料理ができ、語れる人には本当に憧れる。
焼くことしかできない自分にとっては(原始人かよ)、
魔法使いみたいだよ、ホントに。
何だか脈絡がなくなってしまったが、何だろう、
今でも、伊豆取材のときは朝は必ず牛丼です。