元悪徳ダイビングショップイントラのためらい
とあるインストラクターさんとお話している中で、
今のお店が2つ目だというので「以前はどこで働いていたのですか?」と
たずねると、少し口ごもった後に「○○です……」と。
今はなくなってしまったが、いわゆる悪徳ダイビングショップと言われたお店。
これはガイドぷっちあるあるで、そうした店に勤めていた人の多くは、
「何だかすいません……」と経歴を明かすことにためらいを持つ。
周りも周りで、「あそこは○○出身のイントラたちの店みたいだよ」と
少しネガティブな意味を込めてヒソヒソ話をするのもたまに耳にするのだが、
これっていかがなもんでしょう。
もちろん、「今がよければ過去は関係ない」と受け取る人も多いが、
僕は、むしろ「良い経験をした人」ともっとポジティブに受け止める。
「何だか、おかしい」と思いつつも、
客単価を上げ、ノルマをこなし、無茶な数字に振り回される生活。
“若いときに”、こうした逡巡、葛藤を抱えながらも
自分に何とか折り合いをつけてやってきた人たちは、
逡巡や葛藤の対極にある喜びのコントラストが強く、
「あのときに比べれば」があるので我慢強いし、「今度はこうしたい」という欲求も深い。
夢や喜びといったものと数字は両輪だが、
前者を優先しがちな中、もともとシビアに短期的な数字を求められてきた経験も
視野が広がればむしろ良い経験になりうる。
実際、僕が知っているそうしたガイドやインストラクターさんは、
とても生き生きと働いている人が多く、僕も会えば、
「○○で何年も働いて、今でもこうしてダイビングを仕事にしているのだから、
何か、学びの多かった人なんだろう」とポジティブな印象を受ける。
事故は安全のもとで、落ちこぼれイントラ体験はスキルアップ寺子屋のもと(笑)。
同じようにブラック・ショップ体験は素敵なショップのもとで、
当時ネガティブな目にあった消費者の問題が別次元の問題としてあるものの、
少なくとも経営者でもなく、当時10代、20代くらいだったのなら、
自分の中では良い経験として、次に生かせばいいと思うのだ。