安全なダイビングツアーを求めて~H.I.S.の新ブランド @グアム 前編~
今回のグアム旅は、ロケはもちろん、H.I.S.が新たに展開するダイビングツアーの新ブランドの視察も大きな目的でした。
発表や実施はもう少し先ですが、ダイビングの安全への配慮を徹底した品質改善の動きです。
もう少しすれば、一般ダイバーの方にもわかりやすくご紹介できると思いますが、まずは、やや業界目線から、率直に、そもそも「安全ダイビングツアーとは?」から、今回の新ブランド立ち上げの背景、そして思うことをお伝えします。
■ダイビングの安全にとって大事なことは?
ダイビングツアーというレジャーは、非常に器材依存度が高く、また環境に左右されるアクティビティです。
器材の本質は生命維持装置と言えるでしょう。
非常に多様な環境下で実施される点で登山と比較されますが、常に生命維持装置を使用する、あるいは運用する点で大きく異なり、さらに、サービスを提供する側、またサービスの提供を受ける側、双方の技術、人的資質も、安全管理の上での重要なポイントとなってきます。
つまり、大きく分けて器材、設備、人的資質、環境というファクターをどう組み合わせるかが、リスクマネージメントにつながるのです。
■ダイビング事故と傾向
アメリカ、カナダ圏だけで約350万のダイバー人口、年間7000万ダイブが推定され、事故率そのものはさほど高くはないのですが、水中事故という特殊な理由から死亡事故につながる率は残念ながら高率です。
そして近年の見過ごせない傾向として、ダイビング中の病気の発症が死亡事故につながっているケースが死亡事故全体の20%にもなる点があります。
■ダイビングの事故って誰のせい?グレーゾーンが生まれた背景
安全のためのファクターや傾向を挙げましたが、では、これらを踏まえて安全を考え、対策を講じるのは誰なのでしょうか?
そして、もし、事故が起きたときは誰の責任になるのでしょうか?
サービスを提供するお店側から、提供を受けるダイバー側から、双方の事情を考えてみましょう。
まず、ダイビング業界には、ファンダイビングの安全に関して、それを統合する組織がなく、したがって提供するサービスについての、器材と設備、人的サービス、環境についての自主基準がありません。
サービス提供者の資格としてはいわゆる指導団体と呼ばれるダイビングトレーニング機関のインストラクター資格、ダイブマスター資格があり、それなりの倫理規定がありますが、基本的にはある意味で限定された枠組みと条件の中での運用となります。
具体的には、ダイビング講習がその目的であり守備範囲であり、はるかに多様に変化する環境を提供する、現地オペレーションをカバーするものではありません。
環境を提供する当事者ガイドについては、基本的にトレーニングの裏づけによるガイド資格がないのです。
ファンダイビングの直近の安全管理者であるガイドには統一された、安全管理基準がないのです。
これは日本国内、海外でも同じような実情です。
では、ダイバー側に、自己責任に基づく明確な自主基準があるかといえばやはりありません。
というより、そもそも、自分でダイビングの計画を立て、自主的に潜るという感覚も希薄になってきているのが現状です。
ダイビングとは安全管理も含めて、「ガイドに潜らせてもらう」ものだと思っているダイバーも少なくありません。
つまり、率直に言えば、もし事故が起きたとき、双方が、相手の責任だと感じるうる状態とも言えます。
どうして、このような状況が生まれたのでしょうか?
それは、「Cカードを取得したら立派なダイバーで、自己責任の名のもとに潜る」というある種の理想が、「Cカードを取得したら立派なダイバーの“はず”で、自己責任の名のもとに潜ることになっている“はず”」に変わってきているからではないでしょうか。
この“はず”の部分がそのままグレーゾーンを生み出しているのだと考えます。
サービス提供側からすれば、「ダイバーは自己責任で潜るもので、ガイドはあくまでガイドとしての職域」であり、厳格な基準を作ってしまうと、逆に、自己責任の原則を放棄し、「ダイビングは潜らせてもらうもの」となる恐れもあるのでしょう。
しかし、サービスを受けるダイバーやサービスを売る旅行社にとって、「ダイバーは自己責任で潜るもので、ガイドはあくまでガイド」という理屈は、やや聞こえの良い“建前”に感じる部分があるのでしょう。
ダイバーからすれば、「え! いきなり自分で潜ってと言われても……」「自己責任で潜れというなら、それなりの教育をしてほしい」でしょうし、
旅行社からすれば、「実際、管理責任が問われる時代に、基準すらないのは困る……」ということなのでしょう。
僕もH.I.S.の安全ダイビングへの品質改善に関わりましたが、そもそも最初に言われたのは「なんで、安全基準がないんですか?」「どこに聞けばいんですか?」という率直な投げかけから始まっています。
他の分野では考えられないということでした。
■安全管理基準の具体と現状
・保険
もちろん、ガイドをインストラクター、ダイブマスターが行なうことは多々ありますが、ファンダイビングという、インストラクションとは異種の営業行為から生じる賠償責任を、インストラクションという限定された営業行為を統括するインストラクター認定団体の保険制度でカバーするのは限界があります。
また、ダイビングは(特に日本のダイバーには)開発途上国がその舞台となるために、事故などが起きたときに、必ずしも保障能力の面で十分でないケースが考えられます。
さらには国際的なインストラクター、ダイブマスターであっても、年資格の更新条件である、賠償保険の引き受け会社がなく、無保険状態である可能性もないわけではありません。
ガイドには認定資格そのものがないために、賠償保険などの補償の能力どころかその加入を条件付ける任意の制度すらないことになります。
・器材設備
器材設備の面でもスタンダードがありません。
施設の面ではダイバーの安全に重要な意味を持つ、空気の充填設備(空気の純度)のスタンダード、使用するダイビングシリンダーの安全レベル(耐圧検査など)。
これらをコントロールする法整備のない国が大半です。
また、ダイビングでは楽しみの面でも、安全管理の面でもボートが多様な役割を担いますが、ボートへの確実なエントリー/エクジットに重要なラダー、プラットフォームなどのスタンダードがありません。
現実にダイビングの負傷事故もここで起きています。
さらに、酸素、あるいはAED、連絡装置といった器材も標準化されていません。
(これらが整備されている国もあります)安全備品は備わっていても、それを運用するスタッフの教育も重要です。
このようにダイブセンター、ダイブオペレーターを横断するような、提供サービスの統一基準(これが安全の基盤になります)が、ほとんどないのが実情です。
作りにくい、作れないというのが、ダイビング業界のエクスキュースです。
これが旅行業の各社が集客して、ダイビングというアクティビティを委託するダイビングオペレーターの背景というか、実態です。
■安全管理基準の例
PADIはPADIリテーラー・アンド・リゾート・アソシエーション(PRRA、小売とリゾート協会)という、ショップとリゾートの人的、施設的な基準を設けています。
またダイビングトレーニングとしての設備基準、インストラクター規準として5スターファシリティーといった認定基準を設けていますが、すべてがこの規準を満たしているわけではありません。
日本では、沖縄県がダイビングサービスと共同で、非常に具体的なサービス提供の推奨ガイドライン“沖縄でおもいっきりダイビングを楽しんでもらうための安全対策マニュアル2011”を作製しています。
これは県内のダイブセンターへの勧奨的なものですが、安全管理に関して、地方自治体が作製した数少ない具体例です。
またダイバー自身の健康度が安全への大きなファクターになりますが、PADIなどのダイビングトレーニング団体は、所属のインストラクターの実施する講習の参加者の健康調査を条件付けています。
これに主として使用されているのが、いわゆるRSTC(Recreational Scuba Training Council=リクリエーション・スクーバ・トレーニング評議会=ダイビング団体の評議会)の健康調査票です。
アメリカ起源ですが現在ではヨーロッパ、日本、現実には世界的にこの健康調査票、従って健康基準として使用されています。
本来講習参加者のためのものでその健康的なハードルは厳しく、そのままツアー参加者に当てはめると、例えば、高血圧の人がダイビングリゾートに出かけるたびに医師の診断あるいは許可が必要になります。
これではツーリストの条件としてはハードルが高すぎます。
そのような実情を考えると、やはりこれらの雑多な安全基準のレベルラインを参考に独自のダイビングセンターの最低安全条件ミニマム・リクアイアメントを設定する必要があります。
同時にダイブセンターがその安全基準をどうクリアーしているかが、ダイブセンターの選択基準となります。
その安全基準の主要なファクターとして、H.I.S.は以下の項目についての分かりやすいチェックリストを作成しています。
1.スタッフ
2.設備、器材、ボート
3.環境の難易度
4.カスタマー
5.オペレーション
6.事故の対応能力
■H.I.S.独自の安全管理基準と意義
H.I.S.が作成した基準は、以上のような項目を細分化し、厳格な基準が設けられています。
例えば、ボートの保険はもちろん、ガスの純度検査など、各国の民力度や倫理レベルなどからすれば、全体としてかなり厳しく見えますが、ダイビングのサービス提供の安全と現在の訴訟社会の現状を考えれば、現実的なチェックポイントかもしれません。
※後編「『安全なダイビングツアーの新ブランド』こう考える」へ続く。
(写真/石丸智仁)