“控えめなダイビング”をすれば安全という常識は本当なのか?
「5分間余裕を持って潜った方がいい」の信憑性
DANのウェブマガジンAlert Diverの目玉記事に、エキスパートオピニオンズというページがあります。
リクリエーションダイバーに関係のある医学的な問題を専門家が意見を交換し、それを読者であるダイバーが情報を得るといった仕組みです。
天の声のような「ネバならぬ」的情報ではなく、こういう意見もあるし、また違う意見もあるという、ある意味では、後はダイバー自身が考えろという、ページであります。
見方を変えれば、ダイビングの生理学というのは、こうすりゃよい、ああしちゃ悪いという線引きのはっきりしない面があるってことです。
さて、今回のエキスパートオピニオンズのお話は、“控えめなダイビングをしなさい”というけれど、では、どうすれば控えめなダイビングなんだろうか?
その実験的な根拠はどうなのかを取り上げております。
英語で言うと、コンサバティブなダイビングであります。
以下はヤドカリ爺が読みながらまとめた感想であります。
ダイビングのビギナーテキストにも、上級者用のテキストにも、ぎりぎりなダイビングをしない、控えめなダイビングをしろということが、そこここに書かれております。
はたまた今月号の某ダイビング雑誌などでも、必ず5分間は余裕を持ったダイビングをしましょうなどと力説しておられます。
無減圧ぎりぎりのダイビングをしない、5分とか10分は余裕を取ること、なんて書いてあります。
これ自体に反対するつもりはございませんが、5~10分無減圧リミットを削ったところで効果はあるのでしょうか。
例えば30m無減圧リミット25分から5分削っても、理屈の上では、窒素はすでに飽和限界の97%、10分削っても95%まで溶け込んでおります。
つまり少々時間をカットオフしても、後の祭りであります。
とまあ、ヤドカリ爺はかねてよりそう勝手に思い込んでいたのでありますが、いまや“控えめなダイビングをしろ”は黄金ルールであります。
しかしながらどの程度カットオフすると、減圧症のリスクがどの程度になるのか?など、書いてあるテキストはまずございません。
「寒い日は風邪を引くので、もう一枚厚着をしましょう」みたいなもので、まさに正論ではありますが、説得力に欠けるのといわざるを得ません。
といったヤドカリ爺の個人的な疑問の答えをDANの研究部門の副代表、ピーター・デノーブル先生が書いておられます。それによると……
以下はデノーブル先生のお話のヤドカリ爺の、受け売り話であります。
わずかながら、控えめなダイビングの効果を裏付ける統計資料のお話であります。
潜水時間を削ると減圧症のリスクは減ると言うけれど…
1998年、アメリカ海軍の研究機関が、浅い無減圧ダイブ(約6~15m)163,400ケースと1990~94年の間の48件の減圧症のケースを分析した結果、全体の発症率は10,000ダイブにつき2.9件(0.029%)でした。
そして、潜水時間を無減圧リミットの25%にすると、10,000ダイブのうち減圧症はたった1ケース(発症率0.01%)、許容時間の75%以上使うと減圧症は10,000ダイブにつき4ケース(0.04%)まで増えたということです。
具体的には、例えばアメリカ海軍の無減圧リミットは、15mでは100分、それを25分で打ち切ればリスクはリ10,000ダイブに1ケース、75分以上使うとリスクはその4倍になるということであります。
一言で言えば潜水時間をカットすればリスクは減る、カットしなければ減圧症のリスクは大きく高まるという分析であります。
だが待てよ、であります。
あくまでこの分析は浅くて長いダイビングだから時間短縮できるのです。
私らリクリエーションダイバーは深くて短時間のダイビングを繰り返します。
30m25分のダイビングの25%、6分でダイビングを打ち切るなど至難の業であります。
ほとんどカットできないダイビングをしているということであります。
よほどの時間短縮してやっとリスクは下がるが、少々の無減圧時間をカットしてもたいした控えめなダイビングになりそうもないとも読める、分析なのですな。
控えめなダイビングといえば、時間を短縮する、浮上スピードを遅らせる、安全停止をする、呼吸ガスの酸素分圧を高める、水分を摂る、などいろいろ考えられますが、つまり窒素の吸収を減らし、ゆっくりと排出させる、といったことを全部ひっくるめて、控えめな、つまりコンサバティブなダイビングになるわけです。
しかし、ではそれぞれにどの程度の効果があるのかと考えると、ほとんどないといってもよいほど、実証的な実験なぞ行われていないようであります。
しかしながら、これらをひっくるめて、「控えめなダイビングをすると、リスクが減るのかどうか」という研究が、わずかにあるようです。
控えめな要素を総動員して1/4にまで減った減圧症
C.キングスマンとその仲間の学者さんが、2012年に「控えめなダイビング手順を指示された後の、心中隔シャントのあるダイバーとないダイバーの減圧症リスクの減り方」という研究を学会誌に発表されております。
※心中隔シャント:心臓の右と左の隔壁に穴が開いていて、心臓に戻ってきた血液の一部が、肺を経由しないで、マイクロバブルをろ過されず動脈系に入ってしまう。減圧症リスクの1つとされております。
控えめなダイビングを守っているダイバーと普通にダイブしているダイバーをたくさん集めて、ずばり単純に比べられればよいのですが、統計的にそれをやるには、とてつもなく多くの追跡調査が必要です。
そんなことは不可能なので、心中隔シャントや過去の減圧症の病歴のある、もともと減圧症のリスクの高いダイバーに代表してもらって、その過去のダイビングの実績と、それらのダイバーが、ある時点から控えめなダイビング手順を守ってダイブした実績を比べてみたとのこと。
つまり、控えめなダイビングの効果を比べたということです。
これらのハイリスクのダイバー27人が17,851ダイブをして34件の減圧症がありました。
10.000ダイブに19件の減圧症のリスクです。
リクリエーションダイビングでは10.000ダイブにつき2~4件といわれていますから、はるかに高確率であります。
ところがこれらのダイバーはある日から、控えめなダイビングをするように指示され、以後控えめなダイビング手順を守って、約5.3年間で9,236回のダイブをします。
これを研究者がフォローした結果、減圧症は4件まで減り、10,000ダイブにつき4.3件で、ダイビング人口の平均的なリスクとほぼ同じになっていました。
リスクは1/4にまでなっていたのです。
残念なことに、このデノーブル先生の記事からは、控えめなダイビングの内容はわかりません。
非常に大まかな比較研究です。
控えめなダイビングをすると、どの安全要因がどう影響したのかはわからないのですが、減圧症のリスクを減らすことができるという考え方が、一応実証されているようです。
言い方は悪いのですが、テキストに書かれている、控えめなダイビングの効果の正体は、このぐらいのものなのですね。
ということは、われらダイバーが、さらに減圧症のリスクを減らすには、時間だけをカットするのではなく、ありとあらゆる安全策を総動員して、やっと効果があるということであります。
これは控えめどころではなく、窮屈なダイビングをすることが、要求されているということでもあります。
なんとなく減圧症だの減圧理論などというと、私らレジャーダイバーは、科学の先端的な研究で、日進月歩のテクノロジーと思い込みますが、さにあらず。
いくら研究機関のチャンバー実験をしても、その効果を確認するのは、現場のダイバーがどれだけ病気になるかという、生体実験を自らに課していることになるわけであります。
ヤドカリ爺としては、だから控えめなダイビングなど意味がないなぞというわけではありません。
私たちが常識と思っていることも、それを実証するのは、とても難しいということであります。
詳しいことはDANオンラインマガジン、Alert Diverをお読みいただきたい。
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