フォトグラファー越智隆治・“この瞬間”の裏側(第6回)

南オーストラリアで、ホホジロザメ撮影。陽気なドイツ移民オージーの言い分

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南オーストラリアのホオジロザメ(撮影:越智隆治)

南オーストラリアにホホジロザメを撮影に行ったときの話。

サメを見るためのダイビングクルーズ船は、南オーストラリア州のポートリンカーンという小さな港町から出港する。

しかし、普通のダイビングボートと違うのは、小さな船上にサメ用の巨大なケージがところ狭しと積まれていることだ。
そして、おびき寄せるための冷凍したマグロ肉の塊と血肉をミキサーでスープ状にした液体が大量に用意されている。

船上では常にクルーたちが、バケツに入った血肉スープをバックデッキから海に少しづつ流し続ける。
はっきり言って超生臭い。

目的のポイントに到着すると、船を停泊させ、巨大なケージをバックデッキから海に沈める。
沈めるといっても、トップにはケージの出入り口が着いているので、海面に出ている位置で固定する。

そこからダイバーはケージの中に入っていくのだ。

ちなみに、そのポイントの名前は“デンジャラスリーフ(危ない岩礁地帯)”

「……そのまんまじゃん」。

マグロの肉塊にロープをつけて巨大な浮きをつけて、船から流す。
その間も血肉スープはクルーによって流し続けられる。

ホホジロザメがなかなか姿を見せないので、皆ケージに入って待つことにした。
他のゲストたちは、3人が一度に入れてバックデッキにしっかり固定されている大きなケージに慎重に入っていく。

しかし、取材に来た僕に用意されたケージは、独り用の円柱形の小さな小さなケージ。
しかも、1本のロープのみで、船から放して水面に上部だけ浮かして放置される。

浮力を取るためのフロートは、なぜかそのケージの外に結わえ付けられている。

ケージの中に空気ボンベは無く、フーカーといって、船から空気を送るホースが、水面から50センチくらいのところを通過して、ケージの中まで送り込まれている。

「…これって、大丈夫なの?」。

不安になって僕が尋ねると、昔、東ドイツからベルリンの壁を越えて、命をかけて西に亡命し、オーストラリアに移住してきたという小太りのボートキャプテンは、陽気な顔で「あ~、全然問題ない、問題ない」と答える。

慎重な僕は、「このフロート食いちぎられて沈んだりしない?」と聞き返す。

「も~んだ~いな~い!」と彼は僕の質問が愚問であるかのように否定した。

しかしだ。
その準備をしている間に、船内にあったダイビング雑誌をパラパラめくっていたら、彼が、サメに食いちぎられたフロートを抱えて嬉しそうに笑っている写真を発見してしまった。

(…同じ……フロートじゃん…)

僕は半笑いしながら、その写真を彼に見せながら、「これ、あのフロートだよね?」

「…まあ、そうだね。で…?」
「で…、じゃなくて、食いちぎられたんだよね?」
「…まあ、そういうこともあるね。で?」
「い、いえ…」

両腕にホホジロザメに噛まれた歯型を持ち、長年ホホジロケージダイブを行っている彼には、はっきり言ってすべてが愚問だったようだった。
僕は、質問を諦め、カンネンしてそのケージに入ることにした。

思いのほか小さい。
しかも、撮影用に顔の部分が360度大きく開いているのだ。

命綱のロープ1本でつながっているケージがなんとも情けなく感じ、自分の棺おけのようにも感じていた。

しばらく何も姿が見えないまま時間が過ぎた。
(このまま何も現れないで)そういう気の弱い僕の思いを裏切るように、一気に2匹のホホジロザメが姿を現してしまった。

初めて水中で見たホホジロザメの姿は、他のサメのような流線型の美しさというよりは、どちらかというと体こうの高い、ドラム冠のようながっちりした感じだった。

(まじ、きちゃったよ~)

しかし、不思議なもので目の前に姿を見せると、姿が見えていないときに感じていた恐怖心は消えていた。
大きく開いた部分からカメラを突き出し、サメに向かってシャッターを切る。

その感覚はまるでスナイパーが一撃でターゲットを撃ち殺すかのごとくだ。
というか正直本当に死んで欲しかった。

本当はエサで誘導して、3人用のケージにサメを近づけて、ケージの中のダイバーとサメを撮影させてもらう段取りだった。
しかし、キャプテンがエサのロープを誘導していたのだが、何を間違ったのか、そのエサが僕の小さなケージに引っかかってしまったのだ。

(てめ~、何すんだよ~!!)

巨大なサメがどんどんとこちらに接近してきて、ケージに絡まったエサにかぶりついた。
身体を激しくよじりながら、引きちぎろうとしている。

大口を開けた瞬間、目を保護するという白い瞬膜のせいで、白目になったサメの形相は、不気味さを増す。
その勢いで、小さなケージは左右に激しく振動した。
その状況の中、僕は足を踏ん張って撮影を続けた。

南オーストラリアのホオジロザメ(撮影:越智隆治)

すると、ふんばって撮影するケージの底が急にスライドして、僕の左足がそのスライドした穴から、外に出てしまったのだ。
まるで「美味しいですよ。食べてください」といわんばかりだった。

(何だよこれ~!聞いてないよ~!)

僕は揺れるケージの中で慌ててしゃがみこみ、そのスライドを締めた。

その後もサメはしばらくは、激しくケージを揺すりながら、エサについていたロープを食いちぎり(このロープ、ケージを固定していたものと同じだったんだけど)、エサを奪って泳ぎ去っていった。

興奮も冷めやらぬままに、船に戻った僕は、キャプテンに「あのスライドは何なの?」と聞いた。

「あ~、あれは万が一フロートを食いちぎられて、ケージが沈んだ場合に、使うんだよ」
「え、でも脱出できるような大きさじゃないよ」
「いや、ホホジロザメがいる海に脱出なんて自殺行為だ。あれは、あそこを開けて、足を出して、ケージを持って歩くんだよ」。
「…、あ、歩くって海中を?ペンギンみたいに?」
「そう」
「どこに向かって?エアもフーカーのホースが切れちゃってないのに?あんな重いケージもって?」
「う~ん、まあ、そう」
「…」

(お前が自殺行為とか言うな)

そう思った。

翌年、またその船に乗る機会があり、またあの小さなケージに入らなければいけないのかと思うと、憂鬱になっていた。
しかし、ケージには今度は空気ボンベが装着してあったのだ。

「あれ、これ去年無かったよね?」とキャプテンに聞くと「確かにお前の言うとおりだ。エアが無いと困るよな。だから、もしフロートがかじられて沈んだら、ボンベのエアを吸って、下のスライドを開けて、ケージを持って歩けばいいんだ」。

(…根本的に間違ってると思う)

そう思ったけど口には出さず、僕はその年も我慢してそのケージに入って撮影を行った。

翌年、僕の知り合いのカメラマンが訪れて、「小さなケージに入れて欲しい」と頼んだら、断られたと聞いた。
彼がキャプテンに「なんで?」と尋ねると、「あれは危ないから」という答えが返ってきたという。

「……」

僕にも一言、そういって欲しかったのは言うまでもない。

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PROFILE
慶応大学文学部人間関係学科卒業。
産経新聞写真報道局(同紙潜水取材班に所属)を経てフリーのフォトグラファー&ライターに。
以降、南の島や暖かい海などを中心に、自然環境をテーマに取材を続けている。
与那国島の海底遺跡、バハマ・ビミニ島の海に沈むアトランティス・ロード、核実験でビキニ環礁に沈められた戦艦長門、南オーストラリア でのホオジロザメ取材などの水中取材経験もある。
ダイビング経験本数5500本以上。
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