西表島“オガン”で撮影した伝説のカスミアジと吹っ飛んだペットボトル
伝説のカスミアジ撮影に挑む!
この、カスミアジの大群は、西表島のオガン取材を行ったときの写真。
初夏、オガンの3の根では、おそらく産卵のためだと考えられるが、新月周りにカスミアジの群れの規模が拡大する。
その大群を見るのは、イソマグロの群れを見るよりも難しいらしく、この取材のときも、「せいぜい数百くらいまでのカスミアジの群れは撮影できるけど、1000匹を越えるような大群にはなかなか遭遇できないです。昔はもっと見られていたそうですが……」という話で、ちょっとしたオガン伝説みたいになっていた。
「じゃあ、その伝説を写真におさめよう!」
この時の取材では、天候も運も良くて、オガンに十数回も潜ることができたので、「攻めてみようか」という事をガイドと打ち合わせして潜ることになった。
取材において、自分は、「記事を見てくれるゲストだけでなく、現地ガイドでさえも、「これはすげえ!」と思ってもらえるような印象に残る写真を、1カットでいいから撮りたい」というのを毎回のテーマにしている。
だからこのときは、イソマグロの大群は、かなりの確率でゲストダイバーでも撮影できるのだから、狙うなら「伝説」の方が良いに決まっている。
海のコンディションも良いわけだし、冒険に出てもいいと、その時の取材では思っていた。
しかし、そんな事言われても・・・きっと、ガイドも相当プレッシャーだったに違いない。
この写真を撮影したダイビングのときには、かなり流れも入ってきていた。
ゲストダイバーも一緒にエントリーするから、このときカスミアジを狙えるポイントから入るのは難しかったのか、イソマグロが着底して見られるポイントから、皆でエントリーした。
他のダイバーたちがイソマグロを堪能しているのを横目で見ながら、僕はガイドの指示に従い、カスミアジの群れがいる可能性の高い、潮上に向かって移動を始めた。
中層を泳ぐには、きつい流れなので、海底を、岩をつかみながらの移動。
ようやく、目的のポイントに到着したが、お目当てのカスミアジは、一匹もいなかった。
ガイドは申し訳なさそうに目線を向けてきたが、まあ、こっちが無理なリクエストしているわけだしと、オッケーサインを出して、流れに身を任せてまた皆のいる根に戻ることに。
ペットボトルの効果で
カスミアジの壁を激写!?
皆と合流して、しばらく中層のイソマグロを撮影。
しかし、その直後、戻ってきた方向から、十数匹のカスミアジの群れが姿を見せた。(数少ないけど、まあ、しょうがないな)と撮影した。
が、その直後、ガイドが「もう一回行きましょう」と合図を出してきた。
残圧をチェックして、この流れに逆らって、同じ場所に行って、皆のところに戻ってくることは不可能だなと確信していた。
あの場所に行ったら、そこで浮上。
一人なら、きっと戻らなかったと思う。
しかし、ガイドの賭けに乗る事にした。
また、流れに逆らって、海底を這うように泳いだ。
すると、前方に巨大な壁が見えてきた。(あれ?こんなところに根があったっけ?)そう思ってガイドを見ると、激しく指をさし、こちらに(カスミアジです!)と合図を出した。
そう、まさに、壁だった。
優に1000匹はオーバーしているだろうその群れは、まだ僕らの気配にあまり気がついていないのか、ゆっくりと移動していた。
こちらも息を殺し、気配を消して、アプローチを試みる。
撮影できる距離まで、逃げるなよ。もう少し、もう少し。
そう念じながら、徐々に間合いを詰めるが、やはりさすがに気がつかれた。
抑えの撮影はできても、「これだ!」という一枚を撮影するには、まだ距離があった。
そこで、ガイドが取り出したのが、ペットボトル。
このペットボトルに適度に水を入れて、ボンボンと叩く音で、カスミアジやロウニンアジ、ギンガメアジなどが、逃げずに向かって来る習性がある。
このときも、ガイドが咄嗟に、タイミング良くそのペットボトルを鳴らすのを横目で見ながら、(ナイスタイミング!)と心の中で叫んでいた。
自分たちから距離を取ろうとしていたカスミアジの壁が、一斉に翻り、こちらに突進して来た。
(まだ、鳴らし続けてよ〜)と思いながら、撮影を開始。
しかし、ボンボンボン!ボンボン、ボッ!と数回叩いた後、ペットボトルの音が聞こえなくなった。
(なんでここで止めるんだよ〜)と思いながら、横目でガイドを見ると、両手を力なく広げて、呆然とし、海面を見上げていた。
どう見ても、手にはペットボトルらしきものは持っていなかった。
(マジか!)その様子を見て、異変に気づき、ここで撮影しなければ、カスミアジに逃げられると思い、咄嗟にベストポジションを決めて、シャッターを切り続けた。
それがこの時の写真。
音がしなくなった事で、カスミアジの群れは、またすぐに反転して、僕らから遠ざかって行った。
すごい壁に巻かれたとはいえ、本当にほんの一瞬の出来事だった。
しばらく追走したが、こちらに呼び戻す術はもう無くて、エアが切れ、二人で海面に浮上した。
もちろん、無理をしながらも、賭けに勝った喜びを噛み締めながらまずは握手したのだけど、その直後、「どうしたの?」と海面で訪ねると、「すみません、手が滑って、ペットボトルが急浮上していきました」と答えるガイド。
まあ、あの瞬間に分かってはいたけどね。
でも、彼がもう一度戻るという判断をしなければ、カスミアジの群れに遭遇することはなかったわけだ。
決定的なシーンは、ほんの一瞬でしかない。
それを撮影する醍醐味を味わうには、被写体となる生き物だけでなく、周囲で発生する、多くの状況を瞬時に判断する事も必要だということだ。
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