フォトグラファー越智隆治・“この瞬間”の裏側(第4回)

クジラのバブルカーテン、シャッターチャンス!……じゃないのかよ!

トンガのクジラ(撮影:越智隆治)

海洋生物の撮影を好んでする人は、写真を撮影するのが好きである前に、その生物が好き!大好き!ってくらいに、生き物にのめり込んでいる人が結構いる。

「好き!」という愛情表現は千差万別なのだけど、まあ、女性の場合はだいたいが「かわいいから」という一言で表現される場合が多い。

男性の場合は、表現するというより、ちょっとオタク系というか、もっというと変態に近いっていうか……。

今回の話は、もしクジラが人間の女性だったら…と少し想像しながら読んでください。

大物海洋生物をターゲットにしたスペシャルトリップを行っていると、時に、「あ〜、この人、本当に好きなんだな〜」と思える人がいる。

トンガのババウ諸島でのザトウクジラを撮影し始めたのが、2004年。
もう10年以上も毎年撮影に訪れているわけだ。
その年、自分はリサーチも兼ねて、何名かの知人と小型のボートに乗船して、毎日のようにクジラを撮影しに出かけていた。

この年は、本当にクジラが多くて、日々撮影を続けていく間に、「ここには、クジラがクマノミのように当たり前にいる」と大げさで無く感じ始めるくらいになっていた。

島滞在が長いので、読書用に本を何冊か持っていっていた中に、タイトルは忘れたけど、スピリチャル系の本があって、なんとな〜く読んでいた。

その内容ってのは、「こうなったらいいな〜、こうならないかな〜」という考え方では、「こうならないかもしれない」という思いも浮かんでしまうので、実現しにくい。
だから、「こうなるんだよ、こうなるのが当然」と思っていることが、何かを実現するにはとても大切だとかなんとか書いてあった。

確かに、離れているゴミ箱に「入れ!」と願いながらゴミを投げても入らないことが多い。
その場合って、(入らないかも、難しいかも)という不安な気持ちが潜在意識の中にある場合が多いような気がする。

それよりも、「入る、簡単!」って思っているときの方が確実に入っている場合が多い。
こういうマインドコントロールを身につけることって、運が左右する大物海洋生物との遭遇にも、案外大きく影響していると、個人的には思っている。

「会えなくてもしょうがない、でも会えるといいな〜」ではなくて、「会えるのが、歯を磨いたり、顔洗ったりするくらい当然の事」と思うようにしている。まあ、そうは言っても、周囲に気づかれないように、表面上はクールにしているんだけど。

と、話が逸れたけど、そのとき、一緒にボートをチャーターした眼科医で、プロ並(いやそれ以上かも)の水中撮影スキルを持つKさんと、二人してその本を読んだあと、二人とも、妙に自信満々になっていて、「次は、あそこの島の前でクジラがブリーチングする!(したらいいなじゃなくて)する!」と声に出して言ったら、その直後になんの前触れも無く、クジラが、指したその場所でブリーチングをしたのだ。

はっきり言って、二人して、「おおおお〜!まじか〜!」と声を震わせて叫んでしまった。
で、その後も調子に乗って、「次はペアのクジラに遭遇する」と言ったら、本当にペアのクジラに遭遇し、海中で撮影を行った。

「じゃあ、次は、親子が来るね」、「うん、親子だね。その島のコーナー曲がったら親子だね」と話していたら、マジで島のコーナーを曲がったら、親子に遭遇。
しかもめちゃくちゃフレンドリーな親子だった。

ずっと撮影を続けていたのだけど、さらに欲が出て、「次はイルカか魚の群れと絡むね(欲しいな、じゃなくて)」、「そうだね、絡むね」と笑いながら話していたら、ゆっくり移動し始めた親子が、隠れ根に接近した途端に、ウメイロモドキやグルクンの大群が、この親子を包み込むように、取り囲んだ。

さすがに、これには、すげ〜!すげ〜!と大喜びした僕とKさん。

最後には、「今度は、ヒートラン(一頭のメスを数頭のオスが奪い合う繁殖行動)だね、で、バブルカーテンとか出しちゃうね」、「出しちゃうね〜(笑)」と有頂天になって、話していたら、本当にヒートランに遭遇。

早速、海に飛び込んで、ヒートランを撮影していたら、メスのすぐ後ろにいたオスが、バブルカーテンを出し始めた。

トンガのクジラ(撮影:越智隆治)

バブルカーテンとは、メスに対して最優先権のあるオスがよくやるのだけど、「この女は俺のだ、手を出すな!」と他のオスに対して、威嚇したり、主張したりする行為と考えられている。

で、僕らはその当時は、まだ近くでバブルカーテンを見たことが無かったから、興奮して猛ダッシュでカメラを構えて激写を続けていた。

そのときKさんも、僕より好ポジションにいて、バブルカーテンに向かって激しく泳いでいた。

負けてはならぬと、僕もダッシュで接近したのだけど、いかんせんポジショニングが悪く、出遅れて、「あ、ちくしょ〜!いい位置取られた〜!」と半ば諦めモードで、良い写真はKさんに取られちゃうな〜と、必死に泳ぐKさんの激しく上下するフィンを眺めていたのだけど、一向にカメラを構える様子がない。

(どうしたんだろ〜)と思って見ていると、バブルカーテンの目の前まで来ると、突如、両手を広げて、下から立ち上がるバブルの中に突っ込み、そのバブルを全身に浴び始めたのだ。

(え〜〜〜!)と意表を突かれた僕も、何も撮影できずそのシーンを呆然と眺めていた。
Kさん本人は、きっとバブルを全身に浴びながら、ちょっとイっちゃったみたいな恍惚とした表情を浮かべていたに違いない。

ボートに戻ってから「Kさん、何してるんすか、写真も撮らないで」というと、「いや〜、クジラのバブルにまみれてみたいとずっと思ってたんですよね。でも、今日は、『まみれたい』じゃなくて、『まみれる』ってずっと思ってたら、まみれられました〜。いや〜良かったな〜」と満面の笑みで、と〜っても幸せそうにしていた。

「バブルカーテンを撮影する」と密かに思っていた、プロカメラマンの僕の思いは、動物オタク否、ほぼ変態に近い彼の「クジラのバブルにまみれる」という強い思いに、遠く及ばなかったのでした(涙)。

ということで、この写真は、その当時の写真ではなくて、数年後に撮影したバブルカーテンを出すクジラのオスの写真です。

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PROFILE
慶応大学文学部人間関係学科卒業。
産経新聞写真報道局(同紙潜水取材班に所属)を経てフリーのフォトグラファー&ライターに。
以降、南の島や暖かい海などを中心に、自然環境をテーマに取材を続けている。
与那国島の海底遺跡、バハマ・ビミニ島の海に沈むアトランティス・ロード、核実験でビキニ環礁に沈められた戦艦長門、南オーストラリア でのホオジロザメ取材などの水中取材経験もある。
ダイビング経験本数5500本以上。
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