ダイブコンピュータは諸刃の剣!? 過信してはいけない無減圧潜水時間

この記事は約9分で読めます。

前回はダイブコンピュータの減圧計算の基本となるハーフタイムとM値の話を書きました。

今回は皆さんがダイビング中に絶対化してしまっている無減圧潜水時間(減圧不要限界時間、ノーデコタイム、ノーストップタイム)の危険性について書きます。

細かい理論は別にして、無減圧潜水時間を信用し過ぎることによって、危ない状態が生まれるケースがあることを知っていただければと思います。

今村さん連載用(提供:今村昭彦)

ダイブコンピュータによって異なる無減圧潜水時間

さて、前回も触れましたが、市場のダイブコンピュータのアルゴリズムには、ビュールマン博士、ハミルトン博士、ボーラー博士、USネイビー、カナダのDCIEMや、マイクロバブルの影響を考慮したウィンケ博士のRGBMなど、メーカー別(機種別)に複数のアルゴリズムが取り入れられています。

また、一見同じアルゴリズムと思っているものでも、設定が違っている場合がありますし、
メーカーが吸排出係数などをアレンジする場合もあります。

では、採用されているアルゴリズムが機種別に違うのであれば、「そもそもダイブコンピュータ自体が信用のおけないものなのでは?」と思われる方もいらっしゃることでしょう。

しかし、実は各アルゴリズムの設定自体には、基本的に大きいと言うほどの差はないのです。

実際に各メーカーのダイブコンピュータをチャンバーに入れて同時に圧力をかけてテストをすると、水深25mを超えるような深さでは、多少の差はあれ、深くなればなるほど、似たような無減圧潜水時間を表示します。

逆に、ハーフタイムの設定とM値のわずかな設定の違いが、窒素の吸排出の遅い組織ほど、つまり、水深が浅くなればなるほど、また、繰り返し潜水をすればするほど、無減圧潜水時間に大きな差を生みだしてしまうのです。

この記事を読まれている方は、今お使いのダイブコンピュータと他の方が使われているダイブコンピュータのダイブプランモードで、水深18m以下が示す無減圧潜水時間をぜひ比較してみてください。

メーカーによって、また同じメーカーでも機種やコンパートメント数の違いによって、表示される無減圧潜水時間がかなり違うことに、衝撃を覚えられるかもしれません。

※私見ですが、初回の潜水時にダイブプランモードで水深15mが示す無減圧潜水時間が、70分を大きく超えるようなダイブコンピュータは危険であると考えます。また、同じメーカーで機種によって極端に表示される無減圧潜水時間が異なる場合は、そのメーカーの安全に対するポリシーを疑うべきだと考えます。

なぜ、この差が生まれるのかというと、これは減圧管理要件を無減圧潜水時間という時間軸だけで表しているダイブコンピュータのまさに宿命と呼べるメカニズムだからだと言えます。

前述しましたが、ダイブコンピュータは人間の身体と同じように、窒素の吸排出の速いコンパートメント~遅いコンパートメントに分けて減圧計算を行っています。

水深の深いところでは窒素の吸排出の速いコンパートメントが無減圧潜水時間を決定し、水深が浅くなればなるほど、より遅いコンパートメントが無減圧潜水時間を決定するようになります。

また、繰り返し潜水をすればするほど、吸排出の遅い組織に体内窒素が蓄積されることによって遅いコンパートメントが無減圧潜水時間に関与しがちになります。

この自転車のギアのようにシフトしていくコンパートメントの性質の違いが、ダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間に大きな危険性をもたらしていることを、インストラクターを含むすべてのダイバーが知っておかなければなりません。

浅い水深ほどファジーになる無減圧潜水時間

さて、話を戻して、なぜ時間軸だけでとらえると誤差が大きくなるのかを簡単にご説明しましょう。

例えばハーフタイムそのものだけで考えてみても、ハーフタイム5分の10%は30秒であるのに対して、ハーフタイム60分の10%は6分にもなります。

つまりメーカーの違いによって仮に10%の設定の違いがあるとしたら、ハーフタイムが長い(窒素の吸排出の遅い)コンパートメントほど、時間軸に置き換えた際に大きな差となってしまいます。

今村さん連載用(提供:今村昭彦)

例えば弊社の旧製品ダイブコンピュータIQ-850の場合は、初回の潜水で水深30mまで潜った際にはハーフタイム10分のコンパートメントが無減圧潜水時間を決定します。

ところが水深15mまで潜った際にはハーフタイム45分のコンパートメントが無減圧潜水時間を決定します。

つまり水深が浅くなればなる(反復潜水を繰り返す)ほど、ハーフタイムが長いコンパートメントが無減圧潜水時間を決定するようになり、メーカー別(機種別)に表示される無減圧潜水時間に差が出てきてしまうのです。

以下(図1)、(図2)はそのことを分かりやすく図式化したものです。

今村さん連載用(提供:今村昭彦)

(図1)

(図1)は窒素の吸排出の速い組織(コンパートメント)の窒素飽和曲線です。
縦軸が体内窒素量(圧)で横軸が時間です。

ご覧のようにハーフタイムが同じ組織を考えると、設定M値の差がわずかだと、時間軸に置き換えた場合の無減圧潜水時間の差はわずかです。

よって、水深が深い場所ではメーカーの違いや機種による差はそれ程大きくなりません。

今村さん連載用(提供:今村昭彦)

(図2)

(図2)は窒素の吸排出の遅い組織(コンパートメント)の窒素飽和曲線です。

ご覧のように設定M値の差がわずかでも、時間軸に置き換えた場合の無減圧潜水時間の差は大きいことが分かります。

よって、水深が浅くなればなるほど、メーカーの違いや機種によって表示される無減圧潜水時間は差が大きくなります。

※グラフは説明のために多少デフォルメしてあります。

コンパートメント=水深ごとに担当が異なる審判

各コンパートメントは、いわば無減圧潜水時間を決定する審判のような存在です。

ダイバーの皆さんが絶対に知っておかなくてはいけないのは、各審判は水深ごとに担当が変わり、それぞれの審判は担当が終わると「我関せず」の立場を取るということです。

つまり、無減圧潜水時間は各審判の合議制で決定されているのではなく、あくまでも1 人の審判が自分の担当するコンパートメントのことだけを考えて“独断”で決定するのです。

ですから、前後の状況や他のコンパートメントの状況は一切考慮されません。

例えば、無減圧潜水時間ギリギリのダイビングをした時でも、少し浅い水深に浮上すると担当する審判が替わってしまい、何事もなかったかのように無減圧潜水時間が長く表示されるのはそのためです。

「その水深に滞在し続けていると、担当しているコンパートメントが最初にM 値を超
えて減圧潜水に切り替わる」という1 人の審判の判断をもとに、常に無減圧潜水時間は表示されています。

その時点で最もM 値に近いコンパートメントが無減圧潜水時間を決定しているわけではないのです。

絶対的ではないM値、
されど、絶対視しているダイバー

さて、これまで述べてきたように、ダイブコンピュータは、メーカー別によるM値やハーフタイム設定のわずかな違いやコンパートメント数の違いなどによって、浅くて長い潜水の場合や、反復潜水を重ねたりした場合に、表示される無減圧潜水時間に大きなズレが生じてきてしまうことをご理解いただけたかと思います。

それを踏まえて、もう一つ考慮に入れなければいけないのは、M値(=減圧停止不要限界体内窒素圧)は絶対的なラインではないということです。

M値が“すべてのダイバーにとって、減圧停止しないと体内に窒素が気泡化して残るか、残らないかの絶対的な分岐点”であれば、すなわち無減圧潜水時間は絶対的なものとなります。

しかし、M値はあくまでも臨床的、統計的に危険なラインであって、人によっては、また同じ人でもその時の体調などの要因によってはもっと手前が危険なラインとなることが十分にあり得るのです。

これは例えば富士山に登った時に、7合目や8合目で高山病にかかる人もいれば、山頂までまったく平気な人がいることと同様のことだと言えます。

ですから、そもそも絶対的なものではないM値(減圧停止不要限界点)に対して、十分なマージンを取って余裕のあるダイビングを行うことは、減圧症予防の観点からはとても大切なことだと言えます。

さまざまな体調や体質の客(ダイバー)が混在している状況に対応しなければならないインストラクターやガイドダイバーは、なおさら必要十分な安全マージンを取ることが求められます。

しかしながら、十分なマージンを取れていないのが現実で、それはある講習テキストに「無減圧潜水時間は少なくとも5分以上とる」という表現が載っていることからも分かる通り、潜水指導団体ですら水深によって変化するダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の危険性を充分に認識していないことが原因だと考えられます。

“無減圧潜水時間が残り5分”というのは、例えば弊社旧製品ダイブコンピュータIQ-850の場合では、水深35mのところでは窒素の吸排出スピードの速いハーフタイム5分のコンパートメントが決定しているので、M値に対して体内窒素圧は25%以上のマージンがあります。

これに対して水深15mのところではスピードの遅いハーフタイム45分の組織が決定するので、M値に対してわずか5%程度のマージンしかないのです。

M値が崖だと考えると、分かりやすくなります。

崖に向かって行く場合、車で向かっている時は残り3分でも距離がありますが、歩いて向かって行くと距離は残りわずかです。

崖から落ちるまでの時間を無減圧潜水時間だとすると、同じ無減圧潜水時間の場合、窒素の吸排出スピードの遅いコンパートメントほど崖縁に近づいていると言えます。

これは、前述しましたが、減圧管理要件を「無減圧潜水時間」という時間軸だけで考えていることに起因しています。

コンパートメントごとのM値は、それぞれ減圧停止不要限界圧力値を表しています。

ですから、本来は時間軸だけでなく、圧力に対しては圧力、すなわちM値に対しては体内窒素圧(量)でもマージンを考えないと、より安全に体内窒素量をコントロールすることができないのです。

時間軸だけで考えると、メーカー別によるM値やハーフタイム設定のわずかな違いや
コンパートメント数の違いなどによって、浅くて長い潜水の場合や、反復潜水を重ねたりした場合に、表示される無減圧潜水時間にどうしても大きなズレが生じてきてしまうのです。

ですから、水深15m~19mあたりで「無減圧潜水時間絶対主義」でギリギリまで潜ると、いろいろな要素が絡み合ってほぼ減圧潜水に等しい潜水を行うことになり、浮上時点で高い窒素圧のまま浮上することになってしまいます。

これが減圧症発症の大きな要因となってしまうことを、すべてのダイバーの方に知っていただきたいと思います。

さて、今回はここまでです。

とても大切な事なので、ぜひ頭に入れてくださいね。

\メルマガ会員募集中/

週に2回、今読んで欲しいオーシャナの記事をピックアップしてお届けします♪
メールアドレスを入力して簡単登録はこちらから↓↓

writer
PROFILE
某電気系メーカーから、TUSAブランドでお馴染みの株式会社タバタに転職してからダイビングを始めた。友人や知人が相次いで減圧症に罹患して苦しむ様子を目の当たりにして、ダイブコンピュータと減圧症の相関関係を独自の方法で調査・研究し始める。TUSAホームページ上に著述した「減圧症の予防法を知ろう!」が評価され、日本高気圧環境・潜水医学会の「小田原セミナー」や日本水中科学協会の「マンスリーセミナー」など、講演を多数行う。12本のバーグラフで体内窒素量を表示するIQ-850ダイブコンピュータの基本機能や、ソーラー充電式ダイブコンピュータIQ1203. 1204のM値警告機能を考案する等、独自の安全機能を搭載した。現在は株式会社タバタを退職して講演活動などを行っている。夢はフルドットを活かしたより安全なダイブコンピュータを開発すること。
  • facebook
FOLLOW