“ダイコンおじさん” 今村昭彦氏が伝授 減圧理論を知って、減圧症を予防(第1回)

【連載vol.1】ダイブコンピュータが普及してから減圧症罹患者が増えている⁉

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ダイバーを減圧症から守る器材であるはずのダイブコンピュータ。実は、このダイブコンピュータが普及し始めてからはむしろレジャーダイバーの減圧症は増加傾向にある。それはなぜなのか? 長年ダイブコンピュータの開発に携わってきた“ダイコンおじさん”こと今村昭彦氏が3回にわたり、減圧症罹患者のダイブプロファイル傾向とダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の危険性、そして減圧症の予防法を、基礎的な減圧理論を踏まえて解説していく。

減圧症はなぜ起きるのか?

減圧症の発症率は、以前は10,000ダイブにつき1回程度と言われていたが、最近では1,000ダイブに1回とも言われている。また、減圧症に罹患した経験のある一般レジャーダイバーは2~3%、ガイドダイバーや職業ダイバーは5~9%という調査結果も。そもそも減圧症は、なぜ起こるのか?       

人体には、潜水中の水圧に応じて(陸上での呼吸時より多く)、 肺から体内組織(血液)に窒素が溶け込んでいく。そして浮上にともない水圧が緩やかに低くなれば、溶け込んだ窒素は問題なく体外に出ていき、限界を超えない限り、浮上後も体内から自然に排出されていく。
しかし取り込まれた窒素が多過ぎたり、水圧の変化が急激だと体内組織(部位)の中に残った窒素が気泡となることで血管をふさいだり、各器官に損傷を与えて減圧症が発症する

減圧症には、主にⅠ型とⅡ型の2つのタイプがある。Ⅰ型は関節や筋肉の痛みや違和感、かゆみや発疹などが主な症状で、比較的軽度。Ⅱ型は中枢神経の障害、めまい・呼吸困難・胸痛などが主な症状で、Ⅰ型に比べると重度といえる。

Ⅱ型傾向の強い重症減圧症はダイビングを終わってすぐに罹患を自覚するので、酸素吸入~病院での高気圧治療(チャンバーでの治療)といった一連の流れが早いため、意外にスッキリ治癒する事例も多い。
これに対してⅠ型傾向の強い軽症減圧症は筋肉痛などとの判別が難しく、治療が遅れて治癒までに時間がかかる事例も多くなっている。

レジャーダイバーの増加と減圧症罹患患者数が比例しない理由とは

東京医科歯科大学附属病院では減圧症の治療を積極的に行っていて、高気圧治療を受けるダイバーが多い(図1)。減圧症に罹患するダイバーが増えたのは、大型のチャンバーを導入して、一般ダイバーの受け入れを増やしたことも大きな要因であるが、原因はそれだけではないようだ。

■図1 東京医科歯科大学附属病院で減圧症の治療を受けたレジャーダイバー数

■図1 東京医科歯科大学附属病院で減圧症の治療を受けたレジャーダイバー数

1980年代後半から1990年代前半はスキューバダイビングがブームで、日本のダイバー人口もこの頃がピークだった(図2)。また、同時に減圧症に罹患するダイバーのほとんどが漁師や職業ダイバーで、一般ダイバーが減圧症に罹患するケースは極めて少なかった。少子化や景気の後退などの影響もあるが、近年Cカード発行数は年々減少し続けていて、実際にダイビングをしているアクティブなダイバー人口も徐々に減少傾向をたどっている。本来減圧症患者数は減ることはあっても、増える要因はないはずである。

■図2 Cカード発行数とダイバー人口の変遷 ●芝山教授資料

■図2 Cカード発行数とダイバー人口の変遷
●芝山教授資料

ではなぜ減圧症罹患者数が増加したのか? それはダイブコンピュータが一般レジャーダイバーに普及したからだと考えられる
ダイブコンピュータの市場価格が下がり、一般ダイバーに必需品として急速に普及し始めたタイミングと、減圧症罹患者数が増加し始めたタイミングはほぼ一致している。

水中写真や動画撮影をするダイバーの増加(長時間潜水や反復潜水をする傾向がある)や、海外ダイビングの普及(潜水後の飛行機搭乗の機会が増加)なども一因ではあるが、これだけで減圧症罹患者数が増えるとは思えない。

ダイブテーブルより明らかに長く、時に深く潜れるダイブコンピュータ

ダイブコンピュータが普及してから、ダイブテーブルは使わずにダイブコンピュータで減圧管理をしている方がほとんどだと思われる。 ダイブコンピュータは、ダイブテーブルでの潜水計画に比べると、最大水深が一瞬深くなっても、反復潜水に対して無駄のない合理的な時間を提示するようになり、結果として相対的に甘い無減圧潜水時間を示すようになった。ボトムタイム式からマルチレベル式に変わったことによって、ダイブコンピュータのデータを過信し過ぎると、減圧症にかかるリスクは高くなったと言える

ここで、典型的な減圧症罹患潜水パターンを紹介。「最大水深24m、潜水時間49分の無減圧潜水で減圧症を発症」。あなたはこのダイビングを危険だと思うだろうか? この潜水が何故危ないかを解説してみよう。

■図3 最大水深24m、潜水時間49分の無減圧潜水のダイブプロファイル ※関西在住20代女性減圧症罹患者のダイブプロファイル。 最大水深24m、潜水時間49分、安全停止3分、平均水深17m。

■図3 最大水深24m、潜水時間49分の無減圧潜水のダイブプロファイル
※関西在住20代女性減圧症罹患者のダイブプロファイル。 最大水深24m、潜水時間49分、安全停止3分、平均水深17m。

図3の潜水パターンは、潜水医学界では今まで危険だとは思われていなかった。しかしこのダイバーは減圧症を発症してしまった。それはなぜなのか?

人間の体の組織には、窒素の吸排出が速い組織と遅い組織がある

●ヘンリーの法則とは?

「ヘンリーの法則」という理論をご存じだろうか? これは「液体中に溶け込んでいる気体の圧力は、周囲の圧力と同じ圧力になろうとするもので、潜水中のダイバーの体の中でも同じことが起こっている。
すなわち、血液中に溶け込んでいる窒素の圧力も、周囲の圧力(気圧・水圧)と同じ圧力になろうとする。血液の流れと減圧症の発症に相関関係があることを覚えておく必要がある。

●ダイビング中の体内窒素圧(量)の変化

周囲の圧力(水圧)の方が高い組織には体内に窒素が吸収され、逆の場合には体内から窒素は排出される。

ダイビングを開始すると水圧がかかるので、 窒素は体内に吸収される。そして浮上していくと体内窒素圧の方が高い(過飽和)状態になるので、窒素は排出される。しかし細かく言うと、浮上中には、その水深に対し飽和平衡状態にあるかどうかを分岐点に、「速い組織」は体内窒素を排出しているのに、「遅い組織」は体内窒素を吸収しているという状態が生まれる。
大きく二分すると、人間の体内で窒素の吸排出が速い組織は、血液、皮膚、脊髄、脳、肺、筋肉、臓器など。遅い組織は骨髄、脂肪、骨、関節、靭帯などだ(図4)。

■図4 窒素の吸排出が速い組織と遅い組織

■図4 窒素の吸排出が速い組織と遅い組織

前述図3のダイブプロファイルのダイバーの方は、平均水深17mとそれほど深くは潜っていないものの、約30分同じ深度にとどまっていた。そのため体内の窒素が遅い組織にたまってしまい、安全ラインまで下がらずに減圧症を発症してしまったと考えられる

ハーフタイムとM値とは?

減圧症を予防するには、ダイビング終了後にいかに過飽和になっている組織の体内窒素分圧を下げるかが大切。また水中では「M値」を超えない範囲(無減圧潜水時間の範囲内)で潜ることが重要だ。
 
「ハーフタイム」と「M値」は、ダイブコンピュータの減圧計算の基本値となっている。
「ハーフタイム」は窒素の吸排出のスピード(時間)を表す。体内組織の各部位は、次のようなハーフタイムになっている(図5)。

■図5 ハーフタイムと体内組織(出典:駒澤女子大学 芝山正治)

■図5 ハーフタイムと体内組織(出典:駒澤女子大学 芝山正治)

窒素が飽和する曲線は漸近線を描いている(図6)。たとえばハーフタイム5分組織では5分で飽和窒素量の50%、10分で(50%の半分が溶け込んで)75%、と順次溶け込んでいき、270分で98.4%が溶け込む計算になる。漸近線を描くため、ハーフタイムの6倍でほぼ溶け込んだという計算を行っている。ハーフタイム480分の組織だとハーフタイムの6倍は2880分となり、48時間で溶け込む計算となる。このように窒素の溶け込むスピードは体内の組織によって大きく違うことを認識する必要がある。(※排出曲線はその逆)

■図6(資料提供:佐藤宏)

■図6(資料提供:佐藤宏)

過飽和とは体内組織中のガス分圧が、周囲圧に平衡した呼気の窒素分圧より高い状態を指す。つまり、ある周囲圧で飽和状態にあったガス分圧が、周囲圧が下がることによって、それより高い分圧状態になることである。

人体はある程度の過飽和状態までは耐えられるが、限度を超えると窒素が気泡化する。M値とはその仮定された限界圧力点のこと。ダイビング中は常にシーリング(ぎりぎり浮上できる天井)深度が設定されていて、ダイバーはシーリング(M値)を超えて浮上することはできない。

天井がない範囲でダイビングを行う状態を無減圧潜水、天井がある状態を減圧潜水と呼ぶ。減圧潜水に切り替わると、最初のシーリング深度は3mであるが、浮上しないと6m、9mと3mおきに減圧停止の水深が深くなり、必要な総浮上時間も延びていく。

無減圧潜水時間は、ハーフタイムとM値が異なる審判が決定している

まずは無条件に頭に入れておく必要があるが、水深が深い所では窒素の吸排出の速いコンパートメントが、水深の浅い所では窒素の吸排出の遅いコンパートメントが無減圧潜水時間を決めている。

ダイブコンピュータは、人体の組織をコンパートメント(仮想組織)に分けて、無減圧潜水時間を計算している。コンパートメントの数はダイブコンピュータの機種によって異なるが、最近では9~16程度のコンパートメント数のものが多い。

ここで注意すべき点は、無減圧潜水時間は、ハーフタイムとM値がそれぞれ異なる審判が決定していること。たとえば16コンパートメントのダイブコンピュータは、16人の審判が担当の水深ごとに無減圧潜水時間を決定していることになる。
16人の審判は合議で無減圧潜水時間を決定しているわけではなく、一人の審判があくまでも決定権を持っていて、担当が終わった審判は「我関せず」の立場を取る。

つまり、簡単に言うと、ダイブコンピュータごとに設定されたハーフタイムとM値によって、無減圧潜水時間は水深に応じて表示される。

■図7

■図7

図7はTUSAダイビングコンピュータIQ1203(青)と旧製品のIQ-850(紫)のハーフタイムとM値を比較したもの。
一番窒素の吸排出が速いコンパートメント(白い欄の数字1)のハーフタイムは、それぞれ4分と5分(前述のように飽和時間は約24分と30分)。市販されているレジャー用ダイブコンピュータは、大体これくらいの設定になっている。
そして一番窒素の吸排出が遅いコンパートメント(白い欄の数字15と16)のハーフタイムはそれぞれ480分と635分となっている(飽和時間は約2880分=48時間と3880分=64.7時間)。ダイブコンピュータの機種によって、これだけハーフタイムに違いがあり、窒素の吸排出が速いコンパートメントと遅いコンパートメントの間で、いかに吸排出のスピードが違うかがわかっていただけると思う。

またダイブコンピュータの取り付け位置でも数値が変わってしまい、手に付けている場合とゲージに付けている場合では水深の違いによって表示時間が異なる。またコンパートメント数の違いで、表示時間が異なることもある。
そして最大の問題は、メーカーによってハーフタイム、M値の設定が多少異なることだ。

■図8 「ハーフタイムとM値の設定」が無減圧潜水時間の差を生む

■図8 「ハーフタイムとM値の設定」が無減圧潜水時間の差を生む

M値の設定はダイブコンピュータの機種により、微妙に異なる。図8を見てのとおり、ハーフタイムの短い組織の場合は、機種の違いによる差は小さいが、長い組織になると機種の違いによる差が大きくなる。

それによって、メーカーの設定アルゴリズムによって、浅い水深では表示される無減圧潜水時間があいまいになる。

この違いを理解せずにダイブコンピュータの表示する無減圧潜水時間を信じてダイビングをしていると、一見安全なダイビングに見えるダイブプロファイルでも、減圧症にかかってしまうことがあるのだ。

次回はダイブコンピュータのデータの読み解き方、そしてどのようなダイビングをすれば減圧症のリスクを下げられるかを紹介する。

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PROFILE
某電気系メーカーから、TUSAブランドでお馴染みの株式会社タバタに転職してからダイビングを始めた。友人や知人が相次いで減圧症に罹患して苦しむ様子を目の当たりにして、ダイブコンピュータと減圧症の相関関係を独自の方法で調査・研究し始める。TUSAホームページ上に著述した「減圧症の予防法を知ろう!」が評価され、日本高気圧環境・潜水医学会の「小田原セミナー」や日本水中科学協会の「マンスリーセミナー」など、講演を多数行う。12本のバーグラフで体内窒素量を表示するIQ-850ダイブコンピュータの基本機能や、ソーラー充電式ダイブコンピュータIQ1203. 1204のM値警告機能を考案する等、独自の安全機能を搭載した。現在は株式会社タバタを退職して講演活動などを行っている。夢はフルドットを活かしたより安全なダイブコンピュータを開発すること。
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