“ダイコンおじさん” 今村昭彦氏が伝授 減圧理論を知って、減圧症を予防(第2回)

【連載vol.2】ダイブコンピュータを過信すると、減圧症の危険が高くなる⁉

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ダイバーを減圧症から守る器材であるはずのダイブコンピュータ。しかしダイブコンピュータを過信すると、減圧症にかかる危険が高くなってしまうことをご存じだろうか? 長年ダイブコンピュータの開発に携わってきた“ダイコンおじさん”こと今村昭彦氏が3回にわたり、減圧症罹患者のダイブプロファイル傾向とダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の危険性、そして減圧症の予防法を、基礎的な減圧理論を踏まえて解説していく。

ダイブコンピュータの機種によって、表示される無減圧潜水時間に違いがある

私たちが減圧症にかからない安全なダイビングをするためには、自分の使用しているダイブコンピュータがどのようなアルゴリズム(計算式)で、数値を表示しているのかを知ることが大切である。

■図1 各水深におけるダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の一覧
図1 各水深におけるダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の一覧

上の■図1は、各水深におけるダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の一覧である。お分かりのように、水深によって表示される無減圧潜水時間に差があることが分かる。これは、前回説明したように深い水深では無減圧潜水時間に差がないが、浅い水深ほど差が出るということを表している。

■図2 メーカー(商社)ごとの各ダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の差
図2 メーカー(商社)ごとの各ダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の差

また、上の■図2は、メーカー(商社)ごとの各ダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間の差を表している。スントはコンピューターの製造元なので差はないが、他は製造を第三者に依頼しているため、差が出ることになる。世界にはダイブコンピュータを製造(元製造)しているメーカーは数社しかないので、何も調整をかけなければ、必然的にメーカー(商社)ごとに差が出てしまうことになる。

このように浅い水深ほど、表示される無減圧潜水時間がファジー(あいまい)になってしまうことをすべてのダイバーが認識する必要がある。

減圧症を予防するには、リスクマネジメントが重要

減圧潜水の歴史からすると、ホールデン博士、ワークマン博士やビュールマン博士などの考え方によるハーフタイムとM値の関係は、ほぼ確立されている。しかし、ダイバー個人毎には差があり、体調や体質も関係して来るので、より低いラインで考える必要がある。

では、どれくらいのラインから考えたら良いか?

私はそれを、シミュレーターを使って、「減圧症に罹患したダイバーが浮上時点でどれだけの体内窒素量を示していたのか、また浮上速度違反があったかどうか?」を考えて分析している。

減圧症は簡単にはかからない。また、普段潜りこんでいる職業ダイバーはかかりにくい。でも、確実に罹患するリスクが高いラインは存在しているのである。

減圧症は高山病と似た側面がある。たとえば富士山に登った時に、高山病の症状が出る人もいれば、出ない人もいる。途中まで大丈夫でも、7合目、8合目から症状が出る人もいる。また前回登頂したときは平気だった人が、その次の登山では高山病に罹患してしまう場合もある。減圧症もまさに同じことが言えよう。

前回も述べたが、ダイブテーブルはダイブコンピュータよりも相対的に厳しい潜水計画を提示している。そのため、結果的に安全マージンが大きかった。言うまでもなく、M値は臨床的・統計的に危険なラインを示すものであって、減圧症にかかるか、かからないかの絶対分岐点ではない。

しかしある意味、ダイブコンピュータの無減圧潜水時間表示は、M値を絶対的なものとしてしまっている。なぜならダイバーは、自分が使っているダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間で「あと何分潜れる」と判断しているからである。

浅い水深ではマージン(安全幅)が取れない無減圧潜水時間

ではここで具体的にダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間を例に、どのようなリスクがあるかを見ていこう。

「無減圧潜水時間が残り5分」の状態は、たとえばTUSAのダイブコンピュータ「IQ-850」の場合、水深35mのところでは窒素の吸排出スピードの速いハーフタイム5分のコンパートメントが決定しているので、M値に対して体内窒素圧は20%~25%程度の安全マージンがある。

しかし、水深15mのところではスピードの遅いハーフタイム45分の組織が決定するので、M値に対してわずか5%程度の安全マージンしかない。

これは「M値が崖」だと考えると、分かりやすい。崖から落ちるまでの時間を無減圧潜水時間だとすると、たとえば水深35mで潜水時間が15分、水深15mで潜水時間が50分だとすると、残った潜水時間は5分と45分。つまり、計算上では5/15、45/50なので、窒素の吸排出スピードの遅いコンパートメントほど崖縁に近づいているのだ。

深い水深ではM値はリカバリーしやすいが、浅い水深ではリカバリーしづらいとも言える。

■図3
図3

水深15~19mが”魔のゾーン“言われる理由

ダイブコンピュータを使用している際には、浅い水深で出した減圧潜水ほど「遅いコンパートメント」まで含めた各組織への窒素の溜め込みが多く、減圧症の発症の可能性が高まる。しかも、浅い潜水はファジー(あいまい)になりやすい。

要するに水深が浅くなるほど、ダイブコンピュータが示す無減圧潜水時間は誤差が生まれやすくなる。また繰り替えし潜水をすると、残存窒素がたまって、窒素の吸排出の遅いコンパートメントが無減圧潜水時間に関わりやすくなる。

「速い組織」が無減圧潜水時間に関係せず、最も危険な状態になりがちな水深15~19m。

深くて長い潜水は一番危険だが、ダイブコンピュータを使っていれば、すぐに減圧潜水に切り替わり、潜水時間は長くならない。また水深が深い場所には誰しも危険意識を持っているし、エアーも長持ちしない。

これに対して、タンクのエアーが持ち、危険意識が薄れ、ダイバーが満足する長い無減圧潜水時間が得られる。この3つが絶妙にそろい、水圧も大きい水深15~19mあたりに停滞する反復潜水が一番危険だと言える。

「水深15~19mは、全組織に満遍なく窒素を取り込みやすい水深」なのだ。

ここで「最大水深15m、潜水時間60分の箱型ダイビングを3本反復した場合」の1本目、2本目、3本目終了時点の体内窒素量 (水面休息時間各90分)を見てみよう(図4)。

■図4 最大水深15m、潜水時間60分の箱型ダイビングを3本反復した場合の1本目、2本目、3本目終了時点の体内窒素量 (水面休息時間各90分)
図4 最大水深15m、潜水時間60分の箱型ダイビングを3本反復した場合の1本目、2本目、3本目終了時点の体内窒素量 (水面休息時間各90分)

このグラフを見るとわかるように、最大水深は15mと決して深場には行っていないダイビングなのに、3本目を終了した時点では窒素飽和量がかなり「減圧潜水ライン」に近づいてしまっている。

日本人の特徴である「長い箱型潜水」「過度な繰り返し潜水」には要注意

前回の連載でも述べたが、それほど深くは潜っていなくても(水深15~19mくらい)、同じ水深に長くとどまる「長い箱型潜水」や、1日に3~4ダイブを数日間潜るような「過度な繰り返し潜水」は日本人ダイバーに多く見られるダイビングスタイルだ。

水中写真や動画撮影にはまると、被写体を追いかけて潜水時間の長い箱型潜水を行うダイバーが多い。また時間に余裕がないために、過度な反復潜水をしがちなのも、日本人ダイバーの特徴だ。これは海外で無制限ダイブポイントが登場したことも影響している。

ダイビングを楽しみたい。いい水中写真や動画を撮りたいという気持ちはわかるが、減圧症にかからないためには余裕を持った潜水計画を立てるようにしよう。

撮影に夢中になって、長く同じ水深にとどまり過ぎないように気をつけよう

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PROFILE
某電気系メーカーから、TUSAブランドでお馴染みの株式会社タバタに転職してからダイビングを始めた。友人や知人が相次いで減圧症に罹患して苦しむ様子を目の当たりにして、ダイブコンピュータと減圧症の相関関係を独自の方法で調査・研究し始める。TUSAホームページ上に著述した「減圧症の予防法を知ろう!」が評価され、日本高気圧環境・潜水医学会の「小田原セミナー」や日本水中科学協会の「マンスリーセミナー」など、講演を多数行う。12本のバーグラフで体内窒素量を表示するIQ-850ダイブコンピュータの基本機能や、ソーラー充電式ダイブコンピュータIQ1203. 1204のM値警告機能を考案する等、独自の安全機能を搭載した。現在は株式会社タバタを退職して講演活動などを行っている。夢はフルドットを活かしたより安全なダイブコンピュータを開発すること。
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