ダイビングを始める体験談 その⑨
ダイビングを始める体験談
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恋に恋する乙女で賞
■ぺ(258本)
運良く早い時期に就職が決まり、
沢木耕太郎の「深夜特急」の世界に憧れていた当時大学生4年生の私は、
夏休みザック一つ背負って一人旅に出た。2001年の8月のこと。
神戸からフェリーに乗り、2泊3日かけて、中国の天津へ。
大学で勉強していた中国語を試そうと、1か月半の日程で北京からモンゴル、
雲南省の大理や麗江などを旅しようと計画していた。
しかし、日本の英語教育同様、
大学での中国語はちゃんと身についているはずもなく、
中国人に「お前は何年中国語を勉強したんだ」「3年でそんなもんか」と言われたり、
店での投げるようなお釣りの渡し方だとか、トイレでも電車でも、
どこでも割り込みする遠慮なし強気の国民性に疲れてしまい、
雲南省まで回って来たところで、比較的人々が温和という、
ラオスまで下って、タイのバンコクへ向かうルートに変更することに。
雲南省の昆明を出て、ずっと南の確か、
西双版納(シーサンパンナ)という僻地のバス停にいると、
ひょろりと長身でザックを背負った、日本人バックパッカーらしき青年が、
切符を買おうと英語で四苦八苦しているが通じず、いらいら。
あきらかに困っていた。
そこで勇気をだしてつたない中国語で助けてあげた。
のに、それなのに、少しの会話もなく、簡単なお礼だけ言って、
あっという間に去っていってしまった。
異国のしかも僻地での出会いは、もしかしたらちょっと運命?
なんて頭をかすめた。のに、それなのに・・・。
心に吹く寂しい風を一人感じつつ、バスに乗ってラオスへと向かった。
それから1〜2週間、旅も終盤に差し掛かり、列車でバンコクに到着した。
外国人バックパッカーのメッカ、カオサン通りの旅行会社で日本行きの激安航空券を購入し、帰国まで、あと 4日ほど。
何をして過ごそうかと考えながら、朝食をとる店を探して、
ふらふらしていると、屋台で食事する人の中に覚えのある顔が。
中国のバス停で会ったあのバックパッカーだった。
お互い偶然に驚き、再会を喜び、一緒に朝食をとる事に。
旅についての話は尽きず、あっという間に 1〜2時間も屋台で話し込む。
あの時、あんなに印象が悪かったのも、彼も私同様、
中国人の押しの強さと蒸し暑さの中で大きな荷物を背負っていた事に嫌気がさしていたからとか。
実は同い年の大学生ということも判明、
よく見るとややkinkids堂本光一似だし、いい人じゃん!
とすっかり誤解もとけ、楽しいひと時を過ごしていると、不意に、光一似が、
「実はさっきダイビング店で説明を聞いて、
日本でとるよりかなり安く講習が受けられるらしい。
これからタオ島っていうすごくきれいな離島に講習を受けに行こうと思っているけど、
でも、一人じゃ不安だし、迷ってて……。一緒に行かない?」
といきなりのお誘い。ダイビングなんて、死んじゃうんじゃないかとか、
危ないんじゃないかとか、実は光一似に騙され、
売り飛ばされるんじゃないか(笑)とか、不安は残しつつ、
日本人スタッフのいる店へ説明を聞きに行ってみることに。
ショップに足を踏み入れると、青くて青くてきれいな海の写真やら、
惹きつけるものがたくさん。
説明するお姉さまもきれいな栗色のショーカットが似合い小麦色の肌で笑顔がさわやか。
しがない大学生の私には眩しくて眩しくて仕方なかった。
その奥にも、南国風ワンピを着こなし、
ゆるくウェーブがかかった今井美樹風お姉さま。
「○○さんは 潜ると人魚みたいで、みんなの憧れなんだよ〜」と
周りのスタッフが絶賛する通り、本当にオーラをまとった素敵な女性だった。
ダイビングを始めたら、きっとこんなに素敵女性になれるんだ!と
わけのわからない期待に胸を膨らませ、すっかり気分は、ダイバー。
人生初のバックパック一人旅の締めくくりだし、
堂本光一似と離島へ出かけたら、
ラブロマンスもあったりとかしちゃったりしてとか、妄想も膨らみに膨らみ、
二つ返事で講習を受けることに。
帰国まで時間がなかったので、一時間後にはすぐ学科講習。
その夜には荷物をまとめて夜行長距離バスに乗り込み、
フェリーに乗り継ぎ、翌日の午前中にはタオ島へ到着。
そして、いよいよ講習。
本来、プール講習をしなくちゃいけないというのは、
残念ながらダイビングを始めて、ちょっと経ってから知ったことで、
ボートに乗せられ、いきなり大海原へ。
ボートがスピードを緩めたころ、堂本光一似がふとつぶやく……。
「おれ、実は泳げないんだ……」
もともと水に恐怖心があった彼は、状況的にかなり緊張していた。
講習通り、バルブが開いているかなどバディチェックし、準備万端。
男子だからという理由で、堂本光一似が先に海に入ることに。
ジャイアントで飛び込んだ!と思ったら、なんとまさかのBCに空気入れ忘れ。
飛び込んだ瞬間、バシャバシャと手をふりながら、
目を見開き助けを求め、ちょっと沈んだり、かなりパニくっている。
溺れている人なんて、生涯見た事もないので、
あまりに衝撃的なそのシーンに、かなり動揺。
イントラのお姉さんといえば、、、
「しゅんくん!!(←堂本光一似の名前) BCに空気入れて!」と叫んでいる。
そんなもん、わかるか!あの状況で入れられるか!
と隣で怒りとも焦りとも訳のわからない感情であわあわするしかなく、
じだんだを踏んで船の上から見ているしか出来なかった。
ようやくイントラのお姉さんは3点をつけ、飛び込んで救助。
楽しみだった海は すっかり恐怖の固まりに。
踏んだり蹴ったりだったけれど、どうにかCカード取得。
堂本光一似の「しゅんくん」とは
一緒にCカードを取った同士ということで結束は強まったが、
やっぱり、溺れたところを見られた傷は大きい様子で、
帰国してからもまた、機会があれば飲みにでも行こうと約束はしたものの、
結局再会することは一度もなし。
年賀状のやり取りは数年続いていたが、
今はもうすっかり音信も途絶えてしまった。
中国雲南省僻地のバス停とバンコクカオサン通りの屋台。
ふと、小田和正の歌が頭をよぎる。
「あ〜の日、あ〜の時、あ〜の場所で、君に会えなかったら〜♪」
私にとって、ダイビングを始めたきっかけは偶然の重なりだった。
広い海の中、魚や生物たちとの出会いも、
こういう偶然の重なりなんじゃないかと思う。
願わくば、海の中を潜っていたら、偶然、気が合う人とめぐり合っちゃったとか、
小田和正もびっくりの「ラブストーリーは突然に」的な事、起こらないかなぁ。
と思っているのだけれど、起こらないんだよなぁ。。。(笑)
でもまた、海はなにか素敵なことをもたらしてくれ