1本の重み 〜けだし至言シリーズ〜

けだし至言シリーズ

海は逃げないけど、金は逃げる。
■ショップに通っていた、とある学生ダイバー

近所のダイビングショップでダイビングを始めたM君。

大学生になったものの、あまり学校にも馴染めず、
なんとなく無為な時間を過ごしていたM君にとって、
ダイビングとの出会いは鮮烈だった。

その日からはダイビング中心の生活。
それは言いかえると、バイト中心の生活でもある。

ステップアップしたい、尊敬する人に褒められたい、潜りに行きたい。

とにかく潜りたくて、コンビニと警備員のバイトをかけもちして、
稼いだお金は、すべて潜る費用にあてた。

そんなM君が奄美ツアーに参加したときのこと。
毎年開催されているそのツアーは、本数制限があり、
学生にとっては簡単ではない料金で、M君にとっては念願のツアーであった。

しかし、えてして神様は残酷だ。
台風の影響で1日だけ浅場に潜っただけで、
次の日から宿に閉じ込められるハメに……。

頭では仕方ないのはわかっているが、残念。いや、無念。
そんな落ち込んでいるM君のところへやってきて、若いイントラが言った。

「M君〜。台風来ちゃって残念だったよね〜。
でも、海は逃げないから。また来ればいいじゃん」

M君は心の中で叫んだ。

海は逃げなくても、金は逃げるんだよ!!!!

イントラはもちろん落ち込んでいるM君を盛り上げようと言ったひと言で、
悪気はない。それはM君も分かっているからこそ心の中で叫んだのだ。

しかし、バイトに明け暮れやっとの思いで貯めたお金でやってきたM君にとって、
この軽さに猛烈にイラッときた。

「来年もリベンジしちゃいますか!」
「自然相手の遊びだから。こういうハプニングって逆に楽しいよね」
「たまには潜らず、南の島でまったり過ごすのもいいもんですね〜」

イライライライライライライライライライライライライラ。

毎年奄美に来られる立場にいて、潜っても何をするわけでもないこの若いイントラ。
いつもお世話になり尊敬しているオーナーイントラならまだしも、
この若いイントラに自分のお金からその費用が払われているであろうことを思うと、
無性に腹が立った。

そういえば、ツアーの前に「台風は大丈夫なのか?」と何度か聞いたとき、
「大丈夫でしょう」と言われたが、実はあのとき、こうなることはわかっていたのではないか?
今さらキャンセルすると赤字になるから強行したのではないか?
こうなると疑心暗鬼が止まらない。

自分で判断し、自分にだけお金をかけるのであれば後悔もしないはずだ。
M君はショップからの卒業を決めた……。

もちろん、ショップツアーには、人、イベント、スケジュール管理など、
あらゆる付加価値がある。逆にそれを感じさせられないとM君のようなことになる。
また、「逃げていくお金を快く見送れる」、「逃げていく時間を笑って過ごせる」、
そんな楽しみ方、ゆとりあるダイバーはカッコいいとも思う。

M君の言葉が教えてくれるのは、1本の重みが人それぞれ違うということ。

モルディブで激しい雨・風の中、甲板に立って長時間ジンベエ・サーチ
(船上からジンベエを探す)をするスタッフを見て、
「そこまでしなくてもいいのに……」と思った僕にとって、モルディブはすぐそこにある海。

一方、彼らスタッフは、
“その1本がゲストの一生のうちの1本かもしれない”という重みを知っているのだ。

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PROFILE
法政大学アクアダイビング時にダイビングインストラクター資格を取得。
卒業後は、ダイビング誌の編集者として世界の海を行脚。
潜ったダイビングポイントは500を超え、夢は誰よりもいろんな海を潜ること。
ダイビング入門誌副編集長を経て、「ocean+α」を立ち上げ初代編集長に。

現在、フリーランスとして、ダイバーがより安全に楽しく潜るため、新しい選択肢を提供するため、
そして、ダイビング業界で働く人が幸せになれる環境を作るために、深海に潜伏して活動中。

〇詳細プロフィール/コンタクト
https://divingman.co.jp/profile/
〇NPOプロジェクトセーフダイブ
http://safedive.or.jp/
〇問い合わせ・連絡先
teraniku@gmail.com

■著書:「スキルアップ寺子屋」、「スキルアップ寺子屋NEO」
■DVD:「絶対☆ダイビングスキル10」、「奥義☆ダイビングスキル20」
■安全ダイビング提言集
http://safedive.or.jp/journal
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