ダイビングが今より楽しくなる⁉︎ ファインディング・ニモから学ぶクマノミの生態学

クラウンアネモネフィッシュ

ディズニーの大ヒット映画『ファインディング・ニモ』。ご存知のように、クマノミの親子の絆を描いた感動作だ。その影響からか、ダイバーや水族館などでクマノミの仲間を「ニモ」と呼ぶ人が多いと感じる。しかし、クマノミは世界で28種類、日本では6種類に分類されているほど意外とたくさんのクマノミの仲間が地球には存在する。どうやら、クマノミ=ニモという認識は少し無理があるようだ。

そこで今回、沖縄科学技術大学院大学所属のクマノミの研究者である河合氏と林氏にご協力いただき、映画『ファインディング・ニモ』のストーリーと実際のクマノミの生態を照らし合わせ、クマノミのヒミツについて紐解いていこうと思う。身近な生物の生態を知ることで、読者の方に今よりも更にダイビングが楽しくなるような新しい刺激を与えることができたら幸いだ。映画自体はフィクション作品なので、実際のクマノミと異なる点があるのは大前提であるが、視点を変えて見ていこう。

そもそも『ファインディング・ニモ』ってどんな映画だっけ?

クマノミの生態に迫る前に、まずは『ファインディング・ニモ』について少し振り返っていこうと思う。舞台はオーストラリアの世界最大級のサンゴ礁地帯であるグレートバリアリーフ。父・マーリンと母・コーラルの2匹のクマノミの間に生まれた卵が孵化しようとするシーンから始まる。しかし敵に襲われ、取り残されたのはマーリンとのちに息子・ニモとなる卵のみ。月日は流れ、成長したニモは初めての学校へ行くことになるのだが、そこでダイバーに捕獲されてしまう。マーリンはニモを取り戻すため、広大な海の冒険に出るというクマノミの親子の絆が描かれた感動ストーリーだ。

と、話の大筋を振り返ったところで、本題に入っていこう。

ニモはカクレクマノミではない?

まず『ファインディング・ニモ』に出てくるクマノミの種類について。主人公であるニモの模様や形から“カクレクマノミ”だと認識している人も多いことだろう。筆者自身もこれまでニモはカクレクマノミだと思っていたのだが、生息域を参考に推測すると、カクレクマノミよりも“クラウンアネモネフィッシュ”といった別のクマノミの仲間がニモのモデルとなったのではないかとの仮説が立てられるとのこと。

では実際に、下図で2種類のクマノミの生息域を見てみよう。

カクレクマノミはオーストラリア北部から奄美大島に分布しているのに対し、クラウンアネモネフィッシュは西太平洋のクイーンランドやマレーシア付近に生息している。ファインディング・ニモは、オーストラリアのグレートバリアリーフが舞台となっていることからクラウンアネモネフィッシュと推測ができるとのこと。

カクレクマノミとクラウンアネモネフィッシュの姿形は似ているが、よく見ると瞳の大きさや体の模様に違いが見られ、遺伝子レベルで見ても異なる点があるそうだ。またニモの画像と比較しても、カクレクマノミよりもクラウンアネモネフィッシュとよく似ているようにも思える。

カクレクマノミ

クラウンアネモネフィッシュ

このことから、どうやらニモはカクレクマノミではなく、クラウンアネモネフィッシュであることの方が有力のようだ。

「世界には日本人が知らないクマノミがたくさんいますよ」とお二人は微笑みながら話してくれた。

クマノミの天敵は?

映画のはじめに、妻・コーラルとニモ以外の卵はオニカマス(バラクーダ)のような外敵に捕食されてしまう。その他にも、旅中で出会うホホジロザメのブルース、アオザメのアンカー、ハンマーヘッドシャークのチャムに狙われるシーンもある。では、実際にクマノミの外敵はどんな生き物なのか。

お二人によると一般的にはハタやカサゴ、エソなどがクマノミの外敵として上げられるという。映画に出てくるオニカマスやサメなどの大型生物が、わざわざ小さなクマノミを捕食するとは考えにくいそうだ。

映画では、外敵というイメージが強い生き物を描くことで、より臨場感を高めることに注力したのかもしれない。

どうしてイソギンチャクの中に卵を生まないの?

イソギンチャクの外側に生み付けられているクラウンアネモネフィッシュの卵

弱肉強食の世界で生きるクマノミの仲間は、生き抜く知恵として、イソギンチャクの中に隠れることで身を守り生活している。しかし、安全なはずのイソギンチャクの中に卵を生むことはない。それはなぜなのか。

実はイソギンチャクは植物ではなく、動物なのだ。サンゴやクラゲの仲間に分類され、触手に刺胞毒をもっており、結構なんでも食べてしまう生き物らしい。クマノミの仲間は、体表にイソギンチャクの刺胞毒を防ぐ粘液を持つことで共生を可能にしている。そしてそれは健康なクマノミである証拠だ。弱っているクマノミは刺胞毒を防ぐ粘液の分泌が低下し、時には捕食対象になることもあるというから驚きだ。そんなイソギンチャクの中に卵を産めば、餌にされてしまうのは察しがつくだろう。

また生まれたばかりのクマノミの赤ちゃんは、刺胞毒に対する耐性を持っていないとのこと。卵から孵化し、体長が1〜2cmに成長してはじめて、イソギンチャクに着底できるようになるそうだ。

クマノミって子育てするの?

映画の中では、父・マーリンが過保護とも捉えることができるほど、大切にニモを育てている様子が描かれている。では実際のクマノミの仲間はどうだろう。

基本的にクマノミは体の小さいオスが卵保護をすることで知られている。胸びれを器用に使い、卵に新鮮な海水を循環させたり、腐乱してしまった卵を排除したりしている。一方メスは、オスより体が大きいため自分が追い払える程度の敵から卵を守る見張り役に徹する。メスが全く卵保護をしないわけでもないが、この役割が一般的だとお二人は話す。

胸びれを器用に使い、新鮮な海水を卵に送るクマノミの仲間
※「ハマクマノミ」というクマノミの仲間の写真を使用しています
出典:偽装家族、オネェイジメ……。知りたくなかった!? クマノミの素性3

クマノミの卵保護に関しては、映画と比較してもたいして誤解はなさそうだ。

親子の絆はありえない⁉︎

では、卵から孵化した後はどうだろう。『ファインディング・ニモ』の醍醐味とも言える親子間の絆。実際のクマノミも稚魚が成魚になるまで、ともに過ごすのだろうか。

先述した通り、ほとんどの魚が子育てをしないと言われているのに対し、クマノミは卵保護を行う習性があるため、親子間の絆は比較的あるようにも思える。しかし、クマノミの子育て期間は卵が孵化するまで。というのも、稚魚たちは卵から孵化した瞬間から海流に流されてしまうという。そしてたどり着いた先にイソギンチャクがあれば、その場所で生き延びることができるといった仕組みだ。

つまりニモは孵化した直後、本来であれば海流に流され、別のイソギンチャクに辿り着ければ、生き延びることができるという。マーリンやニモだけでなく、すべてのクマノミが生まれた瞬間から想像以上に過酷な旅に出ていることがわかる。

父・マーリンの冒険ストーリーは現実的なのか?

海流に流された先にイソギンチャクがあることが、生命線であるクマノミの仲間。幸運を手にしたクマノミだけが命をつなぐことが許されるという、厳しい自然の法則。それほど、イソギンチャクはクマノミにとって必要不可欠な存在であることがお分かりいただけるであろう。このように、命をかけてやっと手に入れた自分の住処を手放すことはおろか、大海原の冒険に出ることは自然界では考えがたいという。イソギンチャクから別のイソギンチャクへ引っ越すこともほとんどないようだ。

クマノミとナンヨウハギは実際に仲良し?

マーリンが旅中で出会い、一緒にニモを探す冒険を始めるナンヨウハギのドリー。その影響からか、水族館でも同じ水槽に展示されていることが多いと感じる。では、自然界でもクマノミとナンヨウハギは仲が良いのだろうか。

お二人によると、クマノミはイソギンチャクを住処にし、ナンヨウハギは枝サンゴを住処にしているという。お互い外敵の対象にもならないことや、一緒にいるメリットも考えにくいことから、仲良くも悪くもないとのこと。

人間でたとえるならば、ご近所付き合いとして挨拶を交わす程度の仲と捉えるのが妥当なのかもしれない。映画とは裏腹に、意外とよそよそしい関係性であることが個人的には面白い。

まとめ

『ファインディング・ニモ』のモデルとなったクマノミは、生息域や体の模様から推測しても“クラウンアネモネフィッシュ”であることが、河合氏と林氏のお話を聞いて有力となった。そしてニモは誕生直後、別のイソギンチャクを求めて海流に流されてしまうため、父と息子の冒険ストーリーすら考えにくいというなんとも切ない結果に至った(笑)。

本記事では『ファインディング・ニモ』を科学していく中から、クマノミの生態をご紹介した。視点を変えることで、普段は意識しないようなクマノミの生態にも興味を抱いていただけたのではないだろうか。ただ観察したり、被写体にしたりするだけでなく、対象となる生き物の背景に目を向けてあげることで、生態系や命の尊さなどが垣間見えてくるはず。もし次回、海でクマノミに出会うことがあれば、本記事で得たクマノミのストーリーを心の隅において観察していただきたい。たったそれだけで、あなたのダイビングが他の誰よりもかけがえのない時間になることをお約束しよう。

あくまでも『ファインディング・ニモ』はフィンクション映画のため、ディズニーの世界観のなかで引き続き、楽しんでいただければと思う。

沖縄科学技術大学院大学監修
河合恵理奈(かわい えりな)
琉球大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。現在は、沖縄科学技術大学院大海洋気候変動ユニットに所属する。技術員として、ユニットの野外活動(スキューバダイビングでの調査対象種の採集や環境調査など)をメインに担当。海洋気候変動ユニットでは、気候変動、熱波、乱獲、都市化などの環境の変化にサンゴ礁魚類がどのように適応しているかを明らかにする研究を行う。サンゴ礁魚類が海水温度や酸性度の上昇によって短期的にどのような影響を受け、また、子孫の遺伝子発現にどのような変化が受け継がれるのかについて「熱波シミュレーター」と呼ばれる独自の水槽システムを用いて、数世代に渡って水槽で飼育し調査している。他にも、海底から二酸化炭素が湧き出す、火山性CO2シープと呼ばれる海域に注目している。これらの海域は、他の海域に比べ、二酸化炭素が海水に多く溶け込んでおり、気候変動に類似した作用が働いているため、ナチュラルアナログ(天然類似現象)として、この海域に生息する魚類群を用いて、自然の生態系の変化に対する適応方法を調査している。

林希奈(はやし きな)
琉球大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。現在は、沖縄科学技術大学院大学 海洋生
態発生生物学ユニット所属の博士研究員。日本で見られる6種すべてのクマノミ類が生息
し、世界的に見てもクマノミ類の多様性が高い地域の一つである琉球列島で、熱帯域とは
異なる特有のクマノミ類の生態を明らかにし、その保全に必要な知見を得ることを目的に
、研究を行っている。また、クマノミ類の特徴である白帯模様の生態学的意味や、琉球列
島のクマノミ類の集団遺伝構造などについても調査を行っている。今後も、クマノミ類の
不思議について、生態学的観点から解き明かすことを目標にしている。海洋生態発生生物学ユニットでは、生態学フィールドワーク、機能解析、ゲノミクスおよびトランスクリプトミクスと呼ばれる遺伝解析を組み合わせて、甲状腺ホルモンがカクレクマノミなどの魚類の変態(動物の生育過程において形態を変えること)をどのように制御しているか研究を行っている。また、別のテーマとして、魚類の変態戦略を理解するために、さまざまな魚類の変態期に起こる遺伝子発現の比較を行っている。ツバメウオ、ハタおよび沖縄の川に棲み著しく多様な生活史を持つハタ類に注目している。

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PROFILE
静岡県西伊豆町出身。

ドルフィントレーナー専門学校を卒業後、ダイビングインストラクターや操舵手といった海に関わる職歴を持つ。

現在は、ライターとして「地球に暮らす全ての生き物がHAPPYな未来を」と願い、記事を書く。
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