海の王者“シャチ”が地球最大の“シロナガスクジラ”を捕食する、世界初の報告
海の食物連鎖の頂点に立つ捕食者として、「海の王者」とも呼ばれるシャチ。家族や仲間単位といった群れで生活するシャチは、オオカミのように協同で狩りをすることでも知られる。このシャチの狩りに関する“ある行動”について、オレゴン州立大学の研究チームが世界初の論文を発表し、海洋哺乳類に関する科学的な学術誌『Marine Mammal Science』誌に1月21日付けで掲載された。その“ある行動”とは、「シャチが地球最大の哺乳類のシロナガスクジラを捕食する」というものだ。なんと今回、その行動についての特集番組を制作したNHKの番組ディレクターの小山靖弘氏と、実際に偶然その場に居合わせたという映像家・中川西宏之氏がその貴重な様子をocean+αに語ってくれた。
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今までシロナガスクジラの捕食は観測されていなかった
シャチの体長は、オスで約6〜8m、メスで5〜7mになる。捕食対象としては、イカやペンギンといった小型動物からサメやザトウクジラの子ども、ミンククジラ(5m程度)、ハシナガイルカ(2m程度)などの大型動物にまで及ぶ。シャチの群れの多くは、母親を中心とした血の繋がった家族のみで構成されており、優れた知能とチームワークを武器に獲物を捕らえていくのだ。
本論文には「過去にもシャチが大型クジラを捕食する例はこれまでにも報告されていた。ただしシャチよりもはるかに大きなシロナガスクジラに対しては、嫌がらせをしたり、重傷を負わせる攻撃をしたりしていることは報告されていたが、子クジラでさえも捕食が確認されたことはなかった。ましてやシロナガスクジラの成体を捕食できるかどうかは、継続的な議論がされてきていた」と記されている。
研究チームも驚き。7mのシャチが22mのシロナガスクジラを襲った
そんな中、シャチがシロナガスクジラを捕食したという未だかつてない事例は、2019年3月、同年4月、2021年3月にオーストラリア南西部に位置するブレマー湾の沖合で観測された。中でも1件目の事例は研究チームを特に驚かせた。他の2件の事例が10〜12mほどの若いクジラや1歳未満の子クジラが標的だったのに対し、1件目はシャチの2倍以上にもあたる18~22mの健康な成体が標的にされたというのだ。
シャチは12〜14頭の群れで、長年の経験と知恵を兼ね備えた年長のメスを中心に、シロナガスクジラの口先や背びれ、尾びれに噛みつき攻撃。さらには家族のチームワークを活かし、シロナガスクジラを取り囲み、腹部を目掛けて命懸けの突進をする。シロナガスクジラの尾びれで叩かれたらシャチも命を落とす危険がある。シャチは、シロナガスクジラが深く潜ろうとしたときにその下に回り込み逃げ場を無くしたり、逆に呼吸をしようとしたらシロナガスクジラの上を泳ぎ、溺れさせようとしていたそうだ。最終的には、継続的なシャチによる攻撃により、シロナガスクジラは力尽き、その姿を再び観ることはなかった。
2019年3月に観測された映像▼
この行動についての特集番組を制作したNHKの番組ディレクター小山靖弘氏
きっかけは、「人づて」だった。10年ほど前、オーストラリア南西部沖でダイオウイカがシャチをくわえている姿が撮られたと私の耳に飛び込んできた。ダイオウイカとシャチが決闘しているというのだ。これを番組化できないかと、現地の海洋研究家→コーディネーター→何人ものディレクターと、数年かけて話がめぐってきたのだ。当時、ダイオウイカの番組を制作していた者として、そりゃ無理だろう、と聞き流していた。しかし、チャンスは意外なところからやってきた。2019年、たまたま南極海でのロケがあり、その帰りに現地を下見できる機会を得た。その初日、沖合で大揺れの船で目撃したのは、シャチの群れがゴンドウクジラを襲った姿。えっ?この海すごすぎる!学生時代に海棲哺乳類を専攻していた自分にとって、シャチに会うのさえ難しいのに、シャチがクジラ狩りする姿をこの目で見られるとは夢にも思っていなかったのだ。そして、シャチが向けた矛先は…、なんと世界最大の動物シロナガスクジラだった。そして、その深海には本当にダイオウイカの姿まで。信じられない。まだまだ地球って知らないことばかりだ。
NHKスペシャル
「激闘 シャチ対シロナガスクジラ~巨大生物集う謎の海域~」
【NHK BSプレミアム】3月12日(土)午後3:30~4:19
NHKオンデマンドでも視聴可能(有料)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2020109819SA000/
捕食の瞬間に偶然居合わせた映像家・中川西宏之氏
ある日ふとシャチに会いたいなぁ~と思った。パースの友人に 情報収集依頼。研究者John Totterdellと繋がり調査船の乗船許可が下り現地へ。私が衝撃の現場に遭遇したときは、暴風雨雷ゴロゴロ大しけ。憂鬱な気持ちでいつものポイントへ。霞む水平線に鳥山を発見。既にシャチの集団が大暴れ。船に乗っていたのはシャチ調査団体、個体識別写真を撮るボランティア、DNA採取の研究者など数名。嵐の船上。足元が不安定な中で右往左往の大興奮。鳥たちの鳴き声、砕ける波音、血の甘い匂い?野生動物の匂い?生きものたちの力強さ、生きていくことの厳しさそして命の輝きを感じた。スイム許可を得ていたがみんなに止められた。この瞬間を危険と感じなかったのは私だけなのだろうか?世情が許せばまた行きたい。
襲撃されたシロナガスクジラは、共通の場所を泳いでいた
オーストラリア南西部 ブレマー湾の沖合では、シャチの標的になった3頭のシロナガスクジラ以外にも5頭が目撃されていたが、シャチの標的にはならなかった。その理由はシャチの生息域にある。シャチは大陸棚の切れ目の海側に生息しており、標的にされたシロナガスクジラは、大陸棚の中でも最も縁に近い3頭だった。シロナガスクジラは繁殖地である北に向かっている道中だったと推測されている。
シロナガスクジラの個体数が増えていると推測
シャチが自分よりもはるかに大きなシロナガスクジラを捕食するか調査を進めることで、過去の捕鯨により激減していたシロナガスクジラの個体数が回復しているかどうかを評価する非常に重要な手掛かりになるそうだ。今後もシャチによるシロナガスクジラの捕食行動について、継続的な調査が行われていくという。
現在シロナガスクジラの個体数は世界規模で保護に乗り出した効果もあり、国際自然保全連合(IUCN)の推計によると世界全体で5000頭から1万5000頭のシロナガスクジラが生息しているとみられる。商業捕鯨が行われる以前のことはわからないが、シャチがシロナガスクジラを捕食するという食物連鎖の形に戻りつつあるのかもしれない。
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