花粉症とダイビング
春の訪れとともにダイビングシーズンに胸躍らす一方、花粉症の季節の到来に憂鬱な気持ちになる方も少なくないでしょう。ダイビングに耳抜きは不可欠であり、ダイバーの耳鼻疾患への関心は高いと考えます。
そこで、花粉症とダイビングについて、知っておくべき基本的な知識から対応策、治療法までを、三保耳鼻咽喉科院長の三保仁先生にお聞きしました。
※2018年3月時点
※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2018年3月号からの転載です。
01、花粉症について知る
日本人の約4割が罹患しているともいわれる花粉症は、今や国民病ともいわれています。自分自身や身近な人にも花粉症で苦しんでいる人は少なくないのではないでしょうか。そもそもなぜ花粉症に罹患するのか、なぜ鼻づまりや目のかゆみなどの症状が出るのか、シーズン性はあるのかなど、まずは花粉症の素朴な疑問にお答えします。
花粉症は体を守ろうとする「免疫反応」
花粉症は、体内に花粉が入ってきたとき、それを排除しようとする体の「免疫反応」です。そのメカニズムは、まず、空気中を浮遊している花粉の抗原が鼻の粘膜に付着すると、体内に抗体が作られます。そして、再び花粉が体内へ侵入すると、アレルギー誘発物質が放出。鼻水、鼻づまり、くしゃみなどのアレルギー反応を起こし、体を花粉から守ろうとするのです(アレルギー性鼻炎)。
春だけではない花粉症シーズン、一年中飛んでいる花粉
「花粉症」というと春をイメージしがちですが、飛んでいる花粉の種類が違うだけで、花粉は一年中飛んでいます。日本では、花粉症を引き起こす原因となる植物は、約60種類もあるといわれています。
また、季節変化が豊かな日本では、同じ種類の花粉でも飛散時期にズレが出てきます(表1)。春に強く影響するのは「スギ花粉」と「ヒノキ花粉」。関東や東海地方では、このスギやヒノキが比較的に多くあるので「花粉症シーズンは春」と思いがちです。花粉の種類ごとの飛散時期を確認しておきましょう。
■表1 代表的な花粉の種類と飛散時期
風邪?花粉症?症状を見分けるには
先述したように、花粉症の症状である鼻水、鼻づまり、くしゃみは、鼻の粘膜についた花粉を除こうとして起こる体の免疫反応が原因です。しかし、花粉症でなくても体調が優れないと、肌荒れ、目のかゆみや頭痛を感じることもあります。特に、花粉症と風邪の症状はとても似ているので、対処を誤らないように注意が必要です。
花粉症の中でも最も多い、スギ花粉症。スギ花粉症では、目や鼻の症状だけでなく、喉の痛みやかゆみ、咳、皮膚の発赤やかゆみ、下痢などの胃腸障害、発熱などの症状が出る場合があるため、これらの症状だけ見ると、風邪やインフルエンザなどの感染症と区別がつきにくいことがあります。
このため、アレルギーを専門とする耳鼻科医は通常、2年連続で同じ症状が3月頃に起きるか起きないかで花粉症かどうかを診断します。さらに、花粉飛散が多い年や多い日に症状が強いかどうかを確認し、確定診断に至ります。
花粉症のような「アレルギー性鼻炎」は、血液検査や皮膚検査なども踏まえて判断しますが、これらの検査は確定診断にはなりません。花粉症があるのにないと出たり、ないのにあると出ることは珍しくないのです。毎年のように症状が出る方は、早期治療を開始するためにも、冬の間に耳鼻科を受診することをおすすめします。
02、花粉症でもダイビングを楽しむために
「鼻がつまっているから耳抜きができない」との理由で花粉症の人はダイビングができないのでは? という不安を持っている人も少なくないでしょう。花粉症と向き合いつつダイビングを楽しんでいくにはどうしたらいいのか、その答えは、「花粉症」と「ダイビング」の関係にあります。
症状の重さだけでは決められない?ダイビングの可否の判断
花粉症によって、副鼻腔スクイーズ、副鼻腔リバースブロック、また耳管まで腫れてしまうと耳抜き不良を起こすこともあります。ただ、重度であればあるほど、ダイビングで耳鼻のトラブルを起こしやすくなるかというと、そうでもありません。重症の鼻炎でも問題なくダイビングができる人もいれば、軽い鼻炎なのに重症の副鼻腔炎や、耳抜きのトラブルを起こす人もいるのです。
さらに、スギ気管支炎、スギ喘息になる方も年々増えていますが、どのような病気でも咳が出る状態でのダイビングは禁忌です。水中での咳は、肺破裂から気胸、エアエンボリズムといった、命に関わる潜水障害を起こすことがあるからです。
花粉症の症状がひどいからといって、一概にダイビングができないと決めるのではなく、個別の症状を判断し、丁寧にケアする必要があるということです。
ダイビング前に飲んでもいい薬と飲んではいけない薬
普段、薬を服用している花粉症の方は、ダイビング中の薬の影響が気になるでしょう。まず、ダイビング中に使用できる薬は「眠気が出ないこと」と「血管収縮剤が含まれないこと」の2つがポイントとなります。服薬の副作用として、地上で少しでも「眠気」を感じる薬は、水中で浅い深度にもかかわらず、記憶を無くすほどの重症な窒素酔い(窒素ナルコーシス)を起こしやすくしてしまうので危険です。また、血管収縮剤の成分が入っているものは減圧症のリスクになるので、点鼻薬も含め使用してはいけません。
つまり、抗アレルギー剤でダイビング前に服用して良いものは、血管収縮剤を含まず、地上で飲んだときに眠気の副作用がまったく出ないものです。服薬を始めた当初は副作用の有無が判別できないため、新規で服薬を始めた際には一定期間様子を見ることが大切です。眠気の感じ方は人によって大きく異なるので、飲める薬剤も人によって異なります。
市販薬の抗アレルギー薬には、血管収縮剤がほとんど入っており、ダイビング中には使用できません。処方薬でも、「ディレグラ」には血管収縮剤が入っているため、この薬は潜水時には使用できません。
点鼻薬については、多くの市販薬に血管収縮剤が含まれます。このため、医師処方のステロイド点鼻薬が一番安全です。これは、体にはほとんど吸収されない安全なステロイド薬です。
1、花粉症の治療薬
◎ステロイド点鼻薬
(効果が不十分な場合には、補助薬として抗ヒスタミン剤、抗ロイコトリエン剤の2剤を同時に追加)
◎血管収縮剤が入っていない点鼻薬および内 服薬
◎地上で内服してまったく眠気を感じない抗ヒスタミン剤
2、潜水時の使用禁止薬
◎地上で内服して眠気を感じる抗ヒスタミン剤:窒素酔いのリスク
◎血管収縮剤の入った抗アレルギー薬:減圧症のリスク
◎市販薬:多くの点鼻薬や内服薬
◎処方薬
:点鼻薬…トーク、プリビナ、ナシビン、コールタイジンスプレー
:内服薬…ディレグラ
花粉症を軽症で抑えるために「症状が出る前に服薬」が重要!
抗アレルギー剤の多くは100%の効果が出るのに服薬開始から1~2週間ほどかかります。抗アレルギー剤は、花粉症の症状を治すために点鼻や内服するのではなく、症状が出にくいように、そして出ても軽症で済むように使用するものです。
花粉飛散開始前から事前に内服をしていると、同じ種類と量の薬剤にもかかわらず、約半分の重症度で済みます。これを「初期治療」といいます。花粉の飛散時期(P05表1参照)は、地域や時期により異なりますが、関東では1月末~2月の初めから内服していると、症状はかなり軽く済みます。
症状を抑え続けるのではなく“治す” 治療を
スギ花粉症の治療法のひとつに、アレルギーの原因である「アレルゲン」を少量から投与することで、体をアレルゲンに慣らし、アレルギー症状を和らげる「アレルゲン免疫療法」があります。
従来の投与方法としては、薬を皮下に注射する「皮下免疫療法」が行われていましたが、最新の治療として、舌の下に投与する「舌下免疫療法」が登場し、自宅で治療が行えるようになりました。これは、3~5年間、毎日舌の裏側でスギエキスを舐め続けると、アレルギー症状が軽くなるか完治する可能性がある、という治療法です。
その舌下免疫療法薬として、スギでは「シダトレン」が発売されました。さらに、2018年のゴールデンウィーク明けには、もっと効果が高い「シダキュア」が発売されます。ちなみに、ダニアレルギーではアシテア、ミキテュアがあります。
そのほかの治療法としては、レーザーや高周波によって、鼻の粘膜を軽く焼灼する小手術の治療もあります。効果は2年ほどで切れてしまうので、永久的な治療ではありませんが、何度でもやり直すことができます。
症状のひどい方は、症状を抑え続けるのではなく、将来に向けて花粉症を「治す」ことを目指してはいかがでしょうか? 5月から11月までの間で、治療開始ができます。
海は花粉症の症状を軽くする?
花粉飛散量は、スギの木が多い地方の山間部が当然多いです。しかし、花粉症の症状の重症度を比べてみると、飛散量が何分の一しかない都会の人の方が、何倍も症状が強いものです。その理由は、都会での大気汚染、ストレスの多い生活、肉食中心の食生活などが挙げられていますが、何といってもアスファルトが大きな原因です。
花粉は土に落下すると、再び舞い上がることはほとんどありませんが、土がほとんどないアスファルトの多い都会では、一度降った花粉は何日間も、何回でも風や車の通過で舞い上がります。そして、花粉はそのうち、粉々になって細かくなり、本来の花粉の大きさでは到達できないはずの奥深い細い気管支まで到達できるようになり、スギ喘息を引き起こすことがわかっています。
海や湖に落下した花粉は二度と舞い上がらないので、海岸線では花粉に暴露するリスクが低いことになり、花粉を吸い込まない運動自体が、アレルギー性鼻炎の症状を軽減できるということです。
このような理由で、「花粉症が治る」というまではいきませんが、「海の方が花粉症の症状が軽減される」というわけです。
ダイビングは花粉症に好影響?
海を舞台として遊ぶダイビングは、花粉症の症状をさらに和らげることが期待できます。これは、以下の理由によるものです。
●鼻の洗い流し効果:顔についた海水を拭うという行動が、鼻の洗い流し効果となり、症状が軽くなる要因として挙げられます。
●ダイブサイトの環境:基本的に、ダイブサイトは大都市圏ではなく自然が多い地域にあるため、空気自体がきれいです。
また、スギ花粉は偏西風に乗って100キロ先まで飛んで行くといわれています。つまり、日本では、西~北西にスギが多い山間部が少ないエリアは、花粉症のダイバーにとっては最適のダイブサイトといえるでしょう。
三保先生に聞く!正しい耳抜きで快適なダイビングを
耳抜き不良の検査は2種類
花粉症や鼻づまりなどの理由で、耳抜きに不安を持っているダイバーは、耳管機能検査という15分ほどの耳抜きの検査があります。つばを飲むの耳抜き具合を調べる「音響耳管法」と、鼻をつまんでいきむバルサルバ法および、フレンツェル法の耳抜き具合を調べる「気流動態法」の2種類があります。
●嚥下法嚥下:(つばを飲む動作)によって、耳管を開放させる方法
●バルサルバ法:鼻をつまんで力むことによって、肺の圧力で耳管を開放させる方法
●フレンツェル法:鼻をつまみ、唇をマウスピースに密着させ、舌の後方を咽頭の奥に押し当て、耳管を開放させる方法
耳管機能検査をして「耳抜きができない」のではなく「耳抜きのやり方が下手」だった人は全体の約97%で、オトヴェントで訓練すれば、約96%の人が耳抜きができるようになっています(下図参照)。
CLIP BOARD:理想的な耳抜きをするため!自己通気訓練道具・オトヴェント
自己通気用の医療器具で、滲出性(しんしゅつせい)中耳炎の人が在宅で自己通気をして治療をする事を目的として開発された医療器具です。耳抜きに必要な強さに設計されている風船です。
また、滅多にいないのですが、嚥下法で抜けなくて、バルサルバ法のやり方は合っているのに抜けない人もいます。あるいは、オトヴェントを用いてバルサルバ法を訓練して、理想的な耳抜き方法を習得したのに抜けない人もいます。そういう人は、慢性鼻炎であるアレルギー性鼻炎や副鼻腔炎の検査・治療をします。
オトヴェントで理想的なバルサルバ法の耳抜きを習得したがそれでも耳抜きができない人、あるいは耳管機能検査で初めからバルサルバ法が上手だったけれど耳抜きができなかった人は、全体の4.1%です。この人たちだけが、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎の治療を必要とし、治療によって耳が抜けるようになるのです。
ですから、「鼻が悪いから耳が抜けない」というのは、ほとんどのケースで都市伝説といえるのです。これらの人は、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎の重症度と比例しないのが不思議です。軽症の人でも耳抜き不良の原因にもなるし、逆にかなり重症の副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎でも、耳抜きがとても良くできる人もいます。
逆にいえば、アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎がいくらひどかろうが、耳がよく抜けていれば(日常に支障がなければ)人によっては、放置してもいいわけです。ですから、鼻の治療を検討するよりも先に、オトヴェントで耳抜きの訓練をするのです。まとめると、以下のようになります。
◎嚥下法は訓練が困難だが、バルサルバ法はオトヴェントで訓練が可能
◎耳抜き不良の人にオトヴェントを使って訓練すると、約96%の人は耳抜きができるようになる
◎鼻が悪いから耳が抜けない人は、たった4.1%しかいない
耳管の“太さ”より“機能” の問題
注意したいことは、鼻から耳へ風を通す「耳管通気治療」は、耳抜き不良を治す効果はまったくないということです。これは、機械によって耳管を通気するのですが、それによって耳管が広がることはありません。人にやってもらう受動的耳抜きと、自分が行う能動的耳抜きは別物です。
また、耳管が細いから耳が抜けにくいと思っているダイバーや耳鼻科医が多いのですが、太さもまったく関係ありません。ほとんど耳管が詰まっているような人は、大人になるまでの間に、慢性中耳炎になっています。耳管の太さではなく、耳管機能が問題なのです。
現在、鼓膜が正常の人は、必ず耳抜き不良は治るのです。
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