タイ洞窟遭難事故についてケーブダイバーとして思うこと ~ダイビングによる救助の困難さと可能性~

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日本でも大きく報道され、注目度の高い「タイ13名洞窟遭難事故」。
救助活動中に死亡事故も発生し、先行きが見えない状況が続いています。

タイ北部の洞窟に少年12人とサッカー監督が閉じ込められている事件で、救助隊に参加していた元タイ海軍のダイバーが死亡した。地元チェンライ県の副知事が6日、明らかにした。

BBCニュース

今回、多くのダイバーが救助活動に参加しており、また、今後の救助の選択肢としてもダイビングが注目されています。

そこで、医師にして、洞窟(ケーブ)を潜る経験豊富なケーブダイバーとしても知られる三保仁氏に、その救助の困難さと可能性をお聞きしました。

※以下、三保仁氏による寄稿

ケーブダイバーとして思うこと
「潜水させる方法が最もリスクが高い」

皆さんがご存じのように、タイで13名(うち12名が少年)が洞窟内に閉じ込められて遭難している事件が起きていますが、本日(7月6日)タイ海軍特殊部隊の元潜水隊員(ボランティアで参加)1名がエア切れ事故で死亡してしまいました。

まず、亡くなられた元隊員のご冥福をお祈りいたします。

そして、この事件について、ケーブダイバーとして思うことをお話しします。

救助方法について、「天井から穴を開ける」、「雨期が終わって水位が下がるまでの4ヶ月間、ケーブの中で待機する」、「遭難者に潜水を訓練して救助する(タンカ運搬または抱きかかえての2方法)」という方法が検討されています。

結論からいうと、潜水させる方法は一番リスクが高いと考えています。

タイの知事は、確実に安全である方法をと述べていましたが、そういった意味からは、潜水以外の方法を同時並行で取るべきでしょう。
ケーブダイビングを知らない素人が、体験ダイビング程度に安易に考えることを懸念します。

事実、残念なことにタイ海軍特殊部隊の元隊員1名が、本日エア切れで死亡してしまいました。
しかしながら、私としては想定範囲内の事故でした。

遭難直後、最初は特殊部隊のダイバー達が捜索するも結果が出せず、呼び寄せられたイギリスのケーブダイバー2名が遭難者を発見したのです。
彼らはケーブダイバーというだけではなく、洞窟遭難救助の専門家だったそうです。
それで、水中にケーブラインなりロープなどが敷設されルートが作られたのです。

そして全員の無事が確認され、イギリスのケーブダイバーは帰国しました。

彼らのコメントでは、タイの特殊部隊達はケーブダイビングの知識がまったくないと言っていました。
その後、そのルートを使って食料や通信機器を運んだり、医師を送り込んだのです。
その医師も潜水訓練を受けていた軍医だそうですが、それでも往復6時間かかったという困難さです。
流れがあって、透明度が悪く、そしてケーブダイビングの知識がないという最悪のコンディションです。

難易度が跳ね上がるケーブダイビング
特別な訓練が必要

そもそもケーブダイビングは、普通のシングルタンクでのダイビングが熟練され、ベテランダイバーとなった人たちが、やっと一般のケーブライセンスを始めることができるといったダイビングです。
入り口からの距離に応じて、カバーン、イントロケーブ、フルケーブと徐々にランクアップしていく必要もあります。

ケーブダイビング

私はPADIのマスターインストラクターですが、潜水技術という点だけで言えば、マスターインストラクターになるよりも、ケーブダイビングコースの方が、よほど難易度が高かったという印象でした。

ケーブダイバーコースは、バックマウントで講習を受けます。
その後、より広いエリアを潜る希望がある者は、狭いところが通過できるサイドマウントを受講することになるのです。

そして、ケーブダイバーとして経験を積んでベテランダイバーになると、数時間に及ぶダイビングを可能にするために、サイドマウントあるいはバックマウントのメインタンク2本以外に、さらに余分のタンクを使用するステージダイビングを習います。

私は最大で4ステージ、すなわちサイドマウントの2本と合計で、6本のタンクでケーブを潜ったことがあります。
ケーブが狭くなければ、水中スクーター(DPV)を使用するライセンスもあります。
これらを駆使してさらに経験を積むと、強い流れや視界不良潜水もストレスなくダイビングをこなせるケーブダイバーになれるわけです。

これを読んでいるダイバーの皆さんはおわかりだと思いますが、ダイビング講習を受けた当初は、水中という慣れない環境で呼吸したり、泳いだりというだけで、それなりのストレスはあったはずです。

それが、頭上閉鎖環境(オーバーヘッドクローズド)、すなわちレックのペネトレーションやケーブの様に、何かトラブルあっても直浮上できないという特殊環境になるために、潜水の難易度が跳ね上がるのです。

ケーブダイバーは、バディとはぐれても、あるいはソロダイビングの時でも、何か水中でトラブルが発生した場合にはすべて自己完結してトラブルを解除し、入り口(またはその先の出口)まで生還しなくてはなりません。

ですから、マスクも予備を持って行くし、ラインを切るナイフも2つ、ライトは最低3本など、何でもかんでもバックアップ器材を持って行きます。
タンク2本とレギュレータ2個をバックアップ意味を含めて付けています。
マスクストラップは布製で切れないもの、フィンストラップはバネ製でやはり切れません。
視界ゼロ潜水、ロストライン(ラインを見失ってしまうこと)、ロストバディーなど、あらゆるトラブル対処法を講習で習います。

以上のように、ケーブダイビングを行えるようになるまでには相当の時間と訓練が必要なわけです。

田原浩一の器材構成

ケーブダイビングでは、一般のレジャーダイビングとは異なる装備が必要

死亡事故の原因は
エア切れ

ですから、それらの知識や器材、特殊訓練を積んでいなければ、当然事故は起こりえます。
これまで、たくさんのダイバーがケーブで亡くなりました。
その死亡事故のほとんどが、多くのインストラクターを含むシングルタンクでの、ケーブ訓練を受けていないダイバーなのです。

今のケーブダイビングの器材や潜水手順は、過去の痛ましいケーブダイビング事故から考案された器材だったり、考え出された潜水手順で、現在は完成形といってよいものです。
ですから、近年では滅多にケーブダイバーの死亡事故は起きておらず、その事故率は一般ダイバーの事故よりもかなり低いのです。

今回死亡したタイ特殊部隊の元潜水隊員も、それなりに難易度が高い訓練を積んで、経験もそれなりにあったからこそ、このような劣悪環境の救助潜水活動を行っていたのでしょう。ところが、ケーブダイビングの知識がないのが致命的だったのでしょう。

今回の死亡事故の原因はエア切れでした。

その理由を想像してみると、一番あり得るのは、視界不良潜水でロストライン(あるいはロープ)となってケーブ内をさまよってエア切れ、あるいはひょっとしたらラインは見つけたけれど相当エアを消費してしまっていたために、直浮上できないので入り口にたどり着けなかったのだと思います。
視界ゼロ潜水では、残圧も確認できないのですから。

さらに、ケーブダイビングでは3分の1ルールというものがあります。

行きに3分の1のガスを呼吸し、帰りに3分の1のガスで帰ってくる。
残り3分の1は、自分あるいはバディのためのバックアップです。
タンクを2本以上持って行きますが、すべてのタンクに3分の1ルールを適用して、安全率を高めています。
バディも同じように予備のガスをたくさん持っている状態ですから、エア切れはよほどの状況でなくては考えられないのです。

ダイビングによる救助方法は可能か

さて、遭難者達の救助方法として、ダイビングを教えて潜らせるという方法も進行していますが、とても現実的とは思えません。

ダイバーの皆さんならおわかりの通り、パニックを起こされたらほとんどそのような環境では救命できません。
慣れない水中環境、視界不良、ケーブダイビングという特殊な条件下では、パニックを起こす可能性は十分ありえます。
そもそも、我々インストラクター達は、パニックを起こしたダイバーの対応をすることはもちろん、パニックになりかけている兆候を見つけて事前に対応するものです。

目つきや顔つき、不審な行動、排気の泡の速度や量などですぐにそのダイバーに近づき、アイコンタクトをしたり、ハンドシグナルで様子を聞いたり、時には水中スレートも使うでしょう。ところが、視界不良潜水では、これらがすべてできないわけです。

また、ケーブダイバーはフロッグ(フロッギー)キックまたはフラッターキックという、特殊なフィンワークをします。
下の泥を巻き上げないための方法です。フロッグキックとはカエル泳ぎスタイルですが、膝を直角に曲げ、フィンが常に体よりも上にある状態であおり足のようなフィンワークをするのですが、でもフィン先は下から上にあおるのです。
フラッターキックは、左右に狭いところで使用します。やはり膝を直角に曲げてフィン先だけ細かく素早く小さくバタ足をする感じです。

これらのフィンワークは簡単には習得できません。

ですから、にわか仕込みの訓練で、ケーブ内で普通のフィンワークをしたら完全に泥を巻き上げてしまいます。
さらに透明度を悪くして、救助者のダイバーまでトラブルに巻き込みます。フィンキックで救助者のレギを払うなどもあり得るでしょう。
遭難者を抱きかかえて運搬するという方法も検討されていますが、パニックを起こされたらこれも救助者を巻き込んで2重事故になります。

水中搬送は最後のギャンブル
ケーブダイバーと連携した天井の掘削という選択肢

どうしても水中を移動するという方法をとるのであれば、ばたつかせないで安静に安心して運べる水中用タンカを使う方法です。
荷物のように、救助者ダイバーが2名以上で運ぶのです。体をすっぽりと覆ってしまうので、パニックで暴れることはできません。

でも、マスクやレギュレータを外してしまうかもしれません。
そういった危険な行動を取ってしまったかどうかも、救助者は視界不良のために認識できないわけです。
また、ダイビングタンクを外さないと通れない狭い所もあると聞いていますので、よほど小さい特殊なタンカを作っても、通過できるかどうか問題です。

タンカで運ぶとしても、一日に1名、せいぜい2名でしょう。大勢のサポートダイバーとタンクステーションを用意して、運びながらだと片道は倍の5〜6時間かかるでしょう。一人が無事に入り口に到着してから、やっと次の人がスタート可能です。先発隊が水中でつっかえるなどのトラブルが起きた場合、後から来たダイバー達も当然立ち往生でエア切れの危険があります。何重もの事故になってしまうのです。1日1名づつで13日間、2名でも7日間かかります。

まだ問題はあります。

ケーブ内の地形の情報は錯綜しておりますが、どうやらシングルタンク1本では足りそうもないのです。フレキシブルなマニホールドなどで最初から2本接続しておくと、今度は前後なり、左右なりに幅が広くなってしまって狭いところが通れません。そうなると、タンクを交換する、すなわちレギュレータをくわえ直す事が必要ですが、うまくできたかどうかも透明度が悪ければ確認できません。

現在、ストレスなく呼吸できるようにと言うことで、マスクが一体型のフルフェイスマスクを使うことも言われておりますが、それですとなおのことタンク交換の際に、マスクごと交換しなくてはならず、マスククリアの技術的難易度は普通のダイビングマスクの比ではありません。現実的ではないと思います。

フロリダのケーブダイビング(三保仁)

以上の見解から、さらに水位が増加して溺れてしまうような生命の危機が生じた場合に限り、ギャンブルで水中運搬することは仕方ないと思います。
そうでない限り、4ヶ月滞在させた方が現実的には安全でしょう。同時に、天井から穴を開けることです。

追加ですが、ピンポイントで滞在している洞窟の場所の真上に穴を開ける事が困難という話も聞きますが、今の時代は位置を正確に知るためのソフトがあります。ダイバーが入り口から移動した経緯を自動的に3次元で記録してコンピューターで立体図を描けます。

ケーブ内でも電波を拾える特殊な通信機器もあります。

50Khz(長波帯)ぐらいの電波を使い直径1~2mぐらいのループアンテナ2台を使用した通信機を利用して行います。数㎞ぐらいは地中でも電波が届くので、それを利用して位置を特定する感じです。

これらを使って、ケーブを正確にマッピングする技術はすでに確立されています。
これらの方法を使えば、地上地図と重ね合わせてかなり正確に天井の位置を探れると思っています。

残された子供たち全員が無事救助されることを祈らずにはいられません。

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PROFILE
医大生時代にダイビングと出会いのめり込み、ダイビングのために時間とお金を捻出するために、他の趣味をどんどんやめてしまう。
クリニック開業後、好きが高じてダイビングインストラクターになり、現在は、テクニカルダイバーとして、ケーブダイビング、リブリーザーダイビング(rEvo)、大深度ダイビング(-100m越え)などの潜水を行なっている。
また、全国から潜水医学の講演依頼があり、ダイバーおよび耳鼻咽喉科医へ正しい潜水医学の普及をすべく活動。
その後、58才で耳鼻科開業医を引退し、第2の人生でメキシコ移住。メキシコセノーテを潜り三昧の日々を送る。
 
潜水歴30年、潜水本数約3000本。
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