“タイ洞窟遭難事故” 救助方法として潜水が選択された理由とは ~救出のポイントは少年たちの精神力~

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タイ洞窟遭難事故で、潜水による救助が選択された理由と成功のポイント
~ケーブダイバーとして思うこと Part2~

メキシコ・セノーテ(撮影:三保仁)

「タイ13名洞窟遭難事故」における救助活動は、7月10日21時現在、13人すべての少年が救出されました。

【チェンライ(タイ北部)西脇真一】タイ北部チェンライの洞窟に取り残された少年らの救出で、タイ海軍特殊部隊は10日夕、洞窟内に残った最後の5人を救出したと明らかにした。

毎日新聞

医師にして、洞窟(ケーブ)を潜る経験豊富なケーブダイバーとしても知られる三保仁氏は、救助活動が始まる前の寄稿において、潜水による救助の困難さを指摘していました。

しかし、選択された救助方法は潜水。

潜水という決断が下された理由とは? そして、救出成功のポイントとは?
その見解を寄稿いただきました。

※以下、三保仁氏による寄稿

リスクの高い潜水による救助が
選択された4つの理由とは

タイの洞窟遭難事件で進展がありました。
少年達にダイビングをさせ、13名すべてが救助が無事終了したと報道されています。

前回の記事でも書いたように、これはそれなりのリスクを伴う救助方法です。
しかしながら、いくつかの要因から現地当局が決断を下したとのことです。

1.洞窟内の酸素低下

その理由として考えられるのは、第一に、少年達が滞在していた空洞の酸素が低下してきていることが問題になっています。
多くの人を送り込み過ぎたという意見もあります。それが故に、今はその空洞に滞在する救助者を少なくしているそうです。

2.大雨による空洞の水没の恐れ

第二に、ここ数日間は雨が一時的に土砂降りになるものの長時間続かなかったのに、今後は大雨の天気予報がなされているとのことです。
下手をすると、今いる空洞が全水没して全滅してしまう可能性すらあると判断されたようです。

3.洞窟内の水位減

第三に、現在は流れ込む水が減少し、排水作業の効果が功を奏し、かなり水位が下がっているということです。
ということは、水流も減少して泳ぎやすい上に、これは私の想像ですが、エアドームになっている場所が増えていると思われます。

ということは、潜水しなければならない全水没の距離が減少していて、水中ではなく水面でタンク交換ができる事になります。

ストレスを減らすためにという目的でフルフェイスのマスクを使用しています。

マスクのタイプにもよりますが、水中でもしもタンク交換を行うことになった場合、フルフェイスマスクを一度はずして、大容積のマスククリアが必要になりますが、水面でタンク交換するのであれば、マスククリアが必要なくなるわけです。

4.経験豊富なケーブダイバー集結

そして第四に、世界中から経験豊富なケーブダイバー達が50名も集結し、救助の陣頭指揮を執り、直接的に救助を行っているそうです。
多分、40名の海軍特殊部隊のダイバーはステージのタンクの運搬など、間接的なサポートのみを行っていると思います。
ケーブダイバー達の到着で、かなり救命率を上げたと言って過言ではないでしょう。

ちなみに、出動しているケーブダイバーの国籍は、少年達を発見したダイバーが所属するイギリスの洞窟救助隊の他のメンバー、オーストラリア、アメリカ、中国、ラオス、ミャンマーの人たちだそうです。
日本人もいるそうですが、私のケーブ仲間のネットワークでは日本から出動した話を聞きませんので、海外在中の日本人かと思われます。

救難者1名につきケーブダイバー2名がサポート
潜水による救助方法

今回の救出方法は、救難者1名に付きケーブダイバーが2人で救助したそうです。広いところでは救難者を抱きかかえて運搬し、一人でしか通過できないところでは、救難者の前後にケーブダイバーが配置し、救難者が自らロープをたぐったり、岩をつかんで進んだようです。

途中途中には多くのタンクステーション、サポートダイバー達が配備されています。
その用意に10時間はかかるということなので、4人救助するとまた10時間準備をするという具合です。

搬送中は力を抜いて楽に呼吸するよう指示し、体を動かさないようにさせているでしょう。
ひょっとすると、フィンは履かせていないのではないでしょうか。
下手なフィンワークをされて水を濁らせるよりも身を任せてもらいたいですし、エアの消費量が少なくて済むからです。
パニックになったときにも、フィンを履いていない方が救助者は楽でしょう。

狭いところを通過させる時には、きっとボディーコンタクトを取りながら進んだ思います。
例えば、後ろからのダイバーは足首をつかんでいて、つっかえたときなど困ったときには、足を左右に振る動作をさせるなどです。

この方法は、タンカを使って荷物のように救難者を運搬するよりも、かなりのメリットがあります。
狭いところをタンカ運搬するよりも、自力で進んでもらう方が簡単に通過できます。

また、特別な小さいタンカを制作する必要もない上に、タンカ運搬だとより運搬時間がかかるでしょう。
その結果、必要となるタンク数が増えてサポートスタッフもさらに増やす必要が生じます。

また、今は4人ずついっぺんに救助していますが、万一途中で先行のチームが途中でつっかえると、後から来る人たちは前に進めずに問題ではありますが、やれと言えばやれないことはないです。
タイムリミットがあったようですから、時間節約としては仕方ないでしょう。

しかし、タンカ運搬だと、いっぺんに4人などはとてもじゃないけれどやめておいた方がよいので、全員救助するのに何日間も要してしまいます。

最大のリスクはパニック
成功のポイントは少年たちの精神力

この救助方法での、唯一かつ最大の危険性は救難者がパニックに陥ることです。
視界ゼロの水中でパニックになられたら、頭上がふさがれたケーブの中では救命することはきわめて困難ですし、救助者も巻き込まれて二重事故にもつながりかねません。
それを予防する最大の方法が、タンカ運搬なのです。

しかし、私を含めてケーブダイバーはもともと海のインストラクター出身者が多く、メンタルケアを含めて人の面倒をみたり、アシストすることに慣れている人たちが多いという事はとても有利だったのではないでしょうか。

この救助方法の最大のポイントは、パニックに陥らない少年達の精神力が要求されることでした。

パニックにならないのであれば一番簡単な方法ですが、パニックになられたら大事故になるわけです。
そこがギャンブルたるゆえんです。

かといって、タイムリミットがある今の状況下では、タンカ運搬は現実的ではないと判断されたわけです。

もちろん、救難者本人達とその家族には、事前にリスクを説明して了解を得ていると発表されています。
そして、タイ当局は、全滅する可能性があるのであれば、リスクはあるけれど手っ取り早いこの救出方法を選んだわけです。

すべては結果論で、今後の詳細な検証が必要ですが、ひとまずこの吉報を喜びたいと思います。
そして、同じケーブダイバーとして、集まったベテランケーブダイバー達に賞賛を送りたい気持ちです。

何より、少年達の精神力に拍手を送りたいと思います。
今後、穏やかな生活を取り戻し、また元気にサッカーができるよう祈っています。

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PROFILE
医大生時代にダイビングと出会いのめり込み、ダイビングのために時間とお金を捻出するために、他の趣味をどんどんやめてしまう。
クリニック開業後、好きが高じてダイビングインストラクターになり、現在は、テクニカルダイバーとして、ケーブダイビング、リブリーザーダイビング(rEvo)、大深度ダイビング(-100m越え)などの潜水を行なっている。
また、全国から潜水医学の講演依頼があり、ダイバーおよび耳鼻咽喉科医へ正しい潜水医学の普及をすべく活動。
その後、58才で耳鼻科開業医を引退し、第2の人生でメキシコ移住。メキシコセノーテを潜り三昧の日々を送る。
 
潜水歴30年、潜水本数約3000本。
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