17年の集大成。中村卓哉氏の新作写真集『辺野古 -海と森がつなぐ命』出版インタビュー

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2018年9月中旬、水中写真家の中村卓哉さんが、新作写真集『辺野古 -海と森がつなぐ命』を株式会社クレヴィスより出版します。

辺野古の写真を撮り始めて17年になる、という中村卓哉さん。
今回写真集を出すことになったきっかけや、撮影の際に意識していること、写真を通して伝えたいことなどをお聞きしました。

とその前に、中村卓哉さんが「今日はこれを持ってきました〜」と言って見せてくれたのは、写真集完成間近の赤字が入った色校正!
なんとも貴重なものを見せていただきました。

1枚1枚確認して、思った通りに色が出てないものは指示をいれている

1枚1枚確認して、思った通りに色が出てないものは指示をいれている

それではさっそく、インタビュースタートです!

■インタビュアー:山本晴美(オーシャナ編集部)
■写真、構成:菊地聡美(オーシャナ編集部)

写真展だけじゃ伝えられないと思った
『辺野古 -海と森がつなぐ命』出版のきっかけ

ーー

辺野古に潜り始めてから17年ということですが、なぜこのタイミングで出版することになったのでしょうか?

中村さん

もともと、写真集の話はなかったんです。
昨年からニコンのTHE GALLERYで行う写真展の話がスタートしていたんですが、本の出版が決まったのは3ヶ月前で。

ーー

え、今年の5月ですか?

中村さん

そうです。写真展のためにプリントするデータを作っていたんですけど、写真展の会場のキャパが決まってるので、点数が限られてしまうんですよね。
辺野古のサンゴはものすごくスケールが大きいから、B0ノビというサイズで大きく見せたいのもあって。
そうすると新宿は59点で、大阪が40点しか展示できないんです。

でももう17年も通ってるので、あれもこれも見てもらいたい、外せないって思ってたら200点くらいになっちゃって。
そこで初めて、これはまとめたいなって思ったんです。

ーー

写真展の写真を組んでる間に思いついたのですね。

中村さん

写真集を出すんだったら写真展に合わせなきゃいけないなって思って、慌てて出版社に相談しました。
そうしたら株式会社クレヴィスさんがぜひと言ってくださって。
なので急ピッチで仕上げたんですけど、その前から写真展の構成をこだわって組んでいた中での写真なので、本当に魂のこもった1冊に仕上がりました。

今出さなきゃ後悔する思った
このタイミングで写真集を出そうと決めた思い

ーー

写真展自体は見せるところにこだわって、写真集の『辺野古 -海と森がつなぐ命-』は内容や密度に重きを置いた、といった感じですか?

中村さん

17年の辺野古の集大成というか、もう今出さなきゃっていう衝動に駆られて。
本当は10年後くらいに出したかったんですけど。

ーー

それはなぜですか?

中村さん

2011年に『わすれたくない海のこと』を出版しているのですが、こちらは絵本で、子どもでも読める形で作りました。

元々は今回の形で出版したかったので、大人が読めるドキュメンタリー本を作る予定で撮って、文章も書いていたんです。
でも地元の子どもたちが浜辺で遊んでいる姿などを見ながら、この子たちにこそ伝えたい。自慢できるようなこの海や自然を本にしたいという思いから絵本という形をとりました。

だからずっと大人に向けた本を作ろうと自分の中で温めていて。
タイミング的に奇しくも翁長知事が亡くなって、土砂が流されるかもしれないというニュースが出てきて。人間が介入することでどういう影響が出るのか、そこまで見届けてから1冊にまとめようと考えていたんです。
辺野古をずっと見続けているのは、定点観測という意味合いもあります。だから、さらに10年くらい続けてからじゃないと答えは出ないな、という思いがありました。

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中村さん

ですが、辺野古というとやはり政治的なニュースばかりが取り上げられていて、実際はこんなに豊かな自然があるのに、みんなはなにも知らないで反対、賛成と二分化されている。
辺野古の海は今もどんどん命が生まれ変わって、そのサイクルは続いているんです。
サンゴだって昔よりも逆に増えていて、みんな「辺野古はもう終わってしまった」って言うけど、まだ全然終わってないんですよね。

写真家として考えていた、露出の仕方や出版のタイミングがあったのですが、「海を守るか守れないか」ということに関わってくると、もったいぶって出し惜しみしている場合じゃないなと、自分が少し恥ずかしくなってきたんです。
自分は自然が豊かなこの海を残したいという思いがあるので、まずはすぐにそこを伝えるべきなんじゃないかなって。
このタイミングで出さなかったら僕はなんのためにやっていたんだろうとなってしまう気がして、慌てて作りました。

17年で初めて見た、サンゴの白化と産卵
以前と今の変化と、もっとも印象残ったシーン

ーー

先ほどサンゴは増えているという話がありましたが、17年間撮り続けていて、以前と今ではどういった変化を遂げてますか?

中村さん

去年の夏、水温が高くなって結構サンゴが白化したんですね。
浅場のテーブルサンゴもパステルカラーになって、イソギンチャクも真っ白になってしまいました。自分が通ってきた17年の中で、初めて辺野古のサンゴはもうやばいんじゃないかって思わされるぐらいの状況で。

ーー

逆に言うと、去年までは白化はそんなに感じてなかったんですね。

中村さん

はい。沖縄では白化が9年サイクルと言われてるんですけど、辺野古は水温が周りに比べて低いんですよ。
オニヒトデの蝕害もあまりないし、潮通しも良い。
沖縄のダイビングポイントっていうと東シナ海側が多いんですけど、辺野古は太平洋側になるので、水温の兼ね合いが少し違うんですよね。
ダイビングポイントでもないところで、ひっそりとサンゴが育っているんです。

でも、去年の夏は水温が上がって白化してしまって。
秋口にむらいさちさんと一緒にここに潜ったんですけど、そのときも「真っ白になっちゃったね」なんて言ってて。
秋だから水温下がるかもっていう話をしてたんですけど、それからは全然このポイントに潜ってなかったんです。

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中村さん

でも産卵は絶対この場所で撮りたいと思っていて、そしたら今年の5月、沖縄に飛んだその日に産卵があったんです。
一斉にバーっと産んでくれて。
17年見てきた中で、初めてこんな白化を見てダメになっちゃうのかなって思ってたところに産卵があって、よかったなと思いました。これでまた増えてくれるかな、と。
実は、ここでサンゴの産卵が撮れたのは、17年通ってて初めてなんですよね。

ーー

これまで何回か狙ったことはあったんですか?

中村さん

あります。
ただ、サンゴの産卵ってずっと粘ってないといけないんですけど、この場所は岸から400mほど泳がなきゃいけないポイントなので、粘れないんですよね。
今回は、沖縄着いた当日に「今日産みそうなんだけど」って地元の方に連絡して。無理言ってご協力いただいて、ボートを出してもらいました。

元々サンゴの産卵の写真を絶対撮りたいと思っていて、写真展の最後にスペースを空けといたんです。撮れるかどうか分からないのに。(笑)
結果、写真集のなかで一番印象に残るシーンになりましたね。

ーー

撮れる前から予定していたんですか!?
自らにハードルを課して臨まれたんですね。

中村さん

これがないと今回写真集を出す意味がないというか。
「海と森がつなぐ命」というタイトルで写真展も決まってるんですけど、「つなぐ命」というのは、海と森がつながって命を生み出すっていう意味と、生きものが試練を乗り越えて、次の世代まで、また命をつないでいくっていう意味合いをもってつけたんです。

なので、このサンゴの産卵はクライマックスで絶対欲しかった。
だからこのシーンに出会えたときは、海の中で思わず叫んじゃいましたね。(笑)
それくらい一番印象に残ってます。

山と海のつながり
撮るときの意識

 

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ーー

今回の本のタイトルにもなっていますが、以前から森と海は繋がっているという視点で写真を撮られていますよね。

中村さん

もう緑ばっかりです、今回の写真展。

ーー

海だけではなく山や森に着目されたのって、辺野古に潜り始めてから気付かされた視点だったのでしょうか?

中村さん

他でもそうですけど、最初は辺野古なのかな……
例えば以前出版した『パプアニューギニア 海の起源をめぐる旅』のときも、まずは俯瞰で捉えたいという意識はあるんですよ。

海って最終地点なんですね。
人間が暮らしている営みの中で、生活排水が川から流れていって海を汚染する。

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中村さん

”海に潜ると珍しい生き物がいる”ーーそれだけで終わるのではなく、目にするものへの感度を上げて、辿っていきたいと思っています。
なんでこの生き物は他にはいないのにここにいるの? っていう疑問から始まって、まずここにサンゴがある。
このサンゴって他にはないけど、なんであるの? っていう疑問が出てくる。
それは上から川が流れてきて、その先のちゃんと潮が通るところにサンゴがあるよねってなって。
そんな感じで引いていくと、やっぱり上からになるんですよ。それを子どもたちに伝えたいんです。どうやって自然のサイクルを伝えればいいかなと考えたときに、山や森は無視できないんですよね。
なぜ森がなくなるとサンゴは死んでしまうのか、というところから伝えていきたい。

構図や写真の上手さよりも、ありのままを伝えたい
撮影の際に意識していること

ーー

かねてから思っていたのですが、中村さんの写真は、子どもを惹きつける力がありますよね。
吸引力があるというか、作品に対する滞在時間が長い気がします。

中村さん

それは嬉しいですね。
写真展やるときも、小さい子供は「怪獣怪獣!」とか言ったりしてます。

ーー

写真からパワーが伝わるのでしょうか。
撮るときには、どういったことを意識していますか?

中村さん

うまい写真を撮ろうとは思ってないんです。
自分も最初に「お、なんだろう」と思ったものを撮っていくので、目線が同じなのかもしれないです。
なんでこんな葉っぱに虫が集まってるんだろうとか、最初に思った疑問をそのまま撮ってますね。
構図など考えちゃうと、作為の方が見えてきて伝わりにくくなっちゃうかなと思って。

子どもたちって当たり前ですけど、シャッタースピードとか絞りとか、レンズなに使ってるんだろうとか思う前に「えっ、なんでこんな色してるの!」とか「大きさどれくらいなんだろう?」とか、まずそこから聞いてきてくれるんですね。

うまく撮ろうという意識はないから、被写体を変に横にずらしたりとかが少ないです。
おそらく、真ん中に被写体がポンっと入っているのが子どもたちが見やすくて、ウケがよかったりするのかな、と。

特に辺野古に関して自分が伝えたいのはそこなんです。
例えば葉っぱの緑色も、実際に目で見た緑に近づけるために色校正や印刷をしていて。
ちなみに今回印刷する工場が北海道にあるんですが、そちらまで足を運びました。
「もうちょっと鮮やかにした方が映えるんじゃないですか」などデザイナーさんと意見交換をするんですけど、でも自分が見た色はこれなんだってことを伝えたいし、魚の色とかも泥池に住んでるのになんでこんな色をしてるんだろうとかをそのまま伝えたいので、変にいじらずにやってます。

北海道の印刷工場で最終の印刷立会いを行なっている様子

北海道の印刷工場で最終の印刷立会いを行なっている様子

ーー

テクニカルな表現技巧によったものではなくて、関心や興味をドストレートにそのまま記録されているんですね。

中村さん

たぶんそこがドキュメンタリー路線というか。
マクロレンズでもちょっと引いて魚の大きさがわかるように環境と一緒撮ったりとか、見たままを伝えたいというのは常に思っています。

ーー

写真で見て想像してたよりもずっと小さかったとか、“あるある”です。

中村さん

撮るときもなにか狙って撮るのではなく、例えばビーチから泳いで行ったときに、「枯れ葉が堆積してるんだろう」から「その葉っぱが分解されて攪拌されてその水はどこにいくんだろう」と辿っていくとか、とにかく出会ったものに心をオープンに開いて、疑問に思ったことを記録していこうっていう意識で撮っています。
17年の中で飽きずに通えているのも、恐らくコースを決めないからなんじゃないかなと。

あそこのサンゴを撮りに行こうっていう撮り方だと、そこまでのものをほとんど気づかずに見落としちゃうんですよね。
今回の本は、うまいなって写真よりも、自分がくすっと笑えたりとか、ちょっと気になったものなどを丁寧に撮って残していこうっていう形になってます。

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まさに命がけの撮影
苦労して撮るからこそ感じるもの

ーー

山や森の撮影のときはどんな装備で行くんですか?

中村さん

ロクハンですね。

ーー

いわゆる登山の装備ではないんですね。

中村さん

そうですね。泳がなきゃいけないところが結構あるんですよ。
ここも本当にリスクがあって、25メートルくらいのトレッキングロープを持っていって、それでくくって滝とか登ったりして。

ーー

え、1人で行くんですよね?

中村さん

1人です。
途中水深5mぐらいの場所があったりして、横が岩壁だったりすると泳いで行くしかないんです。
そのあと、水面からいきなり崖だったりとかもあって。

そういうときはビニール袋に荷物を入れてパンパンにして、ペットボトルを浮きにしてながら、泳いで持って行ったりします。
レンズとかはハウジングに全部入れていくんですけど、替えのレンズは持っていけないしタオルも濡れちゃったりってことも。
岩壁を登れなくてどうしようかなっていうときは、荷物を先に上へ投げて、腕と足で体を支えながら登ったり……。

ーー

大げさではなく、命がけですね。

中村さん

行くと帰ってこなきゃいけなくて、そっちの方が怖いですね。
結構傷だらけになるし、ロクハンもビリビリになったり。
でも、そういうハードなところには何回かしか行ってないです。森はずっと撮ってはいますが。
携帯もつながらないようなところなので持っていけないし、行くには相当の覚悟が必要です。

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ーー

1回行ったらどれくらい歩くんですか?

中村さん

そのときは片道4時間くらいかな。
歩いて、よじ登って……途中止まると変な虫や蚊に刺されるからぶっ続けで歩いてますね。
だから実はレンズも何本もダメにしちゃって。

ーー

4時間ぶっ続け……
やはりそこまですると、見える光景が違ってくるんですかね?

中村さん

滝とか川の流れに逆らって行くときって、すごいパワーを感じるんですよ。
その偉大さというか、こういう森があるからこの生き物たちがちゃんと平和に暮らせているんだろうという、そこに息づく生き物たちと同じような感覚に持っていくっていうのがすごく大事で。

だから自分は沢登りすることにこだわっています。
もしかしたら車で山の林道に行って、どっかから降りられるかもしれない。

だけど川をたどっていくってやっぱり大事で、水の流れのストーリーがこのサンゴを育てていくから、ずっと川をさかのぼる。
その道中で、地球の偉大さや力というのを自分は感じると思ってますね。

海でも一緒で「辺野古って400mも泳ぐの? アオサンゴで降ろしてよ」って言いたくなるんだけど、その途中で苦労してようやくたどり着いて見えるアオサンゴと、ボートで行ったときのアオサンゴって見え方が全く変わるんです。

ーー

ありがとうございました。
最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。

中村さん

辺野古っていうと、どうしても政治的な側面ばかり取り上げられるので、本当豊かな自然がそこにあるのに、違った見え方をしちゃうんですよね。
圧倒的な自然、ただそれだけで一つの本が作れてしまう場所なんです。

自分の写真展や本でイメージしていただいて、興味をもっていただいたら、ぜひ海の中に潜らなくても、実際にどういう場所なんだろうと訪れて、知ってもらえたら嬉しいですね。
そこの空気や地元の人と話したりして感じるものが、「本当の辺野古」だと思ってますので。

まずは、脚色してないありのままを伝えたいと思って撮った写真を、実際に見て、手にとって感じていただけたら嬉しいです。

THE GALLERY 新宿
トークイベント

新宿のニコン、THE GALLERYで写真展開催中にトークショーが行われます!

予約不要で参加費も無料です。
9月22日の回では、「じゃんけんで買った人に写真集プレゼント」というお楽しみイベントも♪
ぜひ、足を運んで下さいね。

■中村卓哉×むらいさち トークイベント
日時:2018年9月17日(月)14:00~

■中村卓哉 トークイベント
日時:2018年9月22日(土)14:00~

場所:THE GALLERY 新宿1
〒163-1528
東京都新宿区西新宿1-6-1
新宿エルタワー28階

辺野古 -海と森がつなぐ命-

HENOKO_H1_obiari

写真:中村卓哉
掲載点数:約200点
定価:2315円+税
サイズ:252×175 mm
ページ数:192ページ
オールカラー
ソフトカバー

<構成>
1.豊かな海を育む——やんばるの森と川
2.川と海のはざま——マングローブと干潟
3.浅瀬の海——砂泥帯と藻場
4.海のゆりかご——奇跡のサンゴ礁

寄稿:野島 哲氏
サンゴとサンゴ礁について

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