パーフルオロカーボンが減圧症の救世主になるか?油を点滴することによる減圧症の治療
今回もヤドカリ爺の受け売り話であります。
少し前に“減圧症の治療どれだけ遅れてもよいのか?”、正しく言えばほとんどの減圧症の治療は遅れっぱなしという話を書きました。
ダイビングのテキストに出てくる「なるべく早い再圧治療を受ける」なんてルールは単なる警告に過ぎず、チャンバーで行うのはいわゆる高圧酸素治療(HBOT)であります。
いってみれば体内の気泡を圧力をかけて潰すというよりは、高圧の酸素の力を借りて、減圧症による不具合を直そうということのようであります。
そこで、遅れてもHBOT治療を受けましょうというのが、前回のお話でした。
残念なことに、治療が遅れた場合、このHBOTでも患者の約1/3ほどが、十分に回復できないといわれております。
いってみれば、HBOT治療を受けるまでに、修復できないところまで病状が進行するということです。
気泡が体組織への血液循環を阻害する、つまり酸素の供給と二酸化炭素の排出が邪魔をしているわけなので、これをどうにかカバーしようじゃないかという方法が、パーフルオロカーボンという化合物、合成油を血液に注入するとということです。
以下はあくまでも、潜水医学で有名なデューク大学のスティーブン・ヒルズ、ヴァージニア・コモンウェルス大学のブルース・D・スピース(どちらも心臓血管系の専門医)のご意見であります。
話しはチョットそれますが、われわれダイバーはあのくそ重いいタンクを背負って、高圧空気を吸わないで、ダイビングができないものか、同じ脊椎動物の魚が水から直接呼吸ができて、なぜ人間にはできないのだ、とかねがね思っているわけですが、実際に哺乳動物を水に漬けても、かなりの時間生きていられる、つまり呼吸というか換気そのものはできるのだそうであります。
1960年代には、各国で実際に動物実験が行われたとあります。
問題は肺に水を出入りさせるのが難しいのと、取り込んだ酸素を組織に送り、二酸化炭素を排出する効率が悪いため、血液が酸性化する酸素アシドーシスが起きて、結局溺れるということだそうであります。
つまるところ魚のエラほど換気効率がよくないってことであります。
それでも肺の液体からのガス交換、いわゆる液体呼吸をするには、十分に酸素を含んだ呼吸用の液体、そして酸素の運搬能力の高い血液があればよいことになります。
以前公開された「アビス」という映画では、確かヘルメットの中に液体を満たして、液体呼吸をするシーンがありました。
まるで荒唐無稽な話ではないようです。
液体を呼吸するのでありますから、減圧症の問題も起きません。
実際に原子力潜水艦の深海事故での脱出手段として、この液体呼吸の可能性が探られているようです。
この液体呼吸の実験に使われるのが、フッ素と炭素の化合物パーフルオロカーボンであります。
この一種の合成油は、非常に大量の酸素や、二酸化炭素を溶け込ませる能力を持っております。
このパーフルオロカーボンに大量に酸素を溶け込ませて運ばせよう試みには、すでに長い歴史があるようです。
残念ながら、いくら酸素を供給する液体があっても、人間は魚にはそう簡単には、少なくとも近い将来にはなれそうもありませんが、パーフルオロカーボンのガスの運搬能力に着目して、ある時期、大量の血液ロスのある外科手術や大怪我をした時の輸血の代用として世界各国で使われました。
さて長いパーフルオロカーボンの寄り道話でしたが、このパーフルオロカーボンを減圧症の治療に使おうという試みがあります。
減圧症のベストの治療は、できるだけ早い再圧治療なのですが、現実には再圧チャンバーが現場にあることは少なく、治療が遅れて症状が進行することになります。
結果的にその後の高圧酸素治療を行っても、約1/3の人になんらかの影響が残るといわれております。
この搬送の途中での酸素の供給をカバーさせようという考え方です。
減圧症の症状が起きている患者に、救命救急士や医師がこのパーフルオロカーボンを点滴して、100%酸素を呼吸させながら搬送する、つまり組織できるだけ多くの酸素供給して、永久的なダメージを防ごうという考え方です。
いわば怪我をしたときにの輸血とおなじです。
パーフルオロカーボンは非常に分子が小さく、減圧症でブロックされた血管でも通過しやすく、必要な組織に酸素が供給できるという長所があり、とくにスクーバダイビングの圧力障害事故でその死亡原因の多くを占める空気栓塞症(エアエンボリズム)の対応策としてはその効果が期待されておるようです。
また、つねに問題になる減圧症患者の航空機による搬送などの現実的な解決策にもなるといわれておるようです。
もちろん、この魔法のごときパーフルオロカーボンでありますが、あくまでも代用血液であって、本来の血液の多くの機能のうちの酸素と二酸化炭素を運ぶという機能をカバーするだけで、凍結状態にして保管し解凍し乳剤にして使うといった、その取り扱いの面倒さなど、解決すべき問題点も多々あるようですが、前出の先生方は、すでに減圧症への応用の最終的な段階にあるとおっしゃっておられます。
合成化合物の液体から呼吸しようというのも驚きですが、その液体媒質を血液の代理をさせようというのも、大胆な発想であります。
今回もヤドカリ爺の受け売り話でありました。