水中と宇宙の減圧。テーマは面白い、が、、 ~潜水医学講座「小田原セミナー」レポート~

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潜水医学講座小田原セミナーに久しぶりに出かけることにしました。
隠遁生活のヤドカリ爺にとって、はるばる小田原まで出かけるのは、一大決心であります。
このリクリエーションダイバーのための潜水医学講座、大きな意義も実績もある貴重なセミナーなのであります。

やどかり仙人コラム

しかしながら、最近やや講演テーマが出尽くした感がありまして、主催者の皆さんのご苦労は重々わかるのでありますが、この数年ご無沙汰いたしておりました。
それでも今回は、講演タイトルに引かれて重い腰、腰痛の痛み止めを多めに服んで出かけました。
期待の講演タイトルは、
 
「減圧」水中から宇宙へ
1.「各種潜水における減圧障害」自衛隊中央病院 鈴木信哉先生
2.「航空機・船外活動による減圧症」JAXAつくば宇宙センター 嶋田和久先生

潜水医学を圧力環境の生理学と考えると、水中から水面に戻ってくるのも、地上から高空を飛ぶ飛行機、さらには高度200kmの宇宙船で船外活動をする宇宙飛行士たちの体の変化、つまり減圧を考えると、とてつもなくその守備範囲は広くなります。
高圧環境の生理学、低圧環境の生理学ということであります。

その中で私たちダイバーは極端に大きな圧力変化の中でダイビングをしているわけですが、環境生理学全体から見れば、ある特異なエリアで、私たちダイバーはうろうろと活動しているともいえます。
わずか10m足らずの圧力でさまざまな障害を起こすリスクを抱えているわけであります。
その両方の影響を受ける典型例が、ダイビング後の飛行機搭乗の減圧症のリスクであります。

ヤドカリ爺の聞き知っております、いわゆる潜水医学の権威といわれるアメリカの先生方の多くはこの航空医学や宇宙医学の分野の研究者であります。
そんな話を期待して、はるばる小田原までロマンスカーの旅とあいなりました。

日本でも自衛隊のような組織では、潜水艦の乗務員から、サルベージや水中作業をするダイバーさらには超高空を飛ぶジェット戦闘機のパイロットまで、さまざまな圧力にさらされるわけで、つまり、さまざまな環境の生理学、医学の研究をなさっている先生方がいるわけであります。
そんな先生方の講演から印象に残ったお話をかいつまんでご紹介します。

■鈴木信哉先生
▽素潜りを長時間続けていると、脳障害を起こすケースがある。
マイクロバブルにさらされる回数が多いことが、小さな血管にダメージを与える。

▽フリーダイビング競技での舌咽頭空気吸入法という呼吸テクニックで、素潜りでも空気栓塞症を起こす可能性がある。

▽スクーバでは、職業潜水士の減圧症は四肢の痛みが多いのに比べ、リクリエーションダイバーの減圧症は神経症状が多く、その症状の90%は四肢の症状で、上肢が下肢の2倍の頻度で起きる。重篤な障害は少数で、多くは軽度だが、この神経症状には特定のパターンがないため、ダイビング後、何であっても異常を感じたら、専門医の診断を受けるべきだ。

■嶋田和人先生
▽宇宙飛行士のトレーニングのケアをするのがJAXAつくば宇宙センターの嶋田和人先生です。
宇宙基地の船外活動をする飛行士の宇宙服は減圧症を防ぐために与圧され、生命維持装置つまり、酸素分圧0.2atmのリブリーザーで呼吸をする。 急激に低圧にさらされると血液中のガスが気泡化して、減圧症になるので、船外活動をする前には、減圧室で徐々に減圧して、減圧症を防ぐというような手順が開発されている。

▽アメリカ海軍の最近の高所移動のダイブテーブルは、標高10000フィート(約3000m)まで対応している。
それ以上の標高でのダイビングは特殊潜水となる。
標高8000フィート(2400m)への移動は、 無減圧ダイビング最悪のケースでは(つまりU.S.NAVYテーブルの反復記号Z/注ヤドカリ)水面休息時間は、21時間01分にもなる。

▽またこれまでのエアラインの航空機の客室与圧は、標高約2400m相当だったが、最新鋭のボーイング787は1800m相当になるので、ダイビング後飛行機搭乗による、減圧症のリスクが少し緩和されることを期待している(待機時間は15時間26分/注ヤドカリ)。

▽多くの航空機の減圧症の場合、減圧症は地上に戻ったときに症状が消失してしまい、確認が難しい。

▽(ノンダイビングの)エアラインの一般客の減圧症のリスクは、世界の乗客数は年間27億人で、世界でもっとも座席数の多い、東京‐札幌間は、1日37500席。
しかし減圧症が問題になっていないことから、水面から2400mまでの減圧は、まったく問題になっていない。

自衛隊の鈴木先生などが想定している減圧症というのは、浮上直後に、比較的短時間で発症する減圧症で、リクリエーションダイビングの減圧症に比べて、かなり重症の減圧症のようです。
また、減圧症の疑いのあるときには、再圧チャンバーや医療設備などで対応することできる。それが前提のお話でありましたぞ。 要求される仕事のレベルが違うのですから、ある意味では当然であります。
ダイビング後様子がおかしいと気づいても、大学病院の予約を取ってから、診察してもらうリクリエーションダイバーの減圧症とはまるで違うのだという印象を持ちました。
 
そのほか、潜水事故の傾向とその原因を考えるDAN JAPANトレーニング部、野沢徹氏の講演は、DAN JAPANのデータの分析でありましたが、もともと系統だった潜水事故のデータ収集をしてないらしく、残念ながら、やや新味に乏しい内容でありました。
というより、このようなDAN JAPANの本来の活動を、ダイバーのほうから支援する、具体的なプランの必要性を実感しました。

やや万人向きとはいえない講演テーマにも、会場はほぼ満席、シリアスなダイバー層が、これだけいるのです。
ダイビング雑誌の潜水医学ページレベルに飽き足らないダイビングファンがいるのであります。

と同時にそのようなセミナー参加者にぴったり切り口の、関心のあるテーマをとりあげる主催者側のご苦労がさらに求められるようです。
これは素直な実感であります。

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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